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文化祭 準備編(玉城)

九月ももう終わる。暑さもだいぶ落ち着き、そろそろ秋だ。

教室で自分の椅子に座りながら、俺は窓の外を見る。オレンジ色に染まる空。日が落ちるのが早くなってきたな。


俺は大きく欠伸をした。


秋のイベントラッシュの二回目、前回は体育祭だったが、今回は文化祭が近づいている。月曜五限のこの時間はLHRであり、ちょうど文化祭の出し物決めに時間がされていた。

体育祭の時のように、イベント事には張り切るタイプの長谷川が、クラス委員長を差し置いて黒板の前に立ちながら仕切っている。


俺はというと、文化祭の出し物決めなど欠伸が出てしまうくらいどうでもいい事だった。

別に文化祭をやりたくないわけじゃない。出し物が決まれば可能な限り協力するつもりだ。しかし、その『出し物の取り決め』まで俺が参加する必要はないだろう。


俺はもう一度大きな欠伸をした。


そもそも今日の日和が悪い。

こんな暑すぎないちょうどいい気温、そして昼飯を食い終わってすぐの満腹感、眠ってくださいと言われているようなものじゃないか。


俺は目つぶった。LHRが終わるまであと四十分ほどだ。それくらいまで昼寝をさせてもらう。




パチッ、と頬に衝撃が走る。


「……ん?」


頬の痛みで、俺の意識は眠りの深淵から戻ってきた。


「おい、玉ちゃん、それでいいか?」

「……ああん?」


目を開けると、目の前に長谷川がいる。

どうやら俺の頬を叩いたのは長谷川らしい。


「いいか、って聞いてるんだ、いいよな?」

「……あん? ああ、いいんじゃないか?」


いい感じで眠っていたのに、強引に起こされて少し不機嫌になっていた俺は、何だかよくわからないままに長谷川の言うとおり頷いた。

まだ眠気は残っている。長谷川からとっとと解放されて、俺はもう一度眠りにつきたかった。


「おい、玉ちゃんが良いってよ」


長谷川が教室のみんなに呼びかけると、クラスメイトの連中がオーと歓声を上げる。心なしか、女子の声が大きかった気がした。


本当に何の話だ?


