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プロレスごっこ(玉城)

今回クソ長いです

部室棟の空き部屋で昼ご飯を食べ終え、いつものように昼休みが終わるまで、秋名と加咲の二人で適当に話しながら時間を潰す。


「あ、先輩、私昨日面白い動画見つけちゃったんです」


話題を振るのは基本的に秋名の役目だ。俺も加咲も聞き役に回ることが多い。


秋名は俺にスマホを見せてきた。

動画サイトの動画らしく、秋名が再生ボタンをタップすると動画が動き出した。


内容はプロレスの動画だった。しかし、普通のプロレスではない。

なぜか、男と女が戦っているのだ。


まさかまたこの世界の新常識か? この世界だと格闘技は男女混合が主流……だったりするのだろうか。


「ミックスファイトっていうんですよ、知ってました?」

「ミックスファイト?」

「男女が戦う形式のことです、面白そうでしょう?」


どうやら秋名の口ぶりから察するに、男女混合の試合……ミックスファイトというのはこの世界でも珍しい事らしい。

しかし、ミックスファイトねえ、どう考えても男が勝ってしまうと思うのだが。


動画を見るが、俺の予想通り、男のレスラーが女のレスラーを圧倒している。プロレスは嫌いじゃないが、さすがにこういう一方的な試合展開や「男が女に技をかける」というものは見ていて気分の良いものではない。


「こんなののどこが面白いんだ?」

「ここからですよ! よく見てて」


男レスラーが止めとばかりにボディプレスをかける。

その瞬間、リングに倒れていた女レスラーが跳ね起きて、それを避けた。

そこから流れが変わった。

男レスラーはボディプレスの不発で腹をマットに打ちつけたせいでフラフラだ。女レスラーはその隙を逃さずに飛び蹴りやドロップキックを決め、流れるようにフォール勝ちをしてしまったのだ。


「おぉー……」


思わず驚嘆の声を出してしまった。あんな絶対不利の状況から諦めずに勝ちを拾うとはこの女レスラーは中々根性がある。それに動きも軽快で、食い入るように見てしまった。


「どうですか? すごくないですか?」

「すごかったな」


普段が普段だから秋名の「すごい」とか「面白い」はあまり信用していなかったのだが、今回は本当に面白いものを見せてもらった。


「ですよね? それでですね、先輩、私最近プロレスがマイブームなんですよ」

「そうなのか」


たしかにあんな面白い試合を見れるのならば、プロレスにハマるのも分かる。


「だから、私と……」


プロレスの試合を見に行きませんか? ……とでも言うつもりだろう。全然OKだ。この動画で俺もプロレスに興味を持った。加咲も連れて三人でプロレスの試合を……


「プロレスしませんか?」

「……あん?」

「プロレスですよ、プロレス! しましょうよ! ミックスファイトです! この動画みたいに!」


秋名は立ち上がると、椅子と長机を片づけて部屋の真ん中にスペースを作った。


「さあ、やりましょう」

「……やりましょう、じゃない」


秋名の要求は俺の予想の斜め上を行った。まさか見る方ではなくやる方を誘ってくるとは。


「お前がプロレスにハマったのはわかったが、いきなりやりましょう、とかで出来るようなものじゃないだろうが」

「そんな難しく考えないで下さいよ、軽く技をかけあうだけですから」


そうは言ってもプロレスの技というのはどれも危険なものばかりだ。下手をすればケガをする。というか実際、うちの中学校では遊びでプロレスごっこをしていた奴らがケガをしたせいで、プロレス禁止令が出されていた。


「だがな……」

「いや、本当に簡単なやつですから、こう、頭を締めるだけのやつとか、足で拘束する的なやつとかで、全然危なくないやつですよ」


あまりいい顔をしない俺に、秋名は食い下がった。

広くなった部屋の真ん中のスペースを陣取り、身振り手振りでプロレスをしましょうと誘ってくる。


「……そんなにプロレスしたいのか?」

「したいです!」


俺は頭をかいた。ここまで難色を示している俺に秋名がまったく引かないのは珍しい。加咲ほどではないが、こいつも結構なイエスマン体質なのだ。にもかかわらず、ここまで食い下がるとは、よほどプロレスがしたいらしい。


