新しい後輩(玉城)
あの満員電車での出来事以来、どうも俺は秋名になつかれたらしい。ことあるごとに俺を訪ねてくるようになった。会ってすることといえば特に中身のない世間話だが、それでも可愛いらしい後輩が自分に会いに来てくれる、という状況は嬉しいもので、なるべく好意的に対応していた。
毎時間の休み時間にまで教室を訪ねてくるのはさすがにやりすぎなので止めたが、それでもこうして昼休みは一緒に取ることにしている。
今日も秋名が確保している部室棟の空き部屋に入ると、そこには秋名……と見知らぬ女子生徒が立っていた。
「先輩、今日ちょっと紹介したい女子がいるんですけど……」
秋名は一歩引いている女子生徒の腰を押して、まるでこちらに差し出すように女子生徒を俺の前に立たせた。
押し出された生徒は目元が隠れるくらい長い前髪のせいで表情が見えない。しかし盛んに髪を手櫛でとかしているところから、落ち着かない様子が見て取れる。
「加咲豊ちゃんです」
「かさき……たわわ?」
「ゆたかって書くんですよ、珍しい名前ですよね」
「ああ……」
確かに「たわわ」という名前は珍しい。しかし、俺はその名前の珍しさと同時に、もう一点、この少女の強烈に目を引く部分に釘付けになっていた。
彼女の制服の胸の部分が凄まじい自己主張をしているのだ。秋名を関東平野とするのならば加咲は富士山だ。テレビや雑誌ならまだ見たことあるが、実物でここまでの巨乳は見たことがない。
名は体を表すというが、ご両親は加咲がここまで成長するのを見越していたのだろうか?
俺が妙な関心をしていると、加咲が手櫛をはげしくさせながら口を開いた。
「デ、デブでごめんなさい!」
加咲の第一声は実にユニークなものだった。
「ちょっ、咲ちゃん何言ってるの?」
加咲の第一声が軽くツボったのか、秋名が吹き出しながらツッコんだ。
「だ、だって、デブだから……」
「大丈夫だって、先輩はデブに優しいから、ね? 先輩?」
同意を求めてきた秋名にウィンクされたが、俺は首をかしげた。
「デブ? 加咲さんが? デブじゃないだろ、別に」
加咲の身体をもう一度見た。加咲は巨乳である。それも、恐らく自分の足元が見えないレベルのものだ。爆乳といっても差し支えないだろう。
しかし、加咲の太い部分はそこだけだ。腕も腰回りも、スカートから露出している足もそこら辺の女子生徒と大きく変わらない。
「え? デブ……ですよね? 私?」
「どこがデブなんだ? 標準的だと思うんだが……」
俺の言葉に加咲は口を開けてポカンとしてる。そんなに衝撃的な発言をした覚えはない。
もしや俺の見えない部分が太っているのかも、と思い、回り込んで加咲の背中……不躾だが尻にも少し……目をやったが、どこも太っている要素が見当たらなかった。
「ね? 先輩はデブに優しいでしょ?」
「ね、ねえ、これ本当? はっちゃんが先輩に頼んで二人で私の事騙してない?」
「そんなことするわけないじゃん、私達友達でしょ?」
「はっちゃん……」
加咲は秋名の言葉に感動したのか、秋名に抱きついた。
さっきから俺が置いてきぼりなんだが、いい加減、どういうことなのか説明してほしい。
「秋名」
「はい!」
「結局、なんだこれは?」
「はい! 実はですね……」
秋名が説明するには……
加咲は、秋名がこの学校に入ってできた初めての友達である。二人は入学から今まで仲良くやってきたが、最近、その友情にほころびが生まれた。
秋名が俺に積極的にアプローチを始めたせいだ。
加咲はこれに寂しさと嫉妬を覚えたという。そして裏切り者、と秋名に迫った。
秋名は、友情と俺への愛情(俺の驕りなどではなく、本人が本当にこう表現した)どちらを選択するか一秒迷い、二秒後に「両方取る」ことを決めたという。
それならばとっとと先輩に加咲を紹介してしまおうとしたが、ここで問題が発生した。
加咲が自分の事をデブだと認識し、男性相手に対して相当卑屈になっている、ということが判明したのだ。
「ぶっちゃけ面倒くさいな、と思ったけど友達だし何とかしてあげたいな、って思ったんです」
本人を目の前にして随分な言い方だが、この言葉に加咲の方は特に気分を害した様子も無かった。本当に二人の間には強い友情が結ばれているのだろう。
そして、秋名は色々な手段で「デブは良いやつ」的なプロパガンダを俺に吹きこむことを計画したらしい。確かにこの前の昼休み、やたらと巨乳の女芸人の写真やら動画を俺に見せて「この芸人は性格が良い、なぜならデブだからだ」だのなんだの言ってきた気がする。
まあ、そんなこんなで、俺が『デブ』に対して偏見を持たない人物であることを確認し、今現在、加咲を紹介するに至ったらしい。
しかし、この世界では巨乳=デブ、という認識なのだろうか。確かに言われてみるとお笑い芸人にはやたらと巨乳が多かった気がするし、ドラマに出ている俳優は大抵貧乳だ。
「……というわけで、これからは咲ちゃんも一緒に可愛がってあげてください」
「よ、よろしくお願いします」
秋名の言葉に加咲はぺこりと頭を下げる。
とりあえず、秋名の立ち位置はどこにあるんだ。
「あ、あと、咲ちゃんも私みたいに呼び捨てでいいですよ、いいよね、咲ちゃん?」
「はい、お願いします」
秋名の方からの申し出で、満員電車の出来事以来、秋名のことは呼び捨てにしている。
「呼び捨てか……加咲? たわわ?」
「か、加咲のほうでお願いします……その名前、好きじゃないので……」
まあ、確かにデブがコンプレックスの人間に「たわわ」という名前は酷だろう。秋名がさっきから呼ぶ「咲ちゃん」も加咲という苗字の方からあだ名を取っているようだ。
「じゃあとりあえず……一緒に飯でも食うか」
「はい!」
「はい!」
後輩が友達を紹介してくるなんて思いもよらなかったが、俺の周りが華やかになるのならばそれは歓迎すべきことだ。
加咲は目元こそ前髪でよく見えないが、鼻から下のパーツは整っている気がするし、割と美少女だと思う。なによりも(元の世界基準で)恐ろしくスタイルが良い。こんな女子に慕われて喜ばない男はいないだろう。
この世界に来れて本当によかった。