プロレスごっこ(加咲)
今日も玉城先輩とはっちゃんと一緒に昼ご飯を食べた。
憧れの先輩と一緒に昼ごはん、なんて一か月前の私は想像もしてなかった。こういうのは漫画の中だけの話と思っていたのに。
「あ、先輩、私昨日面白い動画見つけちゃったんです」
三人一緒にいるが、話すのは大抵はっちゃんだ。私も先輩もはっちゃんの話の聞き役に回ることが多い。
はっちゃんがスマホを先輩に見せながら、動画を再生した。
私もスマホを覗きこむと、とあるプロレスの試合の動画だった。
……ああ、この試合ね。
この試合は知っている。試合自体は一昨年行われたものだが、最近になって、なぜか動画サイトにランキング入りしたものだ。
プロレスの動画はほぼ毎日見ているおかげで、私はプロレスにちょっと詳しい。
プロレスを見始めたきっかけは単純なもので、「オカズ」探しのためだ。
プロレスとはつまり、モザイクなしで半裸の肉感的な男性を合法的に見ることができる、とても素晴らしいスポーツなのだ。
しかし、この大発見は他の女子にはあまり共感してもらえない。
はっちゃんにも話してみたが、「そういう目で見れない」と軽く引かれた。
今、はっちゃんが見せている動画も実は一昨年すでに見ている。
動画の内容は、劣勢のベビーフェイスが形勢逆転してヒールを倒す、というプロレスとしては王道といえるものだ。
女レスラーがいるせいでオカズにもできなかったし、私としてはあまりに王道過ぎる陳腐な展開に、熱中して見れなかった記憶がある。
しかし、先輩やはっちゃんは食い入るように見ている。
なんだか、私だけ感性がずれているようでさみしい。
「どうですか? すごくないですか?」
「すごかったな」
動画を見終わった二人は盛り上がっている。
私も好きなプロレス動画の話なら出来るのだが、「プロレス好きな女子」というのはかなり珍しく、また妹曰く「男子が引く趣味」とのことなので、ここは我慢しておこう。
「ですよね? それでですね、先輩、私最近プロレスがマイブームなんですよ」
「そうなのか」
……うん? はっちゃんのマイブームがプロレス? そんな話しは聞いたことない。
なんだか、嫌な予感がする。
最近、はっちゃんの先輩へのセクハラが目に余るのだ。私から注意しても一向に止めようとしない。それどころかエスカレートしている。
先輩はやさしいから、はっちゃんがいくら身体を触っても怒らないけど、私は見ていてムッとするのだ。
私だって先輩にたくさんセクハラしたいのにはっちゃんだけ本当にズルいと思う。
「だから、私とプロレスしませんか?」
「……あん?」
「プロレスですよ、プロレス! しましょうよ! ミックスファイトです! この動画みたいに!」
はっちゃんはどうやら先輩とプロレスがしたくて例の動画を見せたらしい。
相変わらず用意周到だ。私もこんな風に自然な流れで先輩と触れ合えるきっかけを作れればいいのに。
「さあ、やりましょう」
「……やりましょう、じゃない、お前がプロレスにハマったのはわかったが、いきなりやりましょう、とかで出来るようなものじゃないだろうが」
しかし、どうにもはっちゃんの旗色が悪い。先輩があまり乗り気でないのだ。
はっちゃんの必死の説得でも中々頭を縦に振らない先輩は珍しい。大抵ははっちゃんの言われるがままにセクハラされるのだけど。
二人の話し合いの末、どうやら、はっちゃんがプロレス技を実演することになったらしい。
「じゃあまずは頭をこう、絞めるやつです……えっと、なんて技だっけ、咲ちゃん」
「ヘッドロック」
「あ、そう、ヘッドロック」
はっちゃんに聞かれて、反射的に答えた後、ハッと口を閉じた。
「加咲、お前もプロレスにハマってるのか?」
「え、あ……」
マズイ、先輩にプロレス好きの女だとばれてしまう。はっちゃんもなんで絶妙なタイミングで聞いてくるのか。ボケッとしてたから、つい答えてしまったじゃないか。
「ハマってるっていうか、咲ちゃんは前からプロレスのファンですよ」
さらにはっちゃんが追い打ちをかけてきた。
……もうダメだ、完全にばれてしまった以上、開き直るしかない。
「あ、あの……プロレス見てる女の子って変ですか?」
「いや、別にいいんじゃないか?」
恐る恐る聞いてみたが、先輩は、私が悩んでいたのがバカらしく思えるくらい、あっさりとしていた。
「ヘッドロックとですね、あとは足で首を絞めるやつ……咲ちゃん、あれの名前は?」
「……トライアングルチョーク?」
「そういうの? 股で首の後ろを挟むやつ」
「ああ、それなら多分首四の字のことかな……」
先輩がそういうのを気にしないのなら遠慮する必要はない。プロレスについての知識を迷わず披露できる。
「先輩、ヘッドロックと首四の字をやりましょう」
「……それはつまり、お前が俺にその技をかけるってことなのか?」
「何言ってるんですか? 先輩が私にかけないと意味ないじゃないですか」
「アホ、できるわけないだろうが」
はっちゃんの提案を先輩はあっさりと断った。もしかして、先輩も最近のはっちゃんのセクハラに嫌気がさしていたのかもしれない。
「ええー……ダメなんですか?」
「……言っておくが、俺は別にお前とプロレスをしたくないから断ってるわけじゃないからな」
え? 違うの?
