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エロマンガ(秋名)

「日曜日、暇だから遊びませんか?」


昼休み、私は玉城先輩と咲ちゃんに提案した。


「いいぞ」


玉城先輩は簡単に了承する。咲ちゃんも頷く。


「じゃあ遊ぶ場所は……先輩の家ってことで」

「……!」


私はなるべく自然な感じでさらっと言う。この遊ぶ提案とは先輩の家に押しかける適当な口実を作るためのものだ。


咲ちゃんが急にキリッとした顔をした。咲ちゃんはかねがね先輩の部屋に行きたいと言っていたのだ。男の部屋なんて滅多に行けるものではない。引っ込み思案の咲ちゃんならなおさらだろう。


「悪いが俺の家はダメだ」

「え!?」


私よりも先に咲ちゃんが反応した。

正直、この答えは私も少し予想外だった。先輩は女子に対してかなりおおらかな男子で結構簡単に部屋にあげてくれると思っていたのに。もしかしたらこの認識を改めなければならないかもしれない。


「家に家族がいてな、騒げないんだ」


どうやら私が想像していたのとは少し違う理由だった。安心すると同時に、惜しいと思う。ぶっちゃけまったく騒がないから部屋に入れてほしい。きっと咲ちゃんも同じ気持ちだろう。


「代わりにお前らの家に行くのはどうだ?」

「私たちの家ですか……?」


遊ぶ目的の九割は先輩の部屋に押しかける事なので、それが出来なくなると遊ぶ気も減る。だけどそんなこと正直に話せば先輩怒るだろうし……ここは遊ぶ方向で話を進めよう。


「私の家もダメですね……日曜は兄が……」


兄がネットでライブ配信してます、なんて言えるわけがない。あれは身内の恥だ。


「なら加咲の家か、大丈夫か?」

「あ、大丈夫です……」


期待したものと違った結果になって、咲ちゃんもさぞかし残念だろう。しかし、玉城先輩に対してNOと言えない咲ちゃんは肯定の返事をするしかないのだ。


「それなら加咲の家か……でも俺、加咲の家知らないな」

「それなら私が案内しますよ、駅前に集合しましょう」



こんな会話があったのが金曜の事。

そして当日になった。


駅前で玉城先輩と落ち合う。

玉城先輩は半そでのワイシャツとジーパンという何とも言えない格好をしている。いや、別にいいんだが、もっとこうサービス的なものが欲しい。例えば前ボタンを全部開けるとかそういうのが。


「どうした?」

「いえ、なんでもないです」


まあ先輩にそういうことを求めること自体が間違いなのだ。今までの付き合いでそれはよくわかっている。まったく、スケベな事には寛容なのになぜこういうことには疎いのか……


