プール(玉城)
塩素の匂いが鼻につく。
毎年のことながら、この匂いを嗅ぐとプールに来たと実感する。
昨日デパートでビキニパンツの水着を買ってから、24時間も経たないうちにその水着を買ってこの市営プールにいるわけだが……
やはり、少し恥ずかしい。着てみれば慣れるかとも思ったが、割りとどうにもならなかった。
まあ、意外と履き心地は悪くない。ぴったりとフィットしているし、はみ出るような感覚も起きない。今までビキニというものに軽い偏見を抱いていたが、見た目がアレだという点を除けばそう悪くないものに思える。
時期が早い事もあって、他の客はあまりいない。さすがに知り合いとかにこの格好を見られるのは少し困るので、そこは幸いだった。
時計を確認する。ここの市営プールに来てから十分が経ったようだ。
俺なんて服を脱いで海パンを履くだけだから三分もかからずに更衣室を出れたが、いまだにプールに誘った張本人である秋名が来ていない。
まあ、女性だから色々と準備もあるのだろう。何よりもビキニで人前に出るというのは結構が勇気いるし。
さらに五分経ち、すっぽかして帰りやがったのかと疑念が生まれたちょうどその時、
「先輩……」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには大きな麦わら帽子を目深にかぶり、肩にカバンをかけた三角ビキニの少女が立っていた。
「誰だ?」
「わ、私ですよ! 私!」
焦ったように秋名が麦わら帽子をとった。
「知ってるぞ」
「うぐ……相変わらず意地悪ですね、先輩」
「バカ、お前の頼みを聞いてこんな恰好をしてやってる俺がなんで意地悪なんだ」
「……」
秋名は俺への恨み言を飲み込むように口をモゴモゴさせると、気を取り直したようにジッと俺の身体を凝視し始めた。
秋名の目的はビキニ姿の俺を見ることなのだし、俺もそこは了承済みなので問題はない。、現在進行形でこいつの口元がだんだんニヤケ始め、カバンから取り出したスマホで俺の事を撮影しだしたりしているが、まあそれも許そう……だが、
「秋名」
「な、何ですか、もしかして写真はNGでしたか!?」
秋名が急いでスマホをカバンにしまった。
「別に写真はどうでもいい、それよりも、その麦わら帽子だ」
「え? これがどうしたんですか?」
秋名が手に持っている麦わら帽子を見た。
「それを置け、もしくは背中に回せ」
秋名はまるで自身の身体を隠すように麦わら帽子を抱えながら俺のビキニ姿を撮影している。ちびっこい秋名では、つばの広い麦わら帽子で完全に前が隠れてしまうのだ。
「な、何でですか?」
「お前のビキニ姿が見えない」
「……やっぱり見たいんですか?」
「見たいな」
「先輩、女の子のビキニが見たいってやっぱり変ですって、私のビキニ姿なんて先輩のに比べれば1ミリの価値も無……」
「いいから見せろ、さもないと帰るぞ」
「……見せます」
不承不承といった感じで秋名が麦わら帽子を置いた。
これで秋名の三角ビキニ姿をようやくと拝むことができる。
「あ、あんまり見ないでくださいよ、恥ずかしいんだから……」
秋名はスレンダーな体つきをしており、三角のビキニはそのフォルムにピッタリ張り付いている。この体つきは、この世界の常識でいえば結構なナイスバディらしいが、俺としてはもっと肉が欲しいところだ。
しかし、これはこれで悪くない。あまり日に焼けてない肌はシミ一つなくハリがある。肉感的ではないが、骨が見えてしまうほど痩せているわけでもない、言うなれば無駄な肉のない健康的な体つきをしているのだ。健康的なエロスというのはまさにこの事をいうのではないだろうか。
そして何よりも恥ずかしげにモジモジとしている秋名の様子にクルものがある。普段は騒がしい女の子が大人しくなるとこうまで可愛らしく見えるものなのか。ギャップ萌えというやつなのかもしれない
「先輩、なんか目がエロババみたいです……」
「エロババ? ……ああ、エロババか」
つまりはこの世界だと、「エロい目で見る人物の代表格」がおばさんなのだろう。ゆえにエロジジイではなくエロババなわけだ。
「あ、あの……もういいですかね」
「……そうだな、最後に写メを撮ろう」
「え!? 写真まで撮るんですか!?」
「当たり前だ、お前が撮って俺が撮らないのは不公平だろうが」
「不公平っていうか……ええ……? 先輩マジで変ですよ……?」
秋名は俺に対してちょっと引いている。まあそれだけ、この世界でここまで女の裸についてグイグイくる男というのは希少なのだろう。
「俺の携帯はロッカーに置いてきたからお前のスマホを貸せ、それであとで俺にメールで送ってくれ」
「……別にいいですけどぉ……」
「送る前に間違って消したらその場でビキニに着替えさせて写真撮るからな」
「……ちっ」
秋名の小さい舌打ちが聞こえた。どうやら意図的にやるつもりだったらしい。釘を刺して正解だった。
「……さて、やることもやったし、泳ぐか」
ビキニ姿の秋名の写真を存分に撮り終えて満足したので、プールを指差しながら提案した。
「いいですよ、もう私としては一刻も早くプールに入りたかったんですから」
よほどビキニ姿をさらすのが嫌だったらしい。いうが早いか、ざぶんとプールに飛び込んだ。
俺もそれに続く。
最初こそ着なれない水着でぎこちなかった俺達だが、プールで遊んでいくうちにお互いに気にしなくなり、帰るころにはすっかり遊び疲れてヘトヘトになっていた。