「俺とお前がプロレスすると、お前が怪我するかもしれないから断ってるんだ、俺は怪我させたくない、わかるな?」
「先輩……」
「お前がプロレスにハマってるっていうのはわかったが、相手を選べ」
凄い、先輩……今まで散々はっちゃんにやりたい放題やられてるのに、それでもはっちゃんの事を労わってる……。
もしかして、先輩は天使なのかもしれない。冗談抜きで。
「じゃあ、今から私が咲ちゃんに技をかけてもらうので、怪我しなさそうならかけてください」
そして、そんな先輩の善意を平気で蹴飛ばすのがはっちゃんである。
「秋名、お前な……」
「先輩、大丈夫です、私頑丈ですから」
「そんなの……」
「それに先輩は私に怪我させたくないんですよね? だったら絶対に大丈夫ですよ、先輩は私に優しいですから!」
相変わらずはっちゃんは勢いだけで喋っている。私も先輩もこの勢いに押されて、いつもはっちゃんのペースに巻き込まれてしまうのだ。
「……わかったよ、まずはとりあえず、どんな技か見せてみろ」
「はい、ありがとうございます! じゃあ、咲ちゃん」
はっちゃんは私を席から立たせると、ウインクした。
「咲ちゃん、わかってるよね?」
「……うん、わかってる」
わかってるとも。
先輩の善意を踏みにじり、先輩にセクハラをしようなんていうはっちゃんにどうすればいいのかなんて。
「全力でやるね」
「違うよ! 加減し……」
はっちゃんの言葉が終わる前に、すでに私のヘッドロックは極まっていた。
私も見ているだけで実際にかけるのは初めてだが、結構上手く極まっていると思う。
「ちょっ……いた、いたい! 咲ちゃんいたいって!」
その証拠にはっちゃんがさっきから私の背中をタップしているもの。
ただ、タップされても私は簡単にヘッドロックを解くつもりはない。はっちゃんは少し反省した方がいい。
「加咲……その辺にしといたほうがいいんじゃないか?」
「わかりました」
だけど先輩に言われたら別だ。私ははっちゃんを解放した。
はっちゃんはフラフラとその場でへたり込み、信じられないものを見るかのような目でこちらを見てきたが、私はソッポを向くことでその視線に答えた。
「秋名……」
「あ、先輩、えっと……安全でしょ?」
「……安全だったようには見えないが」
「いや、安全なんです、ほら、怪我してないでしょ?」
「やっぱり……」
「先輩、もう一個あるんです! 首四の字ってやつ! そっちも安全ですから!」
このままでは断られると察したらしく、はっちゃんは先輩の言葉にかぶせるように提案した。
「咲ちゃん!」
「うん」
「……今度こそお願いね!」
「うん」
はっちゃんは目で「わかってるよね?」と訴えている。
そんな真剣な目で見てこなくてもきちんとわかっているから安心してほしい。
「じゃあ、早速かけて、その首四の字ってやつ」
「まず横になって」
「こんな感じ?」
はっちゃんが横になる。
私ははっちゃんの頭を持ち上げ、左足をはっちゃんの顎の下に引っ掛かるように曲げて、さらにまがった左足の足首に右足をひっかけた。
「そう、こんな感じです、先輩」
はっちゃんが先輩に話しかける。
まだはっちゃんには話す余裕がある。当たり前だ。本気で絞め上げていないもの。
「先輩、どうです? できそうですか?」
「……そうだな、お前も苦しくないようだし、それくらいだったら」
「それじゃあお願いします、へへへ」
おおっと、いけない。このままだと先輩がはっちゃんの毒牙にかかってしまう。
私は右足を引き、左足ではっちゃんの首を絞めた。
「……うぐっ」
「秋名、大丈夫か? ……苦しくなってないか?」
「大丈夫です……」
大丈夫ならもうちょっと強く絞めてもいいかな。
「咲ちゃん、ちょ、ちょっと……」
「……」
はっちゃんがタップしている気がするが、気のせいだろう。
「加咲、止めてやれ」
「はい」
