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水着選び(玉城)

こっそりと再開

季節感がないのは察してください

「先輩、こっちとこっち、どっちがいいですか?」


秋名が俺の前に二つの水着を掲げた。


「……」

「私的には~、こっちの花柄がキュートでおしゃれだと思うんですけどね~」

「……」

「あ、でもでも、こっちのヒョウ柄もありですかね!?」

「……」

「先輩、どっちがいいですか?」


さて、先ほどから俺の前に掲げられているこの水着だが、実に大胆なものだ。片方は花柄のビキニ、もう片方はヒョウ柄のビキニ。女の子にこんな選択を迫られれば大抵の男は舞い上がるだろう。

……それが男物のビキニパンツの水着でなければ。


「先輩! どっちがいいですか?」


秋名は顔を輝かせて俺に聞く。

こいつは生き生きとしている。当然だ、自分の欲望を満たすために、俺に着せるための水着を選ばせているのだから。




事の発端は、昨夜のスカイプでの会話の事だった。


『そうだ! 先輩、泳ぎに行きませんか?』


もうそろそろ暑くなってきて、夏本番も間近になってきたこの頃、秋名はさも、いま思いつきましたといわんばかりに提案してきた。


『泳ぐ? プールとかか?』

『はい、プールでも海でも何でもいいですけど』

『まだちょっと早いんじゃないか?』

『いやあ、これで本格的に暑くなったら速攻でプールとか埋まっちゃいますよ? 今くらいがいいんですって』


なるほど、一理ある。確かにせっかく気持ちよく泳ぎに来たのに人ばかりで満足に泳げなかった、という経験は俺にもあった。


『……そうだな、行ってみるか』

『そうこなくっちゃ!』


秋名はニンマリ笑う。

こういう表情をする秋名は何か裏があるのだ。俺は心の中で軽く身構えた。


『それでですね、水着を買いに行きたいと思うんですよ』


しかし、続いて出た秋名の提案に、俺は肩透かしを食らった。まともというか、いたって普通の提案だったからだ。


『水着? 学校のやつでいいんじゃないのか?』

『でも、学校指定のやつってちょっとださくないですか?』


秋名の水着を思い浮かべた。確かに高校生にもなって、スクール水着でプールや海というのはダサい気がする。秋名とて女の子だ。そういうオシャレを気にするのだろう。


『確かにそうか……』

『はい! というわけで、明日の午後に駅前のデパートで!』

『お前な……』


いつの間にか秋名の買い物に付き合わされるという形になっていた。軽く呆れるが、画面の中でお願いポーズをする秋名を見ると、断る気は起きなかった。

まあ俺としても、女子の水着の買い物の手伝いなんて望むところである。むしろ健全な男なら誰でも一度は夢みるだろう。

それから少しばかり世間話をしてスカイプを切った。




そして今日になったわけだが……


「……話が違う」

「……? 話って?」

「……俺はてっきりお前の水着を買うのかと思ったぞ」

「何言ってるんですか、なんでそんなことするんです?」


秋名は半笑いである。昨夜のあのスカイプの段階で秋名にはそんな発想すらなかったのだろう。

いや、思えばこうなることは容易に想像できた。

なんせ、グラビア雑誌といえば男性の半裸がデフォルトのこの世界だ。女の水着姿など大した価値はなく、「水着選び」とくれば男物を選ぶのが共通認識なのだろう。


「……」

「で、どっちがいいですか?」


選択を迫る秋名に対して、俺の答えは決まっている。


「どっちもよくない」

「何でですか! どっちもきっと先輩に似合いますよ!」

「いや、似合うとかじゃなくて……」

「柄ですか? 柄が悪いんですね!? 別の柄のやつを持ってきますから……」

「待てコラ」


こちらの話を聞かずに新しい水着を持って来ようとする秋名の首根っこを掴んだ。


「俺が嫌なのは柄じゃない」

「いやあ、柄の問題だと思いますよぉ? 別の柄のやつを見ればきっと気に入るのもありますって……」


秋名はあえてこちらの話を無視しているようだ。おそらく俺が嫌がっている理由を理解しているのだろう。


「秋名、聞け……」

「……聞きたくないです!」

「……俺はビキニタイプの水着を着るつもりはない」

「……うう……」



俺の言葉に秋名は膝から崩れ落ちた。


「おい、清算してないんだから商品は落とすなよ」

「……まあだいたい察しはしてましたよ」

「うん?」

「先輩がこういうのを着てくれないことくらい……」


先ほどとのテンションの落差が酷い。本人的には一縷の望みをかけて俺にビキニタイプの水着を提案していたのだろう。


「……そんなにショックを受けるなよ、たかが水着だろうが……」

「たかが!? 先輩にはわからないかもしれませんけど、これはとても重要なんですからね!」

「そ、そうなのか?」


こちらが軽く気圧されるほど、秋名は猛然と抗議の声を上げる。


「だけど、こんな水着着てる男ならグラビアとかネットとかでたくさんいるんじゃないか……?」

「そうじゃなくて、先輩が着てる姿が見たいんです!」

「……俺が着てる事が重要なのか?」

「そうです! 知り合いの男子がビキニパンツを履いているところを生で見たいんです!」

「……」


こいつは何言ってるんだ。


「……お前の欲望はよくわかったが、俺はビキニを着るつもりはないぞ……」

「……」


秋名は上目づかいでこちらを睨むが、そんな目で見てもダメだ。秋名の欲望のためだけに俺だけがそんな辱めをうけるなどとても割りに合わない。

……いや、待て。

俺は一つの名案を思い付いた。目には目を歯には歯を、むしろこれはこちらからもセクハラを仕掛けるチャンスなのではないか?


