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ゲーセン(ヒロミ)

昔から、女子といるよりも男子といた方が気が楽だった。

幼稚園の頃から、男の子の友達の家にしかお呼ばれされたことがない。ゲームで遊ぶときも、他の女子はアイドルゲームやファッションゲームをやっている中、僕だけは男子に混ざって格闘ゲームやアクションゲームをしていた。

スカートを履くのも苦手だった。

今の学校に入ったのも、女子がスラックスを履いてもいい、という校則があるのを知ったから……というのはさすがに言い過ぎだけど、決め手の一つにはなっていた。


両親はこんな僕の姿を見てとても悩んだらしく、小中学校の頃はいろんな病院やら自治体やらに連れていかれて検査を受けた。いわゆる『性同一性障害』というものを疑っていたようだ。しかしどの検査もその結果は、疑いはあるが断言できない、という何ともあいまいなものばかりだった。

僕自身があまりそのことで悩んでいる様子もない事から、経過を見守る、という選択肢を両親は選んだらしい。高校に入ってから、僕がこうして毎日スラックスを履いて登校するのを黙認している。


正直、僕はこの格好の方がノビノビできて好きだ。ズボンを履いているだけで、男子から警戒されることはなく、すんなりと仲間に入れてくれる。おかげで男子の友達は多い。

ただあくまで「友達」だ。そこから関係性を発展していっても、「親友」になるだけで「恋人」にはならない。

でも僕はそれでもいいと思ってる。恋人関係なんて面倒くさいだけだ。中学三年生の頃、女の子と付き合ってみたことがあるのだが、あまり話がかみ合わず、受験勉強が始まると同時に自然消滅した。男子と付き合ったことはないけど、こんな感じなら付き合わなくてもいい。


まあ、男子の友達は多いわけだけど、代わりに女子の友達は少ない。

もちろん、こんな格好をしているからといって、仲間外れにされているわけじゃない。ただ一歩引かれた接し方というか、いうなれば「男子よりも身近な異性」みたいな感じで扱われている。女の子から告白されることもあるし、中学時代に付き合ったのはまさにそれだ。


ただ、やっぱり女子の友達が少ないと困ることはある。

たとえば、先ほどまでやっていた体育の授業なんかはそうだ。教師の「二人組を作って」の言葉で僕は最後まで残るタイプで、今日もそうだった。幸い偶数人だったので、残った人同士で組めたが、残ってしまうと「僕は友達がいないんだ」と他のみんなに公表しているようなもので、ちょっと嫌だ。


そんな難儀な時間も終わり、僕は早々に教室に戻って着替えた。

一応、スラックスは履けるが、上の制服は女子の物を着ている。アンバランスだな、と思うけど、校則ではスラックスまでしか許してくれないので仕方ない。

でもこのアンバランスさはなんとなく自分に合っている気がするし、そこまで嫌いじゃない。


僕に遅れてクラスの女子たちが教室に入ってくると、おしゃべりをしながらダラダラと着替え始めた。手持無沙汰になった僕は、とりあえず一番背の高い机に腰を下し、仲の良い男子が戻ってくるのを待つ。

この一際高い机はクラスの男子がよく座る。この席の主は机に座られるのを嫌がっているけど、みんなお構いなしだ。もちろん僕もその一人。

この机の主の名前は玉城彰、みんなからは玉ちゃんと呼ばれ、僕も玉ちゃんと呼ぶ。玉ちゃんは長谷川(ハセ)と仲良しで、ハセと仲が良かった僕も間接的に玉ちゃんと仲良くなった。

物静かで怖い顔をしているから最初はビビったけど、話してみると意外と真面目で優しい性格をしており、時々ハセなどからはいじられたりしている。本人は気にしてない(気づいてない?)みたいだけど。

ハセ曰く、女子に免疫がないらしい。初心とかじゃなくて警戒心が無さ過ぎるんだとか。「お前ちょっと付き合って(女子に)慣れさせてやれよ」とか頼まれたけど、僕と付き合うよりも普通の女の子と付き合った方がいいと言って断った。それに恋人関係なんて面倒なだけだし。


