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ソフトボールの試合(玉城)

緊張した面持ちで花沢が俺の前にやってきた。


時は放課後、これから帰ろうと思った矢先だった。


「ねえ……玉城君」

「どうした?」


花沢が少しかしこまりながら話しかけてくる。

この前の体育の時間で一緒にボールを探して以来、俺は花沢と少し仲良くなった。

一緒に遊ぶことは無くても、クラスメイトとして普通に話したり、時たま課題の答えを見せ合ったりする。


「玉城君さ……今、部活とかやってないよね?」

「ああ」


中学の頃は強制だったので仕方なく一番活動が楽そうな部活動に入ったが、高校になってからは入部するかどうかは自由となり、帰宅部に入った。周りからは「良い身体をしているのだから運動部に入れ」とよく言われるが、身体つきが良いからといって運動神経もいいということはない。


「それならさ……ソフト部とか興味ない?」

「ソフト部?」


俺の記憶が正しければこの学校のソフト部は女子部だったはずだ。この世界では新たに男子のソフト部も出来たのだろうか?


「まあ、正確に言うとマネージャーなんだけど……」

「ああ、マネージャーか」


つまり、女子が男子野球部のマネージャーになるようなものか。

しかし、マネージャーなんてやったことがないし、上手くできるとも思えない。


「悪いが、マネージャーなんて経験がないんだ」

「あ、やることは簡単なんだ、用具の片づけとか、スポドリ用意したりとか、そんなの」


なるほど、早い話が雑用係みたいなものか。

まあ、それくらいなら出来るだろう。

しかし、一つの疑問が浮かんだ。


「ちょっと聞きたいんだが何で俺がマネージャーなんだ? そういうのはもっと気の利くやつとか……とにかく俺以外に適任がいるだろう」

「いやいや、玉城君が気が利かないとかありえないでしょ」


どうやら花沢の中で俺は気が利くやつになっているらしい。そんなにコイツに気を使ってやった覚えはない。


「それに玉城君、身体大きいから力もあるでしょ? 今マネージャーも女子ばっかりなんだけどさ、玉城君がいれば力仕事も安心して任せられると思うんだ」

「……そうか」


確かにそういう点では俺はマネージャーに向いているかもしれない。

だが、それでも俺は首を縦に振る気が起きなかった。

そもそも部活なんて何かの目的意識がなければ入れないし続かない。ソフト部も選手としてならば、まだレギュラーを取ったりとか試合に出たりとかでモチベーションが生まれるかもしれないが、マネージャーとなるとそういうのも生まれないだろう。


