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文化祭編 執事喫茶(玉城)

学校の更衣室。


着なれた執事服に袖を通す。

この服を着ると、気が引き締まる気がする。


「お試し」で執事喫茶でアルバイトを始めてみたのだが、自分でも意外なくらいしっくりきているのだ。

まだわずかな期間しかアルバイトをしていないが、すでにこの服がまるで戦闘服のように感じられるようになってしまった。

スイッチのオンとオフに例えればいいのだろうか。ともかく、これを着ると、「自分が執事である」という自己暗示にかかる……気がする。


ロッカーについている鏡で身だしなみを整える。執事に必要なものは何よりも清潔感だ。髪をきちんと整え、衣服に乱れがないかを確認する。特に執事服はビシッとしていればしているほど格好良い。


ちなみにいま俺が着ている執事服は、長谷川のバイト先で無料でレンタルする予定だった執事服ではなく、俺のバイト先のやつを、店長であるシュウさんから許可をもらって、そのまま着させてもらっている。

長谷川のバイト先をバカにするわけではないが、やはり執事喫茶で使われているこの執事服の方が、貸衣装屋の執事服よりも作りがしっかりしているのだ。


ロッカーの扉を閉める。

さて、教室に行くか。

着替えるのに少し時間がかかってしまった。執事役をする長谷川と他2名はとっとと着替えて教室に戻ってしまったわけだし、唯一女子で執事役をやるヒロミは教室で着替えているので、相当待たせているだろう。




今日は文化祭本番である。

校内はやたらと装飾が施され、短い準備期間にも関わらず、通りかかる教室のドアからチラリと中を覗けば、凝った出し物を準備しているのが確認できた。


やはり文化祭なのだから、各クラスの出し物も楽しみたい。休憩時間になったら、まずは秋名達の一年の教室に行ってみよう。確か人形劇をやると言っていたかな。そのあとは……体育祭の応援団のよしみで遠藤先輩の三年の教室に行ってもいいかも。ああ、それと山口君や美波、栞たちのソフト部連中の出し物も気になるところだ。ソフト部は去年もグラウンドを貸し切って何かしていたし、今年もグラウンドでやる雰囲気だからな。


俺が廊下を曲がろうとしたその瞬間、角から女子生徒が飛び出してきた。


「おっと」

「あ!?」


ぶつかる寸前で立ち止まる。

しかし、走っていた向こうは急には止まれない。そのまま、俺の胸に衝突してきた。


「ご、ごめんなさい!」

「走ると危ないですよ、お嬢様」

「え?」


いかん、この服を着て気合を入れると執事スイッチがオンになってしまう。普通に女子生徒を『お嬢様』と呼んでしまった。


「し、執事? なんで!?」


女子生徒の正しい疑問だ。

学校で執事が歩いているなんてまずありえないことだろう。


「あー……二年の教室で執事喫茶をやるので、ぜひお越しください」

「え!? あ、は、はい……」


宣伝、ということにして誤魔化しながら俺はその場を後にした。


その後も教室までの道中、物珍しさからスマホで撮影されたり、顔見知りの同級生からはからかわれたりしたが、その程度、執事喫茶で働ければ嫌でも慣れる。それらをスルーしながら教室に入った。




勉強机を四つかためて、それにオシャレなテーブルクロスをかけ、花瓶に一輪の花を挿す。こんなのでもやってみると執事喫茶の雰囲気に一歩くらいは近づいている……気がする。まあ、この辺りが学生の運営する喫茶店の限界だろう。というか、俺は装飾には一切かかわっていないので、大きな口は叩けないが。


