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体育祭 夢(玉城)

約一年ぶりにあの子が登場

誰?と思った方はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n2037dg/51/ をご覧ください。

例によって、女性視点はありません

「おい、玉ちゃん、起きろ」

「……うん?」

「女子のダンスの時に起こせって言っただろ」

「ううん……ああ……ありがとうな、長谷川」


俺はまぶたをこする。

長谷川には「女子のダンスの時に起こしてくれ」と頼んでいたが……グラウンドには確かに、女子たちが浴衣を着て集合していた。これから始まるのは女子全員による創作ダンスだ。


この競技がやるということは、体育祭もそろそろ終わりである。これの次は組対抗と色対抗リレー、そして閉会式だ。

秋名の借り物競争に付き合って疲れ切った俺は、それからの午後の競技を本当にほぼ寝て過ごした。

椅子に座ったまま寝るのは難しかったが、そこは隣に座る長谷川の肩を借りるという形で解決した。長谷川は少し迷惑な顔をしていたが、俺が疲れているのを知っているので、何も言わずに肩を貸してくれたのだ。持つべきものは親友である


秋名達曰くこの創作ダンスにおいて、「浴衣で参加するかどうかは自由」らしいが、見る限り、ほとんどの女子が浴衣を着ていた。浴衣を着ていない女子の方が目立つくらいである。これは浴衣を着てくるのが正解だったな。


さて、その秋名達を探そうと目を凝らす。女の子の可愛らしい浴衣姿はそれだけでも眼福ものだが、俺の事を慕ってくれるあの二人の浴衣は、きっと格別なものだろう。


「おい、玉ちゃん、見ろよ」

「うん?」

「ヒロミがいるぜ」


俺はグリンと首を回して、長谷川の指差す方を見た。秋名達を探すのは一旦中断だ。今はヒロミの方を注視させてもらおう。


ヒロミはあざやかな海色の浴衣を着ていた。裾や袖には白波のデザインが施されており、見るだけでも涼しげである。

何よりも、その浴衣はヒロミの爽やかなイメージを際立たせてよく似合っていた。ヒロミは普段こそ男装のようにスラックスを履いているが、こうして見れば可愛い女の子にしか見えない。チアリーダー姿を含めて、今日はヒロミの可愛い部分をたくさん見れた。前の世界ならば男は放っておかないだろう。いや、もしかしたらこの世界の男子でもヒロミは人気があるかもしれない。ヒロミはオナベ的な存在、いわゆるオニイ系な扱いを受けており、男子からは比較的受けが良いのだ。


俺はヒロミと俺の知らない男子が横に並んで歩いている姿を想像した。

……ダメだ、ヒロミの彼氏になるのならば、せめて俺を超えるような腕っ節がなければ……いやいや、何を考えているんだ、俺は。娘の彼氏を憂う父親の発想じゃないか。


俺は首を振って下らない妄想を追い出した。こんなわけわからん発想が生まれてしまうのは、女性らしい姿をたくさん見せている今日だけだ。

明日以降、またヒロミはいつものスラックス姿の友達になる。つまりは平常運転に戻る。また俺と長谷川と三人で仲良く遊ぶ『友達』の関係になるだけだ。


「……長谷川」

「おう?」

「俺たちはこれからも友達だよな?」

「……え? お、おう、そうだぜ、玉ちゃん!」


一瞬キョトンとしたが、すぐに気を取り直した長谷川に、背中を叩かれた。


「これ終わったら打ち上げってことでヒロミと飯を食いに行こうぜ!」

「ああ、お前のおごりでな」

「……くっそ、忘れてなかった」


さて、ヒロミの浴衣姿を心が乱されるまで堪能した。今度こそ秋名たちを……いや、待て。ヒロミの近くにもう一人、見知った女子がいる。


女子たちの中でも背が頭一つ飛び出している。短髪で少し可愛げのみえる顔つき。


花沢奈江だ。


花沢の浴衣は濃いピンク色の浴衣だ。思えば私物のジャージもピンク色だったし、部屋の内装もピンク色だったし、水着もピンク色だった。ピンクが好きなのだろう。その見た目に反して、乙女な趣味であるといえる。

しかし、それは似合っていないわけではない。

水着の時も思ったが、ギャップ萌えというやつだ。俺的には全然ありである。


そもそも花沢はスタイルが良い。多少なり身体に太い部分はあるが、それは脂肪ではなく筋肉であり、いわゆる肉体美というやつに該当すると思う。俺も一度生で見たが、かなり良い身体をしていた。あのハプニングはいまだに目に焼き付いている。

