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喫茶店(玉城)

集合場所の駅前についた。

今日はクラスメイトの長谷川とヒロミと一緒にゲーセンで遊ぶ予定だったのだが、あの二人の姿はない……時計を確認すると、少々待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったようだ。

このままここで待っているのも何だし、試しにあそこに行ってみようか。


駅前から裏路地に入って少し歩くと、目的の喫茶店はすぐに目の前に現れた。

そこはレトロな喫茶店で、高校生の俺が入るのには不相応に思える。ここが俺の後輩、加咲たわわの実家でなければ入れなかっただろう。


扉を開けると、カランコロンと扉につけられた鈴が鳴った。


「いらっしゃい」


カウンターに立っている女性がこちらに向かって声をかけてきた。

年の頃は三十代か四十代くらいに見える。編み込んだ髪を胸の前に垂らし、柔和な笑みを浮かべていた。


直感的に彼女が加咲の母親だと理解した。


加咲と顔が似ていることもさることながら、身体の一部分が加咲と酷似しているのだ。

すなわち、彼女は加咲と同じ……いや、それを上回る巨乳の持ち主なのである。


加咲のお母さんはエプロンをしているのだが、そのエプロンは胸元に動物の絵がプリントされている。そしてその絵の下には『CAT』と書かれていた。この表記が正しければ、この動物は猫なのだろうが……巨乳によって伸びきっていてカバにしか見えない。

加咲がメロンとするのなら、加咲の母親はスイカだ。本当にスイカが入っていても驚かないレベルの大きさである。


「一人? カウンター席にどうぞ」


促されるまま、俺はカウンターの隅の席に座った。

秋名は「繁盛しているらしい」と言っていたが、確かに店は繁盛している。テーブル席はビジネスマンやお年寄りが座ってほぼ満席の状態だし、カウンター席も三分の一は埋まっていた。


「学生さん?」

「あ、はい」

「だったら一割引きだ、今後ともごひいきにね」


加咲のお母さんがウィンクする。

この店がなぜ繁盛するのか、このやりとりだけでもだいたいわかった気がした。加咲のお母さんは気安いし、その仕草はとても愛嬌がある。初対面だというのに俺はもう親しみを感じ始めていた。


近くにあったメニューを手に取った。

コーヒー、紅茶、軽食、ケーキやスイーツ、おおよそスタンダードな喫茶店によくあるメニューだ。ただ、コーヒーや紅茶にはいくつか種類があるらしく、それによって値段がある程度上下している。


さて、何を頼もうか。

コーヒーでも飲んで時間を潰すつもりだったが、正直、銘柄を書かれても味の想像がつかない。どれか適当に選んで頼むにしても、変なやつは選びたくない。

ジュースもあるようだが、せっかくこんな雰囲気のある喫茶店に来たのに、ジュースを飲むというのも気が引けた。


「コーヒーで迷ってる?」

「え?」


声かけられたのでメニューから顔をあげると、そこには巨乳があった。

……訂正する。カウンターに寄り掛かり、胸をカウンターに乗せている加咲のお母さんがいた。

なんというか、いろいろダイナミックな光景だ。許されるのならばぜひこの光景を写真に撮りたい。


「あ、えーと……そうですね、迷ってます」

「コーヒーの種類なんて、普通はわからないよね、そんなときは深く考えずに直感で選んじゃいな」


加咲のお母さんはあっけらかんと言った。

一応、コーヒーを提供している側の人間のはずなんだが、そんな適当で大丈夫なのだろうか。


「そんな感じで選んでもいいんですか?」

「いいのいいの、最初は誰でもわからないんだから、いろんな種類を飲んでいくうちに自分のお気に入りを見つけていくものさ」


なるほど一理ある。そんなふうに言ってもらえると注文するのも気が楽になるというものだ。

……そういえば、以前、秋名がここのカフェオレが美味いとか何とか言っていたな。

メニュー表をもう一度見てみるが、カフェオレの文字がどこにもない。


「あのー」

「はいはい、注文決まった?」

「カフェオレってないんですか?」

「カフェオレ……?」

「以前、知り合いがここのお店でカフェオレ飲ませてもらって、それが美味しかったって聞いたんです」

「……」


加咲のお母さんは何かを考え込み始めた。

もしかしてメニュー表にないし、本当に取り扱っていないものなのか? それならば秋名が言っていたカフェオレとは一体……?

