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壁ドン(玉城)

「壁ドンって良いですよね~」

「……」

「壁ドンってね~」

「……」

「壁ドン……て、良いものなんですね~」

「……」


体育祭が終わって一週間ばかりが経った。俺も秋名も加咲も、今日も今日とて三人一緒に飯を食っている。


「壁ドン、壁がドン……ふむ、良い……」

「……」

「壁♪ 壁♪ 壁♪ ドン♪」

「……」


そして先ほどから何かブツブツ呟いているこいつ(秋名)は一体何なんだろうな。壁ドンがどうとか言っているが。


俺は家で作ってきた爆弾おにぎりを食べ、加咲は重箱弁当を食べ終え、秋名は購買の焼きそばパンを食べ終え、食休みをしている最中だ。そんな中、急に訳の分からんことを言い出した秋名に、俺と加咲は困惑の表情を浮かべた。


「あ、一句出来ました、壁ドンは、とてもいいもの、やってほしい」

「……」


秋名がこちらを見る。なんだその顔は。

もしかしたら俺の方から事情を聞かない限り、延々と呟き続けるつもりなのかもしれない。


「……おい、秋名、その壁ドンってのはなんだ?」

「あ、先輩、聞こえてました?」


観念して聞いてやったが、何とぼけてるんだコイツは。あれだけ散々言っておきながら「聞こえてました?」も何もないだろうが。


「聞こえていたけど、どうしたって?」

「壁ドンですよ、壁ドン、今のトレンドなんですから」


壁ドンがトレンド……? 壁ドンって確か、アパートで隣の住人がうるさい時に壁を蹴るやつだったはず。なんでそんなのがトレンドになるんだ。


「意味が分からん、お前一人暮らしでもするのか?」

「え? あー、もしかして先輩、壁ドン知らないんですか?」

「壁ドンくらい知ってるぞ、壁を蹴って隣の住人を威嚇するアレだろ」

「違いますよ~、先輩古いですね~」


さっきから小憎たらしいこいつのスタンスにちょっとムカついたので、軽く頭をチョップした。


「痛いです……」

「自業自得だ、で、その新しい壁ドンってのはなんだ?」

「新しい壁ドンはですね、女の子を壁に追い詰めるんですよ」

「誰が?」

「男の子がです」


当然じゃないですか、という秋名。

本当にそんなことあり得るのか? 男が女の子を壁際まで追い詰めるって、絵面的にかなりヤバい状況に見えると思うんだが。


「……それで追い詰めて、何をするんだ?」

「男の子が壁をドンと叩きます」

「……それで?」

「それだけですよ」


なんだそれは。

一応、頭の中で想像してみたが、とてもトレンドとやらになるとは思えない。

例えば俺が秋名を壁際に追い詰めて、壁をドンと叩いたとしよう……明らかに俺が秋名を恐喝しようとしているようにしか見えないと思う。第三者に見られたら即通報間違いなしだ。