「ここから近いのか」


まあ不満を言ってても仕方ない。そもそもこんな男子の先輩とこういう関係になれたこと自体が幸運なのだ。


「はい、ちょっと裏路地入りますけど」


私は咲ちゃんの家へと先輩を案内した。


咲ちゃんの実家は喫茶店を経営している。老舗でかなり昔からやっているらしく、結構繁盛しているのだとか。

私も咲ちゃんの家に遊びに行った時に、その喫茶店に入ったことがあるが、ボロそうな外見と違って中はかなり現代風のシックなお店だった。


「あ、見えましたよ、あれです」


歩くこと五分あまり、目的の喫茶店を見つけて指をさした。


「結構雰囲気あるな」

「老舗らしいですよ、咲ちゃんは二階と三階に家族と住んでます」


一階が喫茶店、二階と三階が住居なのだ。喫茶店の中からも二階に上がれるが、いつも私は外付けの階段から二階の玄関に入っている。


「お前はあの店に入ったことあるのか?」

「ありますよ、カフェオレをごちそうになりました、美味しかったです」

「ほお……」

「じゃあ行きましょうか」

「……待て、俺はコンビニに寄って行く」


先輩が喫茶店でなくその奥にあるコンビニの方を見ながら言った。


「なんか買ってくるんですか?」

「お菓子とかジュースとかがあった方がいいだろ」

「なるほど、それじゃあ私も……」

「お前は先に行ってろ、二階に行けばいいんだろ?」


荷物持ちくらいはやれるけど、どうも先輩は後輩にそういうのをやらせたくない人らしい。三人で集まったりするとき、ジュース代とかを出すのはいつも先輩なのだ。


「じゃあ先に行ってます……あ、そうだ、私はファンタのピーチ味が欲しいです」

「わかった、買っておいてやる」


先輩の厚意に甘えて、私は一人で喫茶店の方に向かった。


喫茶店の横にある階段の門を開けて中に入ろうとすると、ちょうど喫茶店の扉が開き、中からサラリーマンとエプロンをかけた女の子が出てきた。


「ありがとうございましたー」


駅の方に向かって歩いて行くサラリーマンに向かって女の子が頭を下げる。


「やってるね、稔ちゃん」

「あ、はっちゃんさん」


このエプロンの女の子は加咲稔。咲ちゃんの妹だ。顔も体型も似ているが、なぜか性格だけは咲ちゃんと反対になった女の子である。


「そういえばお姉ちゃんが、今日友達が遊びに来るって言ってた」

「そういうこと、お姉ちゃんは部屋にいるよね?」

「ううん、いないよ」


稔ちゃんが首を横に振った。


「え? この時間に来るって言ったんだけどな……」

「なんかそんなこと言ってたけど、お母さんに買い出し頼まれてた」


咲ちゃんのお母さんはこの喫茶店のマスターをやっている。咲ちゃん姉妹を生んだと一目でわかるほど太い。胸の部分に猫が描かれているエプロンを愛用しているのだが、生地が伸びきってカバに見えてしまうほどだ。