「あ……玉城君」

「遅れて悪かった」


クラス委員長が俺に入ってきたことに気付き、教室にいたみんなが一斉にこちらを見た。

こころなしかざわつく教室をよそに、窓際に寄り掛かって固まっている執事集団、もとい長谷川達のもとに行く。


「長谷川、遅れた」

「おう、玉ちゃん、やっぱり本職は雰囲気が違うな」

「なんだ、本職って」

「この執事喫茶のためにマジもんの執事喫茶で働いているんだろ? もう本職の人じゃんか」

「……まあ、本職ってことでもいいが、とりあえず長谷川……」

「なんだ?」


俺は長谷川の首元に手を伸ばす。


「え? え、何すんだ!?」

「動くな」


戸惑って身構える長谷川に命令すると、長谷川の開きっぱなしの首元のボタンを閉めた。

ボタンは第一ボタンまできちんと閉める、こういうところをきちんとするかしないかが「身だしなみ」の第一歩だ。簡単なことだが、気を抜くとすぐに忘れてしまう。


「だらしないのは格好悪いぞ」

「お、おう……」


あえて崩して着る、というスタイルの執事もいる。ただ、それは高等技術だ。シュウさんやタイチさんクラスのような熟練者ならばまだしも、長谷川のような、今日初めて執事服に袖を通す男にはまだ早い。「着崩しスタイル」ではなく、本当にだらしない奴、として見られる。


「長谷川、タイはどうした?」

「え? あるけど……」

「貸してみろ」


長谷川の襟元にタイを通す。

他人のタイを結ぶなど初めてやったが、結構上手く巻けたと思う。


「これでよし……いいか長谷川、身だしなみは執事の第一だ」


「身だしなみ」はシュウさんのスパルタ研修で徹底的に叩きこまれたことだ。もし俺がシュウさんの前で長谷川のような格好すれば、例の朗らかな笑顔でシバき倒されるだろう。


「……」


長谷川が何とも言えない顔でこちらを見ている。


「なんだ、その顔は?」

「いや、玉ちゃんが予想以上にガチすぎて引いてた」


失敬なやつだ。中途半端が一番格好悪い。何事もやるのならば全力でやった方が良いのである。


俺は他のメンバーを見た。

男子二人も完璧な身だしなみとは言えないが、しかし長谷川ほどひどくはない。あえて注意することもないだろう。


ヒロミは……


「……ヒロミ」

「……な、なにかな?」

「お前、執事服似合うな」

「……ほ、褒めてるのかな、それ?」


大いに褒めている。

ヒロミの中性的な顔立ちは、こういうビシッとしたフォーマルな格好にとても映えると思う。実際に本物の執事喫茶で働いても人気がでそうだ。確か「雄んなの子」ってやつだったか。この世界で流行っているジャンルだ。


「……なんか、複雑な気分……」


ヒロミは褒められているというのに、あまり嬉しそうではない。


「……は、長谷川君、そろそろ始まるけど準備いいかな?」


クラス委員長がなぜか緊張気味で長谷川に話しかけた。いつもはもっと気軽に話しているのに。

やはり執事服を着ているだけで違うものだろうか。


「オッケー、いつでもいいぜ」


チャイムが鳴った。時計を見ると、時刻は9:00。文化祭のプログラム的に、一般開放される時間だ。


「そんじゃあ長谷川、俺ら行くから」

「んじゃあな~」


男子二人が教室から出て行く。

ホールスタッフの執事役はシフト制で、二人が休み、三人が喫茶で働く形になる。

最初は俺と長谷川とヒロミが執事として勤務する形だ。


「人来るかな?」

「何人かは来るだろう」


さすがに0とは思わない。なにせ「執事喫茶」だ。物珍しさで入ってくる生徒もいるだろう。


「今さらだけど、きたらきたで面倒くせえな」


長谷川は今さら何を言ってやがる。もとはといえば、お前が企画した出し物だろうが。


教室のドアが開いた。うちのクラスメイトではない。ということは、お客さんだろう。


さて、先ほど長谷川に「本職」とまでからかわれたのだが……


「お帰りなさいませ、お嬢様」


その「本職」の実力、見せてやろうじゃないか。


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