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痴姦(名もなきキャリアウーマン)

今日も彼がいる。


社会人になりたてのころは、この満員電車は苦痛でしかなかった。

しかし、それから十数年経つと、いつの間にかこの満員電車に苦痛を感じなくなっていた。完全にこれが日常になっているのだ。

こういう時に社会人として擦れてしまったな、と思う。


さて日常となってしまったこの満員電車で、私は最近、乗り甲斐を見つけた。

それはこの電車に乗り込む男子高生を観察すること、だ。


人には言えない趣味だが、犯罪ではないので後ろめたい気持ちになる必要はない。言わなければばれないのだから堂々としていればいいのだ。


そしてこの趣味を始めるきっかけになった男子高生が目の前にいる。


それが彼だ。


彼は乗客の中でも頭一つ飛び出しているから満員電車の中でも目立つ。さらに肩幅が広いせいで人よりも幾分か多くのスペースを取っている。

かなり発育がいい。

私が高校生の頃はもうちょっと控えめな男子ばかりだった気がする。これも時代か。


基本的に彼を見るのは後ろからだ。以前、横顔を見たくて横から見ていたら彼に気付かれたことがあった。それ以来、彼の後ろに回ってみることにしている。


今日は少し彼に近づいてみようか。長年満員電車に乗っていると、このキツキツの電車内でもある程度動けるコツをつかめるのだ。


彼の後ろに立つ。彼の芳しい匂いがこちらにも届きそうだ。

匂いを嗅ぐのは痴姦ではない。たまたま近くにいてたまたま匂いが私の鼻に届いた、それだけだ。


私が彼の匂いを嗅ぐために心血を注いでいると、彼がキョロキョロとあたりを見渡しだした。


……しまった、ばれたか!?


冷や汗をかく私の方には一切目もくれず、彼は私の横にいるOLを睨んでいる。

どういうことだろう、という疑問はすぐに解決した。OLの手が彼の臀部に触れていたのだ。


痴女だ!


それを認識した瞬間、私は前進の血液が沸騰したかのような怒りが湧いた。

この女は私が我慢していることを平気でやっているのだ。なに一人で良い思いをしているんだ。絶対に許せることではない。


それにもしこの痴女から彼を救い出せば、彼は私の事を「変態から救ってくれた素晴らしい女性」と認知してくれるかもしれないし、そのまま仲良くなれるかもしれない。いや、別に恋人になりたいとかじゃないのだ。ただ、ナイスバディのこの少年とお近づきになりたいだけである。


