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遊園地前編(花沢)

「で、どうする?」

「は? いきなり何?」


ソフト部の練習も終わり、着替えていると栞があたしに話しかけてきた。


「玉城とのことだ」

「……なんで急に玉城の話?」

「玉城は別に美波の事が好きではなかったのだろう? ならば君にチャンスが生まれたということではないか?」

「……まあ、確かにそれはあるね」

「ならば今こそガンガン行くべきだろう」


事の発端は、体育祭前に発覚した「玉城と後輩の美波がラインを交換していた」という事実だ。そこから玉城が美波の事を好きなのだと想像するのは難しくなかった。

だって、美波は男からだけでなく、女のあたしから見ても超可愛いし。以前、何気ない会話で「先輩たちと一緒に街を歩いていると、誰からも声かけられなくなるから超ありがたいっす!」とナチュラル笑顔で言われた時は、栞と一緒に美波の頬で綱引きをしたものだ。


しかし、実際に玉城本人に確認して見たところ、玉城はそんなモテモテ美少女の美波の事をどうとも思っていない、ということが判明した。あたしは自分が盛大な勘違いをしていたことを自覚し、ホッと胸をなでおろしたのである。


「ガンガンって……栞は所詮他人事でしょ?」

「何を言う、バッテリーを組むものとして、パートナーの幸せを願っているだけだ」


嘘をつけ。絶対あたしをいじって楽しんでいるだけだ。


「幸いなことに来週の日曜日、ソフト部は休みだろう? 試しに遊園地デートなんてどうだ? チラシが入っていたんだが、この近くで新装開園する遊園地があるらしいぞ」

「……」


デート自体に興味がないわけではない。というか、「男とのデート」に興味がない女なんていないだろう。デートをして、帰り際にキスをして、そのままホテルでセックスをする……あたしのような処女女子が思い描く理想のデートだ。


ただ、いきなりデートというのはいくらなんでも性急すぎる。あたしと玉城は仲が悪いわけじゃないけど、ていうか学校外で遊んだこともあるけど、でもそういう関係ではないと思う。


「その顔は難しく考えているな、デートと言うから身構えてしまうだけで、遊びに行くと考えればいいのさ」

「……」


そういう言い方をされれば、確かに少しは気が楽になる。でも、それでも気休めくらいにしかならない。


「というか、こうでもしないと、君は永遠に前に進まないだろうしな」

「……うぐ……」


図星を突かれ、あたしは低くうめいた。


「それに玉城とは以前にも遊んだ仲じゃないか、プールで」

「……」


確かに遊んだけど、あれは偶然あのプールで出会っただけであって、こちらから誘ったとかそういうのではない。今のこれとは訳が違う。


というか、栞は大切な事を忘れている。


「……ていうかさ、結局どうしようもないんだよね」

「うん? どういうことだ?」

「だから、あたし、玉城の連絡先知らないんだって」

「……ああ、そうだったな」


栞もようやくそのことを思い出したようだ。前はここから美波が会話に入ってきて、それで例の『勘違い』に発展したのだ。


「美波」

「はいっす!」


栞が着替えている一年生たちに向かって声をかけると、美波が飛んできた。美波は相変わらずのガチガチの体育会系気質だ。


「美波、君から玉城に連絡出来るな?」

「いつでも出来るっす!」


美波がビシリと答える。


「奈江、ここはどうだ、美波を経由して誘うというのは?」

「……美波を経由……」

「直接言って断られるよりもダメージは少ないと思うし、なかなか妙案だと思うぞ」

「……てか、なんで遊園地に行く流れになってるの?」

「遊園地? それってドリームランドの事っすか? 自分、行きたかったす!」

「バカ者、行くのは玉城と奈江の二人だけだ」

「あ、そういうことっすね! 失礼しましたっす!」

「君は連絡係として呼んだだけだ」

「了解っす!」


美波が納得して引っ込んだ。というか、美波が絶妙なタイミングで会話に入ってきたせいで、行く流れになってしまっている。


「善は急げだ、早速連絡してくれ」

「はい!」

「ちょ、ちょっと待って、栞……!」

「なに大丈夫だ、なるようになるさ」

「あんたやっぱり他人事だと思ってるでしょ!?」

「栞先輩、文面はどんなふうに書きましょうか」

「ふむ……とりあえず、いきなり奈江と二人きりだと向こうも警戒する可能性がある」


あたしが止めても無視して指示を続ける栞。


「我々全員で行く、という設定にしておこう、当日は適当な理由をつけて我々だけ抜ければいい」

「なるほど!」


なるほど、じゃない。美波はなんで栞の言うことをオール肯定してしまうんだ。

美波は先輩絶対主義の体育会系だが、その『先輩』の中にも順位を付けている節がある。おそらくあたしよりも栞が上位にきているはずだ。というか、多分栞がすべての『先輩』の中で最上位だ。なぜここまで栞が慕われているのか正直理解できない。