「俺はあんまりプロレスに詳しくないから、技とかかけられないと思うんだが……」

「あ、大丈夫です! 実演します」


秋名は俺の手を引いて部屋の真ん中のスペースまで歩かせた。


「じゃあまずは頭をこう、締めるやつです……えっと、なんて技だっけ、咲ちゃん」


秋名が加咲に聞いた。

加咲がそんなこと知ってるわけないだろう。


「ヘッドロック」

「あ、そう、ヘッドロック」


加咲のまさかの即答である。


「加咲、お前もプロレスにハマってるのか?」

「え、あ……」

「ハマってるっていうか、咲ちゃんは前からプロレスのファンですよ」


そうなのか、意外だ。加咲みたいな大人しいタイプがプロレスのファンだなんて。

さっきプロレス動画の時も一切食いついてこなかったから、そういうのには興味がないと思っていたのだが……


「あ、あの……プロレス見てる女の子って変ですか?」


加咲がおそるおそる聞いてきた。


「いや、別にいいんじゃないか?」


プロレス趣味の女の子なんて結構じゃないか。個人的には変どころか逆に好感すら持てる趣味だと思う。


「ヘッドロックとですね、あとは足で首をしめるやつ……咲ちゃん、あれの名前は?」

「……トライアングルチョーク?」

「そういうの? 股で首の後ろを挟むやつ」

「ああ、それなら多分首四の字のことかな……」


加咲はスラスラと技の名前をだす。本当にプロレスマニアらしい。


「先輩、ヘッドロックと首四の字をやりましょう」

「……それはつまり、お前が俺にその技をかけるってことなのか?」

「何言ってるんですか?」


「それ本気で言ってるんですか?」と言わんばかりの顔で聞き返す秋名。

ちょっとイラッときた。


「先輩が私にかけないと意味ないじゃないですか」

「アホ、できるわけないだろうが」


こいつは簡単に「プロレスごっこ」とか「先輩がかける」とか言ってるが、自分と目の前にいる『先輩』の体格差をわかってるのか? 

秋名の身長は150ないくらい。細身の体から察するに体重は40も無い気がする。

一方で俺の身長は180を超えるし、体重も80近い。

まだこいつが俺に技をかけるのならわかるが、俺が秋名に技をかけるとなると、力加減を間違えれば怪我をしかねない体格差だ。


「ええー……ダメなんですか?」

「……言っておくが、俺は別にお前とプロレスをしたくないから断ってるわけじゃないからな」


この言い方だとまるで「問題がなければ俺が秋名とプロレスをしたがっている」と言う風にも聞こえてしまうが、今は置いておく。


「俺とお前がプロレスすると、お前が怪我するかもしれないから断ってるんだ、俺はお前を怪我させたくない、わかるな?」

「先輩……」

「お前がプロレスにハマってるっていうのはわかったが、相手を選べ」

「わかりました……」


秋名もようやくわかってくれたようだ。


「じゃあ、今から私が咲ちゃんに技をかけてもらうので、怪我しなさそうならかけてください」


前言撤回。こいつ全然わかってない。


「秋名、お前な……」

「先輩、大丈夫です、私頑丈ですから」

「そんなの……」

「それに先輩は私に怪我させたくないんですよね? だったら絶対に大丈夫ですよ、先輩は私に優しいですから!」


なんだこの俺に対する全幅の信頼は。

しかし、ここまで言われて、それでもやらないというのは気が引ける。


「……わかったよ、まずはとりあえず、どんな技か見せてみろ」

「はい、ありがとうございます! じゃあ、咲ちゃん」


秋名は加咲を席から立たせて連れて来ると、ウインクした。


「咲ちゃん、わかってるよね?」

「……うん、わかってる、全力でやるね」

「違うよ! 加減し……」


秋名の言葉が終わらないうちに加咲は秋名の頭の後ろに手を回し、ヘッドロックを極めた。


「ちょっ……いた、いたい! 咲ちゃんいたいって!」

「……」


秋名が声を上げながら加咲の背中をタップしているが、加咲は無表情で秋名を締め上げている。なんだか加咲が怖いぞ。プロレスになると人格が変わるとかそういうのか?


