表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/139

文化祭 準備編(花沢)

体育祭が終わったばかりだというのに、もう文化祭の時期がきてしまった。うちの学校の文化祭は他の学校に比べて準備期間が短く、開催するのも一日しかない。他の学校は二日とか三日とかやってるらしいのに。

文化祭期間中は部活が休みだし、あたしたちの学校も三日くらいやってほしかった。


「文化祭の出し物決めるけど……何かやりたいやつあるか?」


黒板の前に立つのは長谷川だ。普段は怠けているけど、イベント事だとコイツは仕切り屋になる。

一応となりにクラス委員長が立っているが、体育祭の時と同じく完全に書記役になっていた。


「はいはい、喫茶店やりたいでーす」


女子が一人、挙手して提案する。

委員長が黒板に『喫茶店』と書きこむ。


「他には?」


長谷川に促され、クラスメイトが次々と出し物を提案していく。長谷川に限らず、うちのクラスはこういう時は積極的になるのだ。


「……えっと、今何個出た? 喫茶店にお化け屋敷に演劇、展示にライブ、フリマ、カフェ……まあこんなもんでいいだろ、じゃあ次に、これの中から何やるか選ぶぞ、一人一票で一番票が多い奴をやるぞ」


こういう時の長谷川はリーダーシップを発揮してちょっと頼もしい。まあ、あたしとしては普段からウザ絡みされている恨みがあるし、全く見直す気にはならないけど。


挙手による投票を終えた結果、うちのクラスは『喫茶店』をやることになった。


「喫茶店な……でも、あれだな、普通の喫茶店ってのも何かつまんなくね? ちょっとひねろうぜ」

「具体的に何やるんだよ」


長谷川の適当な思いつきにクラスの男子が突っ込んだ。

長谷川は少し悩むとすぐに思い立ったように指を鳴らす。


「コスプレ喫茶とかどうよ、体育祭の時の玉ちゃんみたいに学ラン着るとかさ」


教室が一瞬どよめいた。正確にいうと、教室の女子が、だが。

玉城の時もすごかったし、男子の学ラン姿はきっと眼福ものだろう。あたしもちょっと気になる。


「長谷川、俺、学ラン持ってねえよ」

「あん? じゃあ出来ねえじゃん」

「はいはい、長谷川君、コスプレ喫茶をやるのなら執事喫茶とかどうですか?」


クラスの女子の一人が切り込んだ。思い切った提案である。

提案自体は冗談半分だろうけど、あたしもそこはちょっと考えていた。


執事……魅力的な言葉だ。

『女子に仕える男子』なんて、オタク女子に限らず、憧れるところがあるだろう。あの黒のジャケットに身を包んだ男子の姿は想像するだけでも……興奮する。


「執事喫茶か……」

「執事服がないし、それこそダメじゃね?」


まあ、結局そうなっちゃうよね。いくら執事が良いっていったって、執事服そのものがなければ意味がない。


「……いや、執事服は俺、あてあるぜ」

「え、マジかよ」


長谷川の意外な言葉に、思わず長谷川を凝視してしまった。他の女子も、あたしと同じような表情をしている。冗談のつもりの提案が、まさかの現実味を帯びてきた。


「長谷川君……ちなみに執事喫茶やるとしたら誰がやるのかな?」

「うん? まあ、コスプレ喫茶言いだしたの俺だし、まず俺だろ、あとヒロミ」

「え、ぼ、僕?」


ここでまさかの姫野ヒロミに話が飛んだ。

本人も、唐突な事に目を白黒させている。


「……ハセ、僕、一応女子なんだけど……」

「大丈夫だって、執事服着れば男に見えるから」

「そういう問題じゃ……」


ヒロミはまだ納得しかねる様子だけど、そこまで強く反対意見は出さないようだ。

クラス委員長も、長谷川とヒロミの名前を黒板に書きこむ。

ヒロミはその見た目からして男の子っぽいので、クラスの女子からはひそかに男子としてカウントされている。ヒロミが執事をやることを、委員長がすんなり受け入れたのはそのせいだ。