「……難しい感じ?」

「うーん……」

「本当に全然簡単だよ? それに他にも男子マネいるから肩身が狭くなることもないと思うし……」

「そうなのか……」

「それにさ、ソフト部の子たちはみんないい子ばっかりだから玉城君も歓迎されるって、間違いないよ!」


俺は難色を示すが花沢はすがるような目で俺を見つめる。

どうしても花沢は俺にマネージャーになってほしいらしい。ここまで言われてむげに断るのも可哀そうだ。

さて、どうしたものか……


「奈江、早く行くよ、練習試合近いんだからさ、あんたレギュラーでしょ?」


クラスメイトのソフト部員が花沢に話しかけてきた。


「わかってる、先いってて」

「……オッケー、あんたも早く行かないと監督に怒られるよ」


そう言って教室を出るソフト部員。

そうか、練習試合か……


「試合が近いのか?」

「うん、今度の土曜日」


本当に近くだ。こんなところでグダグダやっている場合じゃないな。


「花沢はレギュラーなのか?」

「うん、これでも一応、スタメンでピッチャーやってるよ」


そういえば花沢はエースだったな。

俺はここで、一つの案が思い浮かんだ。


「花沢、マネージャーの件なんだが……」

「う、うん、どう?」

「正直、俺はソフト部がどんな雰囲気でやってるかとかよくわからない」

「あ、じゃあ見に来て! いつでも大歓迎だから」


花沢が俺の腕を掴む。このまま直行させるつもりでいるのかもしれない。


「待て、土曜日に試合あるんだろ?」

「うん」

「それならその試合を見に行く」

「あ、わかった、うちの学校でやるからいつでも見に来て」

「それで、花沢はピッチャーやるんだよな?」

「うん」

「もしその試合でノーノーを達成できたら、ソフト部のマネージャーになるってのはどうだ?」


ノーノーとは、ノーヒットノーラン、いわゆる無失点試合の事だ。

なんだか条件をつけて偉そうだが、ただそのまま断るのも忍びないと思った結果である。

ノーノーなんてそう簡単にできるものではない。プロ野球だったら達成するだけでニュースになるレベルだ。

まあ、プロ野球と高校のソフト部の試合を比べるというのも違うと思うが、それでも難易度が高い事には変わりないはず。


「ノーノー……」

「難しそうか?」

「……わかった、やる」


花沢が力強く頷いた。

もちろん、こんな条件を出した手前、達成することが出来たら進んでマネージャーになるつもりだ。


「見てて、必ずノーノーを達成して見せるから!」


決意の表れか、花沢が俺の腕をより強く掴んだ。



そして、土曜日となった。

学校は休みだが、校門をくぐる以上制服でないとマズイと思い、わざわざ制服を着ている。


グランドまで行くと、他校のチームが守備位置につき投球練習を開始していた。

どうやらうちの学校が表で攻撃らしい。

適当な芝生の上に座る。さて、試合はどうなるものか……



三回裏の攻撃が終わり、両校ともに得点は0点。得点ボードだけを見れば投手戦、ともいえるが、実際に試合を見てみるとまるで違う。

うちの高校は毎回必ず出塁する。ヒットないしはフォアボールで一塁か二塁にはいる。しかし、そこから得点につながらない。

一方で、相手高校は未だにボールをバットに当ててすらいない。

ノーノーどころではない。花沢は現在9連続奪三振をしているのだ。


もしかしたら、花沢は俺の想像以上にすごいプレイヤーだったのかもしれない。ソフトボールの事はあまり詳しくないが、それでも花沢のピッチングは完全に相手の高校のピッチャーを凌駕していることはわかった。


結構高い目標のつもりでノーノーを条件に出したが、これは簡単にクリアされてしまうかもしれない。いや、それどころかこの調子でいけば完全試合(パーフェクトゲーム)まであり得る。

ノーノーとは「無安打」さえ達成していれば出塁自体は許容される。つまり、エラーやフォアボールによってランナーを出しても、まだノーノーなのだ。

しかし完全試合はそれすら許さない。「何があっても絶対に出塁させない」それが完全試合である。


俺は柄にもなく興奮していた。リトルをやっていた身としは、完全試合の難易度の高さはよく知っている。互いのチームにかなりの実力差があったとしても、まず成功することは珍しい。


六回の裏が終了した。未だに両チーム得点0。相変わらずうちの高校は出塁できるが得点につながらない。

そして、花沢も未だに出塁を許していない。

さすがに連続奪三振記録は途絶えているが、それでも六回終了時点で11個の三振を奪っている。もはやこの試合は花沢の独壇場といっても過言ではない。


野球と違い、ソフトボールの試合は七回までだったはずだ。つまり次の回で最後。次の回でうちの高校が一点でも得点し、花沢がきっちり決めれば完全試合の達成となる。


俺だけでなく、ソフトボール部のベンチも盛り上がっていた。アウトを一つとるたびに歓声が上がり、もはや完全試合をする空気が出来上がっていると言っても過言ではない。


俺も固唾をのんで見守る。俺がソフト部のマネージャーにかなるかは、もはやどうでもいい。花沢が大記録を成し遂げるのを見届ければならない。


七回の表、うちの高校の攻撃。

まさかの3者凡退である。7番から始まる下位打線だったとはいえ、これは不甲斐ないと言わざるを得ない。ソフトボールは延長に入ると「無死二塁」の状態でゲームが始まるタイブレークが発生する。つまり完全試合は「参考記録」という扱いになってしまうのだ。