まあ女物の浴衣を着るには少し背が高すぎる気がしないでもないが、俺的には許容範囲内だ。


「おい、玉ちゃん、花沢もいるぞ」

「もう見てる」

「あいつ派手な浴衣着てるな……てかなんでピンクなんだよ、似合わねえって」

「……」


あれを見て似合わないと言ってしまう時点で長谷川もまだまだといえる。ヒロミの時と同じで、「キャラじゃないことをやる」ことが逆に良いのだ。


「……ふっ」

「え、なんで鼻で笑うんだ?」

「お前もいずれわかるようになるさ」

「……どういう立ち位置で言ってたんだよ、玉ちゃん」


花沢のそばには栞と美波もいた。

栞の方はグレーの色の比較的地味めな浴衣を着ているのだが、となりに真ピンクの浴衣があるので、逆にそのグレーが目立っている。なんというコンビネーションだ。ここでもバッテリーとして息の合ったファッションをしていたわけか……いや、多分、偶然だと思うけど。

ちなみに美波は黄色の花柄の浴衣だ。美少女には何を着せても似合う。俺が寸評するまでもなく、美波を見ている男子たちは美波を100点満点と評価するだろう。ただちょっと気になるのは、おそらく学年ごとにかたまっているはずなのに、二年生のところに美波(一年生)がいる、という点だ。


さて、花沢は充分見た。

肝心の秋名たちを探そう。


俺はまた辺りを見渡す。

秋名の浴衣は見つけやすいはずだ。なにせ、ピンク色のミニ丈の浴衣なのだから。

加咲もきっと見つけられるだろう。あの特徴的な胸部は浴衣でも目立つ、と思う。



果たして、加咲は見つかった。

加咲の着ている浴衣はやや黄色みの赤色……緋色と呼ばれる色だろう……の浴衣を着ている。

ちょっと俺の予想と違ったのは、あまり巨乳が目立っていない、ということだ。他の女子と比べて、帯に上に少し胸が乗っている感じだが、普段の格好のあの際立った感じはない。浴衣というのは巨乳を目立たなくさせるもののようだ。


しかし、加咲の浴衣が似合っていないわけではない。ちょっと本人の姿勢が悪いところがマイナス点だが、それも込みで加咲らしいと言えるだろう。


そして、加咲のそばに背の低い女子がいた。

秋名だ。

これまた俺は予想を外してしまった。秋名はあの夏祭りで着ていたピンクのミニ丈ではなく、落ち着いた紺色の浴衣を着ていたのだ。


あのキャピキャピした浴衣を見れなかったのは、少し残念であるが、逆に落ち着いた色の浴衣というのも悪くないと思った。秋名は口を開けば騒がしいし、隙あらばセクハラをしてくる……まあ良く言えば元気いっぱいの女子だ。

そんな女の子がシックな姿でたたずむ姿は、違和感もあるが、別の一面を垣間見えているようで新鮮でもある。

馬子にも衣装、という言葉はこういう時に使うのであろうか? いや、さすがにそれはちょっと失礼か。


どれ、この浴衣の女子たちも写真におさめよう。


「長谷川、スマホ貸してくれ」

「またかよ、今度は何を撮るんだ?」


目の前の光景以外の何を撮るというのだ。

俺は長谷川からスマホを受け取ると、カメラモードを起動して、秋名をはじめとした女子たちの浴衣姿に向けた。


「玉ちゃんって物好きだよな」

「そうか? 女子の浴衣って良くないか?」

「わかるっちゃわかるけどよ、でもわざわざ写真撮るほどのものか?」

「仮にミキティーが浴衣を着てあそこにいたらどうする?」

「それは撮るけどよ……」

「そういうことだ」

「……いや、待てって、やっぱりそれ、だいぶ話が違ってきてるんじゃね? 玉ちゃんの彼女があの中にいるっていうのならわかるけど、別にいねえんだろ?」


あの女子たちの中で俺の彼女……一瞬考えそうになって、止めた。こんなことを深く考えすぎて、変に意識してしまったらどうする。俺にとっては現状維持がベストなのだ。そもそも向こうが俺の事をどう思っているのかわからん。秋名や加咲なら、まあ多分こちらから言い出せば断らないだろうとは思う。しかし花沢やヒロミはどうだ? あの二人は告白すれば付き合って……