適当に返事をしてしまったが、クラスメイトの歓声に違和感を覚え、眠気が少し引っ込んだ。もう一度寝る前に、今のこの状況を理解しておこうと思った。


黒板を見ると、デカデカと『執事喫茶』の文字がある。 

その横に長谷川とヒロミとあと二人の男子の名前と、最後に俺の名前があった。


「よし、玉ちゃんがOKなら問題ねえな」

「……長谷川、ちょっとこい」

「お? なに?」


何すっとぼけてるんだ、ちゃんと説明しろ。


「……よくわからんが、うちのクラスの文化祭の出し物は、執事喫茶なのか?」

「そうだぜ」

「あの黒板に俺の名前があるが、つまりそれは……俺が執事になるってことか?」

「そうだぜ、さっき玉ちゃんが自分で言ったじゃねえか、『いいぞ』って」


なるほど、さっきの「いいか」って質問は「執事になってもいいか」って意味だったのか。

ずいぶんと安請け合いしてしまったものだ。まあ寝ていた俺が悪いんだけども。


俺はもう一度大きく欠伸をして、身体を伸ばした。

もう眠気はない。執事喫茶のあの文字が目に飛び込んできた瞬間に、俺は完全に覚醒した。


「た、玉城君……本当に執事やるの?」


黒板の前に立っていたクラス委員長が恐る恐る俺に聞いてくる。


「あん?」

「あ、ご、ごめん……長谷川君、やっぱりこういうのは良くないって……」


クラス委員長は困った顔しながら長谷川の方を見た。


「え、玉ちゃん、執事やるんだろ?」

「ああ、そうだな」


長谷川に振られ、俺は頷く。


「え、本当にやってくれるの?」


クラス委員長が念を押すように聞いてくるので、俺は大きく頷いて返事をした。


やると言ってるじゃないか。

執事喫茶、実を言うと前から少しやってみたい気持ちはあったのだ。

夏休みにヒロミと一緒に初めて執事喫茶に行ったのが、実はあのあとも一人で何回かあの執事喫茶に行っていたのである。

執事喫茶のサービスを受けながら、執事の所作を目で盗み、いつの間にか『執事への興味』は『執事への淡い憧れ』に代わっていたと言っても過言ではない。


「え、えっと……それじゃあ玉城君も決定で……」

「これで男子五人が執事か」

「……ハセ、僕を男として勘定してない?」


ヒロミにツッコまれたが、長谷川はスルーした。


「まあ、いいんじゃね? これだけいれば三人稼働二人休憩で回せるべ」

「う、うん、そうだね……」


クラス委員長が拍手をすると、クラスのみんなも拍手をする。

俺もつられて拍手をした。




帰り道、長谷川とヒロミの三人組で駅に向かって歩く。


「なんでヒロミも執事役をやることになったんだ?」

「……成り行き、かな?」


ヒロミが困ったように笑う。

寝ていたから経緯はわからないが、何が起きたかは何となく想像ができた。


「長谷川、執事喫茶をやるのは良いんだが、衣装とかあるのか?」


先ほど決まったことだが、考えてみれば、いろいろと問題点が湧いてくる。

まず第一に衣装だ。執事喫茶を名乗る以上、執事服を着なければお話にならない。しかし、執事服なんてそこら辺にうってるような者じゃないし、どこで調達するつもりなのだろう。しかも五人分だ。調達するにしても買ったりレンタルするのならば結構なお金が必要なのではないだろうか。


