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雨宿り(加咲)

雨は嫌いだ。濡れるから。

あとジメジメして陰気な気持ちになる。

ただでさえ私は根暗なのに、これ以上暗い気持ちにさせないでほしい。

そんな雨の日、傘なんて忘れてしまったらもう最悪だ。


「はあ」


私は大きなため息をついた。

帰ろうと思ったのに、外は雨が降り出している。そういえば今朝、家を出る前にお母さんに「傘を持って行け」と言われた。急いでいたし、登校する時はまだ晴れていたから無視したけど、こんなことなら素直に言うことを聞いておけばよかった。


どうしよう、濡れて帰るのは嫌だな……ブラウスが身体に張り付いたらとても気持ち悪いだろし。


傘置きにあるやつを一本くらいパクっちゃってもいいかな……なんて悪い事を考えながら昇降口まで行くと、知っている後姿があった。


「……玉城先輩?」

「うん? 加咲……」


振り向いて顔を確かめたが、やはり玉城彰先輩だった。


「今、帰りですか?」

「おう」


一瞬、相合傘、という言葉が脳裏をよぎった。

先輩と同じ傘を使わせてもらうのだ。

男子と相合傘……憧れるものがある。それが玉城先輩とならなおさらだ。


「加咲、ちょっとお願いがあるんだが」

「はい?」

「傘を二本持っていれば、一本ちょっと貸してほしいんだが」

「……すみません、持ってないんです」


しかし、私の相合傘妄想はすぐに吹き飛ばされてしまった。どうやら玉城先輩も私と同じ立場だったらしい。

まあ仮に先輩が傘を持っていたとしても、はっちゃんじゃあるまいし、私から相合傘の提案なんて出来なかったと思うけど。


「いや、加咲が謝ることじゃないぞ」

「傘……ないんですか?」

「ああ、忘れてきちまった」


私は先輩の横に立った。


「そうなんですか……」

「なに、俺の事は気にせずに加咲は帰ってくれよ」

「……はい」


気にせず帰るなんて出来ない。

だってそもそも私も傘がないんだし。


「……加咲? どうした?」


一向に歩き出さない私に、先輩が不思議そうな顔をしている。


「……」

「……あれ、まさかお前も……」

「……傘、持ってくるの忘れました」


先輩が「なんてこった」という顔した。


「どうするか……」

「どうしましょうか……」


先輩と私は肩を並べて困り果てた。雨は全くやみそうにない。でも、こんなところで立ち往生していても仕方ないし……


「……ここは走って帰るしかないな」

「……そうですね」


結論は結局それしかないと思う。

濡れてしまうけど、うちの家はそんなに遠くないし、コンビニとかによって傘を買う必要もないだろう。


ただ、問題は先輩だ。先輩は電車通学で、ちょっと遠いところから通っている。傘がないなか長時間雨に晒され、風邪を引いてしまうかもしれない。


「……あの」

「うん?」

「私の家に寄っていきますか?」


これは、先輩に風邪を引かせるのは忍びない、という私の純粋な気持ちだ。

女子高生が男子を家に招くなんて変な勘違いされそうだけど、こういう『建前』があるのであれば許される、と思う、多分。


「え?」

「あ、あの、私の家、駅前にありますし!」


いぶかしげな先輩に私は言い訳を重ねた。

先輩が変な勘違いをしてしまうのは望んでいない。

本当に善意で提案しているんだから、そこだけは信じて!


「だから……そこで、タオルとか、あと傘も貸せると思うんですよ!」


先輩は、なるほど、頷く。


「すまないな、加咲、世話になっていいか?」

「はい!」

「よし、それじゃあ行こう」


良かった、先輩に誤解されずに誘えて。善意とはいえ、かなり緊張した。




先輩が先導する形で、私の家に向かう。

ただ、途中の横断歩道で赤信号に引っ掛かってしまった。ついてない。


赤信号を前にして、先輩がキョロキョロと周りを見渡し、「こっちだ」とお店の軒下に避難する。私もその後に続いた。


「雨ヤバいな」

「そうですね……」


先輩と隣り合いになりながら、軒下で雨宿り。信号が青になるのを待つ。

ぽたぽたと雫が前髪から顔に落ち、頬を伝う。鬱陶しい。ハンカチで少しでも水気をふき取ろうかと思っていると、先輩がこちらをジッと見ていることに気が付いた。


「先輩?」

「な、な、なんだ?」


先輩が少しきょどっている。

どうしたんだろう、雨に打たれて寒気でも感じてしまったのだろうか。


「いえ、どうしたのかなって……」

「な、なんでもないぞ」


先輩が誤魔化すように髪をかきあげてオールバックにした。


私はそんな先輩を見て、思わず心の中で、おおっと歓声を上げてしまった。

男の人は水に濡れると格好良さが二割増しになる、とどこかで聞いたことがあるが、確かにその通りかもしれない。オールバックの先輩は、なんだか野性味がかなり加味されて格好良さが二割どころか、五割増しくらいになっている。人を選ぶ強面も、『ワイルド』で押し通せるレベルにまでなった。明日からオールバックで登校してきてくれないかな。