「おい秋名、そんなにその水着を着てほしいか?」

「……着てほしいです」

「なら条件がある」

「……条件?」

「それが飲めたら着てやってもいいぞ」

「飲みます! 何でも飲みます!」


即答である。俺がとんでもないことを条件に出したらどうするつもりなんだ……いや、欲望の権化(秋名)にとって、男子のビキニ姿というのは、大抵の事でも飲み込めるくらいのものなのだろう。


「よし、それならついてこい」

「どこ行くんですか?」

「隣の売り場だ」

「え? それって……」




困惑する秋名を連れて俺は男性用水着の隣の売り場……女性用水着売り場まで連れてきた。


「あの先輩……もしかして私の分の水着ですか?」

「そうだ」

「いや、私はスク水着るんで……」

「そんなダサいもの着るな、俺がいいやつを選んでやる」

「……は、はい」


さて、若干の脱線はあったが、なんとか上手い具合に俺の望んだ状況に持ち込めた。

しかも話の流れから俺が選べるわけだし、結構ヤバいやつを選んでも許される感じだ。


「やはりここは……」

「あ、せ、先輩! これ超可愛いです! 私これ着たいです!」


秋名がワンピースタイプの水着をとってこちらに見せてくる。柄も大人しくよくいえばシックだが、悪くいえば質素な水着だ。


「もっと派手に行こうぜ、こういうのとかな」


俺は一着の水着を手に取った。

もちろんビキニタイプだ。


「うお……やっぱりそういうタイプですか……」

「お前ならよく似合うんじゃないか?」

「ええ……」


秋名は若干引いている。これで少しは俺の気持ちもわかっただろう。


「いや、でもこういうのはもっと背の高い大人の女の人とかじゃないと様にならないと思うんですよ……」

「そんなことないさ、お前なら似合う」

「……先輩のセンスってやっぱりちょっと変ですよ」


秋名は、先ほどの意趣返しの為に似合わないビキニを無理やりあてがわれている……と思っているようだが、俺は割と本気でビキニが秋名に似合うと思っている。ちょうど今、秋名は体のラインがわかるくらいの薄着をしているが、貧相とは言えない程度のスレンダーの体つきだし、ビキニはよく映えるだろう。

まあ、ちょっと胸が足りない気もするが、この世界では巨乳は忌避される傾向にあるため、そこは問題ないはずだ。


「そんなにこれは嫌か?」

「嫌です」

「じゃあ、これは止めて……」

「はい」

「こっちの……」

「ちょっ、ちょっと待って、先輩! 一旦ビキニのコーナーから離れましょう! ここに私に似合う水着は……」

「これなんてどうだ?」

「ちょーっ!!??」


俺の手に取った水着を見て秋名はすっとんきょうな声を上げた。


「な、なんですかそれは!」

「三角ビキニってやつじゃないか?」

「いや本当に、マジでこれはないですから!」


先ほどまで俺が持っていたビキニはキャミソールタイプのトップスだったが、こちらは三角の……完全に胸の一部分のみを隠してそれ以外を惜しみなく露出するタイプのものだ。


「俺はこれがいいな、これにしよう」

「ええええ!?」

「秋名、お前がこれを着ればさっきのビキニパンツを履いてやる」

「……」


秋名は奥歯を噛みしめながらこちらを見ている。


「さあどうする? 俺は別にどちらでもいいが?」

「……うう……」


秋名は顔を真っ赤にしながら唸っている。

俺のビキニパンツ姿を見たい欲望と、自分がビキニ水着を着なければならない羞恥心がせめぎ合っているのだろう。

この選択肢、秋名がどちらを選んでも、俺にそこまで損はない。

秋名がビキニを選ばなければ俺も恥ずかしい思いを済むし、ビキニを選んでも秋名のビキニ姿を拝めると思えばそう悪い取引ではない。


「……わかりました」

「どっちにするんだ?」

「……着ます! ビキニ!」


秋名は悲壮に満ちた決意の顔をこちらに向けた。どうやら己の欲望が勝ったらしい。思春期真っ盛りのこの世界の女子らしい選択だろう。


「本当に着るんだな?」

「着ます! 女に二言はありません!」

「よし、じゃあ会計するか」

「わかりました、ちょっと待って下さいね……」

「待て」


秋名が財布を取りだそうとするのを止めた。


「この水着は俺が買ってやる」

「え? そんな悪いですよ……」

「いいんだ、お前にプレゼントするから」

「あ、ありがとうございます……」

「嬉しくないか?」

「う、嬉しい……です」


顔はあまり嬉しくなさそうだが、嬉しくないとは言えない空気だ。

まあ俺がこの空気にしたわけだが。


「で、でも本当にいいんですか? これ結構高いですけど……」

「安心しろ、俺はバイトをしている」

「先輩ってバイトしてたんですか? 知らなかったです」


従姉弟の愚痴聞き係という、ほとんど時間拘束がないうえに、時給はそこら辺のバイトよりも良いという破格のものだ。


「俺に着せたいビキニを持って来い、一緒に買うから」

「わ、わかりました……」


俺が先にレジに並んでいると、ほどなくして秋名がヒョウ柄のビキニパンツを持ってきた。


「……お前はこれを履いた俺が見たいわけだな」

「はい、見たいです!」


良い返事だ。秋名は返事だけなら常に百点満点である。

……ここまできといてなんだが、これを履く自分自身の姿はあまり想像したくない。


「次にお待ちのお客様……」


レジの店員から声がかかる。

広がりかかった陰鬱とした気持ちを頭をふって振り払い、レジの前に二つの水着を置いた。俺が恥ずかしい分は秋名のビキニ姿を見ることで相殺してやればいい、そう思うことにしたのだ。

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