「加咲……その辺にしといたほうがいいんじゃないか?」

「わかりました」


秋名が悲鳴を上げても一向に止める気配を見せないので、代わりに俺が止めるように言うと、加咲はやっと秋名を解放した。

秋名はフラフラとその場でへたり込み、信じられないものを見るような目で加咲を見る。一方で加咲はというと、ツーンとソッポを向いていた。


「秋名……」

「あ、先輩、えっと……安全でしょ?」


秋名が乱れた髪を手櫛で直しながら情けない笑みを浮かべてこちらを見た。

いや、さすがにこれは「そうだな」と同意できないのだが。


「……安全だったようには見えないが」

「いや、安全なんです、ほら、怪我してないでしょ?」


秋名がその場でくるりと回る。確かに怪我はしてないだろうが、今のを見る限り、それは怪我をしなかっただけ、ともとれるのだが。


「やっぱり……」

「先輩、もう一個あるんです! 首四の字ってやつ! そっちも安全ですから!」


断られる事を直感的に察したのか、秋名が俺の言葉にかぶせるように提案した。

いや、安全も何も名前を聞く限りだとヘッドロックよりも危険そうなのだが……


「咲ちゃん!」

「うん」

「……今度こそお願いね!」

「うん」


秋名は加咲の肩に手を置き、真剣な目で念を押した。

一方で、加咲は相変わらず無表情である。


「じゃあ、早速かけて、その首四の字ってやつ」

「まず横になって」

「こんな感じ?」


秋名が床に横になる。

加咲は秋名の頭の上に来ると、軽く秋名の頭を持ち上げ、左足を秋名の顎の下に引っ掛かるように曲げて、さらにまがった左足の足首に右足をひっかけた。

左足が秋名の首を絞める形だ。


「そう、こんな感じです、先輩」


俺の予想に反して、秋名は結構余裕そうだ。見た目や名前ほど苦しい技じゃないのかもしれない。声はくぐもっているが、それはあごが加咲の足に当たってしまうから単純に話しにくいせいだろう。


なるほど、足の形が4に似てるから四の字固めなのか。秋名が平気そうなので、俺も少しこの技を見る余裕が出来た。

そしてちゃんと観察したからこそ、とんでもないことに気付いた。


この技をスカートをはいた女子がかけると、太ももがあらわになってしまう、ということだ。


加咲はあまり運動をしないのだろう。色白で少しばかり脂の乗った太ももをしているが、それを惜しげもなく晒している。ギリギリで股関節のあたりに秋名の頭があるおかげで下着は見えないが、秋名が身じろぎしたら見えてしまうのではないか。


加咲の下着を見たいか見たくないかと聞かれたら、もちろん見たいと答える。この世界ではあまり女性はそういうのに頓着しないので、駅の階段などでパンチラは見放題なのだが、それでも知り合いの少女のパンチラというのは格別に興奮してしまう。


いやいや、何を不埒な事を考えているんだ、俺は。秋名の変態性が移ったか。


「先輩、どうです? できそうですか?」

「……そうだな、お前も苦しくないようだし、それくらいだったら」

「それじゃあお願いします、へへへ」


俺が了承の返事を出すと、秋名はイヤらしい笑顔を浮かべた。

また何か変態的な事を思い浮かべているのに違いない。


「……うぐっ」


するとその途端、秋名がくぐもった声を上げた。

どんどん彼女の顔が赤くなる。


「秋名、大丈夫か? ……苦しくなってないか?」

「大丈夫です……」


いや、どう見ても苦しそうなんだが。

秋名はサムズアップで平気さをアピールしているが、顔色は悪くなっている。

いきなりどうしたんだと思ったが、よく見ると、加咲の左足が秋名の首に深く入り込んでいる。どうやら加咲が絞め上げているらしい。


なんだ、さっきのヘッドロックといい、加咲が秋名に容赦しなくなったのはどういう理由だ? 二人は喧嘩でもしたのか?