「咲ちゃん、買い出し嫌がってなかった?」

「ちょー嫌がってた、でもお母さんに頭叩かれてブツブツ文句言いながら出かけた」


咲ちゃんのお母さんは外見も太いが中身も太い。肝っ玉母さんというやつだろうか。


「まあいいや、それじゃあ咲ちゃんの部屋で待ってるから」

「うん、そうして」


稔ちゃんはポケットから鍵を取り出すと門の錠前を外した。


「二階の玄関の鍵は空いているから、入っても閉めなくていいよ」

「オッケー……あ、そうだ」


私はニンマリと笑った。これも稔ちゃんに言っておこう。


「実は今日さ、もう一人遊びにくるんだけど」

「え? 誰?」

「玉城先輩」

「玉城先輩……? どっかで聞いたことある」

「多分、咲ちゃんが言ってたのかも、私と咲ちゃんと仲の良い先輩なんだ」

「へえ……」


稔ちゃんはあまり興味無さそうな顔をしていたが、私がニヤついているのを見て、何かを察したようだ。


「……え、その先輩ってもしかして、男子?」

「その通り」

「うわっ、マジ? お姉ちゃんが男の人連れてきたってこと!?」


連れてきたというか、私も一緒だし遊びに来たわけだけど……でも、形の上では、咲ちゃんが自分の部屋に男子を招いていることに他ならない。

これは稔ちゃん的にかなりの大事件らしく、あわあわとし始めた。


「やっばい、これお母さんに報告しなきゃ……あ、そっか、だから買い出し嫌がってたんだ、その先輩が来るから……」

「多分そうだろうね」

「うわー……あの姉に男の知り合いができるとか前代未聞だよ……」

「そこまで?」

「だって根暗、デブ、オタクのあの姉がだよ? まあデブは私もなんだけどさ……」


自分の姉に対してボロクソに言いすぎじゃないか、とも思ったが、おおむね私の咲ちゃん像とも合致するので何も言わないでおいた。


「どんな人? まさかイケメンじゃないよね?」

「うーん……イケメンではない」


玉城先輩の顔を思い浮かべる。

大変失礼な話だが、玉城先輩は決してイケメンではないと思う。結構きつい顔をしているのでむしろ女子によっては怖がるのではないだろうか。

ただ、それを補って余りある魅力がある。


「よかったー、これでイケメンだったらもう本格的に絶望するところだったよ」

「ただ、大きい」

「……」


ホッとしたのもつかの間、稔ちゃんがキリッとした顔をした。

この辺りの反応が完全に咲ちゃんとの血のつながりを感じさせる。


「……大きいってどこが?」

「それはもう色々なところが」

「いろんなところ……内面的な部分?」

「……も、ある」


スケベなことに寛容すぎる玉城先輩は人間として男子としてとても大きいだろう。だがそれだけではないのだ。


「もしかして……胸板的なものが? 大きいとか? そういう話だったり?」

「イエス」

「マジで!? ヤバいよ!」


先輩の魅力とはすなわちその体型だ。高い身長、広い背中、厚い肩幅、太い二の腕、とても恵まれた体をしている。個人的には90点はあげられる体つきだと思う。


きつい顔していながら身体だけは半端ない、しかもエロい事に寛容。それが玉城先輩の魅力なのだ。


「もしかしてもうやっちゃってたりする?」

「それはねえ……してないんだよねえ……」


いつかはやりたいと思っているが、タイミングがつかめない。色々と寛容な先輩だから全力で土下座すればやらせてくれそうな気はする。でももし断られたら、今のこの幸福な状況を破壊することにもつながってしまう。慎重にならざるを得ないのだ。


「そっかー……ちょっと見てみたいな」

「コンビニ寄ってからここに来るからすぐ会えるよ、水色のワイシャツに黒のジーパン履いているし……まあおっきいから一目見ればすぐわかるよ」

「一目見れば……そんなに大きいんだね!」


稔ちゃんは鼻息を荒げている。やっぱりこういうところは咲ちゃんの妹だ。


「じゃあ、私は中に入るから」

「うん!」


まだ見ぬ巨漢先輩の事を想像して興奮している稔ちゃんをよそに、私は門を開けて階段をのぼった。




もう何度も来ているので、咲ちゃんの部屋へは迷いなく来れた。


「お、ポスターは外したか」


以前部屋に来た時にはアニメのポスターやらプロレスラーのポスターやらが張っていたのだが、それらは綺麗に剥がされている。さすがに先輩に見られたら引かれると判断したのだろう。


ただ、本棚からあふれんばかりの漫画本もどうにかした方がよかったと思う。


「さてさてこちらはどうですかね~」


私はベッドの下に手をツッコんだ。まさぐる手はすぐに目当ての物を見つけ、それを引っ張り出す。


「あらあら、これはそのままなんだねえ」


私がひっぱりだしたのは箱だ。中身は咲ちゃん御用達のエロマンガ。咲ちゃんの変態性がふんだんにつまったもので、男子に見られれば一発で軽蔑されること間違いなしの代物たちだ。


