文化祭 準備編(麗)
驚いた。世の中にはこんなにもたくさんの小型カメラがあるなんて。
昼休みの営業所、彰君の文化祭に向け、私は早速ネットで検索をかけた。
彰君の話では、彰君のクラスでは執事喫茶をやるとのことだ。これは何が何でもいかねばなるまい。
もちろん、そこにはイヤらしい気持ちなど一切なく、従姉として従弟の頑張っている姿を見たいだけだ。小型カメラは記録用に撮影するためのものだし。誰が何というと健全なものである。
普通のカメラを使えばいいって? そんなのダメだ。またあの体育教師に捕まったらどうする。隠れてコソコソと撮影しなければならない。
「島崎君、今暇かい? ちょっと頼みたいことが……」
私がネットで商品を漁っていると、上司が話しかけてきた。
「……昼休み中ですので」
「ああ、そうだったのか、ごめんね……」
昼休み中は業務時間外だ。左遷の前の職場だったら、そんなの関係なしに対応しただろうが、こんな小さな営業所で自主退職待ちのこの状況、残業ならまだしも、昼休みまで潰すつもりはない。
私は上司に冷たく対応して、ネット検索を再開する。
今日は残業もなしにしよう。定時で退社して、家電量販店でカメラを購入しなければ。ネットで買うという方法もあるけど、私宛に送られてきたカメラが、もし玉城家の面々に受け取られてしまった場合、言い訳できない状況になる可能性がある。安全をみて、この足で買いに行った方が良いだろう。
ふと、後ろに気配を感じた。
振り返ると、上司がこちらのパソコンを覗きこんでいる。
「……」
「……なんですか?」
「いや……うん、何を調べているのか、と思ってさ」
「……え?」
……あれ、これマズくないか?
上司から見れば、『不倫が原因で左遷された女が、小型カメラの商品ページを閲覧している』という状況だ。
上司が変な想像を……例えば、不倫相手に復讐する為に小型カメラを購入しようとしている、とか……働かせてしまう可能性はある。
というか、本当に想像しているっぽい。いまの上司の顔は、完全に「やべえもん見ちまった」って顔だ。
このことが上司を通じて本社にばれて、本社の方から「退職待ちなんてぬるいことせずに、解雇すべき」なんて判断されれば、一巻の終わりだ。
とにかく、いいわけをしないと……かといって、真実をそのまま伝えることはできない。だって、男子高生を隠し撮りする為にカメラを探してました、なんて言い出したら、それこそクビになるかもしれないし。
「……これは、ですね、実は……あ、そう、SNSなんです、それに使おうと思って」
「え? SNS? SNSってなんだい?」
「ソーシャルネットワーキングサービスです」
「ソーシャル……? うん?」
この上司は横文字に弱い。適当な横文字を並べて、なんとか話を誤魔化そう。
「はい、上田さんにSNSで誘われまして、それでSNSに使うから用意しておいてと言われて……」
「ああ、上田君にね……そうか……」
さらにトラブルメーカーである上田さんの名前をだすことで、「なんか面倒なことにつかうんだな」という印象を植え付ける。
「まあ、よくわからないけど、とりあえず昼休み終わったら教えてね」
「わかりました……」
そして、私の狙い通り、上司は追及を止めて、自分のデスクに戻っていく。
私はホッと一息ついた。
それと同時に罪悪感も生まれる
……ごめんなさい、上田さん、巻きこんじゃいました。
「ただ今戻りましたー!」
ちょうどそこへ、外で食事をとっていた上田さんが、元気いっぱいの様子で営業所に戻ってきた。
「上田さん」
「はい?」
私の隣のデスクに座る上田さんに話しかける。
「もしよろしければ、今度お昼ご飯か夕ご飯でもどうでしょう? お代は全て私が持ちます」
「……え!? マジですか? 行きましょう行きましょう! あ、それなら今夜行きませんか? 美味しい焼き鳥出す居酒屋さん見つけたんですよ~、白レバーって知ってます? あれすっごい美味しいですよ!」
普段ならスルーするテンションが上がった上田さんのマシンガントークを、一身に受けた。
これは私の罪ほろぼしだ。甘んじて受け入れなければいけない。