「そんで、さすがに俺とヒロミの二人きりなのもちょっとな……あとは、お前ら二人だ」

「え?」

「マジで?」


さらに急に指名されたのは、先ほどまで長谷川とやりとりをしていた二人の男子だ。長谷川とヒロミとこの二人の男子、いつもつるんでいる連中だ。

さらにここに、玉城が加われば、長谷川の仲良しグループが完成する。


玉城の執事服姿というのは……すごく見たい。いや、逆に見たくない女子がいるだろうか。イケメンの執事姿もいいものだろうが、玉城のように身体が100点の男子の執事姿もいいもののはずだ。


「じゃあ、ついでに玉ちゃんもいっとくか、いいよな、玉ちゃん?」


黒板に男子二人と、玉城の名前を勝手に書き込み、長谷川が玉城に向かって振り返った。しかし、玉城は返事をしない。


玉城は机に顔を伏せているのだ。


「玉ちゃん、執事やるよな?」

「……」


やはり、玉城は返事をしない。

おそらく玉城は眠っている。


「……ったく、仕方ねえな、玉ちゃんは」


長谷川は軽く舌打ちして、玉城の元まで移動すると、ペチペチと玉城の頬を叩いた。


「……ん?」


頬をしつこく叩かれ、玉城が覚醒したようだ。


「おい、玉ちゃん、それでいいか?」

「……ああん?」


寝起きの玉城の表情と声色は、普段の三割増しくらいで恐くなっている。玉城の顔は見慣れたつもりだったが、改めて恐怖を感じてしまった。


「いいか、って聞いてるんだ」


しかし、長谷川はそんな強面の玉城に対して普通に接している。長谷川と玉城の仲だからできるのかもしれない。もしあたしが長谷川の立場だったら、まず強引に起こしてしまったことを謝ってしまうだろう。


「いいよな?」

「……あん? ああ、いいじゃないか?」


寝起きで頭がはっきりしていないのだろう、玉城は現状がよくわからないまま「とりあえず」同意したようだ。


「おい、玉ちゃんが良いってよ」


長谷川が教室のみんなに呼びかけると、クラスメイトみんな……というか、女子が歓声を上げた。

やはり、みんな玉城の執事姿が見たかったらしい。


「よし、玉ちゃんがOKなら問題ねえな」

「……長谷川、ちょっとこい」

「お? なに?」


黒板の前に戻ろうとする長谷川を、玉城が止めた。


「……よくわからんが、うちのクラスの文化祭の出し物は、執事喫茶なのか?」

「そうだぜ」

「あの黒板に俺の名前があるが、つまりそれは……俺が執事になるってことか?」

「そうだぜ、さっき玉ちゃんが自分で言ったじゃねえか、『いいぞ』って」


かなり不意打ちだったし、玉城は勢いに負けて頷いただけで、同意したとはみなせないと思う。

こんな強引な方法で執事をやらされることになったら、普通の男子なら怒ると思うが、果たして玉城は……


「た、玉城君……本当に執事やるの?」


クラス委員長が恐る恐る聞く。


「あん?」

「あ、ご、ごめん……」


玉城の低い声で聞き返されて、委員長はビビった。委員長だけじゃない、多分、クラスの女子みんながビビっている。


まずい、玉城がなんだか不機嫌な感じに見える。


玉城が怒ったところは見たことないが、ただでさえあんな怖い顔をしているのだ。もし激怒した時はどうなるかわからない。


「長谷川君、やっぱりこういうのは良くないって……」


委員長は困った顔しながら長谷川の方を見た。玉城の執事姿は見たそうだったが、とりあえず今は玉城をなだめる方向で舵を切ったようだ。


「え、玉ちゃん、執事やるんだろ?」

「ああ、そうだな」

「……え、本当にやってくれるの?」


まさかのあっさりとした玉城の返事に、委員長が念を押すように聞く。

玉城は返事をする代わりに大きく頷いた。


なんだか拍子抜けしてしまった。玉城は全く怒っている様子が見えない。


「え、えっと……それじゃあ玉城君も決定で……」

「これで男子五人が執事か」

「……ハセ、僕を男として勘定してない?」

「まあ、いいんじゃね? これだけいれば三人稼働二人休憩で回せるべ」


ヒロミからの突っ込みをスルーする長谷川。

かくして、うちのクラスは『執事喫茶』をやることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