義憤6割、下心4割でこの痴女を駅員に突き出す決意をした私は、彼女の腕を掴んだ。


「あなた、何をしているんです?」


OLはビクンと震えながらこちらを向いた。


「な、なんですか?」

「なんですか、じゃないですよ、次の駅で降りてもらいますからね……それと君も」


驚いた顔でこちらを見る彼に、最高の決め顔を作って話しかけた。



「痴姦したというのは本当ですか?」

「か、勘違いじゃないですかね……」

「勘違いでも見間違いでもない、私ははっきりとこの目で見たんだ」


私は今、駅構内の事務所にいる。


あの後、次の駅で痴姦OLと彼を降し、すぐに駅員に事情を説明し、事務所に直行したのだ。

ちなみに会社は遅刻確定だが、事情を説明して納得してもらった。


「……とのことですが?」

「いやあ……どうだったかな……」

「いくらあなたがとぼけても無駄ですよ、彼に聞けばすべてわかることだ」


OLは悪あがきで何とか罪から逃れようとしているが無駄なことだ。こちらには被害者本人がいる。


「えーと……確かにこの人に痴姦はされましたね」

「……これで言い逃れはできませんね?」

「うう……」


私が睨みつけると、OLは力なく肩を落とした。

ちらりと彼の方を見ると、哀れなものを見る目でOLを見ていた。

格好良く仕切っているつもりなので、できればこちらの方を見てほしい。


「警察に電話をお願いします」

「わかりました」

「待って下さい! 警察だけは……」


OLは情けない顔で駅員にすがった。

いい加減にしてくれ、と頭を抱えたくなる。情けない大人の姿を見て彼が大人に対して失望したらどうするのだ。私の評価まで下がりかねない。


私がビシリと説教してやろうとしたその時、


「あの……もうその辺でいいじゃないですか」

「え?」

「反省しているようならその辺でも……」


彼がとんでもないことを言い出した。


「は、反省してます! もう二度としません!」


痴姦OLがまるで崇めるように彼の前に跪いた。


「ちょ、ちょっと待って下さい、君は自分が何を言っているのかわかっていますか? 君は彼女に痴姦されたんですよ?」

「ええ、まあ……」


どういうことなのか、理解できない。

どの世界の男が、自分を痴姦した女を許してやってほしい、だなんて言い出すのか。


そこで思い出した。彼はいつも恋人と思わしき女子高生を抱きつかせながら満員電車に乗っているのだ。

恋人かと思ったが、二人はそこまでイチャイチャしているわけではない。見知らぬ関係ではないだろうが……もしや、あれは女子高生側のただの痴姦行為で、彼は「痴姦行為を許せる男」というAVの中にしかいないような男性なのか?


「か、彼もこういっているようですし、どうかここは……」

「いえ、痴姦行為に対しては、まず警察に通報するというのが原則ですので……」

「そんな!? でも彼は……」

「彼がいいと言っても、あなたが犯罪行為をしたという事実は消えませんよ、それに痴姦は再犯率が高いと聞きます、彼以外の男性が被害を受けないためにも、あなたはきちんとペナルティーを受ける必要があります」


例え神が、天が、彼が許しても、私がこの痴姦OLを許さない。

あんないい思いをしておとがめなしなんてありえない。ほぼ私怨でこの女性に罰を下すのだ。


「すみません、さっきの俺の話は無かったことにしてください、早く警察に連絡を」

「え!? な、なんですか!?」


ここでいきなり彼が意見を180度変えた。


一体どういうことだろうか……まさか、私の理路整然とした意見を聞いて考えを改めたのか?

そうだとしか思えない。これは彼の私に対する好感度もうなぎ上りだろう。



ほどなくして警察が到着し、その場で事情聴取が行われた。


「私はやってません!」

「あなたね、いい加減にしなさいよ、それでも社会人か?」


痴姦OLは警察がきてもしらを切る。あまりの往生際の悪さについつい敬語を忘れてしまった。


「君が被害者だね?」

「はい」

「学生さんかい?」

「はい」

「学生証とかあるかな? 君の身分とかを確認したい」

「ありますよ……」


警察はわめくOLをあしらいながら、彼に対して事情聴取をしている。


「高校生か……学校に連絡は?」

「しました」

「そうか……それで、君にとってはつらいことを思い出させるかもしれないが、痴姦行為が起きた時の状況を教えてくれないかな?」


警察は聞きにくそうだ。確かに普通の男性にとって、自分の受けた痴姦行為の事などを思い出したくもないはずである。

しかし、彼は……


「いいですよ」


私の予想通り、彼はあっさりと警察のお願いを承諾した。


「悪いね、これも仕事なんだ」

「いえ、大丈夫ですよ……えーと……」


彼はチラリとこちらを見た。


「すみません、ちょっと協力してください」

「お安い御用です」


彼に頼られるのは実にいい気分だ。喜んで協力させてもらおう。


「俺がここに座っていると……こんな感じに触られまして……」


彼は私の手を取ると、それをそのまま自身の臀部に置いた。


当然、私はギョッとして、警察に向かって必死に首を横に振った。私が触っているわけではない。彼によって触らせられているのだ。決して痴姦ではない。


警察も困惑した顔を浮かべているが、彼がその後も淡々と状況を説明するので、そのまま流されるように彼の説明をメモしている。

これは……彼にかなり信頼されている、と考えていいのだろうか。やはり大人らしい毅然とした態度を見せていたのが効いたのだろう。


これは割と真面目に電話番号の交換くらいは望めるかもしれない。

独り身生活30年余り、もうアラフォーと呼ばれ、「恋人は仕事」と公言することに両親すらも何も言わなくなった。

イケイケの男子高生との出会い……ワンチャンスあるかもしれない。


「すみませんが、あなたにも事情を聴きたいのですが」

「はい!」


何でも答えよう、そして、事情聴取が終わってこの場から解放されたらそれとなく彼に話しかけて……


「じゃあ、君はもう帰っていいから」

「あ、はい、それじゃあ失礼します」

「……え!?」


彼は一足先に警察から解放されるととっとと事務所から出て行ってしまった。

そ、そんな、せめて私に一言あっても……


「すみません、よろしいですか?」

「え? あ、は、はい……」


それから私の事情聴取が終わり、一縷の望みをかけて、事務所の外で男子高生が待っていないか探してみたが……いなかった。


どうやら私の独り身生活はまだまだ続きそうだ。


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