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体育祭 借り物競争(秋名)

昼休みが終わるころ、私は午後の競技が始まる前に教室に戻った。

スマホを取ってくるためだ。騎馬戦と同じ間違いは犯さない。午後の始めのプログラムは応援合戦。玉城先輩の応援団姿を『夜に活用』するためにきちんと撮っておかないと。


「あ、アッキ―、今からご飯?」

「お、ミッチー」


教室に戻る廊下で、ミッチーこと、吉川美智子にすれ違った。多分ミッチーは教室でお昼ご飯を食べていたのだろう。


「ううん、スマホ取りに行くだけ、次の応援団に向けてね」

「あ、そういうの……」

「ミッチーはご飯食べてきたんでしょ?」

「私も違うよ、点数表いじってただけ」


点数表というのは、校舎のベランダに掲げられている白組と紅組の点数表の事だろう。そういえばミッチーは体育祭実行委員だった。


「ちなみに今どっち勝ってる?」


別にどっちが勝っても私に何かあるわけじゃないし、どうでもいいんだけど、何となく聞いて見た。


「うーん、ギリ紅組かな? でもすぐに逆転できると思うよ」

「なるほどね~」

「……あ、そうだ、もう午後だし情報解禁しちゃおうかな……」


ミッチーが思いついたように言う。

情報解禁ってなんだろう。体育祭実行委員で何か隠している情報があるのかな。


「なに、何か気になる単語ですよ、ミッチーさん、情報解禁とは?」

「うーん、でもやっぱりやめとこうかしら、実際にやってみて驚いてもらった方が……」

「ちょっとちょっと、そこまで言っといてそれは無しでしょ、教えてよ」

「……誰にも言わない?」

「言わない言わない」


私は調子よく頷いた。面白そうな話だったら、咲ちゃんくらいには話しちゃうかもしれないけど、そのあたりはミッチーも織り込み済みだろう。


「実はですね~、午後の競技では色々とサプライズが用意されているのですよ」

「サプライズ……もしかして、秘密の競技が開催される的な?」

「違う違う、プログラムは普通のままで、競技そのものにちょっと手を加えてるの」

「……具体的には?」


私が聞くと、ミッチーはふふっと笑い、こちらの耳に顔を近づけた。


「実はね、男の子と触れ合えちゃう感じにしてるの」

「え、詳しく」


ミッチーは辺りを見渡して、さらに声をひそませる。


「もとは女子の体育祭準備委員長の発案なんだけどさ……午後の競技で、それぞれ全学年の一つずつ男女で触れ合える競技をやろうって話になったの、それで、こういうの秘密にしとかないと、なんか苦情とか来るんだってさ」

「あー、聞いたことある、そういう話、モンペってやつでしょ?」

「そうそう、それでね、実際に何やるかっていうと、まず二年生の障害物は『女子運び』っていう女子を運ばなきゃいけない障害物をやることになったの」

「『女子運び』……運ぶってのはつまり?」

「もちろんお姫様抱っこでしょ、もしくはおんぶ」

「お~」


それはかなり接触ポイントが高い。しかも二年生は玉城先輩がいるし、二年の女子はかなり羨ましいぞ。


「ただまあ、さすがにちょっとハードル高いなって話になって、二人三脚でもオッケーってことになったの」

「ああ、だいぶ下がるね、それ」


二人三脚とお姫様抱っこじゃあかなり違う。絶対にお姫様抱っこの方が良い。

でも確かにお姫様抱っこのハードルが高いのも事実だ。それこそ玉城先輩クラスのセクハラに鈍感な人じゃないと、お願いしてもやってくれないだろう。


「あと三年生の競技でムカデ競争ってのがあるわけ」

「うん」

「それを男女混合でやるの」

「え、その場でチーム決めってこと?」

「うん、名簿を読み上げて、その場でチーム決めるの」


すごい気合が入っている。その女子の体育祭実行委長の男への飢えが伝わってきた。


「でもミッチー、正直私が聞きたいのはそこじゃないのよ」

「分かってるって、私達一年に何のサプライズがあるか、でしょ? ……まあ、ぶっちゃけるとそこまでじゃないよ、二、三年ほどじゃない」

「え~、聞く前から盛り下がる事言わないでよ~」

「まあまあ……一年のサプライズは借り物競争ね」


借り物競争。午後の競技で一年生が最初にやる競技だ。


「借り物競争でなにやるの?」

「借り物の中に『ナイスバディな男子』を入れるの、ナイスバディな男子と触れ合える機会が増えるよ」

「……うーん」


確かに事前にミッチーから言われていたように、二、三年に比べてインパクトが薄い。触れ合えるっていうか、知り合える機会が増えそうだ。だけどそれだけだし、もっと身体的な接触が貰える『サプライズ』が欲しかった。


