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間接キス(秋名)

間接キスというのは女子の憧れである。

男子から飲みかけのペットボトルをもらったのなら、大抵の女子は「この男子は私の事が好きなんじゃないか」と勘違いしてしまうだろう。


でもそんな状況滅多に起きない。よく漫画とかで仲の良い男女がやるが、どこまで仲良くなれればそんなことできるのか。ていうかもうそれ恋人とかじゃないの?……といつも思ってしまう。


さて今、私の目の前には玉城先輩がいる。

先輩はいつものように大きなおにぎりを食べている。先輩の昼ごはんはいつもこの大きなおにぎり一個だけなのだ。


……大丈夫、落ち着け、この日の為に綿密な作戦を立てたのだ。


普通ならばまず出来ない間接キス、しかし先輩が相手ならばきっと出来るはずだ。抱きつきながら電車に乗ることを許してくれるのだ、間接キスなんてそれに比べればはるかに難易度は低い……はず。


「先輩っていつもおにぎりですよね」


まずはそれとなく話題を振る。


「楽だからな」

「楽って……もしかしてそのおにぎり先輩が作ってるんですか?」

「ああ」

「すごいですね、お昼ご飯を自分で作るなんて」


私何て毎日お小遣いをもらってそれで買って済ませている。もしかして先輩は家事とかも出来てしまうのだろうか。ワイルドな見た目に反して家庭的な男子、というギャップはなんだかグッとくる。これがギャップ萌えというやつか。


「先輩のおにぎり、大きいですよね」

「そうだろう、バクダンおにぎりっていうんだ」


先輩は少し自慢げである。

可愛い。


「中身はなんですか?」

「今日は豚肉の生姜焼きだな」


先輩はおにぎりの中身……つまり自分のかじった跡を見せてくれた。


これが先輩の食べ跡か。


私はごくりとつばを飲み込んだ。見せられた生姜焼きが美味しそうだったからではない。「先輩の食べかけのおにぎり」というものに言い様のない興奮を覚えてしまったからだ。最近、私の変態度に磨きがかかってしまっていることは自覚している。


……少し落ち着け、私。

まだ作戦の途中だ。ここは普通に会話を続けるんだ。


「……私なんてお昼ご飯は買っちゃいますよ」

「お前はよくそれで足りるよな」


よし、その言葉を待っていた。


「実はですね……ちょっと足りないかなって思ったりもするんですよね」


これぞ、自然な流れで間接キスに持っていくための作戦。その名も『ちょっとお腹減ってるんでそのおにぎり一口下さい作戦』だ。


この作戦は先輩のお昼ご飯がいつもおにぎりのみ、という事実から考え出した作戦だ。もしこれで先輩がお弁当だったら、例え一口くれたとしても、先輩の食べかけじゃないオカズを渡されたり、お箸を拭かれたりして、間接キスが達成できない可能性がある。


しかし、おにぎりならその心配はない。食べかけのところを必ず食べられる。この作戦を思いついた時、自分は天才なんじゃないかと思った。


「なんだ、それならもう一個くらい買ってきたらどうだ?」

「いやあ、もう売り切れてますよ、きっと」

「それもそうだな、それなら食堂に行くとか……」

「食堂はほら、今からだと時間がね? それに本当にちょっとお腹が空いているだけですし」


これらの先輩の断り文句も予想通りだ。上手く切り返せてる。

あとは、視線で念を送り、先輩からおにぎりを食べさせてもらえるよう待つだけだ。


「……俺のおにぎり食うか?」


先輩は私の熱視線に気が付いてくれたらしい。


「いいんですか!? ありがとうございます!」


私は間をおかずに答える。

この作戦に肝は『先輩から食べるのを提案してもらえる状況を作る』ことだ。

ただでさえ、最近私のド変態という本性がばれかけているのに、私の方から積極的にいったら拒否されてしまう可能性があるのだ。


「……間接キスになるな」


あ、マズイ、先輩がそこに気づいてしまった。

さすがに気持ち悪いと拒否されてしまうか?