そもそもヒットもフォアボールもあって出塁しているのに点が取れないとは何事だ。みんな花沢の足を引っ張ってるんじゃないのか。

完全に花沢に対して感情移入してしまっている俺は、うちの高校の貧弱な打線に怒りを覚えていた。


いや、だがまだノーノーがある。

被安打0のままならタイブレークに入ってもノーノーの記録は残るはずだ。花沢がこの調子で相手チームを抑え続ければ問題ない。


七回の裏の攻撃が始まった。まずは一番バッターを見事に三振で抑えた。

俺の握りこぶしにも力が入る。よしよし、良い流れは続いている……と思っていた。


次の二番バッターの時に事件が起きたのだ。


二番バッターはバットにボールを当てた。この当たり自体は明らかに芯から外れたもので、ショートの目の前に来るゴロ球であった。

ショートはその球を捕球し、ファーストに投げたのだが、なんとショートの送球をファーストが捕り損ねたのだ。


ああ……と思わず、ため息が出てしまった。ファーストのエラーによって、打者の走塁を許してしまい、結果として2塁ランナーが生まれてしまった。

これで完全試合は参考記録にすらならなくなった。


落胆しているのは俺だけではない。あれほど盛り上がっていたうちの高校のベンチは目に見えて意気消沈している。


しかし、気持ちはわかるが切り替えなければならないだろう。それにエラーによる出塁ならばまだノーノーの可能性が残っている。

そもそもノーノー達成が最初の目的で、あまりにも出来が良すぎて完全試合になりかけただけだ。というか、ノーノーだけでも十分凄いことのはず。

それならば今は花沢のノーノー達成を見届ければいい。


花沢は振りかぶり、ウインドミルでボールを投げる。

3番バッターはタイミングを合わせ、バットをボールに当てた。

一瞬ヒヤリとしたがすぐに問題ないと気づいた。

ミート音は明らかに気の抜けた音で快音とは程遠かったのだ。打球は高く上がったが、すぐに失速して落ちてきた。つまりフライ球である


これでツーアウトだ……と思った矢先、またもあり得ないことが起きた。


ボールが落ちてくる位置にセンターとライトの野手が同時に走り込み、互いが互いを認識した瞬間に2人とも足を止めてしまったのだ。


ボールは無情にも、二人の間にポトンと落ちた。


「何やってんだよ」


思わず声に出てしまった。これはいわゆる『お見合い』というやつだ。どちらかが走り込んでいれば捕球できたであろうフライ球だが、譲り合ってしまった結果、右中間のヒットになってしまった。


センターが急いで落ちてしまったボールを拾い、三塁に送球する。

しかし、サードがその球を捕球するころには、ランナーは三塁ベースを踏んでいた。


この試合、相手チームに初ヒットが生まれてしまった。

これで、花沢のノーノーも消えた。


重苦しい空気がうちの高校を包んでいる。ありえない事の連鎖、まるで悪い流れが来ているかのようだ。

なによりも、ランナーは一、三塁という状態で次に迎えるのは相手高校の4番バッター。まだヒットは許していないとはいえ、ワンナウトの今の状況では外野フライを打たれただけでタッチアップされてサヨナラ負けになってしまう。


頼む、花沢、踏ん張れ……


俺は念を送るように花沢を凝視した。

ここまで花沢は頑張ったのだ。こんなに頑張ったのに最後の最後で負けなんて可哀想すぎる。ここはなんとしても抑え、0-0のまま延長戦を迎えなければならない。


肩で息をする花沢が、振りかぶり、ボールを放った。


投げられたボールに、今までのような球威がない。

この試合、ずっと花沢ばかり見てきたおかげで直感的にそれが判断できた。明らかにボールを手放すのが早い。これは「すっぽぬけ」というやつだ。


悪い流れに引っ張られたのか、最後の最後で痛すぎる投球。もし相手が下位打線の打者ならばまだ何とかなったかもしれないが、相手は四番だ。

この千歳一遇のチャンスを逃すようなプレイヤーが、任される打順ではない。


この試合で初めて快音が鳴り響いた。



試合が終わってから2時間が経った。昼前に終わったのでちょうど昼過ぎといったところだ。

ちらほらとソフト部員が俺の横を通り過ぎ始める。


俺は今、校門の前にいる。

試合が終わって花沢に一声かけてやりたかったが、そうそうにベンチに引っ込んでしまい、その後、グランド整備やらなんやらで忙しそうだったので、校門で待つ事にしたのだ。


さらにそれから10分ほど経ち、幾人かのソフト部員に混じって、うつむきながらこちらに向かっている花沢を見つけた。


「花沢!」

「……え?」


花沢が驚いたように顔を上げる。

一瞬キョロキョロとあたりを見渡し、すぐに俺と目を合わせた。


「た、玉城君、なんで……?」

「……今日は残念だったな」

「う、うん……ごめん、不甲斐ない試合見せて……」


花沢は意気消沈している。


「俺は全然不甲斐ないとは思わなかった、むしろ見ごたえがあった」

「あ、ありがとう……ていうか、帰んなかったの?」

「ああ、花沢を待ってた」

「ええ……!?」

「それで花沢、もうご飯とか食べたか?」

「え、あ、まだだけど……」

「そうか、それならもしよかったら……」


俺が花沢を待っていたのは、飯の一つでも奢ってやろうと思ったからだ。結果的に試合には負けてしまったが、あれだけ頑張ったのだからご褒美の一つでもあってしかるべきだろう。