「ちなみに、それも毎回入っているわけじゃなくて、数レースに一個の割合で入っているらしいよ」

「はあ……そうですか……」


追加情報のおかげで、私は余計にテンションが上がらない。

ミッチーもため息をついた。


「まあ仕方ないよ、私が再来年に体育祭実行委員長になったら、もっとすごいこと企画するから、その時を楽しみにしてて」

「おお~、いいね、ミッチー」


ミッチーも健全な女子として、男子に興味深々なのだ。是非ミッチーには有言実行、マニフェストを全うしていただきたい。


「あ、そうだ、特別にアッキ―にだけ教えてあげる」

「なに?」

「『ナイスバディな男子』が書かれている厚紙の目印、もし引きたかったら、それで引いてね」

「……うーん、一応聞いておきますか」


もしそんなのを引けば、一目散に玉城先輩のもとに行って、あの人を連れて行くだけだ。


「長方形の紙のうち、対角線の二つの角がそれぞれちょっとずつ折れてるの」

「オッケー、対角線の二つの角が折れてるのね」


まあ参考程度ってとこで。先輩と一緒にゴールがしたくなったら、それを引くって感じでいいか。



そして、借り物競争が始まる直前。

私はなんとしてでもあの『ナイスバディな男子』の厚紙を引かなければならなくなった。

心変わりの理由? 学ラン姿の先輩に抱っこしてもらうために決まっているじゃないか。先輩の男らしい応援団姿が見えた応援合戦もさることながら、その次に行われた障害物走がすごかった。

まさかの俵担ぎしまくり。これでもかというほどの女子へのサービス精神。

普段の先輩は、セクハラとか鈍感だけど、サービス精神は薄い人なのだが、そんな私のイメージが覆ってしまうほどのホスピタリティを見せてくれた。


これはイケる。

私は直感した。おそらくいま先輩は、かなりテンションが高い状態なのだろう。体育祭というお祭り行事に合わせて気分が高揚しているに違いない。

それならば、あの厚紙を手に入れ、『借り物』を借りるという名分を利用し、抱っこ的な何かをお願いすれば、私にもしてくれるんじゃないだろうか。


やっぱりやってもらうとすれば、お姫様抱っこだ。夏休みが始まる直前の終業式の日に、先輩にお願いしてやってもらったが、あの大切に包み込まれる感触は今でも忘れられない。先輩の太い腕の中なら、あの体勢のままでも安眠できる自信がある。ただ、これはちょっと断られる可能性もある。なにせ頼んだあの時、先輩から「スクールセクハラ」を理由に一度断られているのだ。一応、その後ちゃんとやってくれたのだが……なんだかその時の様子もおかしかったし、女の子に対して鈍感な先輩でも、お姫様抱っこには抵抗感があるのかもしれない。


お姫様抱っこがダメそうな場合は、おんぶで妥協しよう。おんぶも前にやってもらった。あの時は私が足を怪我し、それを見かねた先輩が怖い顔をしながらやってくれたのだ。

「走ってたら足くじいちゃいました……」的な事を言って、足を引きずりながら先輩のもとに行けば、高確率でやってくれるだろう。

ただ、この足くじき作戦には一つの難点がある。私はこの数競技後に行われる組対抗のリレーの選手なのだ。この時に足をくじいておきながら、リレーの時に快走をする私を見て、先輩が「騙した報復」をしてくる可能性は0ではない。


一応、先輩が先ほど散々みせてくれた俵担ぎというのも選択肢にはあるが……これは別にいいかな。私の先輩の仲だもん。先輩と初対面の女子たちは、俵担ぎという形で苦しさを我慢しながら先輩の大きな肩を満喫することに甘んじていたけど、私と先輩の親密さだったら、もっと上を目指しても大丈夫なはずだ。