「あ、そうですねー、本当だー、まあでもそんなことは些細なことですよねー」


とりあえず、適当に誤魔化そうとしたが、自分でもびっくりするくらい白々しいセリフしか出てこなかった。

おかげで先輩は不審者を見る目で私の事を見ている。


もうダメだ。作戦は失敗した。こうなれば後は最終手段に出るしかない。


「先輩……ダメですか?」


必殺、拝み倒し。

私の狙いを知られてしまった以上、何を言っても取り繕うことはできない。それならばもうあとは先輩の優しさに付け込んで、上手くほだされてくれるのを祈るのみだ。


「……一口だけな」


私の上目遣いのお願いに、先輩は肩をすくめながらおにぎりを差し出した。


追い詰められ、破れかぶれの妙策が成就した瞬間である。

……というか、始めからこうすればよかった気もする。


「いただきます!」


私は出来る限り大きな口を開けると、おにぎりをほおばった。

一口しか食べれないのだ。可能な限り満喫しなければ勿体ない。


「美味いか?」

「おいひいでふ」


美味しいに決まっている。先輩の手作りのおにぎりを先輩の間接キスでいただいたのだ。この世でこれ以上に美味しいものがあるだろうか? いやない。


「……秋名」

「はひ」

「動くなよ」


先輩に動くなと言われれば動かないが、何をするつもりだろう……と思った矢先、いきなり先輩は私の口元に手を伸ばした。

何事か、と驚くと同時に、咀嚼している途中のおにぎりを一気に飲み込んでしまい、のどに詰まってしまった。


「うう!?」


急いでペットボトルを開けて中のお茶を飲み干す。

なんとか新鮮な空気を肺に入れることが出来た。


「大丈夫か?」

「い、いきなりやるんでビックリしました……」

「そうか、悪かったな」


いや、先輩は悪くない。私が勝手に驚いただけだ。

むしろ口元のご飯粒を取ってくれるなんてご褒美でしかない。これからもどんどんやってほしい……というか


「……先輩、それどうするんですか?」

「うん? それ? ……ああ、これか」


先輩がとったご飯粒、漫画とかアニメとかドラマとかなら次にやることは1つしかないだろう。つまり……


私の期待のこもったまなざしを無視して、先輩はご飯粒をティッシュにくるんだ。


「えー!?」

「ど、どうしたんだ?」

「な、なんですか、それは!」

「なんですかってなんだ……?」

「ご飯粒を取ったら食べるか食べさせるかのどっちかでしょう! なんで捨てちゃうんですかー!」


なんで先輩はお約束をわかってもらえないのか。

間接キスを通り越して最高のシュチエーションに巡り合えたはずなのに。


「すまん、食べたかったのか?」

「違います! 食べさせてほしかったんです! もしくは先輩が食べるんです!」


先輩はいつもそうだ。絶妙にこちらのしてほしいことを外す。

私は悔しさから思わず歯ぎしりが出てしまった。


「まあまあ、お前の言いたいことはわかったから落ち着け」

「うぅー」


先輩は私をなだめるが、あのご飯粒は返ってこないのだ。


「あ、あの先輩……」

「なんだ加咲」

「わ、私も先輩のおにぎりを一口だけ……」


私が犬のような唸り声を上げていると、咲ちゃんがおずおずと先輩に話しかけた。

どうやら咲ちゃんも間接キスがしたいらしい。咲ちゃんも女の子なんだから当然だろう。


「ほれ」

「ありがとうございます……」


先輩におにぎりを差し出され、咲ちゃんは小さな口を開けてお上品に食べた。

本当は私みたいにたくさん食べたい癖に。

咲ちゃんは先輩の前だとすぐ猫を被るのだ。先輩はそれに騙されて咲ちゃんを普通の女の子だと思っているようだが、咲ちゃんは私に負けず劣らずのド変態である。


「加咲、動くなよ」

「はい? ……あ」


先輩が咲ちゃんに向かって手を伸ばすと、咲ちゃんの口元についていた米粒をとった。

あ、これはさっきと私と同じ……


「加咲、食べるか?」

「あ……はい」


……じゃない。先輩が咲ちゃんに米粒を食べさせてる。


なんだこれは。どういうことだ?

なんで咲ちゃんが先輩に食べさせてもらってるんだ? というかなんで先輩は咲ちゃんに食べさせたんだ?


私にはやってくれなかったのに!


「ううううううぐぅ!!」

「な、何するんだよ」


先輩への怒りと咲ちゃんへの嫉妬で、私は先輩のわき腹にパンチを食らわせた。


「……先輩のバカ!」

「はあ?」

「いつもいつも咲ちゃんばっかり優しくて!」

「何言ってるんだ、そんなわけないだろ」

「してますよ! バカバカ!」


私は何度も先輩のわき腹にパンチをした。

先輩は咲ちゃんばっかり優遇している。私の事を変態、咲ちゃんを普通の女の子だと決めつけ、対応に差をつけているのだ。


「ま、待て……悪かったから……」

「バカバカバカ!」


今までの事もついでに思い出して、先輩に恨み言をぶつける。

私も先輩に大事にされたいのに!


「わかった、わかった、お前にもしてやるからそれで勘弁してくれ」


その言葉に私はピタッと動き止めた。

あんなに怒りと嫉妬に満ち溢れていたのに、先輩のこの一言で、きれいさっぱりなくなったのだ。

咲ちゃんと平等に扱ってくれるのならそれでいい。結局、私の取り乱した原因はそこにあるのだから。


「……うぅー」


もう怒ってないけど、まだ怒っているふりをする。

せっかく先輩が私に優しくしてくれたのだ。最大限甘えなければ。


困り果てた顔をしている先輩がおにぎりから米粒を一つ取り、私の口元まで運んできた。

それをパクリと食べる。


美味しい。先輩のおにぎりを先輩に食べさせてもらうという贅沢。

もっともっと味わいたい。


「先輩、あーん……」


口を開けてねだると、先輩はやれやれ、といった顔をしながらも、ちぎったおにぎりを私の口に持ってきてくれる。

先輩は優しい。父性の塊のような人だ。この太い指も素敵だ。

食べさせてもらう時に指が唇に当たるが、そのたびにぞくぞくして興奮してくる。


「先輩っ、早くっ、あーん……」

「……あーん」


先輩にもっと食べさせてもらうようにせがむ。

咲ちゃんがこちらをうらやましそうな顔で見ているが、今だけは先輩は私の物なのだ。


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