「玉ちゃん、撮影おわったんならスマホ返して欲しいんだが」

「……待て、まだ一枚も撮ってない」


深く考えるのは止めようと思ったのに、思わず深く考え込んでしまった。


「何ボーっとしてんだ、暑くて頭おかしくなったのか?」


時刻は午後三時過ぎ。日照りはそろそろピークを超えようとしている。俺は暑さに耐えかねて、すでに詰襟だけ脱いでワイシャツ一枚だ。


「いや、何でもない、すぐ撮るからちょっと待っててくれ」


俺は、パシャリ、パシャリと女子たちの写真を撮った。


「長谷川、ありがとう」

「どういたしまして」

「それじゃあ、俺はもう一眠りさせてもらうから」

「え、ダンスは見ねえのかよ」


俺が起きた目的は女子の浴衣姿を見るためであって、うちの学校の創作ダンスを見たかったからではない。

目的はすでに果たした以上、あとは先ほどまでと同じお休みタイムだ。


「長谷川、また肩借りるぞ」

「えー、またかよ、俺は玉ちゃんの彼女じゃねえぞ?」

「誰が彼女だ、気色悪いこと抜かすな」


一瞬、女の長谷川が思い浮かんだ。そういえば、前にそんな夢を見たような気がする。


「いや、だから玉ちゃんがそんなことをいって……まあいいや、寝たきゃ寝ろよ」

「次に起こすのは閉会式の時にしてくれ、頼むぞ」

「……マジで都合の良い彼女扱いしてねえか?」


だから気色悪い事を抜かすな、と言っているだろう。

俺は目を閉じる。やはり、疲れているのだろう。すぐにまどろみが俺をつつみこんだ。




「玉ちゃん、起きてぇ……」


何やら、耳元で囁かれる。

……まだ眠いので寝かせてくれ……

俺は囁かれる声を無視した。


「起きてってば……」


まだ言うか。俺は眠いのだから寝かせてくれ。


「起きないとぉ、悪戯しちゃうよ?」


好きにすればいい。俺はそんなのを無視して眠るだけだ。


俺がそのまま目をつぶっていると、太もものあたりが指先でくすぐられた気がした。

こそばゆいが、我慢できなくもない。

指先が太ももに円を描く。俺が無反応だとわかると、その指は円を描くのを止め、ススーっと俺の太ももを伝っていく。下半身から腹を通って胸へ、そして首をなぞって顎にきた。顎を指先でチョイと動かされ、その瞬間、唇に柔らかい感触が触れる。


俺はすぐに覚醒した。

俺の唇に触れたのは指ではない。あの柔らかい感触は間違いなく……


「あ、やっと起きた」


起き抜けに目の前にいたのは、『ギャル』だった。

緩くウェーブの入った茶髪、耳にはピアス、バッチリメイク、小麦色に焼けた肌は、恐らく日焼けサロンの物だろう。どこに出しても恥ずかしくない『ギャル』がそこにいた。


「……あー、長谷川?」

「え、何で疑問形?」


ギャル……こと、長谷川が半笑いで聞き返す。


「お前……女だったか?」


前にもこんなことがあったような気がする。

長谷川は俺の疑問にキョトンとすると、すぐにニンマリ笑って体操服をめくり上げた。


「女でぇーす」


俺の目にブラジャーに包まれた薄い胸が飛び込んで来る。

俺はすぐに長谷川のたくし上げた体操服を下した。


「何やってんだ、馬鹿!」

「えー? 脱げってことじゃなかったの?」

「違う、本当に女かどうか確かめたかっただけだ!」


今は体育祭の最中で、ここは校庭だ。こんな所で上半身を脱ぐ女がいるか。


「だから脱ぐから確かめればいいじゃん? パンツも脱いどく?」


長谷川が椅子から立ちあがってハーフパンツに手をかけた。そのまま手が下がりかけたが、間一髪でパンツを下すその手を止めた。


「止めろ!」


危うく下着をさらけ出すところだった。

いや、俺の位置からは少し見えてしまっている。ピンク色だ。

ふと、記憶がフラッシュバックした。この下着は見覚えがある……そう、あのカラオケ店で長谷川が履いていたものだ。

なんで俺がこいつの下着を知っているかって? ……まあ、いろいろあったのだ。


「とにかく、お前が女だってことはよくわかった……」

「えー、もっと確かめようよぉ、ほら見せ合いっこしよう? 玉ちゃん、ねえ?」

「止めろっての」


長谷川が俺の体操服の中に手を突っ込もうとしてきたので、それを払う。

この世界の女子は性に対して積極的だが、長谷川のそれは群を抜いている。「俺がそういうことに対して抵抗感がない」という事実を知ってからは、かなりグイグイ来るようになった。


「お前、場所を考えろ、今は体育祭中だろうが!」

「大丈夫だって、誰も見てないからさ」


確かに、他の生徒たちは、今やっている競技の「全校女子合同ダンス」の方を見ているせいで、こちらを見ている生徒はいない。


……あれ? 全校女子がグラウンドでダンスをしているのなら、なぜ女子である長谷川は俺の隣にいるのだ……?