これでもしアイツが適当なことを言っていたというのなら、明日学校でとっちめてやる必要がある。


「……ちょっと聞きたいんだけどさ」

「はい」

「……名前なんていうの?」

「俺のですか?」

「うん」

「玉城といいます」


加咲のお母さんは一瞬カッと目を見開いた。


「玉城君……もしかしてだけど、うちのたわわと知り合いだったりする?」

「仲良くさせてもらってます」


どうやら俺の名前は妹だけでなく母親の方にも浸透しているらしい。加咲が俺に関して、変なことを言っていないといいが。


「そうか、君が玉城君ね、あの玉城君……」

「あの?」

「あ、いや、こっちの話だから……」


加咲、マジで変なこと言ってないだろうな。『あの』とか言われたぞ。


「でもそうか、それならすぐに言ってくれればよかったのに、たわわを呼んで来て相手させたんだからさ」

「あ、いえ、今日は別に加咲に……たわわに用があったわけじゃないですよ、ただ立ち寄ってみただけで……」

「そうなの? まあでも、あの子はここを手伝わない日は一日中部屋でネットとかやってるだけなんだし、玉城君の話し相手でもやらせたほうがいいのよ」


気のせいか、加咲のお母さんは先ほどよりもニコニコしている気がする。


「それでカフェオレだったね? 待っててね、すぐ作るから……」


そういって、加咲のお母さんは店の奥に引っ込んでいった。



何はともあれ、注文は済ませた。あとはカフェオレが来るまでの間、長谷川とヒロミにメールでも打っておくか。


『駅の近くの喫茶店にいる、着いたら連絡くれ』


長谷川は時間にルーズなやつで、午後1時に集合と約束すると、大抵は1時15分あたりに約束の場所に来る困ったやつだ。ヒロミはあまり休みの日に遊んだことがないからよくわからないが、長谷川よりかはひどくはあるまい。


スマホがブルッと振動し、メールが届いた。

開けてみると、ヒロミからだ。


『ゴメン、ちょっと遅れる! <m(_ _)m>』


遅れるというが、速攻で返信をくれるだけましである。

長谷川は返信すらない。こいつはメールを見てないどころか、メールに気づいていない、つまりは家で寝ている可能性すらある。


俺がメールを打ち終えてからほどなくして、


「はい、カフェオレね、お待たせしました」


加咲のお母さんがカフェオレを持ってきた。


氷で冷えたカフェオレを一口飲む。

なるほど、これは美味い。

どうやら俺はカフェオレというものをみくびっていたようだ。ちょっとすごいコーヒー牛乳だろう、程度に思っていたが全然違った。コーヒーの香りをきちんと残しつつ、コーヒーの苦さが牛乳でまろやかになっており、とても飲みやすい。この風味は癖になりそうだ。


「……」

「……?」


カフェオレを味わっていると加咲のお母さんがずっと俺を見ていることに気が付いた。


「……どうしたんですか?」

「いやね、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」


こちらから話しかけると、加咲のお母さんは恐る恐るといった感じに口を開く。


「うちのね、娘の事なんだけど……」

「たわわのことですか?」

「うん、そう、それの事なんだけど……君から見てどう?」


えらくざっくりとした質問だ。「どう?」とは一体。

俺が答えあぐねていると、


「こう……印象はどんな感じかなって」


加咲のお母さんが言葉を付け加えた。

なんだか奥歯に何か挟まったような言い草に違和感を覚える。少なくともここに入店してきた時のハキハキとした対応は鳴りを潜めていた。


「印象? 第一印象は大人しい子だなって思いました」

「あー、そうか……」


俺の答えに加咲のお母さんは少し落胆した様子だ。何と答えてほしかったのだろう。


「まあでも、一緒に遊んだりしていくうちに、活発なところもあるんだなってことはわかりました」


最近、加咲が秋名にプロレス技をかけているのをよく目にする。この前は見事なジャーマン・スープレックスで秋名をベッドに沈めていた。


「……ほほう、それで?」


落胆から一転、加咲のお母さんが身を乗り出して聞いてくる。どうやらポジティブな事を言ったのが琴線に触れたようだ。


「えーと……そうですね、一緒にいて楽しいタイプというわけではないです」

「……」


加咲のお母さんは、今度は露骨に落胆した。

娘が褒められると喜ぶし、その逆だと落ち込む。とてもわかりやすくて、なんだか少し可愛いと思ってしまった。


「ただ、一緒にいると落ち着くタイプです、だからこれからも仲良くしていきたいです」

「……!」


加咲のお母さんがグイッと顔を突き出す。

別にこれは加咲のお母さんをフォローするためのリップサービスではなく、本心からそう思っている。

秋名なんかは一緒にいて楽しいタイプだ。アイツといると飽きない。だが、秋名にずっと合わせていると疲れることもある。

その一方で、加咲と一緒にいると落ち着く。刺激がないという言い方もできるが、昼休みなどは加咲の隣でまったりするのが日常となっている。


「……それはつまり……たわわのことは、悪くないと思ってる?」

「えーと……まあ悪くないというか、可愛い後輩だと思ってます」


悪くないとは思っている。ただ、どうにも加咲のお母さんから期待の込められた目で聞かれると、なぜか訂正をしてしまった。


「可愛い後輩……それは、コロコロして可愛いってこと?」

「コロコロ……?」


変わった擬音だ。コロコロというと球体が転がっていくイメージだが、加咲に球体のイメージがあるかというとそうでもない。むしろあの際立った凹凸によってガタガタと転がっていくだろう。


