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腕相撲(玉城)

昼休み、ご飯を食べ終えて教室に戻ると、なにやら人だかりが出来ている。


「レディ……ゴー!」

「うんんぐ!!」

「……」


何事かと思って覗いてみると、長谷川と花沢が腕相撲をしていた。

男子と女子が腕相撲をしても、普通は勝負にならないが、このマッチングだけは『普通』ではなかった。


「うううぐおおお! びくともしねえ……!!」

「……」


顔を真っ赤にさせた長谷川の絶叫で周囲のクラスメイトから笑い声が生まれる。お調子者の長谷川らしいオーバーリアクションだ。

一方で、花沢は余裕の見える表情をしながら長谷川を見据えている。


「ちくしょー!」

「……長谷川、もう倒していいか?」

「なっ!? てめえ……」


花沢が宣言するとともに、一気に腕を倒した。それと同時に長谷川もひっくり返る。


「はい、ゴリ沢の勝ちー!」

「花沢だ!」


レフェリー役の男子生徒が花沢の腕を挙げて花沢のあだ名をいうと、花沢がそれにツッコんだ。この辺りのやりとりは、このクラスではお約束になっている。


「花沢パネエよ、腕折れるかと思った」

「あんたがひ弱すぎるんだろ」


腕をブラブラさせながら大袈裟に痛がる長谷川に花沢が肩をすくめながら言った。

確かに長谷川の腕は細い。こいつは運動で目立つタイプの不良ではなく、クラスの賑やかしで目立つタイプの不良なのだ。クラスの男子の平均よりも運動が出来ないかもしれない。


だが、仮に長谷川にある程度の筋力があったとしても、花沢に勝つのは難しいだろう。

なにせ花沢は女子でありながら170cmを超える長身の持ち主で、ソフト部のエースだ。並の男子よりもはるかに筋力がある。


「あーもうダメだ、やっぱり花沢がこのクラスで最強の相撲取りだな」

「待てよ、相撲取りは違うだろ!」


周りからまたも笑い声が出る。花沢の体格をいじるのがこのクラスの鉄板ネタなのだ。


「でもぶっちゃけ花沢が一番っぽいよな……」

「うん、奈江って普通に力こぶ作れるしね……」


周りのクラスメイト達も「花沢がこのクラスで一番腕相撲が強い」ということに満場一致の雰囲気だ。まあ、俺も特に異論はない……そう思って、自分の椅子に戻ろうとした時、


「あ、玉ちゃん、戻ってんだ」

「うん? ああ……」


長谷川が俺の事を見つけた。


「玉ちゃんいつも昼休みいねえのに今日はどうしたの?」

「別にどうってことはないが……」


いつもは、後輩の秋名達と昼時間いっぱいまで空いている部室棟の一室で過ごしているが、今日は秋名達が五時限目に移動教室ということで早めの解散になった。本当にただそれだけの理由だ。


「……やっぱりここは玉ちゃんだろ」


長谷川が何かを思いついたように、にやりと笑いながら俺の方を見る。


「……何がだ?」

「花沢、次の対戦相手は玉ちゃんな、玉ちゃんに勝てたら本当にクラスで最強だぜ」


どうやら長谷川は俺と花沢を腕相撲で対戦させたいようだ。


「な、何であたしが玉城君と……」

「玉ちゃん、いいよな?」

「別にいいぞ」


何で腕相撲なんてやってるかは知らないが、次の授業が始まるまでの暇つぶしくらいにはなりそうだ。それになによりもみんなが盛り上がっている遊びに誘ってくれるのならば、乗らない手はない。


「……マジで、玉城君、やるの?」

「そのつもりだが……花沢は嫌なのか? それなら止めるけど」

「いや! 嫌では決してないけど……」


理由はわからないが、花沢が恥ずかしそうにモジモジしている。

大変失礼な感想だが、そんな仕草をしている花沢からは、まるで「奥ゆかしい女子生徒」のような印象を受けた。


「なんだ花沢不戦敗か? ……つうかお前キャラ違くね?」

「黙れ」


花沢は長谷川を睨みつけた。

確かに言われてみれば、花沢は俺と長谷川で対応が少し違う気がする。

長谷川に対してはガンガン言うが、俺に対しては遠慮がちというか、一歩引いている感じだ。


「それで……結局やるのか?」

「……や、やる……」


俺が花沢に問いかけると、彼女は口元を引き締めて手をギュッと握りしめた。

そんな気合いを入れることもないだろう、と思う。こんなお遊びで真剣に勝ち負けを決めるのもアホらしいし、そもそも俺も女子相手に本気でやるつもりはない。


というかこの勝負、すでに結果は見えている。


花沢は女子にしてはかなり体格が大きいが、それをいうならば俺は男子の中でもかなり体格が大きい。というか、このクラスで一番図体がデカい。運動部に所属しているわけではないが、身体をなまらせない程度には運動もしているし、いくら相手が花沢といえど、力比べで負けることはない、という確信があった。