「それとも玉ちゃん、やっぱりみんなで隠れてイチャイチャしたい?」

「……なんだ、イチャイチャって、彼女かお前」

「……うーん、それならぁ……彼女になっちゃう? みたいな?」


長谷川が媚びるような上目使いでこちらを見てきた。

俺は目を逸らす。


「もういいから、競技を見るぞ」

「えー、もうちょっとイチャイチャしよう?」

「……イチャイチャしたかったら彼氏とやれ」

「彼氏とは別れちゃいましたぁ」


長谷川がおふざけで敬礼をしながら答えた。

知っているさ。別れるきっかけを作ったのは他ならぬ俺だからな。

彼氏と軽く喧嘩状態だった長谷川に適当なアドバイスを送った結果、俺が別れ話を切り出す長谷川の背中を押す形になってしまったのだ。


とりあえず長谷川に付き合うのはここまでだ。こいつのペースに捕まると、後は飲まれるだけなのは今までの付き合いからよくわかっている。


俺は努めて長谷川の方を見ないように、グラウンドの女子たちを注視する。


「玉ちゃん」

「……」

「た、ま、ちゃん」

「……」

「たまきくん~」


長谷川の鼻にかかる甘え声は脳をざわつかせるような感覚に陥る。これを無視するのは多大な精神力を必要とした。男と遊び慣れているだけに、男の気を引く術を心得ているのだろう。


声をかけても無反応な俺に、長谷川はやり方を変えたらしい。俺の手を触り始めた。

それもひたすら無視をする。


長谷川は最初こそ指先で俺の手の甲をつついたり、指でつまんだり、といった軽い悪戯程度のものだったが、俺があまりにも反応をしないせいだろう、悪戯が大胆になってきた。

パンパンと手の甲を叩いたり、指を握ったり、恋人つなぎのように指を絡めたりし始めたのだ。


それでも俺は無視をした。ここで反応すればつけあがる。ずっとこんな調子でやられるのは堪えるが、今後の俺と長谷川の関係を考えれば、ここは我慢のしどころだ。


長谷川はしばらく俺の手をもてあそぶと、その手を持って……フニュ


柔らかい感触。俺はギョッと長谷川の方を見る。

長谷川は手を自分の胸に押し付けていた。長谷川の胸は薄いがふくらみ自体はきちんとあるので、こうやって押し付けられれば、胸の感触は伝わってくる。


「……何やってるんだ、お前?」

「心臓マッサージ~」

「……」


ついに反応してしまった。仕方ないだろう。おふざけで自分の胸を触らせてくる女がいたら嫌でも反応してしまう。それが男ってものだ。


この世界での女性のバストは、一応、公序良俗的に「みだりに露出しない方が良いもの、触らない方が良い物」という認識こそされているが、それでもある程度仲が良いと、異性間でもこんな風に緩々になる。

……いや、ここまで緩々なのはさすがにこいつくらいか。俺と仲の良い女友達のヒロミも、自分から俺の手を胸には押し付けようとはしない。


俺は手を払った。


「あ、とうとう怒った?」

「……いや、怒ってはいない」


長谷川的には怒らせるつもりでさっきの行為を行っていたようだ。『怒らせるために自分の胸を触らせる』か。つくづくこの世界の女子の発想だと思う。


もちろん俺が手を払ったのは怒ったからではない。単純に変な気分になりかけたからだ。女の胸を触って股間が反応しないわけないだろう。こちとら思春期の高校生男子だぞ。性欲だって人並みにある。