しかし、そこで花沢の周りの女子部員が俺たちの事を見ていることに気付いた。


「……もしかして、ソフト部で飯を食う予定とかあったか?」

「あ、えっと……」

「いえ、ないっす」

「どこへなりとも連れていってやってくれ」


花沢が答える前に、花沢の横にいた二人の女子部員が花沢の背中を押して、俺の前に花沢を差し出した。


「ちょ、ちょっとあんたら……」

「それじゃあ先輩、また月曜日に」

「詳しい話は部活の時に聞くよ」


二人の女子部員は、空気を読みました、という顔しながら去っていく。


「それで花沢、もしよかったら飯でも食いに行かないか?」

「え、あ……ていうか、い、いいの?」

「いいのって何がだ?」

「だ、だってあたしと一緒にご飯って……その、いいの?」

「花沢が嫌じゃなかったら、俺は花沢と一緒にご飯に行きたいが」

「い、嫌じゃない! 全然嫌じゃないから」


よかった。断られる可能性は低いと踏んで誘ってみたが、これで断られたら俺も結構ショックを受けていただろう。


「あ、そうだ、もちろん俺のおごりだから花沢の好きなものを食べに行こう」

「お、おごり? 悪いってそんな……」

「今日の試合で頑張った花沢に、俺からの賞賛の気持ちだ、受け取ってくれ」


ノーノーではなかったが、花沢は充分すぎる活躍をした。マネージャーの件は無しになってしまったが、いい試合を見せてくれたお礼もしたい。


「あ、ありがとう……でもなんか変な感じ、男子が女子におごるって」

「……男子が女子におごるって変なことなのか?」

「うん、あたしはやったことないけど、例えば合コンとかって普通女子が男子におごるものなんでしょ?」


なるほど、確かにこの世界なら何らかの下心を持っているのは女子の方だろうし、飯をおごることを口実に遊びに誘って色々とするのかもしれない。


「まあ、それはそれだ、とにかく今日は俺におごらせてくれ、実は俺バイトしててな、花沢を部活忙しそうだし、自由にできる金はあんまり持ってないだろう?」


バイトとは俺の従妹の愚痴聞きのことを指す。社会人で金が余っているのか、いつも最低賃金以上のお金を俺に渡してくるのだ。いらないと言っても無理やり握らせてくるので、とりあえず受け取るだけ受け取って、あまり使わないようにしている。

だが、この場面ならば使ってもいいだろう。


「うん、おこづかいぐらいしかないけど……」

「じゃあ決まりだ、何が食べたい?」

「ちょ、ちょっと待って、この辺にレストランないか探すから……」


花沢が鞄から携帯を取り出していじり始めた。レストランなんて小洒落たところに行って、果たして花沢の腹が膨れるのか。

俺なんかは、同じ値段なら美味い飯よりも腹いっぱいになる飯の方が食べたい。運動して疲れている花沢ならなおさらだろう。


「花沢は普段部活終わってからどこかに食べに行ったりとかしないのか?」

「駅前のラーメン屋に行くけど……『ぽんた』ってとこ」


その名前は知っている。「安い、多い、あと腹が減っていれば美味い」がうちの学生の間でキャッチフレーズになっているラーメン屋だ。

あそこならば二人でガッツリ食ったとしても、お札一枚に小銭を数枚加える程度で支払えるはずだ。


「そこでいいんじゃないか?」

「でもあそこすごい脂っぽいし、ニンニク臭いよ? 量も多いし……玉城君大丈夫?」

「『ぽんた』だったら大盛りくらいなら完食したことあるぞ」

「マジ? すご……」


花沢は感心したように俺の身体を見た。まあ、このデカい図体を維持するのにはそれなりの燃費がかかるのだ。


「それじゃあ行くか」

「う、うん」


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