ガラガラ

教室の後ろの扉が開き、男子が戻ってくる。まだ女子の数人は着替えている途中だが、女子の事を待っていたら休み時間が終わってしまうかもしれないので仕方ない。


「ヒロミ」

「うん? 何?」


話しかけられたので振り向くと、この机の主が立っていた。


「俺の机に乗るな」

「玉ちゃんの机高いから乗りたくなっちゃうんだ」


この背の高い椅子に座って足をブラブラさせると楽しい。この机に乗りたがる他の男子もきっと足をブラブラさせたいから乗りたがるんだと思う。


「まあまあ、いいじゃんか玉ちゃん、次の授業までは座ってても」

「お前も座るんじゃない、長谷川」


ハセも教室に戻ってきたようで、流れるように机の空いている部分に座る。


「つうかさ、玉ちゃんどうする、今度の体育」

「今度の体育ってなんだ?」


玉ちゃんは僕たちを机から降ろすのを諦め、自分の椅子に座った。


「だからさ、なんか柔道やるとか何とか言ってたじゃん?」

「ああ、言ってたな」


体育の授業は男女合同の場合と別々の場合の二通りある。というか自習でもない限り、大抵は別々だ。今日の体育も別々だった。


「だるくね?」

「まあ、確かに面倒だ」

「男子って今度の体育柔道やるの?」


男子は柔道だったり剣道だったり格闘技のようなものを体育で習う、というのは聞いたことがある。なんでも護身術のためだとか。


「そうそう、ヒロミも柔道着を用意しておけよ」

「ヒロミは女子だぞ」

「わかってるって」


玉ちゃんは律儀にツッコんでいるけど、ハセは本気で僕の事を男子だと思っているわけじゃない。むしろ逆で、おそらくクラスで誰よりも僕の事を女子として認識していると思う。


「女子は次の体育って何やんの?」

「多分バスケだと思う」


女子はバスケかテニスのどちらかだ。ローテーションで交互にやってるから、今日テニスをしたので次はバスケかな。


「いいなあ、俺もバスケの方がやりてえわ」

「僕は柔道をやってみたいけどね」

「じゃあ交代しようぜ」

「でも柔道の授業って、護身術の意味合いもあるんでしょ?」


実は格闘技にも前々から興味はあった。交代できるのならしてみたいが、一応、護身術ということなら男子にやらせないとマズイと思う。特にハセは貧弱だし。


「あんなのが護身術になるわけねえじゃん」


僕の心配をよそにハセは鼻で笑う。


「玉ちゃんならまだしも俺みたいな雑魚が柔道やったって意味ねえんだよ、下手くそだし」

「俺も柔道は下手だぞ」

「いや、玉ちゃんの図体で柔道弱かったら詐欺だから」


玉ちゃんは身体が大きい。どれくらい大きいかというと見上げなければならないくらい大きい。この体型だけなら女子に大人気になれるだろうけど、顔の怖さが足を引っ張っている。


「ヒロミ、マジで俺の代わりに出てくれねえ?」

「……」


ハセに話を振られてちょっと真面目に考える。僕とハセは体型が似てるし、髪型まで似せれば、顔さえ確認されなければギリギリイケる……かな? まあ、他の男子との協力を得なければならないけど。