ふと、先輩の顔から下に目を向けた。

一応、衣替えの季節でブレザー着用の移行期間なんだけど、男子は先輩を含め、みんなまだブレザーは着ておらず、長袖のワイシャツだけを着ている。そんなワイシャツが、雨に濡れて先輩の身体に張り付いていた。


ワイシャツにうっすらと肌色が見える。もともと発育の良い先輩は、ワイシャツがぴっちり気味だったのに、雨に濡れたおかげそれがさらに強調されていた。

先輩の胸のあたりを凝視する。気のせいかもしれないが、ピンク色になっているような、なっていないような……なんか、性癖にくるタイプのエッチな光景だ。先輩の上半身裸は以前見たことがある。ただのその時よりもエッチに見えた。これがチラリズムというものなのかもしれない。


「……咲? おい、加咲、そろそろ行くぞ」

「あ、は、はい……」


先輩に見惚れて、ついついボケッとしてしまっていた。変な奴だと思われたかな……?

しかし、先輩はそれ以上特に気にした様子もなく、鞄を傘代わりにして雨の中を走り出した。私もその後に続き、青になった横断歩道を渡った。




雨にうたれながらも、ようやくうちに着いた。


「喫茶店じゃなくて、直接うちに行きますね」

「そうだな」


先輩としては喫茶店の方がなじみがあるだろうけど、ここは直接家の方に行こう。ずぶ濡れ状態の玉城先輩をお母さんに見せるのも何となく嫌だし。


私達は外付けの階段を昇り、家に入った。


まずはタオルを取ってこなくてはいけない。私は玉城先輩を、お風呂の脱衣所までつれて来た。

そこで脱衣所の壁に取り付けられた棚からタオルを一枚渡す。


……シャワーを貸した方が良いだろうか。


私の脳裏にそんな思いがよぎった。


玉城先輩は身体全体がまんべんなく濡れている。タオルで拭いたところで冷えた身体は暖まらないだろう。それに制服も肌に張り付いて気持ち悪いはずだ。

つまり、シャワーへ誘うのは何の問題もない、はず。決して変な意味では取られない、はずなのだ。


……ぶっちゃけて言ってしまえば、邪な気持ちがないと言えば嘘になる。善意五割、下心五割くらい……いや、下心六割五分くらいかな? だって、男子高生のお風呂上りとか普通みたいじゃない。それに、もしかしたらラッキースケベ的なハプニングだってあるかもしれないし。


私は呼吸を整えた。


「……あの」

「うん?」


そう、これは善意の提案だ。冷静に、落ち着いて……


「シャ、シャ、シャ……シャワーとか、あ、あ、あ、浴びますか……?」


冷静に落ち着いて、激しくどもった。

私は提案したことを後悔した。明らかに怪しい、変態みたいな口調になってしまった。先輩に気持ち悪がられるのは絶対に嫌だ。


「いいのか?」


しかし、そんな私の後悔など吹き飛ばすかのように、玉城先輩は私の提案に乗ってきた。


「は、はい! どんどん使ってください!」

「それなら、加咲が先に入ってくれ、俺は後で大丈夫だ」


私のことなど二の次でいい。何だったら入らなくたっていい。優先すべきは湯上りのせんぱ……じゃなくて、先輩の体調である。


「いえ! 先輩がまず入って下さい!」

「いや、加咲が……」

「いえ、先輩が……」


この押し問答に負けたのは先輩の方だった。


「……わかった、先にシャワーをいただく」

「はい! 着替えも用意しておきますね!」

「着替え? 俺の着替えがあるのか?」

「お父さんのやつがあります!」


多分、先輩の方がお父さんよりも体格が大きい。だけど、ジャージとかなら着る分には問題ない体格差だと思う。シャワーから出た先輩が、着る服がなくてまた濡れた制服を着てしまえば、シャワーを浴びた意味がなくなってしまう。


