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体育の時間(花沢)

マウンドに立つと、自然と気持ちが引き締まる。


「ゴリラー!」

「うっさい!」


野次は別に無視してもいいが、あんまりガチすぎてもノリが悪いと思われるだけだ。

体育授業、自習の代わりにソフトボールをすることになった。みんなお遊びでやっているのだからあたしも真剣にやらなくていいのだが、それでもここに立つと、気分が出てしまう。


キャッチャーは麻美(あさみ)だ。正捕手じゃないけど、遊びでやるのなら十分だろう。どうせストレート以外投げるつもりはないし。


軽く投球練習をして肩を慣らす。ある程度投げられる肩が作れると、同時に男子チームのトップバッターが決まったらしい。

あたしと同じくらいの背格好の男子……玉城がバッターボックスに入った。


よりにもよって玉城か。


あたしは玉城という男が苦手である。

あまり話したことはない。玉城はクラスでは目立つ方ではなく、物静かな男だ。

女子からはそこそこ人気がある。体つきが良いためだ。あの肩幅と広い背中、ガッシリとした体格に魅力を感じない女子はいないだろう。

しかし、私は玉城という男が苦手なのだ。


恐らく玉城は私の事などなんとも思っていないだろう。

いや、もしかしたら意識すらされていないのかもしれない。だが、こっちは嫌でも玉城の「噂」が耳に入ってくる。

「どんな女とでも寝る」とか「女から痴姦されて金をもらってた」とか……

この噂自体は何の根拠もない。しかし、火のないところに煙は立たない。後輩の女子を侍らせてた、とか、満員電車で実際に痴姦行為を受けいれている場面を見た、とかそういう証言も出ている。


玉城はいわゆるビッチと呼ばれる存在、少なくともあたしはそうだと思っている。


男は誠実じゃないといけない。

女遊びが激しい男は最低だ。そういう奴に限って、あたしや他に頑張っている女を馬鹿にする。玉城は不良の長谷川とも仲が良い。多分、二人で女漁りをしているのだろう。

ボールを握る手が強くなった。「抜く」つもりだったが、相手が玉城なら別だ。


ウインドミルで投げた球に、玉城は反応すらできず見送った……


……

体育の時間が終わり、あたしはソフトボールに使った独りで用具を片づけていた。


「……麻美のやつ、なんで帰ってのよ」


いくらレギュラーでないとはいえ、ソフトボール部としての自覚はないのか。麻美だけじゃない、うちのクラスにソフトボール部は何人かいる。その誰もが用具をそのままにして教室に帰っていった。


こんな不真面目でいい加減だからレギュラーが取れない。遊び半分でやるから上達しないのだ。


あたしみたいな責任感だけ強いやつはいつも貧乏くじを引かされる。こんな当たり前のことだから誰も褒めてはくれないけど、やらないと怒られるのはソフトボール部でレギュラーのあたしだ。


世の中は真面目な奴だけが損をする。本当に理不尽な世の中だ。


「まったくあいつら本当に自分勝手だよな……」


体育倉庫で片づけてる最中も、ついつい、愚痴が口から出てしまう。


「片づけろっての、あたしだけじゃんか、ちゃんとやってるの……」

「悪かったな」

「へ!?」


急に話しかけられたことに驚いて、思わず目の前にあった用具入れを蹴ってしまった。

まさかあの愚痴を聞かれてたのか? だとするとちょっとマズイ。暗がりでぶつくさ言ってる危ないやつだと思われる。

誤魔化そうとして急いで体育倉庫を出ると、そこに立っていたのは……


「あ……玉城君」

「花沢さんだったのか、悪いな、片づけ一人に任せちゃって」

「い、いや……」


よりによって玉城に愚痴を聞かれるとは……いや、ちょっと待て、何で玉城が私に謝っているんだ?