「咲ちゃん、ちょ、ちょっと……」

「……」


秋名が加咲の膝を叩いてタップするが、加咲は無表情のまま四の字固めを解かない。

さすがにこんな苦しそうな秋名を放っては置けない。


「加咲、止めてやれ」

「はい」


秋名(ともだち)の言うことは無視するが、俺の言うことには相変わらず従順である。

加咲はパッと首に巻かれた自身の足を外した。


「はあはあ……ね、安全だったでしょ?」

「……」


苦しさから解放されて肩で息をする秋名のこの姿を見て、同意するのは難しい。


「加咲、技をかけてるお前はどうだ? ヘッドロックとか首四の字は危険な技だと思うか?」

「危険だと思います」


試しに加咲に聞いてみたが、即答された。


「ちょっ、咲ちゃん!?」


秋名が加咲の腕を揺らすが、加咲は無表情である。やっぱり喧嘩してるみたいだな、この二人は。


「……咲ちゃん、ちょっと来て」


秋名は加咲の腕を取ると部屋の隅っこに連れて行き、なにやら二人で内緒話を始めた。


「……はっちゃんがいけない……」

「……わかった、それなら……」


断片的に漏れ聞こえる声では二人がなにを話しているかは理解できない。

しかし、急に二人が握手をし、こちらに向き直った時、仲直りが済んだことを悟った。


「先輩、咲ちゃんから言いたいことがあるそうです」

「……なんだ?」

「……さっき危険な技と言いましたが、あれは嘘です、ごめんなさい」


加咲は頭を下げた。

嘘とまで言い切ってさっき自分が言ったことを否定する加咲。

恐らくだが、これは加咲が秋名側に寝返った、ということだろう。多分、先ほどの内緒話で交渉が行われたのだ。


「……どういうことだ?」

「私が力加減を間違えちゃったんです、本当はとても安全な技です」

「だから先輩、プロレスごっこをやりましょう!」


秋名は満面の笑みを浮かべて、何度目かの提案をしてきた。


「……はあ、わかった、やってやるよ」


秋名の情熱に負けた。そんなにやってほしいのなら、やってやろうじゃないか。


「本当ですか? ありがとうございます」

「ただし、絶対に本気でやらないから」

「はい! わかってます! ……あ、そうだ、後ですね、私に技をかけ終わったら、次は咲ちゃんにかけてあげてください」

「……え?」

「お願いします」


秋名の横にいる加咲が頭を下げてきた。

なんでこいつらはこんなに俺にプロレス技をかけてほしいんだ。

揃いも揃ってマゾか。

だが、まあここまでくれば一人にかけようが二人にかけようが同じ事だ。了承の意味を込めて、椅子から立ち上がると、秋名達のもとまで歩いた。


「ありがとうございます! それじゃあまずは私から……」


秋名が俺の右横に立つ。

俺は秋名の頭の後ろから右腕を回し、秋名の顔の前で右腕を左手で掴んだ。

あまり絞め上げない様に軽く力を込める。


「おおぉ……」


秋名が苦痛とも感嘆とも取れるようなくぐもった声を出した。


「大丈夫か?」

「全然大丈夫です……これはすごいですよ!」


声はちょっと苦し気だが、なぜかかなりテンションを上げている。苦しいのに喜ぶなんてこいつ、マジでマゾなのだろうか。


「苦しかったらすぐにタップしろよ?」

「わかってます! あの、もっと強めに締めてくれませんか? さすがにこんなにゆるかったらプロレスごっこじゃないと思うんですよー」

「……」


秋名の言うことも一理ある。

せっかく秋名の願いを聞いてプロレスごっこをしてやってるんだ。中途半端にやって不完全燃焼で終わらせてやるのは可哀想だろう。


「いくぞ!」

「はい!」


秋名に一声かけて、右腕の力を強める。


「うぉぉぉ……」

「大丈夫か?」

「大丈夫です!」


大丈夫には聞こえない唸り声を上げていたと思うが。

本人が大丈夫と言っているし、もうちょっと力を強めてみるか。


「……いたたたたぁ」

「すまん、絞めすぎたか!?」


秋名が悲鳴を上げたので、俺はすぐに腕を放して彼女を解放した。


「あ、違います、先輩のヘッドロックが痛かったんじゃなくて、急に手の甲が痛くなって」

「手の甲? なんでだ?」

「いや、なんかつねられたような痛みがあって……」


秋名が左手を擦る。

あの状況で俺の背中に回っていた秋名の左手の甲をつねれるのは一人しかいない。

俺と秋名は同時に加咲を見た。

加咲は誤魔化すようにソッポを向いている。


「……咲ちゃん、私の事をつねった?」

「つねってないよ」


加咲は嘘をつけない性格らしい。

しかし、この二人は和解したはずだが、なんで加咲が秋名の事をつねったのだろう?


