エロマンガ(玉城)
日曜日の昼下がり、俺と秋名は強い日差しを浴びながら駅前に立っている。
「ここから近いのか」
「はい、ちょっと裏路地入りますけど」
そう言って秋名は歩き出し、俺はその後について行った。
三人で日曜日に遊ぼうと話したのは金曜の事だ。いつものように、提案をしたのは秋名だった。
最初は俺の家に集まろう、という話だったが、あいにくと日曜は麗ちゃんが家にいるために断った。麗ちゃんは可能な限りいたわってあげないといけない。
次に、秋名の家が候補に挙がったが、秋名も家族がいるからダメとのことだ。特に兄がいるからNGだとかなんとか……
そして消去法で加咲の家となった。
しかし俺は加咲の家を知らない。なので、こうして秋名に案内してもらっているわけだ。
「あ、見えましたよ、あれです」
秋名の指差す先にはレトロな喫茶店があった。
「結構雰囲気あるな」
「老舗らしいですよ、咲ちゃんは二階と三階に家族と住んでます」
確かに喫茶店は三階建てで、外側に二階へ上がる階段があり、そこから入るための門は閉じられている。
「お前はあの店に入ったことあるのか?」
「ありますよ、カフェオレをごちそうになりました、美味しかったです」
「ほお……」
「じゃあ行きましょうか」
「……待て、俺はコンビニに寄って行く」
喫茶店の通り道の数件先にコンビニの看板が見えた。
「なんか買ってくるんですか?」
「お菓子とかジュースとかがあった方がいいだろ」
「なるほど、それじゃあ私も……」
「お前は先に行ってろ、二階に行けばいいんだろ?」
秋名や加咲には金を出させる気も荷物を持たせる気もない。買い出しは俺一人で十分だ。
「じゃあ先に行ってます……あ、そうだ、私はファンタのピーチ味が欲しいです」
「わかった、買っておいてやる」
俺は手をヒラヒラとさせて了承の合図を出すと、秋名と別れてコンビニに向かった。
お菓子とジュースを買い込み、コンビニを出た。五分くらいで済むかと思ったが、意外と時間がかかってしまった。適当なものを買おうと思っても、いざ商品を目の前にすると結構選んでしまうものだ。
加咲の喫茶店の前まで戻ってくると、店の前にエプロンをかけた少女が立っていた。
加咲の妹か……
俺は直感的にそう判断した。
判断材料は色々ある。まず、かなり顔が加咲に似ている。そして加咲よりも背が小さい。さらに……加咲と同じくらい豊満な胸部を有している。特に最後の判断材料が加咲との血縁を強く感じさせた。
加咲の妹と思わしき少女が、近づいてくる俺の方を向いた。
「いらっしゃいませ」
少女が頭を下げる。おそらく家族として店の手伝いをしているのだろう。
「いや、俺はここの客じゃないんだ、二階の方の……」
「……あ、もしかして……玉城さんですか?」
どうやら話が通っているらしい。
「ああ、そうだ……君は加咲の……いや、たわわの妹さんか?」
普段加咲の事は苗字で呼んでいるが、加咲の身内に対しても苗字で呼ぶわけにはいかないだろう。
「はい、稔といいます!」
加咲稔か。姉がたわわ、妹がみのり、なるほど、姉妹揃って名を体で表している。体の一部分的な意味で。
こうなってくると、加咲のお母さんの姿と名前も気になってくるな。やっぱり名を体で表しているのだろうか?