「バカ、ヒロミを困らせるな」

「いってー」


玉ちゃんがハセの頭にチョップを落とした。

僕だってハセが本気で言ってるわけじゃないってわかっているのだけど、玉ちゃんは「ハセが僕を困らせている」と思ったんだろう。玉ちゃんは真面目だから。


「じゃあ、サボろうぜ、玉ちゃんも一緒に」

「いいぞ」

「おっ、ノリいいねえ、玉ちゃん」

「俺も柔道は嫌いだ」


思わず玉ちゃんの方を見た。


「玉ちゃんも授業とかサボるんだ……」

「うん?」


意外だった。玉ちゃんは真面目でそういうことをしない人だと思っていたのに。


「俺だって授業くらいサボるぞ」

「そうなんだ……」

「ついでにヒロミも一緒にサボるか?」

「え? 僕? うーん……」


体育の授業なんて面白くないと思っていたのは僕も同じだ。ハセが誘ってくれるのならちょうどいいかもしれない。


「だから困らせるなって言ってるだろうが」


しかし、僕が返事をする前に玉ちゃんがまたハセにチョップを食らわせた。


「いって……」

「あ、すまん」


ハセが本気で痛がっている。確かに今のは良いのが入っていた。


「……許さねえ」


ハセがじろりとした眼を玉ちゃんに向ける。

その視線を受けて玉ちゃんが一瞬たじろいだ。やりすぎたと思っているんだろう。

まあでも、ハセはこんなことでマジギレするようなやつじゃないから、多分、演技だ。


「玉ちゃん、お詫びに今日ゲーセンな」

「……いいぞ」


やはりそうだった。ハセとしては玉ちゃんをゲームセンターに誘うための口実にしたかったんだろう。


「ついでにヒロミも行かねえ?」

「僕も? いいの?」

「いいって、格ゲーできるっしょ?」

「KORならやってるよ」


KORとは、ナイツオブザラウンドテーブルという格闘ゲームだ。結構人気のある格闘ゲームで、土日だと列ができる程。僕も結構やりこんでいて、ゲーセンが主催する大会にも積極的に参加している。


「それの新バーやりにいくから」

「あ、それなら行くよ」


昨日アップデートされたばかりの新バージョン。戦闘バランスに調整が入ったので持ちキャラの性能を確かめたかった。

ふと、玉ちゃんの方を見ると、遠い目をしていた。格ゲーの話についてこれないみたいだ。



学校から駅に向かう道すがら、ゲームセンターはある。

この近くの他校の生徒たちもくる場所で、男子は溜まり場、女子はナンパ場として使われている。ガラの悪い人たちも時々いるが、関わろうとしなければ向こうも絡んでこない……というか、玉ちゃんやハセは充分『ガラの悪い人』に見えるから、僕たちも警戒されている側かも知れない。


「……悪い、小便してくる」


ゲームセンターに着くと、玉ちゃんがトイレに向かって歩き出した。どうやら結構我慢していたらしい。


「俺らは先に行ってるわ、二階の格ゲーのコーナーだから」


早足でトイレに入っていく玉ちゃんにハセが声をかける。

玉ちゃんから返事が返ってきたのを確認し、僕たちは二階へ上がった。



「ハセはどのキャラ使うの?」

「俺? モードレット」

「よくあんなの使えるね、ピーキーなキャラが好きなの?」

「いや、単純に見た目が格好良いから、ヒロミは?」

「僕は基本ガラハットかな……あとランスロットとかも使う」

「うわぁ、引くわ……」

「な、なんだよ、いいじゃないか、強キャラ使ったって……」


やっぱり趣味で話が合うと楽しい。女子だと格ゲーの話で盛り上がるなんてまずできない。相手が気心の知れたハセだからっていうのもあるけど。


この時、僕は格ゲーを目の前にしてウキウキしていた。それにハセとの話に夢中になっていて、周りをよく見ていなかった。


「いった……なに?」

「あ、ごめんなさい……」


だから、筐体の横を通る際に、意図せず僕の持っていたカバンが他校の女子生徒に当たってしまったのだ。

見ていなかった僕が悪かったのだし、すぐに謝って済ませようとしたんだけど……


「へえ、可愛いじゃんアンタ、ここら辺の高校?」

「え? いや……」

「これからカラオケ行くからさあ、ぶつかったお詫びに一緒に来てよ」


ぶつかってしまった女子高生は軽いノリで笑いながら言う。どうやら僕を男子高生と勘違いしたようだ。

この女子高生は化粧がきつく、制服も着崩していて、ブラジャーが見えてしまっている。男子ならここまで胸をはだけさせてもまだ許せるが、女子でこういう格好しているのは嫌悪感しか抱かない。


