遊園地後編(玉城)
決戦のお化け屋敷に到着した。
俺は後ろを振り返る。ちょっと不安そうな顔をしている山口君がいた。このお化け屋敷に対しての恐怖もあるかもしれないが、なによりもこのお化け屋敷で行う(予定)の「美波との手つなぎ」への緊張があるのだろう。
自信を持つんだ山口君。君の容姿はブサイクとは言えないし、なんだったら女子受けが良いほうだと思う。君に頼まれれば美波だって嫌とは言うまい。
予約パスを使うことで、俺たちはジェットコースターの時と同じく、長蛇の列に並ばずにスムーズに入り口に来ることが出来た。
入り口でスタッフから注意事項の説明をうけ終え、これからお化け屋敷の中に入るわけだが……
俺がペアで入ることを提案しようと振り返った瞬間、
「彰先輩!」
「どうした美波」
美波が手を上げて発言した。
「提案があるっす! このお化け屋敷は四人じゃなくてペアで入るというのはどうでしょうか!」
なんだと?
まさかこちらからしようとした提案を美波の方からしてくれるとは。こんな好都合があるとは……神に感謝するしかあるまい。
「それは良い提案だ……花沢、どうだろう?」
目を見開いて、花沢に聞く。
花沢に断られる可能性はなくもない。軽く睨むように花沢を見つめることで、強引にこの提案を押し通すのだ。せっかくのこのチャンス、山口君のために逃すわけにはいかない。
「い、いいんじゃないかな」
俺の眼力は通じたようで、花沢はたじろぎながら頷く。
「山口君は?」
答えは聞くまでもないが、花沢達の手前、一応聞いておく。あくまで自然な感じで美波とペアを組ませなければならないからな。
「……いいと思います」
よし、これであとはペア決めだけだ。当然俺から花沢とペアになることを提案して……
「自分は山口君とペアになりたいっす!」
「マジでか!?」
思わず叫んでしまった。
ジェットコースターに続き、美波がまたも山口君とペアになりたがっている。しかも、自分からペアを提案した上で、だ。
これは脈ありだと言わざるを得ない。山口君、君の未来は明るいぞ。
「あ、まずかったすか!?」
「逆だ逆! 俺もそれを提案したかった」
「あ、そうなんすか? それなら先輩も……」
「ああ、俺も花沢とペアが組みたいと思っていたんだ」
まあ、俺の本心を正確にいえば「美波と山口君のペアを組ませたかった」のだが、それをいうわけにはいかないので、こういう表現になるな。
「奈江先輩、聞いたっすか!?」
「き、聞いたっすよ……」
美波が花沢の手を握って振り回した。
なにやら美波が興奮している。そんなに山口君と組みたかったのか。仲人役として、俺も嬉しい思いだ。
「さらに先輩に提案があるっす!」
「なんだ美波?」
「ペアになった者同士、手を握ってこのお化け屋敷を攻略するってのはどうすか?」
「大賛成だ、いいと思うぞ」
「やったっすよ!」
美波が花沢の手をさらに大きく振り回している。
もはや疑い様はない、ペアからの手を握ることまで提案してきた以上、美波は完全に山口君に気があると見た。
「やったな、山口君」
俺は山口君の背中をバシバシと叩く。
「は、はあ……」
なぜか山口君のテンションは低い。
こんな時までクールにならなくていいのに、どうしたというのだ。もっと喜べ山口君。
花沢の方を見ると、彼女も目を白黒させながら俺と美波を交互に見ていた。花沢は巻き込んでしまって申し訳ないが、可愛い後輩のためだ。
「よし、まずは俺と花沢が入る、その後に二人が来てくれ」
「了解っす!」
美波がビシリと敬礼する。
俺はそれを見て、強く頷き、花沢の方に向き直った。
「花沢、手をつなごう」
「は、はい!」
俺が手を出すと花沢がその手をぎゅっと握る。
「行ってくるぞ!」
「行ってらっしゃいっす!」
美波の言葉を背中に受け、俺は大股でお化け屋敷に入った。
お化け屋敷は廃病院を模したもので、世界観的には「マッドサイエンティストによって人体実験に使われた患者の怨念が渦巻いている病院……」というものらしい。
ジェットコースターと双璧を成す、この遊園地の目玉のアトラクションで、なんと県内最長の移動距離を誇るとのことだ。なんでそんなところに力を入れるのか。
山口君と美波をくっつけるために、勢いでお化け屋敷に入ったが、実をいうと俺は、結構怖いのが苦手だったりする。夏休み中に秋名に誘われてやった肝試しで肝を潰したのは記憶に新しい。
入り口から数メートル進んだが、入った時の勢いは急速にしぼみ、早くも俺の足取りは重くなっている。
「花沢……ちなみにお化け屋敷に入った経験は?」
「あんまりない、かも」
「そうか……」
花沢はお化け屋敷に慣れていないらしい。そういうことならば、俺がどっしりと構えてい、『頼れる存在』でないといけないだろう。それが男ってもんだ。
なに、お化けなんてみんな作り物さ、裏で脅かしている人がいるんだから、そう考えれば怖くない……
ドンっ!