「彰先輩から返信きたっす」

「さあ、もう後には引けないぞ、奈江」

「く……」


確かにここまできたら今さらグダグダ言っていられない。

あたしは渋々と覚悟を決める羽目になった。


「で、玉城からはなんときた?」

「『遊園地ができるらしいっすよ』って送ったっす、『ソフト部連中と一緒に行くのか?』って」

「ふむ、そのまま自然な感じで誘いたまえ」

「了解っす」


美波はスマホを操作する。


「彰先輩、『いいぞ』だそうっす」

「よし、そのまま場所と時間を……」

「あ、待って下さいっす! 彰先輩が誰か連れてきたいと言ってるっす」

「なに? ……まさか、女じゃあるまいな? 確かめろ」

「え!?」


『女』と言う言葉にあたしは反応せざるを得なかった。

遊ぶついでに彼女を連れてくるとか、あたしにとっては最悪の展開である。


「あ、女じゃないみたいっすよ、男って言ってます」

「……ほっ」


あたしは胸をなでおろした。


「連れてくる人数も聞くんだ」

「分かったっす……一人だそうです」

「ふむ……ならばオッケーだな、場所は「ドリームランド」、日時は来週の日曜十時でいいだろう」

「……『わかった』ってきたっす」

「よし、今のところは上々と言えるだろう」

「……はあ」


勝手に話がとんとん拍子に進んで、あたしはため息をつくことしかできなかった。


「さて、当日だが私は休む、行くのは奈江と美波の二人だけだ」

「え? 二人? あたし一人って話じゃなかったっけ?」

「玉城が一人だったら一人だったが、連れが来るのなら話は別だ、美波、君が連れの対処をするんだ」

「対処……具体的にはなにをするっすか?」

「奈江と玉城から引き離せ、君の美少女っぷりが役に立つ機会だぞ」

「光栄っす!」


確かに、美波に誘いを断れる男子なんて、彼女持ちくらいだろう。

しかし、本当に美波は栞に良い様に使われている。美波は喜んでその命令を受けいれているが……美波は体育会系を勘違いしているのかもしれない。


「奈江、当日のシミュレーションをやっておくか」

「……そうだね」


ぶっつけ本番で挑んでも失敗するのは目に見えている。覚悟を決めた以上は、あたしだって本気でこのデートを成功させるつもりだ。


「ひとまず目標は……まあキスぐらいまでは……」

「無理無理無理無理……」


あたしは首をブンブン横に振った。


「無論、キスは冗談だ……とりあえず、目標は手をつなぐ、辺りにしておくか」

「手をつなぐ……」

「あと連絡先もきちんと交換しておけよ? いつまでも美波を介してじゃあ格好がつかないだろう?」

「わ、わかった……」


それから、あたしと栞と美波の三人で入念なデートのシミュレーションが行われた。気が付けば、他の部員達は、みんな着替え終わって帰ってしまっていた。




当日、打ち合わせ通り、あたしと美波は集合時間の三十分早く集合場所に到着した。


「奈江先輩、大丈夫っすか? 昨日眠れましたか?」

「……まったく眠れなかった」


あんなに眠れない夜は、先発ピッチャーとして初登板した試合の前夜以来だ。


「先輩、リラックスっすよ、別に告るとかキスするとかそんなんじゃないっすから、栞先輩も言っていたじゃないっすか、今回は手をつなぐことが目標っす」


この美少女は簡単に言ってくれる。あんたとあたしでは顔の出来が違うのだ。あだ名が『ゴリラ』の女と積極的に手をつなぎたがる男が果たしているのか。

玉城は優しい男だから、お願いすれば、手をつないでくれる可能性もある。しかし、それは『仲が深まったから』できることではない。つまりは目的達成、とはならないのである。