「悪いけど……」

「ちょっとミユ、どしたの?」

「あ、マキ、この子誘ってカラオケ行かない?」


厚化粧の不良女子が二人に増えた。なんだか面倒なことになってきたぞ……

僕がどうすればいいか困っていると、


「なんすか、ナンパっすか?」


ハセが僕らの間に入った。


「ナンパっていうか、お詫び? 的な? そっちの彼とカラオケ行こうと思ってたわけ、アンタ友達? それならアンタも一緒に行こうよ」


勝手に僕がお詫びとしてカラオケに行くことになっている。どういうことだ、とハセがこちらを見るが、僕は必死に首を横に振った。


「いや、ちょっと意味わかんないんで、これで失礼しまーす」

「え-? ノリ悪くなーい?」


女子高生は半笑いだ。ノリが悪いも何もそっちが勝手に言っていることなのに、何で僕らが責められなければならないのだろう。


「悪いけどさ、あんたらと一緒にカラオケなんて行く気ねえから、俺もバカだけど、俺よりもバカな女はさすがに願い下げだわ」

「……は?」

「あと、こいつ女だから、女が女をナンパしてんじゃねえよ、バカ」


ハセが僕を指差しながらズバッと不良女子高生たちを切り捨てた。

僕をナンパしていた女子高生の顔がみるみると赤くなっていく。


「おい、ヒロミ早く行くぞ」

「あ、うん……」


ハセが僕の腕を引っ張り、僕も歩く。女子高生が大きな声を上げてわめいているのを背中に受けながら。



「あんなの相手にすんなよなあ」

「向こうが絡んできたんだよ……原因作ったのはこっちだけど」


格ゲーのコーナーまで来て、これでひとまず難は去った……と思ったんだけど、


「おい、てめえらちょっと待て」


剣呑とした声がかけられ、後ろを振り向いた。そこにはスポーツ刈りにした頭をさらに茶髪に染め、耳には派手なピアスをつけた男子高生が立っていた。そのすぐ後ろにはさきほどの女子高生二人組がニヤニヤしながら立っている。

