プールの後日談(秋名)
休み明け、いつもならばまた五日間学校に通わなければならないことを憂鬱に思うのだが、そろそろ夏休みということがあって、そこまで私の気持ちは暗くなかった。
自分の席につき、咲ちゃんから恨みまがしい視線にさらされるまでは。
「……咲ちゃん、さっきからなんで私の事睨んでるの?」
「……別に」
咲ちゃんのジト目に見られると非常に居心地が悪い。咲ちゃんの地が「負」そのものであるせいでこちらに伝わる負のオーラも半端ないのだ。
「とりあえず理由を教えてよ、何か私悪いことした?」
「……休みの日に遊びに行ったでしょ」
「……うん」
「私がバイトしているのを知ってるのに」
どうやら自分がバイトをしている時に私が遊んでいたことを怒っているらしい。
「ちょっと待ってよ、それは理不尽じゃない? だってバイトって言っても家の手伝いでしょ? なんで私が咲ちゃんの家の予定に合わせなくちゃ……」
「玉城先輩と一緒にプールに行ったんでしょ?」
「……」
なぜ咲ちゃんはそのことを知っているのか。当然だが、私はそのことを咲ちゃんに言っていない。もし言おうものならプロレス技フルコースを食らうのは目に見えているし。
「私がやりたくもないウエイトレスをやらされている時に先輩と一緒にプールに行ってたんでしょ?」
「……咲ちゃん、もしかしてそれ、先輩に……」
「昨日、ラインで先輩が教えてくれた、今度はお前も来るかって言ってた」
なんということをしてくれたのでしょう。先輩は何気なく言ったのかもしれない、それが私への死刑宣告だとも知らずに。
「いや、違うんだよ? 本当にプールに行くのはたまたま決まったことでね?」
本当に咲ちゃんの事を除け者にしようとしたわけではない。なんだったら先輩のビキニパンツ姿を一緒に観賞してもいいとさえ思っていた。
だけど、先輩がどんどん話を進めてしまったせいで、咲ちゃんの日程に合わせられなかったのだ。
「……楽しかった、プール?」
「う、うん……」
咲ちゃんはこちらの言い訳など聞いていない。
そして負のオーラがより強大になっていくのがわかる。
「とりあえず……キャメルクラッチとスコーピオンデスロック、どっちがいい?」
咲ちゃんが謎の選択肢を提示してきた。いや、大体何の事かは察しがつくが。
「……咲ちゃん、あのね……まあ、なんというか気持ちはわかるけど暴力でそれを発散させるのは良くないと私は思います」
「先輩の写真もたくさん撮ったんだってね」
ああ、もうこれは先輩が洗いざらい話しちゃったパターンですね間違いない。通りで話が通じないくらい怒ってるわけだ。逆の立場だったら私がそのキャメル何たらとかを食らわせていたところだろうし。
「……わかった、わかりましたとも……とりあえず、そのキャメル……何だっけ?」
「キャメルクラッチ」
「そう、それと……何ちゃらロック?」
「スコーピオンデスロック」
「それね……」
「あとコブラツイスト」
おい、選択肢が一個増えたぞ。
「……わかった、最後のそれも合せて、一番痛くないやつを私にかけてちょうだい」
「……痛くないやつ……」
もはや咲ちゃんの怒りは、発散させなければ収まらないだろう。それならば、一番こちらに対しての被害が少なそうな方法で発散させてやらねばなるまい。
「じゃあ、ちょっと立って……」
「……はい」
私は椅子から立ち上がった。きっと今の私は絞首台の前に立つ死刑囚と同じ気持ちになっているだろう。
「どれが痛くないかはわからないから、一通りかけて、一番痛くないやつを教えてね」
「……え? ちょっと待っ……いでででで……」
私の制止の声は蛇のように絡みついてきた咲ちゃんによってかき消された。
「それじゃあホームルーム始めるぞ……うん? おいそこの二人、遊んでないで席に着け」
咲ちゃんが私の顎から手を放すと、一仕事を終えた、スッキリした顔で席に着いた。
「ほら、はっちゃん、先生きたよ、座らないと」
おめえのせいで身体中が痛いんじゃい……という言葉をぐっと飲み込みながら私は床から起き上がった。
「……ねえ、咲ちゃん、今度一緒にプール行こうか、先輩も誘って」
「行く!」
即答だ。咲ちゃんは顔を輝かせている。さっきまで目の前の女をプロレス技でボコボコにしていたとは思えないとてもいい笑顔だ。
「それでさ、実は先輩が大好きな女子用の水着あるんだけど、今度それ買いに行こうよ」
「先輩が大好きな……女子用の水着?」
咲ちゃんはピンと来てないようだ。まあ、男子が喜ぶ女子用の水着なんて普通は存在するとは思わないだろう。
「それ着ていくと先輩喜ぶよ……どう?」
「行く!」
咲ちゃんはやっぱりいい笑顔で返答した。私もその顔で笑顔になった。心の中ではさらに満面の笑みを浮かべている。
まあ私としても、このままやられっぱなしというのは気に食わない。せいぜい咲ちゃんにも充分恥をかいてもらおう。