「それにはアテがあるから大丈夫だぜ」

「あて?」

「ああ、さっき電話も聞いてみたけどOKって言われたしな」

「電話……?」


こいつは何の話をしているんだ。説明をするのならば、ちゃんと丁寧に説明をしろ。


「ハセ、もしかしてバイト先?」


ヒロミが会話に入ってきた。


「そうだ、ヒロミは知ってるよな」

「うん」

「……俺は知らないんだが」


二人で納得されても困る。俺だけ置いてきぼりか。


「あ、ごめんね、玉ちゃん……」

「今から俺のバイト先に行くから、そん時に説明するぜ」

「お前のバイト先? ……コンビニとかじゃないのか?」


長谷川がバイトをしているのは知っていたが、どうせコンビニとかそこら辺だろうと思っていた。


「ちげえって、俺のバイト先は……」




『コスプレならジュラジュラ』


長谷川のバイト先の看板にはそう書かれていた。


「……なんだここは」

「俺のバイト先だぜ?」

「コスプレなら、とか書かれているが?」


俺が看板を顎でしゃくると、長谷川が、おう、と頷いた。


「貸衣装屋なんだ、時給良い上に楽なんだぜ」


これは意外だ。チャラ男のバイトだから、てっきりコンビニかなんかだと思っていたが、こんなオタク向けのショップの店員だったとは。


「じゃあ、行こうぜ~」


長谷川に連れられ、俺とヒロミは店の中に入った。



お店の中は、大量の衣装がところせましとハンガーにかけられ、まさに『貸衣装屋』である。


「こういうところには初めてくるが……すごいな」


俺はその中から一着を取り出す。それは白雪姫が着ていたようなゴテゴテの装飾のドレスだった。

それ以外にも似たような装飾過多のドレスだったり、王子様が着るような服だったり、アニメのキャラが着てそうな服だったり……とにかく、たくさんの服に軽く圧倒された。


「てんちょー、てんちょー!」


長谷川が店の奥に向かって声をかける。

すぐにドタバタと慌ただしい音が聞こえて、店の奥から小太りの女性が出てきた。


「長谷川君!」

「てんちょー、ラインで話したとおりね」

「分かってるよ、執事服を五着分ね! 今在庫見てみたけど、何とかなりそう」

「マジで? 本当に助かるわ、さすがてんちょー」

「いいんだよ~! 長谷川くーん~!」


小太りの女性はコロコロと笑う。人のよさそうな女性である。

店長と呼ばれているのだから、この店の店長なのだろう。ということは、この女性が長谷川の雇い主なわけだ。


「ああ、姫野さんも来たんだ」

「お久しぶりです」


ヒロミが頭を下げる。


「それで、そっちの子が……」

「玉ちゃんね、俺の友達」

「友達……どうも、この店の店長やってます、中川といいます」

「あ、どうも初めまして、玉城です」


見た目からして、40手前というところか。この世界ではただの巨乳もデブとして扱われるが、この女性は胴回りも太い。本物のデブである。


「それでさ、来週のシフトなんだけどね、長谷川君、またちょっと追加で何日か来てほしいんだ」

「おう、いいよ」

「本当にありがとう~!」


仲の良い店長とアルバイトの会話だ。よほど気安い関係なのだろう。


「バイト代、弾むから」

「うん」

「あ、そうだ、長谷川君ってアイドルのライブとか見る」

「ライブ? あー、あんまり見ないかもしんねえ」

「そうなの? 実は友達がそういうのを企画してる仕事をしてるんだけど、チケットが手に入ってね……」

「ほーん……でさ、てんちょー、その執事服見せてよ」

「あ、うん、こっち……」


中川さんに連れられて、長谷川が店の奥に行く。


「……なあ、ヒロミ」

「うん?」

「あの二人、ずいぶん仲が良いな」


気安い関係だとは思っていたが、まさかプライベートでライブに誘われる関係だとは思わなかった。


「……うん、まあ、いやそれは……」

「どうした?」


ヒロミが言いにくそうに言葉を濁す。


「……僕も前に一回ここに来たんだけどね」

「ああ」

「その時も大体あんな感じのやりとりがあったんだけど」

「ああ」

「多分、あの店長さん……ハセに彼女がいるって知らないんだと思うんだ」

「……」


ヒロミの言いたいことを察した。つまりは、あの女店長は長谷川にアプローチしてるんじゃないかってことだ。

……まあ、さっきの長谷川とのやりとりを見る限り、してるんだろうな、実際。


「もしかして臨時でシフトを入れるっていうのも?」


以前にも、一緒に帰る際も、臨時のシフトを頼まれたからアルバイトに出る、と言われて帰り道を分かれたことがあった。結構頻繁に『臨時のシフト』というのは組まれているらしい。


「はは、どうだろうね……ただ、前にハセから話を聞いたんだけどさ、臨時でシフトに入っても、あんまり混んだことないんだって」

「……」


それはつまり、長谷川と会いたいからシフトをバンバン入れてるってそんな話か?

なんだか切ないというか、怖いというか……とりあえず、長谷川は遊んでいるように見えて、意外と分別はある男だ。そこら辺は弁えて行動するだろう。


「……まあ、行くか」

「……そうだね」


俺たちは長谷川たちの後に続いて店の奥に入った。


『ジュラジュラ』の倉庫で見せられた執事服は明らかにコスプレっぽいちゃちいものだった。しかし見てくれとしては問題ないと思う。そんな高校生がやる執事喫茶に、リアリティが求められることはないだろうしな。

そして、幸いなことに、サイズの方も、俺が着れるものがあった。

これで衣装は問題ない。

……ただ、唯一問題があった事といえば、店長と長谷川の関係だが……まあこれは、俺はあまり深入りしない方がいい事なのかもしれない。長谷川の方が俺よりも女の接し方に慣れているだろうしな。無論、変な風にこじれる可能性もあるので、トラブルに陥りそうなら力になってやろうと思う。友達として、その辺りは当然のことだ。




次の日の昼休み。


「先輩のクラスで執事喫茶やるって聞いたんですけど、マジですか?」

「情報早いな」


弁当を開ける暇もなく、秋名が聞いてきた。今日も今日とて三人集合した昼休みでのことだった。


「おお~マジだったんですね!」

「マジだとも」

「それでですけど……先輩、もしかして執事になったりしますか?」

「なるぞ」

「うおおお!」


秋名が急にテンションを上げた。


「先輩の執事姿とかヤバいですよ!」

「俺の執事服姿なんて見たことないだろうがお前」

「見たことなくても想像できますって!」


秋名がニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。不埒な妄想でもしているのだろう。こいつのテンションがやたら高いのが気持ち悪い。


