文化祭 準備編(花沢)
体育祭が終わったばかりだというのに、もう文化祭の時期がきてしまった。うちの学校の文化祭は他の学校に比べて準備期間が短く、開催するのも一日しかない。他の学校は二日とか三日とかやってるらしいのに。
文化祭期間中は部活が休みだし、あたしたちの学校も三日くらいやってほしかった。
「文化祭の出し物決めるけど……何かやりたいやつあるか?」
黒板の前に立つのは長谷川だ。普段は怠けているけど、イベント事だとコイツは仕切り屋になる。
一応となりにクラス委員長が立っているが、体育祭の時と同じく完全に書記役になっていた。
「はいはい、喫茶店やりたいでーす」
女子が一人、挙手して提案する。
委員長が黒板に『喫茶店』と書きこむ。
「他には?」
長谷川に促され、クラスメイトが次々と出し物を提案していく。長谷川に限らず、うちのクラスはこういう時は積極的になるのだ。
「……えっと、今何個出た? 喫茶店にお化け屋敷に演劇、展示にライブ、フリマ、カフェ……まあこんなもんでいいだろ、じゃあ次に、これの中から何やるか選ぶぞ、一人一票で一番票が多い奴をやるぞ」
こういう時の長谷川はリーダーシップを発揮してちょっと頼もしい。まあ、あたしとしては普段からウザ絡みされている恨みがあるし、全く見直す気にはならないけど。
挙手による投票を終えた結果、うちのクラスは『喫茶店』をやることになった。
「喫茶店な……でも、あれだな、普通の喫茶店ってのも何かつまんなくね? ちょっとひねろうぜ」
「具体的に何やるんだよ」
長谷川の適当な思いつきにクラスの男子が突っ込んだ。
長谷川は少し悩むとすぐに思い立ったように指を鳴らす。
「コスプレ喫茶とかどうよ、体育祭の時の玉ちゃんみたいに学ラン着るとかさ」
教室が一瞬どよめいた。正確にいうと、教室の女子が、だが。
玉城の時もすごかったし、男子の学ラン姿はきっと眼福ものだろう。あたしもちょっと気になる。
「長谷川、俺、学ラン持ってねえよ」
「あん? じゃあ出来ねえじゃん」
「はいはい、長谷川君、コスプレ喫茶をやるのなら執事喫茶とかどうですか?」
クラスの女子の一人が切り込んだ。思い切った提案である。
提案自体は冗談半分だろうけど、あたしもそこはちょっと考えていた。
執事……魅力的な言葉だ。
『女子に仕える男子』なんて、オタク女子に限らず、憧れるところがあるだろう。あの黒のジャケットに身を包んだ男子の姿は想像するだけでも……興奮する。
「執事喫茶か……」
「執事服がないし、それこそダメじゃね?」
まあ、結局そうなっちゃうよね。いくら執事が良いっていったって、執事服そのものがなければ意味がない。
「……いや、執事服は俺、あてあるぜ」
「え、マジかよ」
長谷川の意外な言葉に、思わず長谷川を凝視してしまった。他の女子も、あたしと同じような表情をしている。冗談のつもりの提案が、まさかの現実味を帯びてきた。
「長谷川君……ちなみに執事喫茶やるとしたら誰がやるのかな?」
「うん? まあ、コスプレ喫茶言いだしたの俺だし、まず俺だろ、あとヒロミ」
「え、ぼ、僕?」
ここでまさかの姫野ヒロミに話が飛んだ。
本人も、唐突な事に目を白黒させている。
「……ハセ、僕、一応女子なんだけど……」
「大丈夫だって、執事服着れば男に見えるから」
「そういう問題じゃ……」
ヒロミはまだ納得しかねる様子だけど、そこまで強く反対意見は出さないようだ。
クラス委員長も、長谷川とヒロミの名前を黒板に書きこむ。
ヒロミはその見た目からして男の子っぽいので、クラスの女子からはひそかに男子としてカウントされている。ヒロミが執事をやることを、委員長がすんなり受け入れたのはそのせいだ。
「そんで、さすがに俺とヒロミの二人きりなのもちょっとな……あとは、お前ら二人だ」
「え?」
「マジで?」
