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喫茶店(加咲たわわ)

日曜日、私は朝から部屋にこもってネットをしていた。

休みの日、喫茶店のウエイトレスの当番じゃない時は大抵こうしている。


うちの家は三階建てなのだが、一階で喫茶店を開いている。家族経営でやっていて普段はお母さんが一人で切り盛りしており、手が足りない土曜や日曜なんかは私か妹の稔が手伝うのだ。


ちなみにお父さんはサラリーマンをしていて喫茶店に顔を出す余裕はない。というか、先月から単身赴任中でそもそも家にいない。

いつも思うのだが、デブのお母さんがカウンターに立つよりも、ダンディなお父さんがカウンターに立った方が絶対集客になると思う。お父さんは仕事を辞めて喫茶店の方に来てほしい。そうすれば私も喫茶店の仕事をしなくていいから楽になるし。


「たわわ、入るよ」

「え?」


ドア越しから声がかかったかと思うと、いきなりドアが開いた。


「ちょ、ちょっとお母さん、いつもノックしてって言ってるのに……」

「そんなことはどうでもいいの」


部屋に入ってきたのはお母さんだ。

お母さんはいつもこちらの話や事情を考えずにズケズケとパーソナルスペースに入ってくる。本当にデリカシーがない。

お母さんは私以上のデブでおそらくこの町で一番のデブである。横柄なデブなんていいところなしだ。もっと慎みを持って生きてほしい。


「あんた、今すぐ店にきなさい」

「やだ、今日は稔の日でしょ」


まあ、お母さんが喫茶店の営業時間にここに来る理由なんて、私に手伝いを強要するためくらいだろう。昨日は私が手伝いをしたのだから、今日は休みの日なのだ。


「つべこべ言わずに来なさい」

「やだ」


意地でも行かない。私の今日の予定は、溜まったアニメをネットで見て消費する、と決めているのだ。

私がお母さんを無視して再生ボタンを押そうとしたその時、


「下に玉城君が来てるのよ」

「……」


お母さんの一言で指が止まった。


ゆっくりとお母さんの方を見る。


「私も驚いたんだけどね、カフェオレを注文してきてピンと来たのよ、カフェオレは最近だと発子ちゃんにしか出してないし」

「……」


玉城先輩の事は、この前先輩が家に来た時にお母さんに伝わっていた。

お母さんは私が男子を家に連れてきたことを驚くと同時に喜び、聞いてもいないお父さんとのなれそめを踏まえながら「出会いは逃しちゃいけない」と熱く語っていたのだ。


「アンタの事聞いてみたけど、割と好印象だったから、押せばイケるよ」

「……」


好印象? 押せばイケる? それはつまり先輩と恋人になれるということか? いや、お母さんの見立てだ。お父さん一筋……というか、お父さん以外と付き合えなかった……お母さんの恋愛の見立てなど信用できるか?