「俺が持ってる用具で最後だと思う」


玉城はそう言って、持っていたソフトボールの用具をあたしに渡してきた。


「……ありがとう」


あたしは少し混乱しながら用具を受け取り、体育倉庫の奥に引っ込んだ。

なんで玉城が残りのソフトボール用具を持ってきたんだろう。不真面目の代表格でこういうことをしなさそうな奴だと思っていたのに……

あたしは薄暗い体育倉庫の中で、ボールを数えながら考えをめぐらせた。

もしかして、実は真面目なやつなのか? いや、もしかして長谷川あたりに押し付けられただけかも……あれ、ボールが一個足りない? おかしいな……


「花沢さんー?」


体育倉庫の外からまたも玉城の声がして驚く。


「え? 玉城君まだいたの!?」

「何かあったの?」

「あ、いや、ボールが一個無い気がして、数え直してたんだけど……」


まさかまだ玉城が体育倉庫の入口に立っているとは思わなかった。てっきり用事を済ませたから帰ったとばかり思っていた。


「ちょっとグランドまで戻って探してくる」

「え? ……いいよ、玉城君が授業に遅れるじゃん」


玉城の申し出に少し驚いたが、そんなことをして玉城を授業に遅れさせるのは忍びない。


「でもないと困るんだろ?」

「困るけど……いや、本当、あたしが探すからいいよ」

「それだと花沢さんが授業に遅れるんじゃないか?」

「それはそうなんだけどさ……」

「どうせなら二人で遅れよう」

「え……」


あたしが言っても玉城は引かなかった。玉城は本気であたしが困ることを理由に授業に遅れるのも厭わず、ボール探しを申し出ているようだ。


「じゃあ、グランド行ってるから」

「あ、待ってあたしも行く……」


玉城だけに探させるわけにはいかない。あたしは急いで体育倉庫を出た。


時間はかかったが、ボールはなんとか見つけられた。その代り、次の授業の始まりを告げる本鈴が鳴ってしまった。


「始まっちゃったね、授業……」

「そうだな」

「……ごめんね」

「花沢さんが謝ることじゃないだろ、それに授業に遅刻するのは覚悟してたことだし」

「うん……」


あたしが謝ったのは授業に遅れさせてしまったことだけではない。


玉城の事を誤解していたことに対して、謝ったのだ。


玉城はあたしの想像とは全然違う人だった。不真面目な不良だと思っていたが、真面目で責任感のある人だったのだ。

やっぱり噂は噂だったようだ。あの噂はきっと玉城のことを良く思わない連中が流した嘘だったのだろう。少なくとも玉城はうちのクラスの中では誰よりも誠実な男子だ。


玉城の横顔を見る。三白眼気味なせいで威圧感を与える顔をしているが、それのせいできっとみんな誤解しているのだろう。本当はとってもいい人なのだ。


しかし、いい人だとわかると、玉城への見方が変わってくる。


「とりあえず着替えて教室行くか」

「そうだね……」

「花沢さん制服どこ? 教室?」

「いや、部室……」

「そっか、俺の男子更衣室にあるから、まずは部室棟に寄ってから、それから男子更衣室だな」


ボールを探している時からそうなのだが、妙に玉城を意識してしまい、いつも通りに話せない。不良だと思っていた人がいい人だとわかった途端にこれだ。


元々そういう話とは無縁のところで生きてきた。告白されたことは何度かあったが、それらは全部女子からで、男子からは基本的に見向きもされないし、あたしからも何かしようとは思わなかった。そういうことに興味がなかったのだ。

しかし、今は違う。

なぜかあたしは隣を歩いている玉城の事が気になって仕方がない。


もしかして、これは恋というやつなのか?


玉城の方をもう一度見る。長身に逞しい肩幅、運動部ではないらしいが、余計な脂はついていない。太っている方がむしろ好み、という女子もいるらしいが、あたしは断然引き締まっていた方が好みだ。


何だか考えれば考える程、玉城があたし好みの男に思えてくる。そして、そう考えるとより一層意識してしまう悪循環。


部室に向かう間、玉城から色々と話しかけられたが、そのほとんどを生返事で返すことしかできなかった。


部室に着くと、あたしは二人きりの空気に耐えられなくて、いそいそと部室に入って制服に着替える。


体操服を脱ぎすて、ブラウスを手にかけたあたりで視線に気が付いた。

玉城がこちらを見ている。


「あ、ゴメン、早く着替えるからちょっと待ってて」

「え? あ、ああ……」


急いで着替えなくては、とブラウスに手を通しながらもう一度玉城の方を見た。

なぜか玉城は顔を赤くしながら目をさまよわせている。

どうしたのだろう、調子でも悪いのだろうか? そう思って声をかけようとしたが、ふと、玉城の視線が何度か私の胸を通っていることに気付いた。


スケベな女子が男の股間に目をやる時、男子はその視線に気づいていると気づいている、と聞いたことがある。

男子の気持ちが今わかった。見られている、というのは思いのほかハッキリとわかるものだ。


でも、なぜ玉城があたしの胸なんかを見るのだろう? 女の胸なんてそんなたいして珍しくもないのに。


もしかして、女の裸を見慣れてなくて照れている?