これは更に面倒な……というか、大変なことになってしまった気がする……



スポーツ刈りの男はこちらを睨みながら近づいてきた。


「てめら、俺の彼女のぶつかっておきながら詫びもいれなかったらしいな?」


見た目からして完全に不良。しかもハセとは違うタイプの……喧嘩とかをするタイプの不良かもしれない。むき出しになっている鍛えられた二の腕がそれをものがたっている。


「詫びっつうか、そっちが先に絡んできたからな? そっちの女子から何吹きこまれたのかしらねえけど」


ハセが僕を庇うように前に出た。

誰がどう見たってハセの言い分が正しい。


「は? てめえの意見なんか聞いてねえんだよ、調子に乗ってんじゃねえぞ」


でも、目の前にいる不良にはそんな言い分は通用しない。始めから向こうは喧嘩を売るつもりで絡んできているみたいだ。


「な、なんだそれ、意味わかんねえぞ!」

「ハセ、もう行こうよ……」


目の前の不良は話が通じるような相手じゃない。というか、もともとこちらと話し合う気なんてないみたいだ。今からでも走って逃げれば……


「ナベ女はすっこんでろよ」


不良が僕を睨む。僕は思わず足がすくんだ。


「おい、やめろよ……」


ハセが不良の視線を防ぐように、僕を背中に隠す。


「テメエも舐めてんじゃねえぞ? 殺すぞ?」

「は、はあ?」

「びびってんじゃねえよ、バーカ」


不良と後ろにいる二人の女子がハセを笑いものにした。

悔しい。ハセは僕を守ってくれているのに、僕は恐怖で震えるだけだ。悔しさと恐怖と自分への情けなさがごちゃまぜになって、僕の目には涙が溜まっていった。


「とりあえず迷惑料よこせ、いくら持ってる?」

「な、何でお前に……」


カツアゲをしてきた。これが不良たちの目的なんだろう。

やりたい放題やられている。

なんでこんなやつに……でも、僕は喧嘩なんて出来ないし、ハセだってそうだ。


誰か助けてほしい、誰でもいいから……


「いくら欲しいんだ?」

「あん?」


僕の願いに応じるかのように、低くよく通る声が聞こえた。


「た、玉ちゃん!」


そこには、強い目つきで不良を睨む玉ちゃんが立っていた。


「いくら欲しいって聞いてるんだが」

「……な、なんだてめえ」


不良は明らかに動揺している。

当然だ。普段の顔だって怖いのに、今の玉ちゃんの顔は完全に極道の映画に出てくるヤクザそのものだもの。こんな顔で睨まれたら誰だって怖がる。

しかも玉ちゃんは背が高い、この場にいる誰よりも。怖い顔にその大きな体格が合わさってすごい威圧感を与えている。


「そいつらの友達だ、お前が迷惑料が欲しいって言うから代わりに払ってやる」

「お、おい、玉ちゃん、そいつの言うことなんか聞く必要ないだろ」


僕もハセと同じことを思ったけど、玉ちゃんがこちらを目で制した。


「……は! てめえが払うのか?」

「そうだ、で? いくらだ?」


たじろいでいた不良が後ろの女子高生と目配せして、途端ににやりと笑う。

きっと、「こいつからもカツアゲできる」と思って強気になったんだろう。

しかし……


「早く答えろ、自分で決められないのか?」

「……あん?」

「グズじゃないのなら早くしろ」


……そんな不良を玉ちゃんが挑発した。


「……誰がグズだ? てめえも俺の事を舐めてるのか? 殺すぞ?」


青筋を立てた不良が玉ちゃんを脅す。


「舐めてはいないが、頭は悪そうだなと思ってる」


しかし、玉ちゃんはそんな脅迫の言葉をまるで気にしていない。

というか、あまりにもド直球な言葉に、こんな状況ながら僕もハセも吹き出してしまった。


「……お前ちょっと顔貸せ、マジで殺すわ」


怒りで顔を真っ赤にした不良が玉ちゃんの胸ぐらをつかんだ。

どこかに連れて行って本当に暴力でも振るうつもりなのかもしれない。


「おい、引っ張るな、伸びるから」


しかし、玉ちゃんも不良もその場から動かなかった。

正確に言うと、動けなかった。

不良は玉ちゃんを胸ぐらを引っ張っているけど、玉ちゃんがその場から動かないせいで移動できないのだ。


「……てめえ……」

「引っ張るなって言ってるだろうが」


今度は玉ちゃんが不良の胸ぐらをつかむと、自分の方に引き寄せた。


「うお!?」


不良はバランスを崩しながら、玉ちゃんに引き寄せられる。


「は、放せ!」


焦っている不良は玉ちゃんに胸ぐらを掴まれながら暴れた。しかし、胸ぐらを持ち上げられているような恰好なので、足元がおぼついておらず、まるで駄々っ子のように喚き散らしているだけのように見える。


「放してほしいのか?」

「放せって言ってんだよ!」


玉ちゃんが不良の胸ぐらを放した……どちらかといえば突き飛ばした、と言った方が正しい表現かもしれない。

足元がおぼつかないままそんなことをされたら床に転ぶしかない。


ドスン!