先輩に言われたら当然止める。先輩の為にはっちゃんを懲らしめているのだ。先輩がもういいと言えば止めるだけである。
「はあはあ……ね、安全だったでしょ?」
首四の字から解放されたはっちゃんは息も絶え絶えといった感じだ。
「……加咲、技をかけてるお前はどうだ? ヘッドロックとか首四の字は危険な技だと思うか?」
「危険だと思います」
「ちょっ、咲ちゃん!?」
ここで安全です、なんて間違っても言えない。もし言ってしまえば先輩がはっちゃんにセクハラされてしまう。先輩は天使だからこれ以上汚させるわけにはいかないのだ。
「……咲ちゃん、ちょっと来て」
はっちゃんがムッとした顔で私を部屋のすみ……先輩に声が届かないところまで引っ張った。
「どういうつもり? これじゃあ先輩にプロレス技かけてもらえないじゃん」
「はっちゃんがいけない」
「え?」
「はっちゃんが先輩にセクハラばっかりするから」
これは制裁だ。はっちゃんが調子に乗って先輩にセクハラをするから、そして先輩がそれを受け入れてしまうから……先輩を守れるのは私だけなのだ。
使命感に燃える私は、友達であるはっちゃんの言葉でも耳を貸すつもりはない。何を言われてもこのセクハラプロレスを阻止するつもりだ。例えこの友情が壊れてしまったとしても……
「……わかった、それなら、咲ちゃんも一緒にセクハラしよう」
何を言っているんだ、はっちゃんは。
「咲ちゃんにもプロレス技をかけてもらうよう頼むから、二人でいい思いをするの、これで平等でしょ?」
「……はっちゃん」
私はため息をつくと、手を差し出した。
「さっきは強く絞めてゴメンね?」
「……交渉成立ね」
私達はガッチリと握手をする。
私とはっちゃんの友情は壊れることなんてない。永遠なのだ。
二人で先輩の前まで戻ると、はっちゃんが口を開いた
「先輩、咲ちゃんから言いたいことがあるそうです」
「……なんだ?」
「……さっき危険な技と言いましたが、あれは嘘です、ごめんなさい」
私は頭を下げた。
「……どういうことだ?」
「私が力加減を間違えちゃったんです、本当はとても安全な技です」
「だから先輩、プロレスごっこをやりましょう!」
最後の一押しとばかりにはっちゃんが前に出る。
「……はあ、わかった、やってやるよ」
先輩はとうとう根負けしたのか、ため息をつきながらも、プロレスを了承してくれた。
「本当ですか? ありがとうございます」
「ただし、絶対に本気でやらないから」
「はい! わかってます! ……あ、そうだ、後ですね、私に技をかけ終わったら、次は咲ちゃんにかけてあげてください」
「……え?」
「お願いします」
私にとってはこっちが本題だ。これが断られてしまったら、全力ではっちゃんのセクハラプロレスを邪魔するつもりである。はっちゃんが一人だけいい思いをするのは許せない。
しかし、先輩が頷いてくれたことで、私の覚悟は無用のものとなった。
「それじゃあまずは私から……」
はっちゃんが先輩にヘッドロックをかけられた。
「おおぉ……」
はっちゃんがくぐもった声を上げる。
苦しいからではない。嬉しいからだ。だって目が笑ってるし。
「大丈夫か?」
「全然大丈夫です……これはすごいですよ!」
「苦しかったらすぐにタップしろよ?」
「わかってます! あの、もっと強めに絞めてくれませんか? さすがにこんなにゆるかったらプロレスごっこじゃないと思うんですよー」
はっちゃんが調子に乗り始めた。
私ははっちゃんの様子を注意深く観察する。はっちゃんのためではない。はっちゃんがどさくさに紛れてさらに先輩へセクハラをかますのを防ぐためだ。
「いくぞ!」
「はい!」
はっちゃんに言われて、先輩がヘッドロックの力を強める。
「うぉぉぉ……」
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
