体育祭 閉会式後(麗)
朝、営業所に出社して、まず最初に私は上田さんのもとに向かった。
上田さんはいつも一番に出社して、みんなのデスクを掃除したりしている。こういうことは、一番の新参者の私の仕事だと思うのだが、上田さん曰く「自分が年下で下っ端だから」やっているらしい。こういうところが営業所の他の社員に受けが良く、空気が読めない言動をする上田さんが嫌われていない理由である。
「上田さん、これ」
私は貸してもらっていた小型の脚立を、バッグに入った状態で上田さんに渡した。
「え? ああ、脚立ですね」
「ありがとうございました、役に立ちました」
まさか本当に役に立つとは思わなかった。ここは素直にお礼を言おう。
「おお、本当ですか? またいつでも言ってください、貸しますよ!」
「……そうですね、また何かあったらお願いします」
もうしばらくは借りることはないだろう。撮影すること以外に使う用途が無さそうだし。
「イトコさん、可愛く撮れました? 見せてくださいよ」
「……いや、データとかはいま持っていないので」
確かに上田さんの脚立には世話になった。これのおかげでとても良いアングルの彰君の映像が撮れたわけだし。
ただ、だからといって、撮ったものを上田さんに見せられるかといったら、「ノー」だ。あの映像は私だけの永久保存版。私の欲望が入りすぎていて、彰君にだって見せられない代物だし。
「あ、じゃあ持ってきてくださいよ」
「……いえ、そもそもあまり他人にお見せできるようなものでもありませんから……」
「えー、みたいですよ~、あ、そうだ、実はこの営業所、プロジェクターがあるんですよ」
「……プロジェクター?」
なんでここでこの営業所のプロジェクターの話が出てくるんだ。
私は不穏な気配を感じ取った。
「上映会やりませんか?」
「……なんのですか?」
「いやですから、島崎さんが撮った映像の上映会です」
「……はあ?」
「きっとうちの営業所のみんなも喜ぶと思いますよ!」
どこから湧いてくるんだ、その謎の自信は。そもそも他人様の撮ったファミリームービーのどこに需要があると思っている? 私だったら絶対に見たくない。
「実は、中学時代の同級生が子供生んだんですよ」
「……はあ、それがなにか?」
「やっぱり子供って可愛いんですよね、そう思いません?」
急に話を変えたかと思ったが、子供好きからのアプローチだったようだ。
生憎と、子供を可愛いと思ったことはない。子供なんてだいたいは自分勝手で生意気な生き物だろう。
「……とにかく、見せるつもりはありませんので」
「ええ……そんなこというのなら、もう脚立貸してあげませんからねっ」
「……べ……」
……別にいいですけどぉ? という言葉をかろうじて飲み込んだ。
脚立は確かに役に立ったけど、持ち運びに不便だったのは事実で、貸してくれなかったらくれないでもいい。ただ、そのことを言って、この人との関係がこじれるのは望まなかった。たださえ居心地がよくない場所で、これ以上居心地を悪くさせるメリットはない。
「……それじゃあ、私はこれで……」
脚立を返却したので、もう用は済んだ。私が自分のデスクに座る。
「あ、もしかして見せたくない人とかいます? じゃあその人には上映会の事は秘密にしておきますから」
……お前だ、お前に見せたくないんだ。
私はそんな言葉をのみ込んで、仕事用のパソコンの電源を入れた。