文化祭編 執事喫茶(加咲)
「お姉ちゃん、玉城さんの教室どこ?」
「……」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
なぜ、稔がここにいるのか。
私が教室を出ると、まるで待ち構えていたように妹の稔が立っていた。
「……稔、これからはっちゃんが人形劇やるよ」
私は自分の教室を指差す。
うちのクラスでは人形劇という謎の出し物をしている。確か、提案したのは演劇をやっている男子だったはずだ。
クラスカースト最上位の陽キャグループに属する彼の提案で、「人形劇」は流れるように決まってしまったが、はっきり言って興味のかけらもない。しかもうちの担任が無駄に気を使う人で、「クラスメイト全員に一言くらいセリフがないとダメだろう」なんて言い出すものだから、なぜか私にまでセリフが振られてしまった。
陰キャは陰キャらしく大人しくしているから放っておいてほしいものだ。
「うーん、興味なし!」
稔は手でバッテンを作った。
さすが実の妹。私と感性が似ている。ただ、私と違う点はそれをはっきり言えるかどうかだ。
「そう、じゃあ、別のところに行けば……」
「お姉ちゃん、玉城さんの教室は?」
誤魔化して逃げようとしたが、稔は食いついて放してくれない。
私はこれから玉城先輩の教室に行って玉城先輩の執事を堪能しなくてはいけないのに。
ちなみに「稔も一緒に連れて行く」という選択肢はない。
だって、稔なんか連れていったら絶対玉城先輩に絡みまくるだろうし。普段ならまだしも、執事姿の玉城先輩に対して、私以上に絡むことは許さない。
「玉城先輩は……下の階だよ」
「うん、三階?」
「ううん、二階」
うちの高校の校舎は四階建てだ。
一階が職員室や校長室や保健室。二階が三年生の教室。三階が二年生の教室。四階が一年生の教室である。
ちなみに先輩は二年生だ。
「二階? 二階のどこ?」
「一番端っこの教室」
「へえ~」
「……」
「……」
言うとおり場所を教えてあげたのに、稔は一向に動こうとしない。
「稔、何で行かないの?」
「うん? お姉ちゃんと一緒に行こうと思って」
「……」
「……」
どうやら稔は私のウソを見抜いているようだ。
相変わらず鋭い。そこまで鋭さがあるのならばなぜ私の気持ちを察して素直に騙されてくれないのだろう。
「……」
「……」
私と稔は目を合わせたままその場から動かない。
それから一分ほど経って、私は大きくため息をつくと、仕方なく歩き出した。
稔は勝ち誇ったような顔をして私の後ろについてくる。
そもそも稔と私とでは土俵が違うのだ。私は人形劇での出番があるせいで休憩時間の制限がある。つまりはこんなところでグズグズしていられない。一方で稔はそんな制約がないからいくらでも粘れる。本当に卑怯だと思う。
先輩のクラスに到着した。
『執事喫茶』という看板を前にちょっと人だかりができている。
やはり、執事喫茶という前評判があった分、人気はあるようだ。
教室の壁際に『受付』と書かれた紙が貼られている机があり、そこには女子が二人座っている。
「すみません……喫茶店に入りたいんですけど……」
「二名様ですか?」
「そうでーす!」
私は隣で元気よく返事をする稔をジロっと見た。
しかし、稔は私のことなど眼中にないように、ウキウキしながら教室の中を覗きこもうとしている。
「料金は前払いで一人500円です」
執事喫茶にしてはリーズナブルな値段だと思う。本物の執事喫茶には行ったことないけど、とにかく値段が高いということだけは知っている。
私は財布から500円玉をだした。
「お姉ちゃんありがとうね」
「……」
私は一拍おいてから、500円玉を戻して、千円札を取り出す。
覚えておくと良い、稔、この500円は大きな借りとしておくから。
「それでは整理券をどうぞ」
「え、すぐに入れないんですか?」
「はい」
受付の女子が指差す先に、『現在④番のお客様を案内しています』と書かれた立札があった。
私が渡された整理券は5番と書かれている。整理券を配る文化祭の出し物なんて聞いたことがない。文化祭が始まってすぐにこの人気だ。これは真っ先に来て正解だったかも。