「……」
「……?」
稔はなぜかこちらをまじまじと見つめている。
自己紹介は済ませてあるので不審者とは思われていないはずだが。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、何でもないです! はは……」
なんだか適当に誤魔化された。
まあいいか、それよりも秋名達を待たせている。
「秋名が先に行ってると思うんだが……」
「はい、はっちゃんさんはもう家にいますよ」
加咲は秋名の事を「はっちゃん」と呼ぶ。そこから妹は「はっちゃんさん」と呼んでいるのだろう。
稔は二階につながる階段の門を開けた。
「どうぞ」
「悪いな、お店の手伝いをしていたみたいなのに」
「すぐに戻るから大丈夫ですよ」
稔に先導され、俺達は階段をのぼった。
「ちなみになんですけど、お姉ちゃんと玉城さんってどんな感じなんですか?」
「どんな感じって……仲の良い先輩後輩かな」
「へえ……あ、もしかしてなんですけど、お姉ちゃんとデパート行ったことありません?」
「あるぞ」
「あーやっぱり、お姉ちゃんが珍しく服を気にしてたから、絶対デートだと思ったんですよ、玉城さんだったんですねー」
階段をのぼりながら、稔と話をする。姉の方と違って妹の方はだいぶ社交的だ。性格が反対のタイプの姉妹なのだろう。
階段をのぼり終え、稔が玄関のドアを開ける。
家の中には廊下と、その隣に階段があった。
「階段のぼってすぐ右の部屋です、お姉ちゃんの名前のプレートが掲げてあります」
「ありがとう、仕事頑張ってくれ」
「はいっ」
稔は快活な返事をして階段を下りていく。
俺は家の中に入り、靴を脱ぎ、階段をのぼった。
のぼった先のすぐ右の部屋には確かに「たわわ」と書かれたプレートが掲げられている。
俺は躊躇なくその扉を開けた。
部屋では秋名がベッドのそばで、こちらに背を向けながら何やらコソコソとしている。
「何やってるんだお前」
「うえっ!?」
秋名が変な声をあげながら振り向いた。
「せ、先輩!? 咲ちゃんが帰ってきたのかと思いましたよ」
「うん? 加咲はいないのか?」
「家の手伝いで買い出しに行ってるみたいです……」
「そうか、あいつも大変だな」
「そ、そうですね……」
俺は床にコンビニの買い物袋を置く。
加咲の部屋を見渡す。思えば女子の部屋なんて初めてきた。思いのほか物がたくさんある。特に本棚はこれでもかというほど漫画が詰め込まれており、入りきらない漫画は床に積み上げられていた。
「で、お前はなんでコソコソしてるんだ?」
「え? コ、コソコソなんてしてませんよ……」
嘘をつけ。
秋名は身体こそこちらの方に向けたが、なにやら後ろ手に物を隠しながら、しどろもどろになっている。
「背中に何を隠してる?」
「な、何も……」
秋名がそっぽを向いた。
こんな風に露骨にすっとぼけられると逆に興味がそそられる。
「……秋名、隠したものを見せてみろ」
「せ、先輩しつこいですよー?」
秋名はあくまで抵抗するつもりらしい。
「お前が隠すからな、それに今のお前の顔は何かしら後ろめたいものを抱えている時の顔だ」
「そ、そ、そ、そんなうしろめたいだなんて……ははは……」
今まで何度も秋名のセクハラまがいの悪戯に付き合ってきた。こいつの今の顔はそんな悪戯を仕掛ける時の顔をしている。後ろ手に隠したもので、俺に何らかの悪戯を仕掛けてくるとも限らない。
「秋名、今日買ったコンビニの菓子、割り勘じゃなくて俺が奢ってやるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「その隠しているものを見せてくれればな」
珍しく秋名が強情なので飴と鞭作戦に切り替えていく。この作戦は元から奢るつもりだったので、俺に損はない。
「……じゃあ割り勘でいいです」
「……」
これでも秋名は譲らない。かなり強情だ。
ならば飴の時間は終わりだ。鞭作戦へと移行しよう。
俺が一歩近づくと、秋名も同じ距離だけ後ろに下がる。それを繰り返すこと3回、秋名を壁際まで追い詰めた。
「秋名……」
「……はい」
「覚悟しろ」
秋名は何かを察したらしい。後ろを向くと床に伏せるようにうずくまった。つまりは、俺に背中と尻を向け、腕の中に隠し物を抱きしめる格好をしたのだ。
秋名は徹底抗戦の構え。ならば俺は強行するまでだ。
俺は秋名のわき腹から手をつっこんだ。
「わひゃっ」
秋名がくすぐったそうに身をよじる。
元の世界ならば、こんなこと恋人同士でもない女子相手にはまずできなかっただろう。
しかし、男女の貞操概念が逆転しているこの世界……向こう(女子)の方がこちら(男子)を触りたがってくる世界……ならば、問題にはならないはずだ。
まあこれも役得だ。さすがに胸や尻に手を伸ばすことはないが、秋名のわき腹をたくさん触らせてもらおう。