あくまで、自然な感じで手を握れるようにならないといけない。


「あんなにシュミレーションしたじゃないっすか!」

「……」

「それに先輩は全力で自分がサポートするから安心してほしいっす!」

「……」


年下の美少女に世話をしてもらうっていうのも結構情けなく思えて嫌なのだけど、美波は混じり気無しの本心であたしをサポートする気でいる。その思いは単純に嬉しかった。


「とりあえず、彰先輩が来るまでに、今日の確認っす、まず必ず乗るアトラクションは二つっす!」

「お化け屋敷とジェットコースター」

「そうっす、どっちもパニック系っすから、お互いに手をつなぎたくなるっす」

「そうだね」


正直あたしもそれらのアトラクションは得意ではない。そのことを栞に話したら、「それならなおさらちょうどいい、玉城に弱いところを見せて、自分がゴリラでなくかよわい女子であることをアピールできるじゃないか」と上手く丸め込まれてしまった。栞は多分、悪徳セールスの才能があると思う。


「ちょいちょい自分もフォローいれるっす! 奈江先輩は大船に乗ったつもりでいてほしいっす」

「……ありがとう」


美波はなんだかあたし以上に盛り上がっている気がする。『先輩のお役に立てる』的な体育会系後輩の血が騒いでいるのだろうか?


「あれ、栞はいないのか?」


声をかけられたので、振り返ると、ラフな格好の玉城が歩いて来ていた。


「お、おはよう、玉城君」

「彰先輩、おはようございますっす!」

「ああ、おはよう」


朝だからだろうか。いつもの玉城のいかつい顔も、幾分爽やかに見える。


「栞先輩は今日は家でゆっくりしたいそうっすよ」

「そうなのか、いつも三人一緒にいるイメージがあったけど」

「そうなんすね……あ、ちなみになんすけど、奈江先輩のことをどう思いますか?」

「え?」


あたしは思わず美波の頭を叩いた。


「玉城君、ちょっとごめんね」

「お、おう……」


美波の首根っこを掴んで、玉城に背を向ける。


「……美波、どういうつもり?」

「……いや、第一印象大事っすから、確かめようと思って……」

「……せめて会話の流れ考えなさい、あそこでいきなりそんな話振ったらおかしいでしょ!」

「す、すみませんっす」


美波はやる気に満ち溢れすぎて空回りしてしまっているようだ。ここでキチンと釘を刺しておく。


「いい? もう変なことは言わないで」

「了解っす!」


神妙な顔でブンブンと頷く美波。

……まあ、本人もこれで分かっただろう。


あたし達は玉城に向かって振り返った。


「なんでもないからね、玉城君」

「そうか?」


玉城はいぶかしんだ顔をしているが、深く聞く気はないようだ。


「で、玉城君の連れてくる人って誰?」

「まだ来てないか?」


玉城が辺りを見渡す。

すると、駅の方に視線を向け、手を振りだした。


「ああ、来たみたいだ、おーい、山口君、ここだ」

「え? 玉城君の連れって山口……君?」

「そうだ」


あたしも駅の方に目を向ける。

確かに山口だ。まさか山口を呼ぶとは……この二人、そんなに仲良かったっけ?