こちらの準備が出来ていることを示すために机に右ひじをつけた。


「あ、玉ちゃん左腕でやんな」

「うん? 左? 花沢は左利きだったか?」


以前、ソフト部の練習試合を見に行ったことがあるが、あの時花沢は右手で投げていたはずだが。


「いや、右利き、でもこいつソフト部のピッチャーじゃん」

「……ああ、そういうことか……」


合点がいって、俺は左ひじを机の上につけた。

花沢が下手に右腕を使って怪我でもしたらソフトボールに支障が出てしまう。だからあえて利き腕ではないほうでやるのだ。思えばさっきみた長谷川との腕相撲も、左腕でやっていた。


正直利き腕ではないので上手く力が入るかわからないが、それは向こうも同じ事。おそらく互いにとってハンデにも有利にもならないだろう。


さて、こちらの準備は終えたが、一向に花沢が机の上に肘を置かない。

何をしているのだろう、と思ってみると、盛んに左の掌をウエットティッシュで拭いていた。


「花沢、何してるんだ?」

「あ、いや、その……手汗を……」


どうやら手汗を拭いているらしい。別に俺はそんなもの気にしないが、おそらく花沢本人の気持ちの問題だろう。


ほどなくして、手を拭き終えた花沢が左ひじを机に置いた。


「よし、そんじゃあレフェリーは俺がやるわ」


長谷川が俺と花沢の間に立つ。


「組んでくれ」


花沢と手を握る。花沢の手は思いのほか柔らかく、花沢が女子であるということを再認識した。


ふと、顔に風が当たった。


何事かと思ったが、どうやら花沢の鼻息が俺の頬に当たっているらしい。


「花沢」

「な、なに?」

「マジでやらないから、安心しろ」

「う、うん……」


やる気満々で興奮しているようなので、一応宥めておく。

長谷川が俺たちの組んだ手の上に手を乗せた。


「いくぜ? レディ……ゴー!」


長谷川が手を放す。

マジでやらないと言った手前、いきなり力を入れるわけにはいかない。かといって、素直に倒されては勝負として面白くないだろう。踏ん張るだけにして、倒しにはいかないようにしよう……


そう思ったのだが、予想外の出来事が起きた。


花沢の手に、まるで力が入っていないのだ。


「……」

「……」

「おおっと二人とも動かない、互角なのか!?」


長谷川が実況の真似事を始めたが、俺達は決して力が拮抗して動かないわけではない。むしろ俺がちょっと押せばすぐに花沢の手の甲は机につくだろう。


花沢は何を考えているのだろうか。やる気がないわけではないはずだ。始める前にあんなに鼻息も荒かった。

いや、もしかして花沢はすでに疲れてしまっているのだろうか。長谷川との一戦を終えた後なのだし、あの鼻息の荒さは単純に疲れからくるものであったのかもしれない。


花沢の事をよく観察してみると、こちらをチラリと見ては目を逸らし、またチラリと見ては目を逸らし、を繰り返している。


「……花沢?」

「……え、な、なに?」


どうにも花沢の様子がおかしい。疲れているようだし、挙動不審である。ここは下手に長引かせずにとっとと勝負を決めた方がよさそうだ。


俺は手に力を込め、なるべく優しく手を倒す。

驚くほど簡単に花沢の手の甲は机についた。


「おおっ! 決着だ……なんかちょっとあっさりじゃね?」


長谷川も拍子抜けといった表情だが、仕方ないだろう。花沢も本調子じゃなかったようだし、それにもう昼休みも終わる。


キーンコーンカーン


そこでちょうど予鈴が鳴った。


クラスメイトがダラダラと自分の席に戻っていく。俺も自分の席に戻った。


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