「はっちゃん、さっきから何か考え事でもしてるの?」

「え? ああ、分かる?」


隣にいる咲ちゃんに話しかけられた。どうやら顔に出ていたようだ。


「うん、ずっと変な顔してたよ」

「……」


咲ちゃんは本当に何気なくこういうことを言う。


「咲ちゃん、ちなみに借り物競争のことで、ミッチーから何か聞いてた?」

「ミッチー? ううん、何も聞いてないよ、何かあるの?」

「なんでもないよ~、お互いに頑張ろうね~」

「……?」


どうやら、ミッチーは本当に私にしか『サプライズ』の件を話していないのかもしれない。

咲ちゃんにも教えてあげようかと思ったが、やっぱり止めておこう。咲ちゃんは自分自身の不用意な一言を呪うといい。女同士の友情というのは簡単に壊れるものなのだ。


いぶかしむ咲ちゃんを放っておいて、私は席を立った。すでに借り物競争への誘導が始まっている。




『続いての競技は、一年生による借り物競争です、生徒の皆さん、保護者の方々、もし借り物を頼まれた時は、快くご協力お願いいたします』


アナウンスで呼びかけが入り、とうとう借り物競争が始まる。私は自分と走る他のメンバーを確認した。全員私より遅い。これなら私が一番で借り物が書かれた厚紙の場所まで到達できるだろう。


「位置について……ヨーイ、ドン!」


最初の一列目が走り出した。

借り物競争は男女別で走る。うちのクラスの男子が最初の走者だ。

私は厚紙を拾い上げた男子たちの様子を注視する。もしかしたら『ナイスバディな男子』を拾った人がいるかもしれない。


それぞれ散らばって、借り物を求めている中、私は一人の男子の動きが目に止まった。二年の生徒席に向かい、そこで玉城先輩と何やら話し始めているのだ。

あの男子は……山口君。うちのクラスの女子を『猿』を見るような目で見ている男子だ。女子に対して当たりがきついから、可愛い系だけどあんまり人気はない。私はああいうスレンダー体型は対象外だから、もともと眼中にないけど。


先輩が生徒席をかき分けて山口君のもとに行く。


山口君はなにやら親しげに玉城先輩と話している。もしかして二人は知り合いなのかもしれない。もし知り合いというのならば意外な取り合わせだと思う。女子に対して潔癖な山口君と、女子に対して鈍感な玉城先輩、この二人に気が合うとは思えないんだけど。


先輩がいきなり、山口君を肩で担いだ。

山口君が驚いたようにジタバタしている。


もしかして、借り物に運び方の指示までされているのか……? 一瞬、そんな疑問が浮かんだが、すぐに先輩が山口君を下したので、考えを改めた。もしかしたら、あれは先輩なりのボケなのかも。先輩はこの体育祭で完全に『俵担ぎキャラ』を確立しているのだ。

やはり、いつにもまして、先輩のテンションは高いと見た。これはお姫様抱っこもいける、かも。


急に山口君が走り出した。先輩も慌てて後に続く。

やはり、山口君が『ナイスバディな男子』を引いた可能性はある。なぜなら、他の生徒はほとんどが物を持っている中、山口君だけが『人』を連れているのだ。


二人がゴールをするところまで見届けてから、決心した。やはり、お姫様抱っこをお願いしてみよう。



それから順番は進み、とうとう私の番になった。

気合は充分、私は一人だけクラウチングスタートの体勢をとる。私のレースに『ナイスバディな男子』の厚紙があるかどうかはわからない。だが、もし仮に置いてあるとすれば、まず何よりも私が最初に取らないと意味がないのだ。


ピストルの音が鳴った瞬間に私は飛び出した。

完璧なスタートをきってから、私は独走状態で厚紙地帯まで来る。

さあ、対角線に折り目が付いた厚紙を手に取ろうとして……私は止まった。

何かどれもそれっぽいのだ。今まで男子たちにさんざん使われていたせいだろう。折り目が至る所についている。判別が出来ない。


私は焦った。こんな事態は想定外なのだ。早く見つけないといけない。でもどれが目的の物かわからない!