「彰先輩、山口君と仲良いんすね」

「まあな」

「そういえば体育祭の借り物競争の時も山口君、彰先輩のところいってたっすね」


そうだ、確かに山口は玉城のところに行っていた。二人はあの夏休み以来の関係だと思っていたが、もしかしたらあたしの知らないところで、二人で遊んでいるのかもしれない。


「お、よく山口君の事を見てたな」

「いや山口君っていうか、彰先輩っすね」

「俺か?」

「彰先輩超目立ってたっすよ、自覚なかったすか?」


美波と玉城が話していると、駅の方から小走りでこちらに来ていた山口が到着した。


「すみません、お待たせしました」


山口は膝が少し見えるくらいのハーフパンツに、黒いワイシャツという格好だ。

山口の癖にちょっと可愛いと思ってしまった。


しかしよりによって山口を連れてくるなんて……山口はあたしの天敵である。果たして、この遊園地の遊び、楽しめるだろうか……


「よし、これで全員そろったな」

「……渡部部長はいないんですね」

「栞は今日はいないそうだ……まあ、とりあえず遊園地を楽しもうじゃないか」

「オー! ……っす」


玉城の呼びかけに応じたのは美波だけだった。




時刻は昼過ぎ。

あたしたちは昼を済ませ、ジェットコースターの前まで来た。

『予約パス』というシステムを使ったおかげで、午前中は他のアトラクションを楽しみつつ、この人気アトラクションのジェットコースターに、長蛇の列に並ばずに参加できる。


ふと、玉城が足を止めた。


「玉城君、どうしたの?」

「いや、山口君がな……」


玉城の見ている先には、この遊園地のマスコットが描かれた立て看板がある。

それは、ジェットコースターのような絶叫系でありがちな「身長制限」のため看板だった。

山口は美波よりも背が低い。つまり、この四人の中で一番背が低い。もしかしたら、身長制限に引っ掛かっている可能性がある。


「……言っておきますけど、僕はそんなに背が低いわけじゃありませんからね」

「でも念のために測っておいたら?」


山口があたしを睨んだ。

そんな風に睨んだって仕方ないじゃん。恨むのなら自分の発育の悪さを恨め。


「まあまあ、ちょっと確認っすよ、確認」

「……」


美波からも言われ、山口は渋々と立て看板の前に立つ。

こうして並んで立ってみると、山口は意外と余裕を持って立て看板の身長を超えていた。念のため、足元を見てみたが、踵もきちんと地面についている。


「山口君、大丈夫だぞ」

「当たり前ですから、このジェットコースターの身長制限は120cmです、乗れないのは小学校低学年までですから」


山口が勝ち誇ったようにこちらを見てきた。ちょっとイラッとする。やはり山口とあたしは合わない。


「そうだったのか、ちなみに山口君は身長何センチなんだ?」

「……さあ、乗りましょう」


玉城の呼びかけに山口は無視して進む。

山口は玉城と仲が良いはずなのだが、チョイチョイ失礼な反応をする。……いや、仲が良いから逆にこんな失礼なことができるのか。先輩後輩というよりは友達関係なのだろう。美波とはえらい違いだ。


「……奈江先輩」


その美波が、後ろから玉城たちに聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。


「……目的のジェットコースターっすよ、栞先輩とやったシミュレーション通りに……」

「……分かってる」


栞とのシミュレーションにより、イメージは出来上がっている。

あたしと隣になった玉城に対して、あたしは「ジェットコースターに怖がる女子」を演じるのだ。そして、「不安」であることを理由に手をつなぐことをお願いするわけだ。

栞曰く、「吊り橋効果」というものが期待できるらしい。


パス用の入り口から入り、スタッフに案内され、ジェットコースターの前まで来た。

二人が並んで座るタイプのジェットコースター、ここまで情報通りだ。


「二列で並ぶみたいだ、誰と誰が隣になるかだが……」


玉城が振り返ってあたし達に声をかける。ここが重要な場面だ、頼む、美波。


「自分が山口君と隣になるっす」


すかさず美波が手を上げて主張した。予定通りだ。玉城が「山口と一緒に座る」と言い出す前に機先を制したのだ。


後はこれを玉城が受け入れてくれるか……


「そうか、それじゃあ美波と山口君がペアだ、それでいいよな、花沢」

「うん、全然オッケー」


玉城はあっさりと受け入れてくれた。あたしは当然ながら大きく頷く。


「山口君、この組み合わせでいいよな?」

「……はい、大丈夫ですけど」


山口は不審そうな目つきでこちらを見ている。まさか、あたし達の計画に気付いているのか?

……というか、なんで玉城は山口を連れ来たのだろう。もしかして、ソフト部だから山口とあたし達が仲が良いと思っているのかな? だとしたら勘違いだ。少なくともあたしと男子マネの間には浅くない溝がある。


「次のお客様、どうぞ」


スタッフから促され、あたしたちはジェットコースターに乗り込んだ。



席に座り、安全バーが下がる。

さあ、ここからだ……


「た、玉城君……」

「うん?」

「じ、実はその……あたし、ジェットコースターって苦手なの」

「え、マジか?」

「うん……」


どうだろう、弱弱しい感じが出ているだろうか。


「花沢、でもお前が乗りたいって言ったんだろ?」

「あ……」


やばい、そうだった、そもそもジェットコースターを提案したのはあたし自身だった。

ここはなんとか言い訳しないと……・


「いや、でもその……定番、じゃない? ジェットコースターって」


我ながら下手な言い訳だと思う。しかし、思いついたのがこれしかなかった。


「……ああ、そうだな、確かにそれはある、どうする花沢、止めておくか? 今ならまだギリギリで間に合うと思うぞ……」


しかし、玉城はあっさりとあたしの言い訳を信じた。さすが玉城と言わざるを得ない。


「あ、そこまでじゃないから……とりあえず、ちょっと不安なんだよね……」

「なるほどな、わかるぞ、その気持ち」


これはいける……かも。玉城はあたしのことを信じきっているようだし、このまま一気にたたみかければ……『手つなぎミッション』はクリアだ。そして「吊り橋効果」とかいうので一気に仲良くなれる……