「うおっ!?」
「え?」
いきなりの俺たちが歩いている横の窓ガラスを叩く音で思わずビクリとした。
「玉城君、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……」
決意した途端にビビってしまった……大きな音で驚かしてくるだろう、とは予想していたが、それでも実際にやられると驚く。
しかも、女子に心配されてしまうとは情けない。平常心をしっかり保て、俺。
バンっ!
「うえ!?」
「え?」
今度は音だけではない。窓にビタリと患者服を着た血まみれの男が張り付いている。
しかもその男は窓ガラスをガタガタと揺らしながらこちらをジッと見ていた。
あれはこのアトラクションのスタッフで、演出としてやっているだけだ……そうは思っても、その男の演技にあまりにもリアリティがあるので、落ち着こうとする心よりも、恐怖の方が上回ってしまう。
「だ、大丈夫だ、あの窓は開かないから……」
そう、これは演出なのだ。
お化け屋敷を満喫する上では無粋だが、安心する意味を込めて声に出して『演出のネタバラシ』をした。
アイツは窓の外でビビらせる役。こういうのは大抵、窓は開かず、こっちに来ることはないはず……
ガチャ、ガラガラ
……男が、窓を開けた。窓の外から身を乗り出して、こちらに来ようとしている。
「……マジかよ」
その動きは想定外だ、だって、こういうのって普通は来ないものじゃないのか!?
一気に俺の心と体が恐怖に包まれる。
花沢の手を強く握りながら、思わず小走りになった。
得体のしれないものが接近してくる恐怖もさることながら、まだ入り口から数メートルしかないときている。すでにこんなに怖いのに!