「それよりもはっちゃん、早く次の技をかけてもらって」

「……わかった」


加咲に急かされ、秋名は不審げに首を傾げながらも横になった。


次は首四の字だ。俺は秋名の左足を顎の下にいれ、右足を左足にかけ……ない。右足を微妙に浮かせて左足にかからないようにする。こうすることで、なるべく秋名を締め上げないようにした。


「……どうだ? 満足か?」


一応、こいつが希望するとおりプロレス技をかけてやった。


「……すごいです、先輩……」

「苦しいか?」

「いえ……これは……新境地ですね……」


何がどう新境地なのだ。マゾの新境地だろうか。


「ヘッドロックも……すごかったですけど……これはレベルが違う……」

「……そうか」

「先輩の……固いふとももが……私を包み込んで……」

「……」

「ぬくもりと……先輩の匂い……そして……」

「……」

「この息苦しさが……癖になりそうです……」

「……」


俺はなぜ後輩にプロレス技をかけながら、その後輩からマゾの性癖を告白されているのだろう。自分の行動に疑問を持ってきた。


「そして……何よりも……先輩の股間が……私の後頭部に……」

「……」


本当に何言ってるんだコイツは。


「先輩、失礼します」

「え?」


加咲が一声かけると、いきなり俺の右膝を踏んだ。

右足が左足を押し付け、結果的に秋名の首が絞まる。


「うぐっ……」

「お、おい、加咲……」


加咲が無表情で秋名を見ている。一連の行動から察するに、どうやら加咲は怒ると無表情になるタイプらしい。なぜ加咲が秋名に対して怒っているのかはわからないが、とりあえず、このままだと俺は殺人犯になりかねない。