「え、待たなきゃダメなの?」
「稔は待たず帰ってもいいよ」
「待ちまーす」
不満げな様子だった稔は調子よく言い放つと、教室の前をブラブラし始めた。
それから待つこと5分ほど。教室から一組の女子グループが出てきた。
「5番の方、どうぞ」
受付に促され、私と稔は教室に入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……」
「お二人ですか、席までご案内します」
「……」
「……どうされましたか?」
「……おねーちゃん」
「はっ!?」
稔にわき腹を殴られ、私は正気に戻った。
扉を開けた瞬間に執事服を着た玉城先輩を見た瞬間に、ちょっと脳の処理が追いつかなくなってしまったのだ。
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
「だ、だ、だ、だい、大丈夫です」
口が回らない。テンパっているのが自分でもわかる。
「玉城さん、なんかすごい本物っぽいですねぇ」
「はい、稔お嬢様」
「お姉ちゃん聞いた? 稔お嬢様だって!」
稔が私の背中をバシバシ叩く。何を盛り上がっているんだ気持ち悪い。たかが名前でお嬢様と呼ばれたくらいで。
「たわわお嬢様もこちら」
「は、は、は、はい!!」
先輩にお嬢様と呼ばれてしまった! お嬢様って!
「稔! 稔! お嬢様って!」
「わ、わかってるってば、私もさっき言われたから……」
「……お二人とも、ご案内してよろしいですか?」
「は、は、はい!」
「お願いしまーす」
玉城先輩にエスコートされながら、空いた席まで案内されると、先輩はなんと私のために椅子を引いてくれた。
完璧なお嬢様待遇である。こんなこと、漫画とかでしか見たことがない。
「お嬢様、ドリンクは何なさいますか」
「え、え、え、え、えっと……」
「お姉ちゃん、いつまでテンパってるの?」
むしろ逆に稔は何でそんなに平静でいられるの。玉城先輩が執事姿で接客しているというのに。
先輩が執事になるということは、事前に聞いていたし、想像もしていた。でもそれらを上回るレベルだったのだ。雰囲気がすごい本物っぽい。手馴れているとでもいうべきか。声もいつもよりも穏やかだし、なんだか表情、というか雰囲気も柔らかな気がする。
とにかく、普段何気なく接している先輩にいきなり執事になって対応されているという事実に、私はまるで夢の中にいるような「非現実」を感じているのだ。
「なんか、お姉ちゃんニヤニヤした顔してる、気持ち悪いオタクみたいな顔だよ……」
「……そ、そんな顔してない!」
いや、してたかもしれない。ここにきて私の本性が出てきってしまったことは否定できないと思う。
私は自分の手で自分の顔を隠した。
「まあお姉ちゃんの事はどうでもいいや……とりあえず、オレンジジュース二つで」
「かしこまりました」
「あ、この『執事の特別サービス』ってなんですか?」
私は指の隙間から稔と先輩たちを盗み見る。
稔はメニュー表を見ながらごく普通に先輩と会話している。そのコミュ力がうらやましい。私も執事な先輩とごく普通の会話がしたい。
「その名のとおり、特別なサービスをご提供いたします、メニュー表の裏面をご覧ください」
「え? ……おー、色々ありますね」
「ご注文されますか?」
「うーんと……じゃあ、これをお願いしまーす」
「壁ドンですね、かしこまりました」
先輩の横顔をよく観察した。
いつもは厳つい怖い顔にしか見えないが、執事服を着るとそれがワイルドという言葉に変換される気がする。
「それではお嬢様、お立ち下さい」
「はーい」
稔が立ちあがった。
……あれ? 私がボケッとしている間になぜか話が変な方向に進んでいるような……
「壁までどうぞ」
「はいはいはーい」
和気藹々と話す二人。そのまま壁際まで移動している。
「これ私が壁ドンされているところの写真とか撮ってもいいんですか?」
「構いませんよ、スマホか携帯をお持ちですか?」
「はい! ……お姉ちゃーん、写真撮って」
「……何やってるの?」