さらに急に指名されたのは、先ほどまで長谷川とやりとりをしていた二人の男子だ。長谷川とヒロミとこの二人の男子、いつもつるんでいる連中だ。
さらにここに、玉城が加われば、長谷川の仲良しグループが完成する。
玉城の執事服姿というのは……すごく見たい。いや、逆に見たくない女子がいるだろうか。イケメンの執事姿もいいものだろうが、玉城のように身体が100点の男子の執事姿もいいもののはずだ。
「じゃあ、ついでに玉ちゃんもいっとくか、いいよな、玉ちゃん?」
黒板に男子二人と、玉城の名前を勝手に書き込み、長谷川が玉城に向かって振り返った。しかし、玉城は返事をしない。
玉城は机に顔を伏せているのだ。
「玉ちゃん、執事やるよな?」
「……」
やはり、玉城は返事をしない。
おそらく玉城は眠っている。
「……ったく、仕方ねえな、玉ちゃんは」
長谷川は軽く舌打ちして、玉城の元まで移動すると、ペチペチと玉城の頬を叩いた。
「……ん?」
頬をしつこく叩かれ、玉城が覚醒したようだ。
「おい、玉ちゃん、それでいいか?」
「……ああん?」
寝起きの玉城の表情と声色は、普段の三割増しくらいで恐くなっている。玉城の顔は見慣れたつもりだったが、改めて恐怖を感じてしまった。
「いいか、って聞いてるんだ」
しかし、長谷川はそんな強面の玉城に対して普通に接している。長谷川と玉城の仲だからできるのかもしれない。もしあたしが長谷川の立場だったら、まず強引に起こしてしまったことを謝ってしまうだろう。
「いいよな?」
「……あん? ああ、いいじゃないか?」
寝起きで頭がはっきりしていないのだろう、玉城は現状がよくわからないまま「とりあえず」同意したようだ。
「おい、玉ちゃんが良いってよ」
長谷川が教室のみんなに呼びかけると、クラスメイトみんな……というか、女子が歓声を上げた。
やはり、みんな玉城の執事姿が見たかったらしい。
「よし、玉ちゃんがOKなら問題ねえな」
「……長谷川、ちょっとこい」
「お? なに?」
黒板の前に戻ろうとする長谷川を、玉城が止めた。
「……よくわからんが、うちのクラスの文化祭の出し物は、執事喫茶なのか?」
「そうだぜ」
「あの黒板に俺の名前があるが、つまりそれは……俺が執事になるってことか?」
「そうだぜ、さっき玉ちゃんが自分で言ったじゃねえか、『いいぞ』って」
かなり不意打ちだったし、玉城は勢いに負けて頷いただけで、同意したとはみなせないと思う。
こんな強引な方法で執事をやらされることになったら、普通の男子なら怒ると思うが、果たして玉城は……
「た、玉城君……本当に執事やるの?」
クラス委員長が恐る恐る聞く。
「あん?」
「あ、ご、ごめん……」
玉城の低い声で聞き返されて、委員長はビビった。委員長だけじゃない、多分、クラスの女子みんながビビっている。
まずい、玉城がなんだか不機嫌な感じに見える。
玉城が怒ったところは見たことないが、ただでさえあんな怖い顔をしているのだ。もし激怒した時はどうなるかわからない。
「長谷川君、やっぱりこういうのは良くないって……」
委員長は困った顔しながら長谷川の方を見た。玉城の執事姿は見たそうだったが、とりあえず今は玉城をなだめる方向で舵を切ったようだ。
「え、玉ちゃん、執事やるんだろ?」
「ああ、そうだな」
「……え、本当にやってくれるの?」
まさかのあっさりとした玉城の返事に、委員長が念を押すように聞く。
玉城は返事をする代わりに大きく頷いた。
なんだか拍子抜けしてしまった。玉城は全く怒っている様子が見えない。
「え、えっと……それじゃあ玉城君も決定で……」
「これで男子五人が執事か」
「……ハセ、僕を男として勘定してない?」
「まあ、いいんじゃね? これだけいれば三人稼働二人休憩で回せるべ」
ヒロミからの突っ込みをスルーする長谷川。
かくして、うちのクラスは『執事喫茶』をやることになった。