「い、行き止まり……」
あの場から逃げるように離れ、目の前の廊下風の道をひたすら進んでいると、行き止まりに当たってしまった。
「玉城君、順路こっちみたいだよ」
「え、ああ、こっちか……」
薄暗いお化け屋敷内だが、蛍光ペイントされている矢印が左側にある部屋の方を指している。そういえばお化け屋敷に入る前、スタッフに「矢印に従って歩いて下さい」と言われていた。
俺は恐怖のあまり全く気付かなかったが、花沢は冷静に矢印に気付いていたようだ。くそ、情けないな。
これ以上格好悪いところは見せられない。
俺は大きく深呼吸をして、一旦心を落ち着かせてからドアを開ける。
大きな鉈を持ったナースが、目に飛び込んできた。そのナースは焦点の合ってない目でこちらを見ている。
ナースが『動き出した』。『歩き出す』というのにはあまりにもぎこちない動きで、恐ろしく不気味だ。
俺はすぐにドアを閉めた。
「た、玉城君、今の……」
「……」
あれはスタッフだ、本物のお化けじゃない……それは頭で理解しようとしても、実物の迫力に全て塗りつぶされる。あの迫真の『狂気』を目の当たりにすれば恐怖しか生まれない。むしろ、あれを見た瞬間に悲鳴を上げなかった自分を褒めたいと思う。
もう一度矢印を確認した。確かにこの部屋を指している。
俺は恐る恐るゆっくりともう一度ドアを開けた。
そこには、先ほどまでいた狂気のナースの姿はない。
俺はホッと胸をなでおろして、隣に花沢がいることを思い出した。
軽く咳払いをする。
「……誰もいないようだな」
俺は取り繕うように冷静になったつもり言った。
「……うん、ただのびっくりギミックだったのかな?」
「そうかもな……」
あんなのがいれば、反射的にドアを閉めるのが普通だ。そしてドアを閉めた瞬間にナースがはける、そういう仕掛けだったのだろう。
俺たちはゆっくりと歩を進めた。
それからというもの、俺たちは……というか俺は、お化け屋敷側の仕掛ける「怖がらせギミック」にことごとく引っかかり、驚いた。お化け屋敷側からすれば本当にいいお客さんだったと思う。
そして驚く分、隣にいる花沢に情けない姿を見せているのを自覚し少しへこんだ。花沢は俺に比べて明らかに驚いていないのだ。
へこんだり、驚いたり、と個人的にはとても忙しかったお化け屋敷を無事に脱出できたのは、入ってから40分ほど経ってからだった。
太陽の光を感じることが、ここまで嬉しく感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
出口のスタッフから、お疲れ様でした、と言われ、一先ず目の前のベンチまで歩いて行き、座る。
「お化け屋敷、すごかったね」
「ああ……」
並んでベンチに座っているが、花沢が姿勢を正して座っているのに比べて、俺の方はグテッとベンチの背によりかかってしまっている。これだけで、お化け屋敷で負ったダメージの差がわかるというものだ。
完敗である。いや、別に花沢と争っているわけじゃないが、少なくともお化け屋敷で頼れる男を演じるのは無理だった。
「……山口君たちは大丈夫かな?」
俺はこんなダメージを負ってしまったのだ。果たして山口君は美波の前で『頼れる男』を演じることができるだろうか。
「山口君はわかんないけど、美波は平気なんじゃない? 美波はお化け屋敷得意だし」
「得意……?」
「夏休みに合宿やったんだけどさ、そこで肝試しやったの、それでみんなビビってたんだけど、美波だけは平気……というか、むしろ面白そうな顔して一人でズンズン進んで一人で帰ってきたの」
「……なるほど」
美少女はホラー耐性持ちだったか。
これは山口君残念だったな……お化け屋敷といえば、女子の「キャー」から密着だが、そういうことなら山口君はそのラッキーハプニングは体験できなそうだ。
「とりあえず、山口君たちが帰ってくるまで待つか」
「そうだね」
「何か飲み物でも買ってくるか」
ちょうど目の前に自販機と移動式屋台もあるし、山口君たちが帰ってくるまでブレイクタイムだ。
俺が立ちあがると、花沢も立ち上がった。
「花沢、俺が買ってくるから別にいいぞ」
「いや、そうじゃなくてさ……あたし達、手をつないだままだし……」
「あ、すまん……」
もともと山口君と美波に手をつながせるために握っていた手だ。なんだったらお化け屋敷に入った段階でこの手を離してもよかったが、お化け屋敷の恐怖ですっかり頭からすっぽ抜けていた。
俺が手を開く。
しかし、花沢は手を握ったままだ。
「……」
「……うん?」
「え?」
俺が手を離そうとしても、花沢が手を離そうとしなければ、手は離れない。
「いや、手がな?」
「あ、うん」
俺に言われ、花沢はその手を離した。
俺は自販機で飲み物を二つ頼み、屋台でフランクフルトを二つ頼んで花沢のベンチに戻った。
「花沢、買ってきたぞ……どうした?」
「……なんでもないよ」
戻ってきた時、なぜか花沢はベンチで落ち込んでいた。どうしたというのだ? いまさらお化け屋敷の怖さがぶり返してきたのか?