「どうせまたお前、適当なこと言ってるだろ」

「いや、言ってませんよ! 本当に壁ドンって知らないんですか?」

「加咲も知らないだろう?」


加咲は俺に対して嘘をつかない。秋名が俺を騙そうとしていることは、これではっきりする。


「ごめんなさい、知ってます」

「え?」


まさかの返事だった。


「……さっきの秋名の説明は?」

「合ってます」


マジかよ。


「……トレンドっていうのは?」

「トレンドかどうかわかりませんけど、でもアニメとか漫画とかではよくあるシチュエーションだと思います」


加咲がここまで言うのならば本当の事なのだろう。どうやら『壁ドン』は秋名の創作ではなかったらしい。


「先輩、すぐあたしを疑うのは良くないですよ、悪い癖です」


自分の日ごろの行いを棚に上げてよく言えたものだ。お前が何度俺を口車に乗せようとしたか覚えているか。


「で、その壁ドンとかいのうがどうしたのか? まさか俺にやってほしいとか言うんじゃないだろうな?」

「そのまさかです!」

「……」


あんだけ意味わからんくらいにアピールされれば大体は察せる。


「先輩……もしかしてやってくれないんですか?」

「……」

「いいじゃないですか、減るものじゃないんですから、ちょっとだけやって下さい、ちょっとだけ」

「……いや、やる分には別にいいんだがな」


俺がなぜ渋っているかというと、秋名に何らかの『裏』があるのではないかと疑っているからだ。だって、「壁際に追い詰めて壁を叩く」って、これのどこにやってほしい要素があるのか全く分からない。本当はさらにもっと別の事をやらせよう、とか、そういう『裏』があるんじゃないか勘繰っているわけだ。


「じゃあ、やっちゃいましょうよ~、大丈夫ですって、本当に壁ドンしてくれればいいだけですから」

「……わかった、そこまで言われたらやるけど、本当にそれ以外のことはやらないからな?」

「はい、大丈夫です、やっちゃってください!」


秋名がウキウキと椅子から立ち上がり、壁際まで自主的に移動した。

はいどうぞ、と秋名が目でこちらを促している。

俺もヤレヤレと立ち上がった。


俺は秋名に近づくと、ドン! と秋名の背中の壁をグーで叩いた。

秋名を見おろす。

秋名も俺を見上げている。


「……」

「……」


お互い何も言わない。

これはどういう状況なのだろう。とりあえず秋名の言われた通りやったが、なぜ秋名の方が無反応なんだ。


「……なにか違いますね」


秋名が首をかしげた。


「俺は言われた通りやったぞ」

「そうなんですけど……なんだか想定していたのと違うんですよね」

「そもそもどういうのを想定したんだ?」

「うーんと……あ、そうだ、先輩、もっとオラついてくれませんか」

「オラつく……?」


オラつくというのはつまりあれか、チンピラみたいに横柄な態度で威圧的な感じになればいいわけか。


「はい、この状態でオラついてみてください」

「……オラつく、か……」


なかなか難しい注文をしてくれる。オラつく男なんて俺が一番嫌いなタイプな男だ。しかも壁ドンをした上でオラつくとあれば、それは完全にカツアゲしている場面しか思い浮かばない。


まあ、やってくれと頼まれている以上はやるけども……


「……おい、秋名」

「は、はい……」

「金を出せ」

「……」


秋名がキョトンとした。


「……先輩、違います」

「え? 何が違うんだ?」

「オラつくってそういうことじゃないです……いや、これは私が間違えましたね、オラつくって表現を間違えました」

「お、おう……」


秋名は、額に手を当てて、うーん、と考え始める。

どうやらまた違ったようだ。俺は精一杯やっているつもりだが。なぜかこっちがダメだしされている気分である。


「もっとこう……強気になってほしいんですよね」

「オラついたぞ」

「そういうんじゃないんですよね……もっと私に愛を持った状態でお願いします」

「愛……?」


愛を持った状態ってなんだ? オラつく以上に難しい注文が飛んできた気がする。まさか「愛してる」と呟いてくれと言ってるわけじゃないよな……?