女性の裸に免疫がなくて照れてしまう男子、なんて漫画の世界とかにならよくいるが、現実にもいたのか。


もし、玉城が本当にあたしの身体で照れているのなら、玉城がビッチという噂は完全に真逆のものとなる。もしビッチなら、こんなしょうもない身体よりももっと上等なスレンダーな身体を散々見ているだろうし。


試しに玉城の正面を向いて……玉城に見せつけるようにして着替えてみた。


反応は顕著だった。玉城は食い入るようにこちらを見ている。


間違いない。玉城はビッチなんかじゃない。初心で……もしかしたら童貞なのかもしれない。


童貞、玉城が童貞……こんな良い身体しているのに今まで一度も女に乗っかられたことがないのか。

遊んでいると思っていた同級生が実は童貞だったなんて……なんだかすごいクルものがある。


「あたしの着替えてなんか見て楽しいの?」


ちょっとからかってみると、効果はてきめんだった。なんとテンパった玉城はドアを閉めてしまったのだ。あたしはもう着替え終わっているのに。


玉城と一緒に男子更衣室に向かう。

気まずい空気はもうない。あたしが玉城に対しての偏見をなくしたからだと思う。もっと早くこの空気になりたかったが、仕方ない。


男子更衣室につくと、玉城はドアを開けた。

すぐ閉まってしまうだろうから、その間にちょっとだけ中を覗いてみよう。男子更衣室の中なんてこんな機会じゃないと覗けないし……

そう思っていた矢先、我が目を疑うことが起きた。


玉城がドアを閉めずに服を脱ぎだしたのだ。

いや、正確にいうとドアを開けた瞬間にはもう玉城は体操服をまくり上げていた。


「ちょ!? 何やってんの!?」

「え?」


あたしが大声をあげると、玉城はキョトンとこちらを向いた。


「どうかしたのか?」

「どうかって……」


玉城は脱ぎかけの体操服を完全に脱いだ。

玉城の上半身があらわになり、逞しい胸板があらわになる。


「え、何、あんた平気なの……?」

「だから何の話をしているんだ?」


何の話か分からない? そんはなずない。だって玉城は今上半身裸なのだ。どこの世界に平気で胸板を晒す男子がいるのか。


「いや、裸……」

「……あ、そういことか」


あたしに指摘されてようやく気付いたらしい。玉城は自分の裸の上半身を見た。


「ま、前……隠した方がいいと思う……」


あたしはかろうじて忠告をした。

忠告はしたが、ぶっちゃければ見たい。男の裸なんてAVとかでなら何度も見たことがあるが、生では滅多に見れるもんじゃない。特に同年代の男子の裸なんて、ラッキースケベ的な展開でもない限りは見れないものだ。


「……見たければ見てもいいぞ」

「え!?」


あたしが理性と欲望の間に挟まれながら必死に見ないように頑張っていたのに、玉城はとんでもないことを言い出した。

見たければ見てもいい、とはどういうことか。恋人でもない相手に裸を晒してもいいのか? あれか、やっぱり本当はビッチなのか?


いや待て、そういえば長谷川は玉城の事を「天然系童貞ビッチ」と呼んでいた気がする。童貞ビッチとはつまり、童貞の癖にビッチのような行動をとってしまう、処女女子が一度は憧れる存在だ。もしかして玉城がそれなのか!?


まさか玉城が童貞ビッチだったんて……なんだか知らないけど興奮してきた。 もしかしてあたしってちょっと変態が入っているかもしれない……!


「おまたせ」

「え?」


あたしが自分の性癖を再認識している間、玉城は着替えを終えてしまったらしい。 くそっ、どうせならもっとちゃんと見とけばよかった。


この後、あたしと玉城は授業を遅れたことで数学の教師から怒られるのだが、そんなのではおつりがくるほどの素晴らしい体験をしたので、まったく苦にならなかった。


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