と大きな音を立てて、不良が床に転がった。


「痛てえ!」


不良が悲痛な声をあげる。ハセが冗談でやるような悲鳴じゃない。本気で痛がっている時に出てくる悲鳴だ。


「リョウ君!?」


僕と同じく、成り行きを見ていることしかできなかった二人の女子高生が倒れ込んだ不良のもとにかけよった。


「悪いな、俺も気が立ってたんだ」


玉ちゃんが乱れてしまった襟首を正しながら言う。

立っている玉ちゃんと腕をおさえながら倒れ伏す不良。

誰がどう見ても、勝者と敗者の構図だった。


「……さて、迷惑料の話だったな、ここに置いておくぞ」


玉ちゃんから財布から硬貨を一枚取り出すと、床に置いた。

しかし、三人組は玉ちゃんの方を見ていない。


「……おい!」


玉ちゃんがドスの効いた声をあげる。あまりにも迫力のあるその声に、思わず僕とハセまでビクリとしてしまった。


「迷惑料だ、これでいいよな?」


不良は顔をひきつらせ、二人の女子は怯えきった顔でブンブンと頭を縦に振っている。


玉ちゃんがこちらを振り返った。その顔にはもう先ほどまでの怒気は無くて、いつものただの怖い顔になっていた。


「……今日はもう帰るぞ、ゲームって感じじゃないだろ?」

「……玉ちゃん」

「うん?」

「やっぱり玉ちゃんすげえよ! 今の柔道の技だろ!?」

「アホ」


目の前で友達が不良を倒してしまった一部始終を見て、ハセはテンションが上がったようだ。バシバシと玉ちゃんの腕を叩いている。

そんなハセの様子に玉ちゃんはいつもと変わらない冷静なツッコみを入れた。


正直、ハセの気持ちはよくわかる。僕も今、すごく気分が高揚している。


「……それよりも早く帰るぞ、ほらヒロミも」

「う、うん……あ、玉ちゃん……」

「うん?」

「助けてくれて……ありがとう」

「友達なら助けるのが当たり前だ」

「……うん」


確かに、それは当たり前の事なのかもしれない。

でも誰にでも出来る事じゃない。少なくとも僕はできなかった。

玉ちゃんに背中をグイグイと押されて歩きながらも、玉ちゃんの横顔を見る。

この顔は一般的には怖い顔なのかもしれないけれど、僕にはとても格好良く見えた。




日曜日、駅前でハセと合流した。


「やべえ、やべえよ……」


さっきからハセは「やべえ」という言葉を連呼してすごく焦っている。


「もう、寝坊するから悪いんでしょ?」

「そうなんだけどさ、殺されちまうよ……」


今日、僕とハセと玉ちゃんの三人で、ゲームセンターに行く予定を立てた。先日できなかったから、それのリトライだ。もちろん、この前のゲームセンターじゃなくて、別の場所に行くけど。


それでもって、ハセがなんでこんなに焦ってるかというと……


「お前だってビビるぜ? 一言『殺す』としか書かれてねえんだ、マジで殺すつもりの時でしか書かねえだろこんなの」

「うーん……」


集合時間にハセが盛大に遅刻した。理由はハセの寝坊。でもここまではいつも通り。ハセと約束したら、時間通りに来ないのは日常茶飯事だ……まあ、さすがに今日のは遅刻しすぎだと思うけど。


それで、先に集合場所についている玉ちゃんに「寝坊したこと」をメールで連絡したらしい。

そしたら、返ってきたメールがこれだ。


『殺す』


この二文字だけ。

実際、これだけ送られてきたらビビるのはわかる。顔文字の一つでも最後に付け加えてくれればまだ冗談なんだろうな、と思えるが、これだけでは本気か冗談か判別できない。

いや、玉ちゃんが本気でこんなこと言わないとは僕もハセも分かってる。だけど、この前のあの一件以来、「玉ちゃんをキレさせるとヤバい」というのは僕らの共通認識なわけで、ハセが必要以上にビビってしまうのは仕方ない事なのかもしれない。