「玉ちゃんって本当に私のやることに怒んないよね~」

「……」


ふふん、と得意げに笑う長谷川。

なんだかこいつをつけあがらせた気がする。

長谷川は調子に乗らせるとろくなことがない。かつて、長谷川がカラオケ店で俺にした粗相を思い出した。

あの密室の空間で、長谷川は女子に対して(この世界の基準で)あまり免疫のない俺に、性的な意味で迫ってきたのだ。あの時の事は……正直、よく覚えていない。


「正直に言っていいんだよぉ? 私の事好きだってさ?」

「……」


やはり、つけあがってしまったようだ。


「ほらほら……」


俺が長谷川の方を見ないようにしているのにもかかわらず、長谷川が俺の前に来て、強引に俺の視線に入ってくる。

こうなってくると、コイツはウザい。

長谷川がこちらに顔を近づけてきた。

これで長谷川がブサイクな女とかだったら、額にデコピンでも一発食らわせてやるところだが……こいつは小憎たらしいくらいに美少女なのだ。化粧しているせいもあるかもしれないけど、雑誌とかのモデルとして写っていても全く不自然ではないレベルなのである。

あとなんかいい匂いするのも、そういうところが余計に腹立たしい。


「止めろ、長谷川……」

「止めないもーん」

「……」


そしてコイツは、自分の嫌がらせが俺に有効だということを知っている。

この世界にきてすぐのことだが、俺は長谷川に、この世界の事について……男性の貞操観念について、いろいろ相談したのだ。

その結果、長谷川は俺が「この世界基準で女子に対して著しく警戒心が薄いこと」を知っている。

……まったく、なんで貞操観念が逆転したこの世界で、そんなことを女子に相談してしまったのか、今でも後悔している。


周りを見た。ここまで騒いでいるというのに、周りの生徒たちは全くこちらを見ない。


「玉ちゃん、よそ見しちゃダメだよ~」


長谷川がマニキュアを塗った細い指で俺の頬を包み、俺の顔を強引に自身に向けた。


……これはダメだ、耐えられない。


俺は長谷川の猛攻に白旗を上げた。

長谷川と書いて肉食系女子と読む。

まさにコイツはハイエナの如く俺に攻勢を仕掛けている。ヌーのような温厚な草食動物である俺になすすべはない。


長谷川の指を振り払い、俺は立ち上がった。


「どうしたの?」

「……小便だ」


俺自身のクールダウンと長谷川の勢いをそぐことを目的として、この場はいったん離れることにした。これはしっぽを巻いて逃げるのではなく、戦略的撤退だ。

いつも俺に付きまとってくる長谷川も、男子トイレならばついてはこれまい。

俺は生徒席を離れ、そそくさと校舎内の男子トイレに向かった。



一階の男子トイレに入る。

当たり前だが、校舎内に人気は全くない。みんなグラウンドにいるのだ。

俺は洗面台の鏡の前に立って、自分自身を落ち着かせる。トイレに来たらもよおすかと思ったが、特にそんなことはなかった。

洗面台の蛇口をひねり、水を出して、顔を洗う。

少し落ち着いたので、これからのこと……というか、長谷川対策を考える。隙あらばがっついてくるあのギャルを止めるにはどうすればいいか。


無視してみるか……?


相手にするからつけあがる、ということは……これからずっと長谷川を無視し続ければ、長谷川も俺にちょっかいを出すのを飽きるかもしれない。

……しかし、あいつは友達なのだ。一緒にいて楽しい友達であるのは代わりにないし、一方的に冷たい態度をとるというのは、少し可哀想な気がする。


それならば、はっきり振ってみるか……?


この世界の男子は、女子に対してある程度当たりが強くても許される傾向にある。いわゆる「女の子にそんなこと言うなんて男子ヒドーイ、さいてー」みたいなあれが、ほとんどないのだ。もちろん、単純な腕力による力関係ならば男子の方が上だし、女子に暴力、暴言の類は許されない。しかし、例えば「こっぴどく振る」みたいなことをしても女子から白い目で見られることがないのだ。

つまり、長谷川にちょっと強めの態度で出ることも、許されるはずである。


無視が出来ないとなれば、はっきりと「付き合えない」という俺の意思を伝えるべきではないか。

そうすればあいつも俺に変なモーションをかけるのを諦めてくれるかもしれない。


俺は長谷川を振った時の事を頭の中で軽くシュミレーションする。



『すまない、長谷川、俺はお前とは付き合えない』

『え? なんで?』

『付き合えないんだ』

『だからなんで付き合えないの? 理由は?』

『……理由? えっと、理由は……』

『理由は? あるの?』

『……』

『ないの?』

『今は特に思いつかないけど……』

『なんだ、付き合えない理由がないのなら、付き合えるよね?』

『……そうだな』



……待て待て、何で付き合うことになっているんだ俺は。振る予定だっただろうが!