「だけど、悪いな、そんなにしてもらって」

「いいんです、風邪引くよりもマシだと思いますし、制服を乾かすまでだけ着てもらえば……」

「ありがとう、それじゃあ、シャワーを浴びるな」

「はい!」

「……」

「……」


先輩がワイシャツのボタンに手をかけた。まさか、お風呂上りだけでなく、生着替えまで……


「加咲……」

「はい?」

「そこにいられると、脱げない」

「あ、すみません」


私はさっさと脱衣所を出て行った。さすがの先輩も生着替えを見せくてれるわけがなかった。




私は、お父さんの部屋に行って、タンスからスウェットを取り出した。それを持って脱衣所に戻る。

タンスのどの段にあるのかわからず、ちょっと探すのに時間がかかってしまったけど、先輩はまだお風呂から出ていないみたいだ。


洗濯機の上に、先輩の制服が置かれている。

これは乾かさなくてはいけない。でも、なんだか男子の制服を持っていく、という行為に罪悪感を憶えるのはなんでだろう?

というか、先輩の制服があるということは、多分、この制服の下に先輩の履いていた下着があるに違いない。

私は思わず生唾を飲み込んだ。制服に手を伸ばそうとした時、


お風呂場のドアが開いた。


「え?」

「おお!?」


そちらを見ると、裸の玉城先輩がいた。

先輩の驚いた顔、そして厚い胸板も、太い二の腕も丸見えだ。

私が視線を下げようとした瞬間、ドアが閉じた。


「ご、ごめんなさい、先輩! 入って来ちゃって」


私はすぐに謝った。このままでは完全に覗き変態女である。脱衣所に入って先輩の制服とかを見て変な気持ちになりかけたけど、別にやましい事をしようとしたわけじゃない。


「い、いや、こっちも悪かった、よく確認せずに開けてしまった」


先輩も、これが事故であることを認めてくれた。

よかった、先輩に変態女の烙印を押されるのだけは嫌だった。先輩は私の事をはっちゃんと違ってノーマルな女子だと思っているのだ。


「あ、あの、着替えをおいて出て行きますから……」

「お、おう、ありがとうな……」


私は急いでスウェットを洗濯機の上に置き、制服を取った。一瞬、玉城先輩のパンツが見えた気がしたが、それをじっくり鑑賞する暇はない。一刻も早くここから出て行かないと、今度こそ本当に変態女の烙印を押されかねない。




先輩の制服をハンガーに通し、リビングにあるハンガーポールにかける。


私はそのままリビングチェアにもソファにも座らず、リビングをうろうろと歩き回った。

落ち着かない。落ち着くわけがないのだ。先輩の裸を見てしまった。見れたのは上半身だけだけど、少なくとも私の目の前にあらわれた先輩は下半身も裸……つまりは全裸だったはずだ。


制服だけでなく、裸を見てしまったことへの罪悪感に私は苛まれている。

事故なのはわかっていた。でも、見てしまった事実は変わらない。以前、野球拳をして先輩の裸を見ようとしたことはあったが、あれはあくまでお互いに了承があったからだ。今回のとは状況が違う。

こういうシチュエーションはよく妄想したりするけど、実際に起こると、もうとにかくアップアップになってしまうのが今日よくわかった。


私がそんな風に落ちつかなく歩き回っていると、お風呂上りの先輩がリビングに入ってきた。お父さんのスウェットを着ている。


「加咲、出たぞ……」

「あ、は、はい」


先輩に声をかけられ、私は逃げるようにリビングを出た。先輩の顔もまともに見られない。




脱衣所に入って、制服を脱ぐ。正直、自分が濡れた制服を着ていた事すら忘れていた。

シャワーを浴びて、一旦すべてを忘れよう……そう思い、お風呂場に入ったが、そこでこのお風呂場がさっきまで先輩が使われていた、という事実を思い出す。


思わず床を見た。何か、毛っぽいものは落ちていないか。髪の毛もそうだけど、先輩の下の毛的な……て、ダメだ! そんなこと考えるな!

煩悩を洗い流そうと思ってシャワーをあびにきたのに、また煩悩に飲みこまれかけてどうする!


