カラオケ店にて(玉城)
プロレスごっこの前日譚みたいなもの
放課後、俺と秋名と加咲はカラオケ店に来ていた。
女子とのカラオケなんて初めてだ。前の世界では野郎としか入ったことがなかった。
「私、一度でいいから男子とカラオケ行きたかったんですよ」
秋名が端末をいじりながら言う。
普段、秋名は加咲を含めて女子のみでしかカラオケ店に行ったことがないらしい。前の世界の俺と同じだ。
「秋名たちはいつも何を歌うんだ?」
「いろいろですね、履歴にあるやつを適当に入れたりとか、アニソンとか……」
「へえ」
「……あ、ちなみに咲ちゃんはアニソン得意なんですよ」
「はっちゃん!」
秋名の隣に座っていた加咲が秋名の腕を叩いた。どうやら加咲的にはアニソンを歌っていることをあまり知られたくないらしい。
気持ちは分からなくもないが、俺もアニソンは好きだし、恥ずかしがることじゃないと思う。
「アニソンだったら俺も歌うぞ、あと特撮の奴とか」
高校に上がってからはあまり見なくなったが、小学校や中学校の頃は日曜の朝など早起きしてテレビの前にいた。
あまり公言したことはないが、俺も結構オタクなのだ。
「へえ、先輩ってアニメ見るんですか? なんか意外です」
「そうか? 話しはしないがアニメ自体は結構見てるぞ」
「あ、あの……」
「うん? どうした加咲」
俺が秋名と話していると、加咲が恐る恐る話しかけてきた。
「先輩は……今期は何を見てますか?」
「こんき?」
『こんき』とはなんだろうか。
話の流れからアニメの事なのだろうが……そんなアニメのタイトルがあるのかもしれないけど、俺は知らなかった。
「そのアニメは見てないな、すまん」
「あ、いえ、いいです……」
加咲は引っ込んだ。
珍しく加咲の方から話しかけてくれたので、ちゃんと答えたかったのだが、どうにも加咲と同じ話をするには、まだレベルが足りなかったらしい。
「先輩、アニメって何時ごろのやつ見てます?」
「何時ごろって……そうだな、大体日曜の朝とか、あとは飯食いがてら6時くらいにやってるやつとか……」
「あ、オッケーです」
なにがオッケーなんだ。秋名がしたり顔で頷くのがイラッとくる。
「とりあえず私はいれたんで先輩どうぞ」
秋名が端末を渡してくると同時に、音楽が流れ始めた。
さて、何を入れるか……
________________________________________
「……♪ ……♪ ……♪ ……ふう、もう消してくれ」
俺のいれた曲がアウトロに入った。もう歌う部分はないし、とっとと終わらせて次の奴に回そう。
「先輩歌上手いですねぇ」
「そうか?」
「はい、やっぱり男の人の低音っていいですよね」
秋名がうっとりとした顔で言う。
同意を求められても俺にはよくわからん。
俺からしてみれば女の高音の方が耳に心地いいが。
「……♪」
例えば、今加咲が大地讃頌を歌っているが、高音が効いてとても聞きやすい。
……まあ、なんで加咲が最初の曲で大地讃頌を選曲したかについては触れないでおくが。
「……先輩、提案があります」
「なんだ?」
秋名がこちらを向いて改まった。
「勝負しませんか?」
「勝負? 何のだ?」
「ずばりカラオケ採点対決です」
「……ほう」
「ダメですか?」
「……」
別に勝負すること自体は構わない。ただ、秋名が何かを提案する場合、大抵裏がある。セクハラとか下ネタとかそこら辺を秘めている可能性が高いのだ。
おそらく「勝負」という体を取って、自身が勝った先に何かを要求したいのだろう。
「……いいぞ」
「ありがとうございます、それでですね、負けた人には罰ゲームなんてどうですか?」
やはりそう来たか。
しかもこいつは俺の歌を聞いたうえで勝負を仕掛けてきた。つまり、自分の歌によほど自信があるということだ。確かに最初に歌っていた秋名の歌は結構上手かった。少なくとも俺よりもちゃんと歌えるという自信があるのだろう。
そう考えると安易にこの罰ゲームを了承するのは危険だ。
「……まずはその罰ゲームの中身を聞こうか」
「嫌だなあ、何警戒してるんですか先輩? 罰ゲームなんて何でもいいじゃないですか」
このこの、とおどける秋名。
秋名のこの反応から察するに、やはり詳しく聞いといて正解だったようだ。明らかに罰ゲームの内容を誤魔化そうとしているようだし。
「勝負をするのは、まず罰ゲームが何かを決めてからだ」
「えー? それは勝った人が適当に決めちゃえばいいんじゃないですかねー?」
「いいわけないだろうが」
最近、秋名のセクハラがエスカレートしている気がするのだ。下手に気を許そうものなら何を要求されるかはわかったものではない。
「あ、あの……」
「うん?」
「歌、終わりました……」
気が付けば、加咲の歌が終わっている。
……しまった、加咲の事をすっかり忘れていた。
「次は誰が歌うんですか……?」
「次は……」
ここで俺に名案が浮かんだ。
「……そうだ、加咲、お前も一緒に勝負をしないか」
「勝負?」
「え、咲ちゃんも誘うんですか?」
「なんだ加咲だけ仲間外れにするつもりか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
口ではそう言いつつも秋名は不満そうな顔だ。
秋名としては勝利が見込める俺とのサシ勝負が望みだったのだろう。しかし、もし加咲が勝負に加わって、彼女が三人の中で最低点を取ろうものなら、秋名の計画は台無しになるのだ。
「勝負って何ですか?」
「秋名がカラオケの採点機能を使って勝負をしたいそうだ、一番低かったら罰ゲームなんだと」
「え……」
「加咲もやるだろう?」
「はい」
俺に対してイエスマンの加咲はこういう聞き方をすれば必ずイエスで返答する。
「秋名、加咲もやりたいそうだ」
「……うぅ……あ、そうだ、それなら男子チームと女子チームに別れるってのはどうですか?」
「加咲、三人バラバラがいいよな?」
「はい」
「ぐぅ……咲ちゃんを利用するのは卑怯ですよ先輩」
かろうじて、ぐうの音を出した秋名は歯噛みしながら俺を睨む。
そんな顔をしたって無駄だ。いつまでもお前のいい様にやられる俺ではない。
「さて秋名、罰ゲームは何にする?」
「……じゃあ一発芸とかどうですか?」
不満タラタラの秋名はかなり無難な罰ゲームを提案してきた。
どうやら加咲を加えたことで罰ゲームによるセクハラをする気が失せたらしい。
「よし一発芸だな……」
端末を操作して採点モードをオンにする。
そこでふと、手が止まる。
一発芸も結構ハードル高くないか……?