花沢の謎の落ち込みの原因はわからないが、俺たちはひとまず、フランクフルトを食べながら山口君たちを待つことにした。
それからしばらくして、山口君たちが出口から現れた。
山口君は見るからに疲弊している。顔が真っ青だ。一方で、美波は興奮したように顔を上気させている。どうやら、花沢の言った通りの事が起きたらしい。
「大丈夫か、山口君」
「大丈夫すか、奈江先輩」
俺と美波は交差するように互いのパートナーに歩み寄った。
「……玉城先輩」
「どうした?」
「……僕は二度とお化け屋敷には入りません」
「……よく頑張ったな、山口君!」
俺は山口君を強く抱擁した。
もはや戦果を聞ける状況ではなさそうだ。むしろ途中リタイアせずにお化け屋敷を完走したことを褒めたいと思う。このお化け屋敷は半端なく怖かったものな。
「……彰先輩」
「どうした?」
俺が山口君を抱擁していると、美波が話しかけてきた。
「……えっと、この後なんですけど」
「この後か……まだちょっと時間はあるか」
スマホで時計を確認する。まだ三時前だ。遊ぶ時間は残っている。
「もうちょっと遊んでいくか」
「OKっす、よね、奈江先輩」
美波が花沢に話を振ると、花沢がコクリと頷いた。
「山口君も……大丈夫か、山口君?」
「……すみません、もうちょっと落ち着く時間を……」
山口君は俺の胸に顔を埋めたまま言う。
可愛いところもあるじゃないか。普段、生意気な感じなのに、こういうところで弱弱しくなるとは意外である。
それから、山口君が落ち着くまで五分ほどの時間を要した。
それから、俺たちは遊園地を閉園近くの五時まで満喫した。
ジェットコースターやお化け屋敷で見えた積極性から、美波が山口君に気があるのは明白だ。遊園地の中でも二人で話している場面を見かけたし、確実に二人は相思相愛であるといえるだろう。この遊園地に誘えてよかった。仲人役の面目躍如である。
最後に、入場口の前まで来て、俺たちは解散することにした。
「それじゃあもう帰るんすけど……」
それぞれが帰る時間の電車の時刻を確認するために、スマホなどを取り出した時、美波が手を挙げた。
「最後にラインなり電話番号の交換なりしちゃいませんか?」
「いいな、それ」
おそらくだが、山口君と美波は連絡先を交換しあっていないはずだ。これを機会に連絡先を交換し、二人だけでデートを重ねるというのもいいだろう。
「そうっすよね! せっかく仲良くなれたんすから」
「そうだな、仲良くなれたんだから!」
しかし、美波の積極性も驚きだ。やはり女子の方がグイグイくる世界なのだろう。
「山口君、スマホを出すんだ」
「は、はい……」
山口君がポケットからスマホを取りだした。
「えっとまずどうするか」
「自分は彰先輩のラインを知ってますから、奈江先輩と交換してほしいっす!」
「そうか、わかった、美波は山口君と交換してやってくれ」
「了解っす!」
まあ、俺がわざわざ言わなくても美波の積極性なら自分から言い出していただろうけど。
花沢がおずおずとスマホをこちらに差し出してくる。
俺は花沢とラインを交換した。
まあ、ぶっちゃけ花沢とのライン交換はおまけだ。問題は山口君である。ちゃんと交換できただろうか。山口君
の方に目を向けていると、花沢から話しかけられた。
「あ、玉城君、で、電話番号も……」
「お、そうだな、ラインに送っておくわ」
ラインに俺の電話番号を送る。
「……来たから、あたしの番号も送っておくね」
「おう、頼む」
山口君のいつものクールな顔つきが少しほころんでいるように見えた。どうやら無事に連絡先の交換を済ませられたらしい。
山口君と美波の遊園地デートは成功といえるだろう。先輩として、誇ることのできる仕事が出来た。今夜はきっとよく眠れる。