秋名がこんな調子では……加咲の方を見ると、彼女もソワソワしていた。どうやら加咲も俺の執事姿に興味があるようだ。


まあ、この後輩たちの反応はわからなくもない。

この『執事』とは前の世界での『メイド』のようなものだ。もし仮に、前の世界で仲の良い女子の先輩がメイドをやる、という話になれば、俺も食いついたかもしれないし。


「ちなみにアキバ系な執事喫茶ですか?」

「あー……あんまりそういうのに期待するなよ」


喫茶といっても、軽食とジュースを出す程度だ。接客するのに執事の格好をするだけである。

俺が趣味で通っている執事喫茶のようなガチな対応はできないと思う。


「ああいうのはしないですか、萌え萌えバーンって」

「萌え萌え? ……ああ、『お嬢様サービス』か」


お嬢様サービスというのは、執事喫茶で行われる独特のサービスの名称だ。

女子を喜ばせるものに特化したサービスで、俺もいくつか受けたことがある。萌え萌えバーンは確かポージングの一つで、執事が両手で銃の形を作って女性に向けるやつだ。


「先輩の萌え萌えバーンを見てみたいです!」

「どうだろうな、まあ、執事喫茶をやるって話にはなったが、具体的に何をやるかまでは決まってないし」


お嬢様サービスをやる可能性はなくはない。ただ、あれはあれで素人にはできないものだ。ノリで色々こなせる長谷川ならまだしも、他の男子連中では出来ないだろう。


「咲ちゃんも見てみたいよね、先輩の萌え萌えバーン」

「……うーん」


加咲の反応は薄い。こいつはあまり萌え萌えバーンがピンときていないようだ。まあ、俺も萌え萌えバーンとやらは正直あまりやりたくない。


「……私は萌え萌えキュンの方が見てみたい」

「ああ、そっちね、そっちもいいよね~」

「……」


……どうやら、加咲は加咲でやってほしいものがあったようだ。この後輩どもは全く……



「有給使わなきゃ」

「え?」


麗ちゃんの愚痴聞き係として仕事の労をねぎらっている最中、俺が何気なく文化祭の話をすると、麗ちゃんが思い立ったように言った。


時刻は午後十一時。

最近麗ちゃんは残業が増えてきて、この時間になることが多くなった。なんでも、「馬鹿な同僚と優柔不断な上司に苦労させられている」らしい。一時は減っていた愚痴も、また増えてきた。しかし内容は以前のもと少し違い、会社や仕事の内容に対してのものが多くなった。「馬鹿な同僚と優柔不断な上司」とか言いつつ、会社の人間に対しての愚痴はほとんど言わなくなったのだ。


「麗ちゃん、そんなバンバン有給使って大丈夫なのか? 前も使ってたよな?」

「平気だよ、こういう時じゃないと有給使わないもの」


そんなものだろうか。有給って、多分、冠婚葬祭とか重要な時のために使うと思うのだけど……


「ああ、でも、確か文化祭は休みの日にやるから麗ちゃんは有給使わなくても大丈夫だと思うよ」

「そうなの?」


うちの文化祭は一日しかやらない。大抵の高校は校内のみ開催と一般開放で二日間くらいとるらしいけど、うちの高校は準備期間も少ないし、一般開放の一日だけだ。


「ところで彰君……」

「なに?」

「あの先生って、彰君のクラスの担任……じゃないよね?」

「あの先生?」

「ほら、体育祭の時の……」


麗ちゃんが気まずそうに言う。

そこまで言われて思い出した。そういえば、麗ちゃんは不審者だと勘違いされて、体育教師の三ツ矢にだいぶ絞られたのだ。


「いや、三ツ矢はうちの担任じゃないよ」

「……そう、よかった」


心底安堵した顔で息を吐く麗ちゃん。

どうやら麗ちゃんにとって、三ツ矢は相当なトラウマらしい。


「でも多分、三ツ矢は巡回してると思うよ」

「え」

「あいつ生活指導だし、不良の摘発とかそういうのをする為に」


確か去年も『生活指導』の腕章を付けた三ツ矢が学校の中を巡回していた。貞操観念が逆転したこの世界でも、あいつの性格は元の世界のままだし、多分、今年も巡回するんじゃないだろうか。


「……カメラどうしよう……」

「え? カメラ?」

「……何でもない……見つからないように……もっと小型のやつを買ってくるかな……」


麗ちゃんがぶつくさ言いながら立ち上がった。

どうやら、愚痴聞きのバイトは終わりらしいが……しかし、カメラとか小型とか、何の話なのだろうか。まるで隠し撮りでもするかのような話だが……麗ちゃんに限って、そんな事は……ない、よな?


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