「それならさ………………あたしと手をにぎっ……」

「え?」

「な、なんでもない……」


緊張で全然声が出なかった。試合で緊張している時は普通に大声を出せるのに……あの時とは違う種類の緊張なのかもしれない。


「それでは発進します、みなさん楽しんできてくださいね」


スタッフの女性が笑顔で言うと、ジェットコースターはゆっくりと動き出した。


……せっかくのチャンスだったのに。なんでこんな形でふいにしてしまうんだろう。


ジェットコースターが快速で飛ばす中、空気抵抗を顔面に受けながらも、あたしはまったく満喫できなかった。



ジェットコースターを乗り終え、玉城はへばるようにベンチ座った。


「いや、すごかったな、あの連続三回転は半端ないぞ」

「そうっすね!」


玉城と美波はすっきりとした顔をしている。ジェットコースターを満喫できたのだろう。


「奈江先輩どうだったすか?」


美波に話しかけられる。ジェットコースターの感想ではない。計画通りに出来たかの確認だ。


「え、いや、まあ……」


あたしは答えを濁した。

美波はこれですべて察してくれたようだ。


「……作戦会議っす」

「え?」

「うん?」


いきなり美波が手を上げて主張した。


「作戦会議? ああ、次に行くアトラクションを決めるのか? とりあえずお化け屋敷に……」

「違うっす! 奈江先輩! トイレまでお願いします!」

「わ、わかったから、引っ張らないで……」


美波があたしの手を引きながらトイレに向かっていく。

あたしはそのままトイレに連行されていった。



「……まさか、奈江先輩、何もしなかったっすか?」

「いや、まあ……やろうとはしたんだよ?」


女子トイレで、後輩相手に情けない言い訳をしてしまった。


「だって、いきなり手を握ってやっぱりハードル高いって……」

「そんな初対面ってわけでもないですし、奈江先輩から頼めば拒否られないっすよ、多分……」


後輩に露骨に呆れられるのは意外と堪える。それが普段から慕われている後輩ならなおさらだ。


「……いや、それは……そうかもだけど、でも土壇場になってちょっと喉の調子が悪くなっちゃって……」

「なんすかそれ……」

「……」


ああ、どんどん美波があたしに呆れていく……


「……先輩、次のお化け屋敷こそ、決めるっすよ!」


美波があたしの手を握る。その眼は情熱の炎で燃え盛っていた。


「次もペアでいくっす! ジェットコースターの時みたいに自分がまずペアを提案するっす!」

「……う、うん、ペアね」

「今度こそ頼むっすよ!」

「……はい」

「栞先輩の話では、男っていうのは、かよわい女に魅力を感じるらしいっす」

「そ、そうらしいね……」

「奈江先輩の場合は、特にギャップ萌えが狙えるから効果的なんすよ!」

「そ、そう言っていたね……」


「あたしがかよわい女なんて気色悪くない?」と栞に言ってみたが、逆にそれが男にとっては効くのだ、と返された。なんでも「ギャップ萌え」というやつらしい。栞のいつもの無駄知識だが、なんとなく説得力はあったし、一応あたしも信じて、実行しようとしている。


「彰先輩なら、絶対お化け屋敷とかビビんないと思うんすよ」

「……うん」

「かよわい女を演じる相手として、最高の男子っす!」

「……うん」


お化けにビビる玉城、というのがあまり想像できない。玉城なら、どっしりとしながらお化けを睨み返すくらいはやりそうだ。


「さあ、先輩、これがラストチャンスっすよ! いつも勝負強さをみせる時っす」

「わ、分かってる……」


後輩の手前、もうこんな情けない姿は晒せない。あたしは自分の頬を叩き、今一度気合を入れ直して、美波と一緒にトイレを出た。


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