「それをよこせ、秋名」
「ひひゃ、ひゃ、ひゃ……せ、先輩、だ、だめですよ~」
口ではダメだと言っているが、俺の手がくすぐったいのを除いたとしても、秋名が本気で嫌がっているようには見えない。
これはもうちょっと調子に乗っても大丈夫だろうか。
こんな女子とのイチャイチャめったにできるものではないし、満喫できるのならばもっとしたい。
俺はわき腹からいれた手を腹まで回して、そのままグルンと持ち上げて床に座る。秋名は抵抗も出来ずにひっくり返り、俺の腕の中にすっぽりと収まった。
「ほわっ!?」
秋名がギョッとした顔でこちらを向く。
「さて、何を隠したか見せてもらおうか」
今現在、俺は秋名を後ろから抱きしめて座っている状態だ。密着しすぎかもしれないが、やはり秋名は嫌がっていないので問題ないだろう。
「……」
「見せろ」
秋名の腕が緩んだ。
これ幸いと秋名の腕のなかにしまわれていたものを奪い取る。
秋名が隠していたもの、それは……
「……本?」
「……」
薄い本だった。パンフレットか何かかと思ったが、どうにも表紙が変だ。
リードに繋がって股間が勃起している男の絵だった。隅の方に『R-18』と書かれている。
「……『僕を調教してください』……」
「……」
大きく印字してある文字を読み上げる。この本のタイトルだろう。しかしこのタイトルはつまり……
「……エロマンガか」
「……」
俺も男だ。まだ十八歳ではないが、エロマンガくらいは読んだことがある。
ページを開くと、表紙の男があられもない姿で女からやりたい放題やられている絵が出てきた。
これは……なかなか興味深い。描かれているのはほとんど男の裸体で女の裸などまったく描かれていなかった。俺が読んだことのあるエロマンガとはまるで違う。
これはつまり女性視点で描かれたエロマンガなのだろう。貞操観念が逆転しているこの世界らしい本だ。
「……え? ちょっと何読んでるんですか先輩!?」
「まずかったか?」
「まずいに決まってるじゃないですか! 先輩が汚れます!」
秋名が俺の手からエロマンガをひったくった。
「こんなもの読んだくらいで汚れないぞ」
「汚れちゃうんです! ……ていうか、これ読んで何とも思わないんですか?」
色々思うところはあったが、説明しても分かるまい。
「特に何も」
「……先輩ってつくづく他の男子と違いますよね」
「そうか?」
価値観が逆転している世界から来ました、なんて言っても信じてはくれないだろう。
「しかし、お前もこういう本を読むんだな」
「なっ!? ち、違いますよ! これは咲ちゃんの本です!」
「加咲の? あいつがこんなの読むのか?」
「もうこの際だから言いますけど、先輩は咲ちゃんの事を誤解してますよ、咲ちゃんは割と変態入ってます」
マジかよ。こういうのとは無縁な女子だと思っていたが。
「……ほら、これ」
秋名は加咲のベッドの下から箱を引っ張り出してきた。
中には俺が取り上げた本と似たような表紙の本がたくさん入っている。
しかしまあ、ベッドの下にエロ本とはまたベタな隠し場所だ。
「……加咲はこういう本を読むんだな……」
加咲がエロマンガを読むという事実そのものも衝撃だったが、実際に読んでいるエロマンガの種類も衝撃的だった。
先ほどのリードをつけた男のエロマンガの他にも、鞭で叩かれたりとか、縛られたりとか結構アブノーマルなジャンルの絵が描かれている。
「先輩、言っておきますが、これはあくまで咲ちゃんの趣味であって、私はこういう本を読みませんからね」
「それはエロマンガ自体を読んだことがないってことか?」
「……そういうことです」
妙な間があった。
よくよく考えてみればこの世界の女子は前の世界の男子と同じなわけだし、健全な男子高生がエロマンガを読まないわけがないのと同じで、秋名だってエロマンガくらい読むだろう。
まあ、それを俺に素直に言いたくない、という気持ちもよくわかる。俺だって前の世界では異性に『俺はエロマンガ読んでます』なんて言えなかっただろうし。
俺は箱の中から適当なエロマンガを一冊取出し、中身を見た。
秋名は何も言わなくなり、まるで椅子のように俺の胸に寄り掛かっている。
やはり女性向けとあってあまり興奮する内容ではないが、まあ何かしらの勉強にはなるかもしれない。加咲が帰ってくるまで少し読ませてもらおうか……
ガチャリ
ドアが開く音がして、俺と秋名がそちらを向いた。
そこには加咲が立っていた。どうやら帰ってきたようだ。
「……やっべぇ……」
秋名が呟いた。
どういう意味だ……と聞くことはできなかった。
俺が言葉を発する前に加咲が日本語として判別できない叫び声を上げてこちらに飛びかかってきたのだ。
秋名に絞め技をかけまくる加咲を何とかなだめるのに、小一時間を要した。