後ろを見る。クラスメイトの女子たちが走ってきた。せっかく急いだのにこれじゃあ無意味だ。

私は仕方なくやまを張ることにした。自分の運を信じて、目についた厚紙を手に取り、それをひっくり返す。

そこに書かれていたのは、


『ナイスバディな男子』


私は勝った。運命の女神が私に微笑んでいるに違いない。

さて、後はもう、やることは一つ。


「せんぱーい、玉城せんぱーい」


私は玉城先輩に向かって走り出した。


「秋名!」


私に呼び掛けられ、先輩も立ち上がると、生徒席をかき分けてこちらに来る。


「俺に借り物か」

「先輩にっていうか、先輩が借り物ですね」


他の人たちのように、鉢巻きやら靴下やらではない。先輩そのものが借り物だ。


「俺か、わかった、行くぞ、秋名」

「あ、待って下さい、ちょっとお願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「お姫様抱っこで運んでほしいです」

「なに?」


よし、言ったぞ。勢いそのままに。後は先輩が優しく私を運んで……


「秋名、そのお姫様抱っこっていうのは借り物の紙に書かれてるのか?」

「え?」


くれなかった。まさかの普通にツッコまれるとは。

私は厚紙を見る。当然のことながら、お姫様抱っこの指示なんてない。


「……はい、書かれてます」


私は嘘をついた。

ちょっと雲行きが怪しいぞ。やはり先輩でもお姫様抱っこのハードルは高かったのかもしれない。


「……ちょっとその紙に何が書かれてるか見せて見ろ」

「いや、ちゃんと書かれてるんで大丈夫です」


中身を確認されるわけにはいかない。お姫様抱っこの指示が書かれていない事に加えて、ここに書かれているのは『ナイスバディな男子』だ。普通の男が見たら気を悪くするかもしれない内容である。

無論、玉城先輩がそこら辺に鈍感なのは知っているが、それでもお姫様抱っこを拒否した先輩のことだ、この文言を見て怒り出さないとは断言できない。


「なら確認しても問題ないだろう?」

「あー、そういう発想ですか? そういう発想も有りですね……でもまあ、今は確認しなくてもいいんじゃないですかね、そういう、今は確認しないっていう発想もありだと……」


私は何とか煙に巻いてこの場をしのごうとした。

しかし、先輩の目は冷静である。


「貸せ、秋名」

「あ、ちょ、ちょっと先輩……」


玉城先輩に厚紙を強引に取り上げられた。

中身を一読し、顔をしかめる先輩。

……こいつはヤベエ……


「……秋名、お前な……」

「……いやあ、待って下さい、先輩、これは良い意味でナイスバディって意味ですよ、決して変な意味でのナイスバディじゃないです、むしろこれは褒め言葉ですよ、私が思うに先輩以上にスタイルの良い男子なんてなかなかいません、本当に事務所を選べばモデルなんかもやれちゃうんじゃないかって思う程で……」


私はさらに言い訳を重ねる。

言い訳をする時にとにかくたくさん喋るのは私の癖だ。

先輩が呆れるようにため息をついた。


「やっぱり、お姫様抱っこなんて書かれてないぞ」

「あ、そっちですか!?」

「なんだ、そっちって」

「……いやあ、てっきり『ナイスバディ』の方に引っ掛かったのかと……」


先輩が肩をすくめる。

どうやら、先輩はいつもの、女に鈍感なままのようだ。


「それじゃあ行くぞ、秋名」

「は、はい……お姫様抱っこは?」

「……まったく、俺も結構疲れてるんだからな」

「ここは一つ……最後の気力を振り絞っていただく形でお願いします!」

「お前は……」


私の図々しいお願いに、先輩は呆れた顔をする。


「……仕方ない、やるぞ」

「わーい!」


先輩は面倒くさそうにしながらもオーケーしてくれた。それでこそ私の知っている女に都合がいい……じゃなくて、女に優しい先輩である。

先輩が私を抱き上げた。生徒席から歓声が聞こえてくる。男子は単純に面白がっているのだろうが、女子からはやっかみも入っているだろう。だが、残念だ。先輩の体力はこれで打ちとめらしい。他の女子にこの栄光が回ってくることはないだろう。


私は勝ち誇りながら、先輩の首に手を回した。


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