「今、稔に相手するように頼んでるから、早く行かないと、あの子に取られるかもよ」

「……!」


その言葉を聞いた瞬間、私はパソコンを閉じた。



私が、先輩の前に出ても恥ずかしくない私服に着替えて一階に降りると、先輩の隣に稔が座り、先輩に何やらグイグイと迫っていた。


「玉城さん的には太っている人ってありですか?」

「太っているっていうのは、加咲……じゃなくて、たわわのような?」

「はい」


妹が何やらろくでもない事を言い始めている。私はとっさに近くにあったステンレスのお盆を手に取った。先輩に失礼なことがあってはいけない。

私は音を立てずに稔の背後に忍び寄った。


「俺の個人的な意見としては、そもそもたわわをデブと思ったことがない」

「え? 本当ですか? じゃあ私は?」

「デブじゃないと思ってるぞ」

「……お母さんは?」

「デブじゃない」


先輩は相変わらず優しい。特にお母さんをデブじゃないと即答で言い切れるなんてまずできない事だ。

先輩の言葉を聞いて、稔はなぜかウンウンと頷いている。


「……わかりました」

「何がわかったんだ?」

「玉城さん、ちょっとお願いがあります」

「ああ」

「私と付き合って欲しがぁ!?」


稔の頭をお盆で殴る。

身内の恥をさらす前に黙らせなければいけない。


「か、加咲いつの間に……じゃなくて、それで頭を殴るのはマズイぞ」

「……ごめんなさい先輩、稔が言ったことはすべて忘れてください」


稔はすぐ調子に乗るのところが短所だ。姉としてきちんと教育してやらねば。


「ちょっとお姉ちゃん、いきなりひどくない!?」


まだ喋れる余裕があったか。

私が止めを入れるべくお盆を振りかぶると、稔はサッと先輩の背中に隠れた。


「か、加咲、落ち着け……」


先輩が仲裁してくれるところ申し訳ないが、これは姉妹としてのけじめなので邪魔しないでほしい。


「ほら、何遊んでんの、たわわ、稔」


お母さんがカウンターに戻ってきた。


「ねえ、玉城君、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」

「え? えーと……」


お母さんは私と稔とのやりとりを気にした風もなく先輩に話しかける。

先輩は戸惑っているようだが、お母さんにとっては見慣れた光景なのだ。


「……俺でよければ……」

「じゃあバイトしてくれない?」

「バイトですか?」

「うん、買い出しのお願い、お代ははずむから」


いくらお母さんでも喫茶店と関係ない先輩を使いっぱしりにするのはよくない。一体何を考えているのだろう。


「構わないですよ、やりましょう」

「そう、よかった、じゃあこの子たちも連れていってね」

「……え?」


お母さんは私と稔に目配せした。




私と稔はお母さんによって店の奥に連れてこられた。


「お母さん、買い出しってどういうこと? 必要なら稔に買ってこさせればいいのに」

「ええー? お姉ちゃんが行けばいいじゃん」

「今日の当番は稔でしょ」

「私は店番で忙しいから」

「そんなの関係……」

「……アンタたちは本当に鈍いねえ……」


お母さんは呆れ顔で私達を見る。


「いいかい、本当に必要な物があるわけじゃないの、玉城君とたわわが仲良くするための方便なんだから」

「……どういうこと?」

「まず、玉城君はたわわのことを悪くないと思ってる」

「マジ? だってお姉ちゃんだよ? ……いだだだ!」


失礼な事を言う妹にアームロックをかけて黙らせた。今、お母さんはとても重要な事を言っているのだ。


「それでだ、おそらくたわわはこのチャンスを逃したら、当分は男に恵まれないだろう」


自分の娘に対してとんでもない事を言い出した。

……まあ、ちょっと自覚はしている。少なくとも高校生活で彼氏は作れないだろうと思っていた。


「だからここで一気にたわわと玉城君を仲良くさせるのさ」

「一気にって……ただの買い出しでしょ?」

「わかってないね……男と女が簡単に仲良くなる方法があるんだよ」

「え? 何? 教えて!?」


稔が食いつく。そんな期待しない方がいい。お母さんの恋愛経験はお父さんただ一人だ。


「それはね、『同じことをする』のさ」

「……は?」

「例えば文化祭で同じ場所で準備をするとか、体育祭で同じ競技に組み込まれるとか、そういうのをするの」

「……」

「そうすると友達から親友になって恋人になって、いずれは結婚できるようになるのさ、私はこれでお父さんを落とした」

「……」


稔が露骨に落胆している。その気持ちは分からなくもない。


「たわわ、この買い出しを玉城君と一緒にして玉城君ともっと仲良くなるんだよ」

「……それはわかったけど、稔が一緒なのはなんで?」


お母さんの話では稔はいらないように思える。というかむしろ二人きりになるためには邪魔な存在なのでは?


「稔は盛り上げ役」

「……盛り上げ役?」

「アンタ口下手でしょ? 玉城君と二人きりで会話が盛り上がると思えないのよ」

「……」


……言い返したいけど割と図星を突かれているので何も言えない。

はっちゃんと玉城先輩と三人でいると、二人が会話して、私は聞き役に回ることが多いのだ。

別に玉城先輩と話さないわけではないのだけど、二人きりになると、何の話をしていいかわからなくなることがよくあった。


「つまり、私は引き立て役ってこと?」

「そう」

「えー……」


稔は不満そうな声を上げる。


「我慢しなさい、逆の立場になったらたわわに手伝わせるから」

「むう~」


稔は納得しかねるとふくれっ面をしている。


「……稔、お願い協力して」


私は真剣に稔の目を見てお願いした。これは私のバラ色の高校生活がかかっているとても重要なことなのだ。


「……わかった、協力する」

「ありがとう、稔」


私の思いが稔に伝わったのだろう。稔はしぶしぶといった感じで了承してくれた。


「うん、だからさ、その……腕を放してほしいんだけど……」


私は、もし了承してくれなかったときに締め上げられるよう絡ませていた腕を解いた。


来週に続きます

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