「何って、壁ドンだけど?」
違う、これから何をしようとしているのかを聞いているのではない。何で姉を差し置いて先輩とイチャイチャしているんだ、と聞いているんだ。
本当にこれをされたくなかったから稔と一緒に来たくなかったのに。
「お姉ちゃん、今度はフグみたくなってる」
キモオタの次はフグ扱いか。いい度胸だ、稔。500円の分も含めてよく覚えておくように。
「なんで稔だけそんなことするの?」
「まあまあ、お姉ちゃんは写真さえ撮ってくれればいいから」
「……絶対にやらない」
私はソッポを向いた。稔のいいようにしてなるものか。
「あーあ、へそ曲げちゃった」
私そっちのけで壁ドンとかされているんだ、へそだって曲がる。
私も前に先輩に壁ドンしてもらったことはあるけど、でもその時は執事姿じゃなかったし、私だって執事姿の先輩からの壁ドンが欲しい。
「……ていうか、お姉ちゃんもやってほしいのなら、順番に私のあとにやってもらえばいいじゃん」
「……あ、そっか」
言われてみればその通りだった。ここで変に意地を張らずとも、順番で稔の後にやってもらえればいいんだ。
……まあ、稔の後っていうのもちょっと気になるけど。
「じゃあ、ほら、写真写真……」
「お嬢様、写真ならばこちらで撮りますのでご安心ください」
「あ、そうなんですか?」
「ええ……ヒロミ、ちょっと頼む」
「あ、うん」
玉城先輩に呼ばれて、一人の執事が返事をした。
イケメンの執事だ。ちょっと女顔に寄ってるけど、そこも中性的でグッドだと思う。
先輩のクラスメイトなのだろうけど、こんなイケメンがいるなんて知らなかった。ヒロミ先輩か。覚えておこう。
「えっと、写真を撮ればいいんだよね?」
「ああ、頼むぞ」
ヒロミ先輩が稔から借りたスマホを構える。
それを合図にして、玉城先輩が稔に一気に距離を詰めた。
まるでキスをしてしまいそうなくらいの至近距離だ。別にキスはしないとわかっているが、それでも「もしかして本当にしてまうのでは……」とドキドキしてしまう。これは寝取られ系のエロマンガを見ている時の心境に近い気がする。
「お~、玉城さん、顔近いですよ」
「嫌でしたか?」
「いえいえ、もっと近づいてもらって構いませんよぉ」
ニヤニヤしている稔。玉城先輩に優しくしてもらっているからって調子に乗っている。
「ちなみになんですけど、この『特別サービス』って人気あるんですか?」
「いえ、稔お嬢様が一番最初に注文されました」
まだ文化祭が始まってすぐだし、みんな様子見ということで注文していないのかもしれない。でも、これをきっかけに注文が増えると思う。だって周りにいるお客の女子生徒がヒソヒソと話をしているし。
「あ、じゃあ第一号なんですねえ、嬉しいですぅ」
稔が甘えた声を出しながら玉城先輩に抱きついた。
思わず立ち上がる。先輩が優しいからって流石に調子に乗り過ぎだ。
仕方ない姉として妹の暴走を静めるため、久しぶりにアームロックを解放するしかないようだ……
「お嬢様、お止め下さい」
しかし、私が動くよりも先に玉城先輩が稔を引き離した。
これは珍しい。先輩が女子からのセクハラを露骨に拒否するとは。いつもなんだかんだでセクハラを受け入れる寛大な先輩なのに。
「お嬢様、はしたないですよ、お淑やかになさってください」
「あ、ごめんなさい」
叱られた稔はちょっと驚きつつも大人しくなった。
凄い慣れた対応だ。
先ほどからの先輩の執事としての身のこなしといい、先輩はもしかして執事の才能がある……? それか私の知らないところで執事のアルバイトでもしていたのだろうか。
何の練習もなしにこんなことができるのならば、それこそ先輩は執事になるべくして生まれた存在といわざるを得ない。
「それでは改めて、写真を撮りましょう」
「はーい」
稔は、今度は両手を脇に手を置いて大人しくなった。
そのまま再び、玉城先輩は壁ドンの姿勢をとる。
二人はそのままスマホの方を見た。
何度見ても羨ましい距離感だ。次は私の番だとは分かっているが、それでも羨ましい。
ヒロミ先輩が二人の写真を撮った。
よし、次は私の番だ!