「ああ……やべえよ」

「大丈夫だよ、それに僕も遅刻したんだし、一緒に謝るからさ」


僕も色々とやっていたせいで遅刻してしまった。ハセだけが怒られるようなことはしない。ちゃんと僕も怒られよう。


「いや、玉ちゃんは女にめっちゃ甘いから、ぜってえヒロミは何も言われねえわ」

「そうなの?」

「そうだって、玉ちゃんは天然ビッチなんだからよ」

「ビッチって、あんまりそういうこと言っちゃ……」

「まあ、とにかく今日みたいに可愛い格好してればヒロミは平気だろ」


ハセはこういうことをさらりと言う。


「え、そ、そう?」

「俺的にはそのシフォンチュニックがかなりキテるわ、可愛いぜ」


やっぱりハセが女の子にモテるのには理由がある。遅刻の原因となった、時間をかけてしまった部分……何を着ていくか迷って遅れてしまった……を的確に褒めてくれるなんて。普通の男子だったら中々してくれないだろう。


「つうか、どうした?」

「……どうしたって?」

「いや、ヒロミらしくねえっていうか、やけに女っぽい格好じゃん」


その言い方は少し引っ掛かるものがある。


「僕、一応女なんだけど」

「でもよ、前に遊んだ時とか普通にTシャツとか着てきただろ」

「……」


確かに以前、ハセと遊びに行った時はあまり気合を入れなかったけども。


「それに普段はスラックスとか履いて男っぽい感じだしてるのに……」

「今もジーパン履いてるよ」


ハセに見せつけるように足を出した。


「いや、レディースだろ、そのジーパン」

「……」

「それチュニックとすげえ似合ってるけどさ、なんで急に女物着始めたんだ?」

「だ、だから、僕は女なんだから、たまにはこんな格好だってするし……」


ちなみにこの上下を決めるのに30分かけた。

なんで友達と遊ぶのに着ていく服を30分もかけて悩んだのかは僕自身もよくわからない。

……よくわからない、ということにしておいてほしい。


「なんかお前アピールしてないか?」

「だ、誰に!?」

「誰って……俺か?」


ハセは少し迷いながらも自分を指差した。

確かにハセは格好良いと思うし、魅力的な男子だ。

だけど……


「言っとくが俺はダメだぞ、彼女いるからな」

「……知ってるよ」


ハセと一緒にいると、時々彼女とのノロケを聞かされることがある。

ハセに近づく女子は、それを聞かされながらもハセと仲良くなって恋人になりたいと思っているガッツのある女子だ。


「いや、もうそれよりも玉ちゃんだぜ、マジでどうする……」

「だから大丈夫だって、玉ちゃんは優しいから……」

「でもよお、俺、この前初めて玉ちゃんの睨んだ顔見たけど、あれ絶対人とか殺したことあるやつの顔じゃね?」

「それは……そんなことないよ」


一瞬同意しかけたが、すぐに止めた。


「あの顔どっかで見たことあるなって思ったんだけど思い出せなくてさ、この前たまたま近所のビデオ屋行ったら思い出したんだよな」

「うん、ハセ……」

「お前『カチコミ』って映画知ってるか? 一昨年くらいにちょっと流行ったヤクザが出てくる映画なんだけど……」

「ハセ、後ろ……」

「それに出てくる鉄砲玉のチンピラにそっく……何? 後ろ?」


ハセが後ろを向いた。

つまり、青筋を立てている玉ちゃんと対面した。


「……あ、あれ……た、玉城さん、いつの間にそこに……?」

「さっきだ」

「そ、そうですか……ちなみにさっきまでの俺達の会話聞いてたりしました……?」

「俺が人を殺したことがあるとかないとかって話していたな?」

「いや、あれはたとえ話であって本気でそう思っていたわけじゃ……」

「そのたとえ話を本当にしてみるか」

「え……?」

「お前を殺して本当にしてやるって言ったんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ玉ちゃん!!!」


玉ちゃんの腕がハセの首に回り込み、締め上げた。

ハセがうげえと言いながらタップしている。


まあ、こればっかりはハセの自業自得だ。玉ちゃんの気が済むまでやってもらおう。


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