「加咲、足をどけろ」

「はい」


俺に言われるとすぐに足をどける加咲。

俺は首四の字を外して秋名を解放する。


「大丈夫か、秋名?」

「は、はい……正直、今くらい強くても全然オッケーです」

「……」


心配してやったのに、こいつときたら……いや、もう何も言うまい。


「加咲、危ないことをするな」

「……ごめんなさい」


加咲にもきちんと注意しておく。さっきのは下手すれば事故が起きかねない危険な行為だ。

しかし、加咲がこんなことをするなんて、よほど秋名の行為に腹を据えかねたのだろうか。まあ、正直俺もあのマゾ実況はちょっとキモいと思ったが。


「先輩、次は私です、はっちゃんどいて」

「わ、わかった……」


加咲が秋名を押し出す。加咲にしては積極的な行動だ。


「えっと……加咲もヘッドロックと首四の字でいいのか?」

「お願いします」


秋名もそうだが、俺のプロレス技は、かけるのをお願いしてしまうくらい価値があるものなのだろうか。

加咲の頭に右腕を回し、加咲の顔の前で組んだ。二回目で俺も慣れたものだ。

しかし、相手は非弱そうな加咲だ。秋名以上に手加減をしなければならないだろう。

頭に軽く触れる程度の力で腕を締める。


「どうだ、加咲、痛くないか?」

「……先輩、痛くないとプロレス技じゃないです」

「そうかもしれないが、あまりお前を痛めつけたくない」

「はいはい、先輩! 咲ちゃんと私で対応に差がある気がします! 差別だと思います!」


秋名が抗議の声を上げるが、対応に差をつけるなど当たり前の事だ。加咲は秋名とは違う。この子は変態ではない普通の女の子だ。

多分、プロレス技をかけられたがっているのは、加咲がプロレス好きだからだろう。秋名のようなマゾ気質ではないはずだ、きっと。


「これは差別じゃない、区別だ」

「それならなんで区別するんですか?」

「加咲とお前のような変態を一緒にするな」

「えー? 先輩、言っときますけど、咲ちゃんも結構……」

「先輩、ヘッドロックありがとうございます! もう大丈夫です!」


加咲は自力で俺のヘッドロックを解くと、キッと秋名を睨んだ。

秋名は下手くそな口笛を吹きながらとぼけている。


「あー……ヘッドロックはもういいのか?」

「……はい、先輩、首四の字もお願いします」


加咲はそう言って寝転がった。

やっぱりそれもやるのか。


あまりやりたくないが、可愛い後輩の頼みならば仕方ない。

俺は秋名の時以上に慎重に、なるべく首に負担をかけないように左足をかけようとして……問題が生じた。

左足を加咲の首の下に入れられない。なぜなら、それをしようとすると、加咲の双丘を足で押しのけなければならなくなるからだ。


やはり秋名と加咲は全然違う。主に体つき的な意味で。


加咲は規格外の巨乳の持ち主だ。

以前、胸の上にスマホを置いて「人間戸棚」という一発(じぎゃく)ギャグを見せてもらったことがあるが、とにかく加咲の胸は、物が置けてしまうくらい大きいのだ。


これはマズイぞ、加咲からのお願いだから情状酌量の余地は生まれるだろうが、それでも女性の胸を足で押しのけるなんて立派な痴漢行為だ。


「……先輩? どうしたんですか?」


一向に技をかけようとしない加咲がキョトンとした顔でこちらを見ている。

どうやら加咲はこのことに気付いていないようだ。


「いや……首四の字をかけると、お前の胸に俺の足が当たってしまうと思うんだが」

「あ、そうですね……ごめんなさい、先輩、気にせずかけてください」

「え?」


なぜか加咲はすまなそうに俺に謝って、さらにプロレス技をうながしてきた。

もしかして……


「加咲、俺の足がお前の胸にぶつかっても大丈夫なのか?」

「……? なんでそんなこと聞くんですか?」


加咲は質問の意味自体が理解できないらしく、聞き返してきた。

加咲と始めて会った時、この子は自分の事をデブと称していたし、もしかしたら、この世界の女性の巨乳の価値は、本当にただの脂肪と大して変わらないのかもしれない。

それならば遠慮することはない。誰に咎められることなく、加咲の胸に足を押し付けよう。

この行為にやましい気持ちはない。加咲の願いを聞き入れるために仕方ない事なのだ。下心なんて微塵もないし。まったく、これっぽっちも。


「もしかして先輩ってデブ専ですか?」

「なに?」


秋名がいきなり変なことを聞いてきた。


「別にそんなことはないが……どういう意味だ?」

「だって、咲ちゃんのおっぱいの事、よく気にしてますもん」


そんなに俺は加咲の胸ばかり注目してたか。

一応、この二人の間ではクールな先輩で通っているはずなので、そんな隙だらけなところを見せているとは不覚だった。

俺は自らの失態を誤魔化すように加咲に首四の字をかけた。もちろん秋名の時のように手加減をした形で、だ。

ただ、秋名の時とは違い、左足にはしっかりと加咲の胸の感触が伝わっている。弾力のある柔らかさと心地良い圧迫感がたまらない。


俺が加咲の胸を満喫していると、股間に違和感が生じた。

何事かと思い股間を見ると、加咲が頭をグリグリと小刻みに動かしている。

こいつは何をしているんだ。

ただでさえ性を意識しまくっている状態でこの刺激は非情にマズイ。率直に言うと勃起してしまう。


「か、加咲……それは止めろ……」

「え?」


加咲が顔を上げた。


「それってなんですか?」

「頭を……グリグリするやつだ……」


技をかけているのは俺の方なのに、なぜか俺の方が息も絶え絶えだ。

加咲はこちらの顔をずっと見つめた後、


「これのことですか?」


グリグリを再開した。


「か、加咲! お前……!」


加咲はこちらが苦しいのをわかっていながら、まるで俺を観察するかのように見ている。

いや、これは冗談抜きでマズイ。

俺はすぐさま首四の字を解いた。


「え? ……もう終わりなんですか?」

「……加咲が悪戯するから終わりだ」

「そ、そんな……ごめんなさい、先輩! もうしませんからもう一度……」


加咲は必死に懇願してくるが、俺は頑として認める気はなかった。

加咲の悪戯に怒ったからではない。本当にちょっと勃ってしまったからだ。


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