しかし、これは困ったぞ。脳内シュミレーションをした結果、振る作戦の重大な欠点が判明してしまった。

すなわち、『俺が長谷川と付き合えない』理由がないのだ。

長谷川とは気が合うし、顔だって嫌いじゃない。何よりも一緒にいて楽しい。


……ダメだ、考えれば考える程、「むしろ付き合った方が良いのでは?」と思えてくる。


付き合う、長谷川と付き合う……あれ? なぜ俺はこんなに頑なに長谷川と付き合いたくないのだ?

気が合って、可愛いと思える女子が向こうから付き合って欲しいと言っているのに、なぜ必死に断る理由を探している?

まるであいつを女子として見てはいけないような感じだ。


俺は頭の中にモヤモヤを抱えたまま、男子トイレを出た。結局、長谷川に対して有効な対策は思いつかなかった。


「おしっこ出た?」

「!?」


トイレを出た瞬間、横から話しかけられて、思わず飛びのいた。


「玉ちゃん、ビビりすぎぃ、受ける」


長谷川が手を叩いて笑う。


「お、お前、何でここに……」

「ずっと玉ちゃん待ってたんだよ?」

「ま、まさかついてきたのか?」


長谷川が笑顔でコクリと頷いた。


「玉ちゃんが、一人で寂しくない様にって思ってね」

「……べ、別に寂しくなんかないぞ」

「本当にぃ?」


適度に小麦色に焼けた肌のギャルが、上目づかいでこちらを見ている。ただの上目使いなのに、なぜこんなにも動揺してしまうのか。


結局対策は何も思いつかなかったし、またトイレに戻るわけにもいかない。俺はにっちもさっちもいかなくなった。


「もうちょうどいいからさ、このまま体育祭サボらない?」

「……サボる?」

「うん、だってもうあとは閉会式だけじゃん?」

「そうかもしれないが……」

「じゃあ、サボっちゃおう! はい決定~」


勝手に話を進める黒ギャル。またコイツのペースになってしまいそうだ。


「……いや、これからの競技の応援も必要じゃないか? 白組も紅組も接戦だし……」

「別に関係なくない? どっちが勝ったっていいでしょ?」


確かにどっちが勝ったところで俺たちには関係ない。白組が勝ったあかつきに得られるものといえば、白組の大将の遠藤先輩が優勝トロフィーをもらえることくらいだろう。


「それならサボった方が良いよね、さあ、いこいこ……」

「ま、待ってくれ、長谷川……」


長谷川が俺の後ろに回って、そのまま押し出す。俺は押されるままに歩きだしてしまった。



長谷川に連れてこられたのは、校舎裏だった。いつも人気がない場所だが、今日はそれに輪をかけて静寂に包まれている。

ざっ、ざっ、と土を踏む音だけが耳に届く。まだ9月の初め、残暑で半そででも十分な季節なのだが、日の当たらないこの場所では半そでハーフパンツだと少し肌寒い。

確かに、ここならば誰かに見つかることはないし、確実にサボることができるだろう。

でも居心地の良さを考えるのなら、空き教室とかの方がよかったと思う。校舎裏でサボりなんて、不良がタバコを吸う時みたいじゃないか。

実際、俺と長谷川の見た目は不良みたいなものだが。


長谷川は校舎を背にしてしゃがんだ。地べたに直接座るのが汚いからそういう座り方にしているのだろう。


「玉ちゃん、ほら隣に座りな」

「……」


長谷川に促され、俺は無言で座った。

何が楽しいのか、長谷川は鼻歌などを歌っている。

俺はといえば、身構えて長谷川の行動に備えていた。もはや逃げる口実は無くなっている。また長谷川に迫られた時は、もうしゃにむに逃げるしかないのだ。


「玉ちゃん、なに緊張してるの?」

「え……き、緊張なんかしてねえよ」

「そうなの?」


実はちゃんと緊張はしてるが、ビビってると思われるのは格好悪いから抗弁した。


「玉ちゃんさ……」

「なんだ?」

「好きな人とかいる?」


この流れ、マズイ。

早速俺は危険を察知して、軽く腰を浮かせた。

確実に『好きな人いる?』→『いやいないけど』→『じゃあ付き合っちゃおうよ』の流れである。


「……いや、いないが……」


未来の悪い流れが分かっていたのに、それに乗って答えてしまった。


「いないんだ……そっか……私はね、いるよ」

「そうか……」


こちらの想定した流れとは少し違うが、とりあえず深くは聞かないでおく。おそらく藪蛇になってしまうだろうし。

ここはとにかく簡単な相槌を返すだけにしておこう。


「じゃあクイズです、誰だと思う?」

「……さあ、わからないな」

「適当に言ってみてよ、玉ちゃんも知ってる人だからさ」

「……」


どうする? 「俺だろ?」とか言ってみるか。「俺も知ってる人」なんて思わせぶりな言い方をしているが、高確率で「俺」が正解の答えだ。もちろん違う可能性だってなくはない。