秋名を上手くやりこめたと思って満足していたが、一発芸という罰ゲームも結構やりたくない部類のものだ。
しかし、やると言ってしまった以上、今さら引っ込むわけにもいかない。
俺は覚悟を決めて自分の歌う曲を端末に入れた。なに、負けなければいいのだ。
勝負の結果、俺は最下位ではなかった。
一位はもちろん秋名だ。こいつはやはり爪を隠していたようで、一昔前のラブソングを熱唱し、見事に98点を記録した。
二位は俺だ。覚悟を決めたおかげか普段よりもかなり声量が出て、95点を取ることができた。
そして最下位が……
「93点か……もうちょっとだったな」
「……はい」
加咲である。
加咲の選曲はなぜか「蛍の光」だった。こいつは音楽の授業で習った曲でしか歌えないという縛りでもやっているのか。
「咲ちゃんさ、なんでここで持ち歌を歌わないの?」
「な、何の話?」
「だからいつもみたいにアニソンを……」
加咲が秋名に覆いかぶさることで秋名の言葉を遮った。どうやら加咲はあえて持ち歌を歌わずに「蛍の光」という謎のチョイスをしたらしい。そんなにアニソンを歌っているところを俺に見られたくなかったのか? 別に加咲がどんなアニソンを歌っても気にしないのだが。
しかし、それよりも問題なのは罰ゲームについてだ。
「えーと……一応、最下位の加咲が一発芸なんだが……」
今にして思えばこれは加咲にしてもハードルが高いはずだ。引っ込み思案の加咲に持ちネタがあるとは思えない。
「大丈夫か? 無理そうなら代わりに秋名にやらせるが」
「ちょっ!? なんで私なんですか、私トップですよ!?」
こういう時のためのお調子ものキャラだろうが。俺は笑ってやるから安心しろ。
「あの……一応、中学時代にクラスメイトから受けた一発ギャグがあります」
「マジか?」
「え、咲ちゃんそんなの持ってたの?」
俺も驚いたが、秋名もこれは予想外だったらしい。加咲に持ちギャグがあったとは、人は見かけによらないようだ。
それにそのギャグは「クラスメイトから受けた」という保証つきのもの。一体どんなやつなのだろう。いやがおうにも期待が高まってしまう。
「じゃあ、ちょっと見せてくれ、その一発ギャグ」
「……はい」
俺に促され、加咲はその場で立ち上がった。
直立している加咲は、自分のスマホを手に持つとそれを胸の上に置き、こう言い放った。
「人間戸棚」
一瞬、時が止まった。
まさか加咲がこんなエロギャグをぶっこんでくるとは思わなかったのだ。
加咲の巨乳の上には見事にスマホが置かれており、落ちることなく安定している。
見事な「人間戸棚」だが、俺としては「面白い」というよりも「エロい」と感じてしまってまったく笑えない。むしろ気が緩むとにやけてしまいそうだから努めて口元を結んでいる。
とんとん、と俺の肘がつつかれた。
見てみると、隣にいる秋名が俺の肘を小突いている。
(先輩、なんで笑ってあげないんですか)
小声で俺に文句をつけてきた。
(アホ、こんなギャグ笑えるか、お前こそ笑ってやれよ)
(友達のコンプレックスは笑えないですよ)
(こんな時だけ真面目になるな、こういう時に大笑いするのがお前の役目だろうが!)
(そんな役目知りませんよ!)
俺と秋名でどちらが笑うかで小突きあっていると、加咲が静かにスマホをテーブルに置いた。
「か、加咲……」
加咲は俺の呼びかけには答えず、そのまま部屋から出て行こうとした。
「さ、咲ちゃん……どこ行くの?」
「……死ぬから」
「え?」
「私は死にます」
「……お、落ち着け! 加咲!」
ドアに手をかける加咲を羽交い絞めにする。
「私が調子に乗って変なギャグをするから……こんな空気に……」
「いや、変じゃないぞ! 面白かった! なあ秋名?」
「う、うん! 面白かったよ! 咲ちゃん!」
「……死んでお詫びをします……」
「するなするな! やめろ加咲!」
「咲ちゃん落ち着いて!」
しばらく時間はかかったが、俺と秋名の説得により、なんとか加咲の自殺を止めるのには成功した。
しかし、場に流れるいたたまれない空気は晴れず、こうなれば全員一発芸をして公平になろう、という俺の提案により、秋名と俺も一発芸を披露した。
まあ当然だが、笑いがおきる空気などではない。結果として全員が平等に心に傷を負い、利用時間をかなり余らせてカラオケ店を出て行った。