やはり絞められると痛いのだろう。はっちゃんの声は先ほどよりも苦痛の割合が多い。しかし、それ以上にはっちゃんは幸せを感じているはずだ。腕、二の腕、わき腹、先輩の男らしい部分がはっちゃんの顔を包み込んでいるのだから。
そして、やっぱりはっちゃんは調子に乗った。
はっちゃんが先輩の背中をさすっているのだ。先輩は気づいていないようだが、はっちゃんの手は時折先輩のおしりに届いている。
そういう羨ましい抜け駆け行為は有罪なのだ。
私は背中を撫でまわしているはっちゃんの左手の甲を思いっきりつねった。
「……いたたたたぁ」
「すまん、締めすぎたか!?」
ヘッドロックのせいで痛がっていると勘違いした先輩はすぐに腕を放してはっちゃんを解放した。これは一石二鳥だ。
「あ、違います、先輩のヘッドロックが痛かったんじゃなくて、急に手の甲が痛くなって」
「手の甲? なんでだ?」
「いや、なんかつねられたような痛みがあって……」
はっちゃんが手を擦りながら、こちらを見た。
私はソッポを向く。
「……咲ちゃん、私の事をつねった?」
「つねってないよ、それよりもはっちゃん、早く次の技をかけてもらって」
そして早く私に代わって。
「……わかった」
はっちゃんは疑いのまなざしを向けながら横になる。友達なんだから信用してほしいものだ。
先輩ははっちゃんに首四の字かけた。すごく中途半端な形で。
かなりゆるゆるの首四の字だ。右足を少し浮かせているし、左足も首を圧迫していない。つまりこれはもはや首四の字などではなく「左足をはっちゃんの首元に置いているだけ」だ。
「……どうだ? 満足か?」
先輩は相変わらずはっちゃんを労わっている。でもその心遣いはこのセクハラ魔神には勿体ないと思う。
「……すごいです、先輩……」
「苦しいか?」
「いえ……これは……新境地ですね……」
全く極まっていないが、寝ている状態の首元に先輩のガッシリとした足が置かれているせいで、はっちゃんは少し苦しそうだ。
「ヘッドロックも……すごかったですけど……これはレベルが違う……」
「……そうか」
「先輩の……固いふとももが……私を包み込んで……」
「……」
「ぬくもりと……先輩の匂い……そして……」
「……」
「この息苦しさが……癖になりそうです……」
「……」
先輩が私と同じ顔をしている。つまり「こいつ気持ち悪い」って顔だ。
「そして……何よりも……先輩の股間が……私の後頭部に……」
もうダメだ。我慢ならない。
「先輩、失礼します」
「え?」
私は失礼を承知で先輩の右足を踏んだ。こうすることで、先輩の左足がはっちゃんの首を絞めることになる。
「うぐっ……」
「お、おい、加咲……」
やはりはっちゃんは痛い目を見なければならないのだ。後頭部でとはいえ、先輩の股間の感触を味わうなど言語道断である。
「加咲、足をどけろ」
「はい」
先輩に言われて足をどけた。
先輩は焦っているようだが、別にこのくらいやっても問題ないと思う。
「大丈夫か、秋名?」
「は、はい……正直、今くらい強くても全然オッケーです」
「……」
ほらね。
「加咲、危ないことをするな」
「……ごめんなさい」
先輩のためにやったのに先輩に怒られるのは少し理不尽に感じる。
でも、これでようやく私の番だ。
「先輩、次は私です、はっちゃんどいて」
「わ、わかった……」
はっちゃんを押し出して、私が先輩の横に行く。
「えっと……加咲もヘッドロックと首四の字でいいのか?」
「お願いします」
私に言われて、先輩が私にヘッドロックを極めた。
「どうだ、加咲、痛くないか?」
「……先輩、痛くないとプロレス技じゃないです」
「そうかもしれないが、あまりお前を痛めつけたくない」
いや、本当にもっと力を込めて欲しい。今でも充分先輩の二の腕や腕の感触を楽しんでいるが、それでもまだ物足りない。もっと男の人の匂いとか暖かさとか力強さとかそういうのを感じたいのだ。
「はいはい、先輩! 咲ちゃんと私で対応に差がある気がします! 差別だと思います!」