だけど恐らくは俺なのだ。


「……俺だろ?」


俺は意を決して、言った。


「……ぷっ」

「え?」

「ははは、玉ちゃん、固い顔して何言ってるの?」


俺の言葉に、長谷川が吹き出すと、大笑いを始めた。

予想外の反応だ。てっきり「そうだ」と言ってこっちに迫ってくると思ったのに。


「は、長谷川?」

「玉ちゃん……ふふ……恥ずかしくなかった? 『俺だろ?』って言った時」

「……」


長谷川に改めて言われて、どっと恥ずかしさがこみ上げてきた。

確かに自意識過剰な言葉である。


「……いや、お前それは……恥ずかしいに決まってるだろう」

「だよね、すごかったよ玉ちゃん、そんなこと言うの……ふふふ……恋愛漫画とか恋愛映画のキャラだけだよ……ははは」

「……お前、笑い過ぎだぞ」


長谷川はとうとう腹を抱えて笑いだす。

ここにきて、俺は恥ずかしさよりも笑われている怒りの方が勝ってきた。そもそも俺が恥をさらした原因はこいつなのである。


「はは、ごめんごめん」


憮然としている俺に、長谷川が笑いながら謝った。

謝っているやつの態度ではない。

俺はそんな長谷川の事を見ていて、さらに怒りの感情が湧き出て……はこなかった。むしろ逆だ。今までの怒りの感情が静まり、安堵感が湧き出てきた。


だって、こいつのこの反応、明らかに俺が的外れな回答をしたことへの爆笑ではないか。どうやら俺は盛大な勘違いをしていたようだ。長谷川は俺が好きだということではないらしい。


「もういい加減、笑うのは止めろ」

「あ、怒った?」

「別に怒ってない」

「優しいねえ、玉ちゃん」


優しいとかではなく、本当に怒っていないのだ。

肩に重くのしかかっていたプレッシャーから解き放たれた感覚。むしろ、俺の気分は、晴れやかだと言ってもいいかもしれない。


「面倒くさいからもう帰るか」

「あ、帰っちゃう?」

「ああ、体育祭もこの後なんかやるわけでもないだろう」

「そうだね~」


晴れやかな気分になった俺は、もう学校の行事はどうでもよくなっていた。今日はパーッと遊びたい気分だ。それこそ、またこいつと二人きりでカラオケ店に行ってもいい。


「じゃあラブホ行こうか」

「……え?」

「だからあ、学校サボってラブホ、一回やってみたかったんだよねえ、そういうの」

「……意味がわからん……」


軽く混乱している。なぜ俺が長谷川とラブホに行かなくてはいけないんだ。それではまるで……


「クイズにちゃんと正解したのに、何でわからないの?」

「……え、お前のクイズに俺は正解していたのか……?」

「そうだよ」


長谷川がニヤニヤと笑いながら、立ちあがると、しゃがんでいる俺の前に仁王立ちになった。


「い、いや、だって俺が答えた時、あんなに大笑いしてただろうが……」

「だって玉ちゃんがすごい切羽詰った顔で言うんだもん、もっと決め顔で言って欲しかったな~、絶対格好良いよ、その方が」


……なんだ、それは!?