「いえ、コロコロとは思ってないですね」

「コロコロじゃない……それならどんな風に可愛いってこと?」

「……」


難しい質問だ。俺が加咲を可愛いと思う部分……


「顔とか……」

「顔が可愛い!?」


思ったことをそのまま口に出したのはよくなかった。特に親御さんに対してはストレートに言うべきではなかったと思う。なんとか誤魔化すことが出来ないか。


「あ、いや、顔も可愛いというか内面が可愛いというか……」

「……」

「……まあ、そんな感じです」

「……そう」


誤魔化すのはしくじった気がする。


「……ちょっと待ってて」


加咲のお母さんは俺にそう断ると、店の奥に行ってしまった。


一体どうしたんだろうか。

俺が変な事を言っていなければいいのだが。

不安を感じていると、スマホが振動した。


『悪い寝てた』


送り主は長谷川と表示されている。


「……あの野郎」


悪い予感が見事に的中した。

あいつの家から駅前までは三十分はかかる。そして絵文字も一切使用してないところを見ると、本当に今起きてメールを送ってきたのだろう。

時間を見れば、そろそろ待ち合わせの時間だ。

はあ、と大きくため息をついて、長谷川への返信を送った。


『殺す』


俺の気持ちを一言で表してみた。この思いはきっと長谷川に伝わるだろう。


「あのー、玉城さん……」


声をかけられたので、スマホから顔をあげると、この前店先で会った加咲の妹が俺の横に立っていた。


「久しぶりだな、妹の……」

「稔です、そう呼んでください」

「ああ、稔……」


稔は俺の隣のカウンターに座った。


「……? どうした?」

「お母さんにしばらく玉城さんの相手をするように言われまして」

「……どういうことだ?」

「さあ? どういうことでしょう?」


稔はニコニコした顔で、まるでとぼけるような返答をした。


「まっ、それはいいですよ、それよりもですね、いろいろと聞きたいことがあります」

「なんだ?」

「玉城さんって、お姉ちゃんの事をどう思ってます?」

「……さっきもお前のお母さんから同じことを聞かれたぞ」

「あ、本当ですか? 何て答えたんですか?」

「可愛い後輩だと答えた」

「そうですか……」


稔は腕を組んで何やら考え事を始めた。

正直、稔が何を考えているかよりも、腕組みをしているせいで押し上がって大変なことになっている巨乳の方が気になる。加咲の妹ならばおそらく中学生だろうが、最近の中学生はヤバいな。……まあ俺も二年前までは中学生だったんだけど。


「……玉城さん」

「うん?」

「玉城さん的には太っている人ってありですか?」

「太っているっていうのは、加咲……じゃなくて、たわわのような?」

「はい」


この世界は巨乳がデブとして扱われている。まあ、太っている人は大抵巨乳だが、加咲一家のようなウエストが引き締まっている巨乳な人たちもまとめてデブにカテゴライズされているようだ。


「俺の個人的な意見としては、そもそもたわわをデブと思ったことがない」

「え? 本当ですか? じゃあ私は?」

「デブじゃないと思ってるぞ」

「……お母さんは?」

「デブじゃない」


稔は何やらウンウンと頷いている。


「……わかりました」

「何がわかったんだ?」

「玉城さん、ちょっとお願いがあります」

「ああ」

「私と付き合って欲しがぁ!?」


稔の言葉が途中で止まる。

いつの間にか俺たちのそばまで来ていた加咲が、お盆で稔の後頭部を殴ったせいだ。


「か、加咲いつの間に……じゃなくて、それで頭を殴るのはマズイぞ」

「……ごめんなさい先輩、稔が言ったことはすべて忘れてください」

「ちょっとお姉ちゃん、いきなりひどくない!?」


加咲がもう一度お盆を振りかぶる。

稔はすぐさま俺の背中に逃げ込んだ。


「か、加咲、落ち着け……」


最近加咲のバイオレンスな面をよく見る。もしかしてこれがコイツの素なのかもしれない。


「ほら、何遊んでんの、たわわ、稔」


加咲のお母さんがカウンター越しに戻ってきた。


「ねえ、玉城君、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」


加咲のお母さんまで俺にお願いか。今日はよくお願いされるな。

というかお盆を持って臨戦態勢の長女と俺の背中で震える次女を目の前にしても、それらをまったく気にかけていないのは肝が太すぎやしないか。


「え? えーと……俺でよければ……」

「じゃあバイトしてくれない?」

「バイトですか?」

「うん、買い出しのお願い、お代ははずむから」


いきなりな話だが、どうせあと三十分はヒマになるだろうし、それまでの暇つぶしとしては最適だろう。

何より、俺を挟んで姉妹が対峙しているこの状況を何とか出来るのならば、それに飛びつかざるを得ない。


「構わないですよ、やりましょう」

「そう、よかった、じゃあこの子たちも連れていってね」

「……え?」


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