「稔、交代! 交代!」
「うーん、もうちょっとこのままで……」
「交代!」
私は声を荒げて稔をその場からどかせた。今までたくさん我慢したのだからもう私の番だ。
「先輩、私もお願いします!」
「……お嬢様、落ち着いて下さい」
「はい!」
私は直立不動の体勢をとった。
「……たわわお嬢様、そんな緊張なさらずに」
「はい!」
私は直立不動の姿勢を崩さない。
緊張しないで、というのは無理な話だ。だって執事モードの玉城先輩が間近にいるのだし、どう考えても緊張しちゃう。
玉城先輩はピシッとした姿勢を崩さない私に苦笑した。
「それでは、やりますね」
「はい……!」
玉城先輩の手が私の壁を叩き、そのまま顔をグイッと近づける。
来た……来てる……ああ、先輩の顔が間近に来てる。
興奮してきた。に、匂いが、匂いがする。先輩の匂いがする気がする……
この匂いは、多分整髪料の、そんな匂い……良い匂いだ。ずっと嗅いでいたい……
「はあ、はあ、はあ……」
「……たわわお嬢様」
「は、はい……はあ、はあ……」
「……お姉ちゃん、呼吸荒すぎじゃない」
稔に指摘され、ハッとなった。
確かに気持ち悪いくらい呼吸が乱れていた気がする。
玉城先輩の顔を見ると、苦笑していた。
私は思わず顔を手で隠す。
恥ずかしすぎる。自分がキモオタだと自覚していたが、まさかそれが先輩の目の前で出てきてしまうとは……
「えっと……写真、どうしようかな?」
「お嬢様、ちょっと落ち着かれてから……」
「……いえ、このまま撮ってください」
「いいのか?」
玉城先輩が執事の丁寧口調を止めて、素の口調で聞いてくる。
私は頷くことしかできない。
私は壁ドンを満喫するよりも、この場から消えいりたい気持ちの方が勝っていた。
「と、撮っていいの?」
「……やってくれ」
私の気持ちを察した先輩がヒロミ先輩を促した。
そのままスマホのシャッター音が押されたのを耳で確認してから、私は顔を隠したまま(指の隙間から目を開けた状態で)足早に自分の席に戻る。
「まあまあ仕方ないよ、お姉ちゃん、彼氏出来たことないもんね、男の人がきたら興奮しちゃうもんね」
「……稔だってそうじゃん」
私に彼氏ができないということは、稔にも彼氏がいないということだ。だって見た目がほとんど同じだし。
性格はまあちょっと違うけど、でも身体的ハンディは同じなはずだ。
「私は別に? あんな気持ち悪くなってないし?」
「……」
「まあ次があるよ、次が」
稔に肩を叩かれながら慰められた。
なぜ妹に慰められないといけないのか。実際落ち込んでるから何も言えないけど。
「……えーと、お嬢様、これ注文してたジュースね」
「ほら、お姉ちゃん、ジュースきたよ」
私が顔を上げると、執事服を着たギャル男が軽薄そうな感じで話しかけてきた。オレンジジュースの入った紙コップを私達のテーブルに置いた。
執事といえば真面目ってイメージだけど、この人はそんな雰囲気はない。本当に遊び半分でやってるって感じだ。見た目的に苦手なタイプの男子である。二次元ならともかく、リアルな世界でのヤリチン系男子はちょっと……
「ほら、ジュースも飲んでさ、私の奢りだから」
「……お金払ったのは私なんだけど」
「そこは気分の問題だよ、気分の」
いい加減、私を慰めているつもりでいる稔は放っておく。
ジュースを飲みながら玉城先輩を目で追う。
「すみません、ちょっといいですか?」
「なんでしょうか、お嬢様」
あ、別の席の女の子に話しかけられてる。
「あの、私もこの特別なサービスというのをお願いしたいんですけど……」
「はい、どうぞ」
「あの、この写真撮影って……」
「ご希望の執事とのツーショットが可能です、ただ撮影する場合は、お嬢様がお持ちのスマホか携帯での撮影になりますが」
ただの撮影も可能なのか。でもそれだったら壁ドンしているところをツーショットで撮ってもらった方がお得だと思う
まあ、初対面の男子相手に壁ドンをお願いするのはハードルが高いだろう。稔のような陽キャラでもない限りは。
「あ、そうなんですか……じゃあ、これを……」
「かしこまりました、ご希望する執事はどなたですか?」
「えっと……その……」
女子生徒が目を泳がせた。
でもチラチラと玉城先輩の方を見ているところから、大体察せる。
「私ですか?」
「……はい」
先輩も察したようだ。
「あの、あとポーズを選べるってあるんですけど……」
「はい、ご希望のポーズで写真を撮れますよ」
「ご希望、ご希望ですか……」
「……そうですね、例えば、お嬢様と一緒に手でハートマークを作るとか、ですね」
ハートマーク……? 手でハートマーク?