何が差別なものか。はっちゃんだって十分に労わってもらいながらヘッドロックをしてもらったはずだ。
「これは差別じゃない、区別だ」
「それならなんで区別するんですか?」
「加咲とお前のような変態を一緒にするな」
「えー? 先輩、言っときますけど、咲ちゃんも結構……」
「先輩、ヘッドロックありがとうございます! もう大丈夫です!」
私は先輩のヘッドロックを剥がすと、はっちゃんを睨んだ。
危ないところだった。はっちゃんはなんてことを口走ろうとしているんだ。
先輩は私の事をノーマルな女の子だと思っているのに、そのイメージを崩してはいけない。
私に睨まれたはっちゃんは誤魔化すように口笛を吹いている。
「あー……ヘッドロックはもういいのか?」
「……はい、先輩、首四の字もお願いします」
とりあえず、はっちゃんとの話し合いは後でけりをつけよう。
今は先輩にプロレス技をかけてもらう方が先だ。
早速横になった私に、先輩が首四の字をかけ……ない。なぜか先輩は私にプロレス技をかけるのを躊躇している。
「……先輩? どうしたんですか?」
「いや……首四の字をかけると、お前の胸に俺の足が当たってしまうと思うんだが」
「あ……そうですね」
どうやらこの脂肪が邪魔で技がかけにくいらしい。まったく、この脂肪はいつも私の邪魔ばかりする。いい加減減ってほしいが、どれだけ運動してもここだけはなぜか減らないのだ。憎らしくて仕方がない。
「……ごめんなさい、先輩、気にせずかけてください」
「え? 加咲、俺の足がお前の胸にぶつかっても大丈夫なのか?」
「……? なんでそんなこと聞くんですか?」
こんな脂肪の塊にそんな気遣い不要だ。いや、あんまり乱暴にされると痛いだろうが、別にこの胸を足蹴にされたところで特に問題はない。
「もしかして先輩ってデブ専ですか?」
「なに?」
はっちゃんがいきなり変なことを聞いてきた。
「別にそんなことはないが……どういう意味だ?」
「だって、咲ちゃんのおっぱいの事、よく気にしてますもん」
え? そうなの?
私は全く気付かなかったが、はっちゃんが言うのならそうかもしれない。
先輩がデブ専でないのは残念だが、こんな胸でも先輩に気にしてもらって本望だろう。
先輩は私に首四の字をかけた。まったく首に極まっていない。簡単にすり抜けられる。
ヘッドロックの時と同様に、これにもちょっと不満がある。私も男の人の太ももの硬さとかを顔面で感じたい。
何とか強くやってくれないものか。でも下手にせがむと、ヘッドロックの時のようにはっちゃんに私の性癖を暴露されるかもしれないし……
「か、加咲……それは止めろ……」
「え?」
先輩が苦しげな声で私に話しかけてきた。
「それってなんですか?」
「頭を……グリグリするやつだ……」
グリグリ……どうやら、私は考えているうちに自然と頭を揺らしていたらしい。
私の頭は今丁度先輩の股間に来ており、私が頭を動かすことで先輩の股間をくすぐっていたようだ。
……先輩の股間をくすぐる?
もしかしてこれは……先輩の股間の感触を楽しめるチャンスではないか?
「これのことですか?」
私はわざとらしくもう一度、頭を揺らした。
なんだか後頭部に何かが当たる違和感がある。
もしかして、これが先輩の……
「か、加咲! お前……!」
先輩の声が一気に切羽詰ったかと思うと、首四の字を解いた。
「え? ……もう終わりなんですか?」
「……加咲が悪戯するから終わりだ」
「そ、そんな……ごめんなさい、先輩! もうしませんからもう一度……」
しまった、自分の欲望を優先するあまり、せっかくのお楽しみの時間をフイにしてしまった。これでははっちゃんみたいじゃないか。
それから、何とか先輩にもう一度技をかけてもらうように頼み込んだが、結局かけてはもらえず、さらに先輩から「プロレス遊び禁止令」が発布されてしまった。
ううぅ……私のバカ……