「……Sな感じにやってくれればいいんじゃない?」


唐突に加咲が会話に入ってきた。


「そう! それ! 咲ちゃんナイス!」


そしてその加咲の一言は、秋名的に絶妙なものだったらしい。


「先輩、Sな感じでお願いします!」

「Sって……ようはいじめる感じでいいのか?」

「そうです! ちゃんと愛を持ったSでお願いしますよ!」


秋名め、人の善意に付け込んでどんどんいろんな注文を付けてきやがる。

だがまあ、乗りかかった船だ。ここまで来たら、最後までやってやるさ。秋名の思い描く理想の壁ドンを目指してな。


俺は改めて壁を叩いた。

そして秋名を軽く見下すように見つめる。


「秋名……」

「は、はい……」

「お前の事を……いじめてやろうか?」

「……」


俺の中で何とかひり出したSっぽいセリフがそれだった。自分で言っていて、「俺は一体何を言っているんだ?」と思わないこともない。


秋名の様子を覗う。これでダメならまた別のセリフを考えなきゃいかん。


「……先輩」

「うん?」

「それですよ!」

「お? おう……」


秋名が目を輝かせる。どうやら、俺は正解を引き当てたらしい。というか、こんなのが正解なのか。いまだに分けわからん。


「さあ、先輩、もっとお願いします!」

「……もっと?」

「はい、ドSな言葉をお願いします」

「……気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ」

「あー、いいですねえ、いいですよ!」


俺は決してドSな言葉を言おうとしたのではない。心から秋名の事が気持ち悪いと思って出た言葉だ。でもこれが良いらしい。もしかしてコイツはMなのだろうか。だとすれば、これからのこいつとの付き合い方を考えなければならないだろう。


「……この変態が」

「はあ~、それもいいですね」

「……お前は本当に仕方のない奴だよ」

「はい……」

「……セクハラ女め」

「……」


秋名がすがるような顔をしてこちらを見ている。

とりあえず、今思っていることをそのまま口に出してみたが……ちょっと罵倒しすぎたかもしれない。壁ドンには「愛」とやらが必要らしいし、フォローも兼ねて、ここら辺でその要素も入れてみるか。


「……でもまあ、そんなところも嫌いじゃないぞ」

「……!」


秋名が顔を伏せてペチペチと俺の腹を叩く。

何だこのリアクションは。照れてるのか?


「……秋名、この辺でいいか」

「……先輩」

「うん?」

「これはお金がとれますね……」


なあに言ってるんだコイツは。こんなので金が発生してたら俺はあっという間に億万長者になれる。


俺は肩をすくめて椅子に戻った。

秋名もこれで満足しただろう。これ以上は知らん。


「えー、先輩、もう終わりですか?」

「終わりだ」


秋名は嬉しいのかもしれないが、やっている俺が全く手ごたえを感じない。手ごたえを感じない以上やる気も起きない。


「もう一回、もう一回だけお願いしますよ、先輩……」

「うーん? それなら……千円」

「え」

「金がとれるんだろ? 千円だ」

「……」


こんなのに千円出すやつが気が知れん。秋名もこれで諦めるだろう。


「じゃあ、千円で……」


しかし、俺の予想に反して、秋名は財布を取り出してチャックを開けだした。


「バカ! 本当に払おうとするやつがいるか」

「……だって、先輩が言ったんじゃないですか」


秋名が不貞腐れるように言う。

確かにお金の話を出したのは俺の方だ。でも本当に出すとは思わなかった。金の話は、この訳の分からん『壁ドン』を諦めさせるための方便に過ぎないのだ。まさかこんなことで本気で金をもらおうだなんて全く思っていない。


「……こんなもんタダでやってやるから」

「本当ですか?」

「本当だ」


俺は強く頷く。そもそも後輩の女子相手に商売をするなんて屑男のやることだ。


「それじゃあ、お願いします!」

「……」


俺はもう一度、秋名を壁際まで追い詰めた。


「……このバカ」

「はい……」

「……お前は本当にバカだ」

「はい……」

「……でもそんなところが可愛いな」

「……!」


また身もだえし始める秋名。

『壁ドン』は二回目だが、相変わらずどこに興奮する要素があるのかわからん。

というか、この「壁ドン」とやらが流行ってるってのは、さすがに嘘だよな? 流行ってるっていっても秋名のような特殊な性癖を持つ女子たちだけで、世間一般的にはスルーされているやつだよな? そうとしか考えられん。


「玉城先輩……」


か細い声が俺の後ろから聞こえてくる。

俺はゆっくりと後ろを振り向いた。

そこには、千円札を持った加咲が立っていた。

……この世界はまだまだ俺の理解が至らないことがたくさんあるようだ。


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