まあ、先輩は他人の部屋を漁るような非常識な人ではないだろうし、ベッドの下に隠しておけばまず見つからないだろうが。


私は箱に乱雑に詰め込まれているエロマンガのうち、一冊を手に取って箱をしまった。

中身をぱらぱらとめくる。軽いSMものだが、咲ちゃんの大好きな背筋が気持ち多めに描写されている気がする。


暇だしこの本でも読んでようか。そう思った矢先、足音がこの部屋に近づいてきた。

足音に迷いがないし、先輩ならこの家の入り方とかを聞いてくるために電話の一本でもよこしてくるだろうから、きっと咲ちゃんだろう。

私はそう判断して読書を続けた。


ガチャリ


ドアが開く音がする。そして……


「何やってるんだお前」

「うえっ!?」


……予想していなかった低い声を聞いて変な声を上げてしまった。

振り向くと、そこには玉城先輩が立っていた。


「せ、先輩!? 咲ちゃんが帰ってきたのかと思いましたよ」

「うん? 加咲はいないのか?」


私はとっさに手に持っていたエロマンガを後ろ手に隠した。


「家の手伝いで買い出しに行ってるみたいです……」

「そうか、あいつも大変だな」

「そ、そうですね……」


私はしどろもどろになりながらも、なんとかこのとっさに隠したエロマンガを先輩に悟られぬようベッドの下の箱に戻す方法を考えた。


「で、お前はなんでコソコソしてるんだ?」

「え? コ、コソコソなんてしてませんよ……」


ヤバい、速攻で怪しまれてる。何とか誤魔化さないと……


「背中に何を隠してる?」

「な、何も……」


最悪な事に先輩は私の隠しているものに興味津々なご様子。いや、もう本当に勘弁してください。

先輩の視線から逃げるために目を背ける。


「……秋名、隠したものを見せてみろ」


しかし、先輩の追及が止まらない。

なんでもこうまでしつこいのだろう。私が隠しているものは決して先輩が喜ぶものではないと断言できるのに。


「せ、先輩しつこいですよー?」

「お前が隠すからな、それに今のお前の顔は何かしら後ろめたいものを抱えている時の顔だ」

「そ、そ、そ、そんなうしろめたいだなんて……ははは……」


くっ、もしかして先輩は全てわかった上で私を糾弾しているんじゃないのか。凄い的確に私を追いこんでいる。


「秋名、今日買ったコンビニの菓子、割り勘じゃなくて俺が奢ってやるよ」


唐突に先輩が話題を変えた。追及を止めてくれたのかと一瞬思ったが、


「あ、ありがとうございます……」

「その隠しているものを見せてくれればな」


単純に攻め方を変えただけだったようだ。


だが、あいにくとそんな安い取引には応じない。

私がこのエロマンガを隠している理由は二つ。

一つ目は咲ちゃんの尊厳を守るためだ。先輩はどこか咲ちゃんを普通の女子だと思っている節があり、咲ちゃんもそのことがわかっているので先輩の前だと猫を被っている。咲ちゃんの友達として、私は咲ちゃんをフォローする義務があるのだ。


私の脳裏に、今までの咲ちゃんとの思い出がどんどんと流れてくる。

咲ちゃんに頭を締められた思い出、腕を極められた思い出、足を固められた思い出……あれ? ロクな思い出がないぞ? というか痛めつけられた記憶しかない。

……これは別に咲ちゃんのために頑張らなくてもいいのでは? 取引に応じても許される……?


いやいや! 咲ちゃんは友達! 大切な友達! 


それに咲ちゃんのためだけじゃない。このエロマンガを見せない理由の二つ目は先輩本人のためでもある。

こんな汚いものを見せたら先輩が汚れてしまうではないか。


仲の良い友達のため、慕っている先輩のために……


「……じゃあ割り勘でいいです」

「……」


私はきっぱりと断った。


先輩はムッとした顔をすると、一歩足を踏み出した。

私は近づいてきた先輩から少し離れる。またも先輩が近づく、私は離れる……このやりとりは私の背中が壁につくまで続いた。


「秋名……」

「……はい」

「覚悟しろ」


まさか強引に奪い取りに来るつもりか!

私は先輩に対して背を向けると、床に伏せるようにうずくまった。亀のポーズだ。先輩は体が大きいからこうでもしないと抵抗できない。


「わひゃっ」


急にわき腹がくすぐったくなって小さな悲鳴が出てしまった。

何事かと見ると、なんと先輩が私のわき腹から手をツッコんでいたのだ。


「それをよこせ、秋名」

「ひひゃ、ひゃ、ひゃ……せ、先輩、だ、だめですよ~」


な、なんということをしているんだ!

男子にわき腹をまさぐられるなんて嬉しくないわけがない。

身体はくすぐりから逃れたいあまり反射で身をよじってしまうが、頭ではもっと悪戯してほしいと思っている。


私がそんな歓喜の拷問を受けていると、先輩の手が一気に腹にまできた。

先輩に後ろから抱かれている格好だ。


「ほわっ!?」


まるでAVで見たことあるような後背位のような体勢で密着したため、一瞬、このままセックスをする気なのかと本気で勘違いした。


しかし、私のそんな期待は裏切られた。先輩はそのまま私をひっくり返し、先輩の腕の中で座らされたのだ。

いや、この体勢もかなりやばいけど。


「さて、何を隠したか見せてもらおうか」


先輩が耳元で呟いた。

本当にこんなことしてはいけないと思う。だって女子に後ろから抱きついて耳元でささやくなんて、恋人にしかやらない事だもの。こんなこと巨漢男子にやられたら大抵の女子は落ちる。


「……」

「見せろ」


もはや抵抗することが出来なかった。今、私は先輩の腕に包まれ、胸に背中を預けながら蕩けているから。

先輩の大きな身体に包まれて、温かい体温がじんわりと私に移っていくようだ。どこかで『男に抱きしめられるとリラックスする』と聞いたことがあるが本当だった。これは心が穏やかになる。


「……『僕を調教してください』……」

「……」


先ほどまで先輩にくすぐられてヘロヘロになってしまったのだし、ここは先輩に責任を取ってもらおう。この身を預けてまったりさせてもらうのだ。男の人を椅子代わりにできるとか最高の贅沢ではないか。


「……エロマンガか」


私が蕩けている間、先輩はエロマンガをぱらぱらとめくっている。

……先輩がエロマンガをぱらぱらとめくっている!?