「……じゃ、じゃあそれで……」
女子生徒はぎこちなく頷いた。
「長谷川、写真撮影を頼む」
「へーい、玉ちゃん人気だな」
例のヤリチンっぽい執事さんは長谷川先輩というらしい。気の抜けた返事をするあたり、本当にやる気はないようだ。
「嫉妬してるのか?」
「いや、全く」
長谷川先輩が肩をすくめると、女子生徒からスマホを受け取り、それを二人に向ける。
先輩が席に座っている女子生徒の隣に立て膝でしゃがむ。
手を猫の手のようにすると、女子もそれに合わせて手を合わせた。
二人によって作られるハートマーク……ハートマーク!
恋人同士が写真で撮るやつだ。よくSNSとかに上がってる。まさか先輩が、私やはっちゃん以外でそんな事をするなんて……本当に寝取られている気分だ! 悔しい!
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……ちょっと落ち着いて下さいよ」
「え?」
稔に言われて気が付いた。
私は身を乗り出して二人の様子を見ていたのだ。
「……だって、先輩が……」
「はいはい、とられちゃって悔しいのね」
「……」
くっ、余裕しゃくしゃくの稔がちょっとムカつく。
「でも、悔しいのならさ、お願いすればいいじゃん、またサービスを」
「……あ、そうか」
確かにその通りだ。私はメニュー表の裏を見た。四つのサービスが載っている。これを一通り頼めば私も……
「あ、あの、すみませんが……」
「え?」
ヒロミ先輩が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「このサービスはお一人様につき一回までなんです、ですので、お嬢様はもうご注文できません」
「……」
私は無言で机に突っ伏した。
「残念だったね、お姉ちゃん、また今度……来年に期待しよ?」
稔の声を無視して、玉城先輩たちの方に顔を向ける。
はにかんだ笑顔を浮かべた女子と穏やかな表情をしている玉城先輩がスマホで写真を撮られていた。
このまま……このまま終わっていいのだろうか。先輩を取られたままで。
私は立ち上がった。
「……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「もう帰る」
「え? あ、ちょっと待ってよ、もう帰っちゃうの?」
教室を出る。背中ごしに「いってらっしゃいませ、お嬢様」という玉城先輩の声が聞こえた。
「もう、いくら不機嫌になったからって、いきなり帰るのはなくない? せめて玉城さんに一言言ってから……」
「……」
私は無言でそのまま受付まで移動した。
「え? お姉ちゃん?」
「すみません、整理券下さい」
財布から500円玉をとり、受付の机の上に置く。
受付の女子が困惑した表情で整理券を渡してきた。
「お、お姉ちゃん、まさか……」
整理券番号は9番。立札を確認すると、『現在⑥番のお客様を案内しています』と書かれている。
私は教室のドアの近くで待機した。
「まさか……二週目?」
「あと三週するから」
「え」
先輩を取り戻すため、私が先輩のサービスを全て受ける。先輩を取り戻すためにはそれしかないのだ。
「あ、そ、そうですか……えーと、私は……」
「稔に奢る分はない」
既に1500円使っている。さらに1000円使う予定だが、稔の分まで奢って上げられる余裕はない。
「で、ですよね……それじゃあ、私ははっちゃんさんの人形劇でも見てきますね……」
稔はそそくさとその場を後にする。
それから私は9番が呼ばれるまで、教室のドアの前で、直立不動でひたすら待ち続けた。