私は不自然なくらいに上を見ながらシャワーを浴びた。




お風呂から上がると、一旦部屋に行って部屋着に着替えてから、リビングに戻った。


「あ、あの、戻りました」

「ああ……」


先輩はソファに座ってくつろいで……いるようではなく、私と同じくちょっと緊張しているように見える。


「……と、とりあえず座れよ」

「は、はい」


先輩に促され、私は先輩の隣に座る。


「……」

「……」


お互いに緊張しているのがわかった。初対面だってこんな緊張しなかったと思う。


「雨……止まないな」


こんな空気の中、先輩が口火を切った。


「そうですね……」

「……ありがとうな、この服」

「……ちょっと小っちゃかったですね」


お父さんも小柄ではないんだけど、でもやっぱり先輩が着ると、ちょっと袖がピチピチだ。


「俺がデカすぎるだけだ」

「はい」


しかし、先輩が話し始めてくれたおかげで、ようやく雰囲気が柔らかくになってきた気がする。


「とりあえず貸してくれてありがとうな、これがなかったら、裸で……」

「……」


裸、という言葉で、先輩が言葉に詰まった。

先輩が冗談を言いたかったことはわかる。でも、今この状況では、あまり良くない冗談だったと思う。


「あー……とにかく、ありがとう……」

「は、はい……」


結局また気まずい空気に戻ってしまった。


「……制服、乾いたら俺は行くから」


先輩は立ち上がって、ハンガーにかけられている制服を触る。

乾くにしても、もうちょっと時間がかかるだろうけど、でも先輩は湿ったままの制服を着て帰ろうとしているらしい。

確かにこの重苦しい空気のまま待つのは辛いが、しかし、何よりも唯一の仲の良い異性の先輩相手とこれをきっかけに疎遠になる、とかは絶対に嫌だ。


「……せ、先輩!」

「な、なんだ?」

「……ほ、本当に覗くつもりはありませんでした!」

「いや、気にするな! あれは事故だ!」


事故はなのは分かっている。でもお互いにその事を意識しすぎて水に流せない。

とにかく、私は自分にできる精一杯の誠意を示すしかない。


「あ、あの、とりあえず、ど、土下座を……」

「しなくていい、しなくていいぞ! 加咲、本当に気にするな!」


私はフローリングの床に座ると、そのまま手を床に付けた。


「で、でも、先輩のその……見てしまったから……」

「気にするな加咲、俺は全く気にしていないからな!」

「ほ、本当……ですか?」

「本当だとも!」


先輩がいきなりスウェットの上を脱いだ。


……え? 何をやっているの、先輩!?


「せ、先輩、何を……」

「俺は全然気にしていないということだ! 分かってくれたか!?」

「わ、わ、わかりましたぁ……」


先輩の厚い胸板……もとい、熱い勢いに押され、私は頷いた。


男が自分から服を脱ぐのは、女が服のとはわけが違う。私に気を使わせないように、自分から羞恥心を我慢して服を脱いでくれるなんて……それに比べて私は何だ。ずっと黙って、先輩の出方を覗って、なんて意気地のない女なんだ!


「わかってくれてうれしいぞ!」

「は、はい……あの……」

「うん?」


私はTシャツをめくり上げた。

私の胸についた脂肪が外気にさらされる。


「わ、私も脱いだ方が良いでしょうか!?」

「な、なんでそうなる!?」

「だ、だって、先輩が脱いでるし私も……」


先輩だけが恥をさらす必要はない。私も同じくらい恥をさらさなければ。でも男と女の裸では価値が違う。平等になるためにはせめて私が全裸になるくらいじゃないと……

私がブラジャーをとろうとしたその時、


ガチャ


リビングの扉の方から音がした。そちらの方を見ると、誰かの影が逃げるように見えた。


先輩は立ちあがって、ゆっくりと扉の方に近づくと、そっと扉を開ける。

なにやら先輩がリビングの外にいる人物と話し始めた。


「あの、何かありました、先輩……え? お母さん?」


私も扉のところに行って外を見ると、お母さんが壁に張り付いていた。


お母さんは気まずそうにハハハと笑った。




「今日、何であんなところいたの?」

「いや、あんたらの事を見守ろうしてね」


夕食を食べながら、今日のあの事をお母さんに聞いてみると、お母さんは気まずさを隠すように笑いながら言った。


「え、なに? 何かあったの?」

「稔には関係ないからいいの」

「えー? なにそれ? おかーさん、何があったの?」

「……まあ、私としてもね、本当に邪魔をするつもりはなかったのよ、私もお父さんにあんな感じに迫ったことがあったしね、なんだかんだでたわわも私の娘だなってちょっと感動したというか、感心したというか、まあ私とお父さんが学生だった頃は……」

「え、迫ったってなに!? お姉ちゃん、どういうこと」


お母さんがなれそめ披露を始め、稔が私に質問攻めを始める。

私はなんか面倒くさくなって、二人を無視して夕食を食べ進めた。


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