「……え? ちょっと何読んでるんですか先輩!?」


私は一気に覚醒した。

予想だにしない行動である。まさか例のエロマンガを読みだすとは思わなかった。てっきり表紙を見た時点で、ドン引きして見なかった事にするだろう、とばかり思っていたのに。


「まずかったか?」

「まずいに決まってるじゃないですか! 先輩が汚れます!」


先輩はこんな汚い世界を知ってはいけない。

私は先輩からエロマンガを取り返した。


「こんなもの読んだくらいで汚れないぞ」

「汚れちゃうんです! ……ていうか、これ読んで何とも思わないんですか?」


なにせ、男がリードにひかれている絵なのだ。男子ならば間違いなく軽蔑するだろうし、女子でもそういうのに理解がある人でなければ引くだろう。


「特に何も」


しかし先輩はあっさりとしていた。いつもと変わらず淡々としているし、強がっている様子もない。


「……先輩ってつくづく他の男子と違いますよね」

「そうか?」


そうだとも。

先輩はエロに寛容だと思っていたが、まさかこういうのまで受け入れられる人だったとは。


「しかし、お前もこういう本を読むんだな」

「なっ!? ち、違いますよ! これは咲ちゃんの本です!」


先輩が勘違いをしているので急いで訂正した。こうなれば咲ちゃんには申し訳ないが、私の名誉だけでも守らせてもらおう。

友達としてフォローする義務? そんなものはない。


「加咲の? あいつがこんなの読むのか?」

「もうこの際だから言いますけど、先輩は咲ちゃんの事を誤解してますよ、咲ちゃんは割と変態入ってます」


先輩はショックを受けた顔をしているが、女なんてみんなエロいんだからエロマンガやらエロ雑誌やらの一冊や二冊は大抵持っている。こんなの一般常識かと思っていたけど。


「……ほら、これ」


証拠として咲ちゃんのベッドから咲ちゃんの御用達のエロマンガ詰め合わせボックスを引っ張り出す。


「……加咲はこういう本を読むんだな……」


まだショックから抜け切れていない先輩は茫然とした様子で箱の中を漁っている。漁れば漁るほどショックを深めるだけだと思うんだけど……


「先輩、言っておきますが、これはあくまで咲ちゃんの趣味であって、私はこういう本を読みませんからね」


もう一度念を押す。私の性癖は咲ちゃんと違ってノーマルな奴だ。まあ、ちょっと強引にしちゃう系のやつも読むけど、でも基本的に純愛系を読むからノーマルなはずだ。


「それはエロマンガ自体を読んだことがないってことか?」

「……そういうことです」


先輩が良い方に勘違いしてくれたからそれに乗っかることにする。


先輩は箱の中から本を一冊取り出して、ぱらぱらとめくり始めた。


私はもうそれを咎めるようなことはしない。開き直って全部言ってしまった以上、咲ちゃんの名誉は守りようもないから隠す必要は無くなった。さらに先輩はこういうのを見ても気にしないときた。


それならば(今のところ)私専用の『先輩椅子』の座り心地を堪能した方が有意義というものだ。

私は先輩にもたれかかり、目を閉じた。抱きつくのもいいが、こうして先輩に包まれるのもいい。とてもまったりできる。

この時間が永遠に続けばいいと思った。


ガチャリ


ドアが開く音がした。

この至福の時間を邪魔するのは誰だと思い、ドアの方を見ると、咲ちゃんが顔面蒼白で立っていた。


「……やっべぇ……」


咲ちゃんの事すっかり忘れてた。

今、咲ちゃんには、自分の秘蔵のエロマンガを読んでいる憧れの先輩と、その先輩の腕のなかにおさまっている親友の姿……が見えてるはずだ。もし私が咲ちゃんの立場なら発狂するね、間違いなく。


果たして私の予想通り、咲ちゃんがネコとニワトリをミックスしたような叫び声を上げて

こちらに飛びかかってきた。


咲ちゃんの気持ちを落ち着かせるのは、多大な時間と私の犠牲(咲ちゃんのプロレス技によるもの)を必要とした。


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