混乱する俺をよそに、俺の真ん前にきていた長谷川が、座って目線の高さを俺に合わせた。


「それとも玉ちゃん、ここでやっちゃう?」

「は、はあ?」

「一度やってみたかったんだよね、学校で」


こいつはいろんなところでやりたがるな、まるで男子高生だ。いや、この世界の女子高生だと、標準的な発想か。


「さあ、玉ちゃん、エッチしちゃおう」

「エ、エッチしちゃおう、じゃない……俺は……」

「玉ちゃんの気持ちはわかってるって、私の事嫌いじゃないんでしょ? 嫌いな女の子と誰もいないところで二人きりでこれないし」

「……」

「あのカラオケ店の時から色々考えてたんだよね~、やっぱり私達って色々と相性良くない?」

「……」

「だ・か・ら、ここで恋人になっちゃって、さらに恋人になったから改めてエッチもしちゃおうってこと」

「は、長谷川、落ち着け……」


長谷川は上の体操服を脱ぎ捨てる。


「玉ちゃん奥手すぎるからねぇ、私がちゃんとリードしてあげるから、安心して?」


長谷川が体操服の下を脱いだ。


下着一枚になった長谷川は、俺を抱きしめる。良い匂いが、俺の鼻に届く。

そして耳元で優しく呟いた。


「玉ちゃん、好……」




そこで俺の意識は覚醒した。


「うおっ!?」

「え!? ど、どうした玉ちゃん」


叫び声を上げながら、勢いよく目覚めたせいで俺は椅子から転げ落ちた。何事かと隣にいた長谷川と周りにいるクラスメイトの男子たちがこちらを見る。


「……は、長谷川……」

「お? おう……どうした?」


俺の目の前にいるのはギャル男の長谷川だ。見た目は完全に男である。


「お、お前……」

「な、なんだよ、どうした? 嫌な夢でも見たのか……?」

「夢……そ、そうか、ああ、そうだ……」


俺はかぶりを振って立ち上がり、椅子に座った。

そう、あれは夢。それもとても奇妙な話……女体化した親友が俺に迫ってくるなんて、そんな他人にも言えない馬鹿な話だ。


「変な体勢で寝てたせいだ、おかしな夢を見た」

「そ、そっか……」


長谷川は様子のおかしい俺に引いている。

ふと、俺の鼻に嗅いだことのある匂いが漂った。


「こ、この匂い……」

「匂い?」


夢の中で、間近に迫ってきた長谷川から嗅いだ匂い。その匂いを感じたのだ。


「……ああ、もしかして俺の香水か?」


長谷川が自分の腕の匂いを嗅ぐ。


「こ、香水? お前そんなもの付けてるのか?」

「この前に美姫から誕プレでもらったやつだ、おそろいの香水なんだってよ、てか玉ちゃん気付くの遅くね? ヒロミなんて今朝すぐに俺の匂いに気付いたぜ」


……なるほど、恐らくそれが原因であの変な夢を見てしまったのだろう。

寝ている時に嗅いだ香水と、寝る直前まで長谷川としていた会話、この二つが俺の夢で妙な融合をしてしまい、結果としてあの悪夢を引き起こしてしまったのに違い。

……そういうことにしておいてくれ、マジで。


「……はあ、騒がせたな」

「マジで驚いたぜ、玉ちゃん寝起き悪すぎだろって思った」

「……もう、その話は止めよう」


これ以上、あの夢の中の話を思い出したくはない。あの夢の中で、俺は大切な何かを失っている気がするのだ。


「そうか? そんなら……あ、そうだ玉ちゃん、体育祭さ、もう俺らやることねえじゃん?」

「……ああ」

「だからさ、もうサボんねえ?」


俺は長谷川の顔を見る。


「な、なんだよ、玉ちゃんの真顔怖いんだからあんまりジッと見るなよ……」

「……トイレ……」

「え?」

「……小便をしてくる」


俺は立ち上がった。

一旦トイレの洗面台で顔を洗って落ち着こう。まだ何か、夢の中の出来事を色々と引きずってしまっている気がする。


「あ、じゃあ俺も行くわ」

「……え?」

「えってなんだよ、俺も小便行くぞ」

「……俺に着いてくる気か?」

「おう」


夢がフラッシュバックした。


瞬間、俺は長谷川の体操服の上を力任せにめくった。


「え、え、ええ!? い、いきなりなにしやがるんだ、玉ちゃん!?」

「確かめさせろ! お前男だよな!?」

「は、はあ!?」


必死に抵抗する長谷川を力でねじ伏せ、俺は長谷川の胸を確認した。

良かった。ブラジャーはつけていない。薄い胸板だ。


……いや、待て、夢の中の長谷川の胸も薄かったぞ。


「こっちも確かめさせろ」

「えええ!? ちょ、ちょ、ちょっと待って、そこはマズイ!」


俺は長谷川のハーフパンツに手をかけて、そのまま下そうとした。

長谷川も、それだけはなるものか、と必死にハーフパンツをおさえる。


「なんだ、玉ちゃんホモか!?」

「ホモじゃない! お前がどんなパンツを履いているか確認するだけだ!」

「ホモじゃねえか!」


それから数秒後、俺の『現実確認』は無事に完了した。


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