体育祭 障害物走(ヒロミ)
チアリーダーとしての僕の仕事は終わったけど、いまだに僕はチアリーダーの格好をしたままだ。なんでも三ツ矢先生の思いつきだそうで、応援団とチアリーダーはその格好のまま午後の競技も参加するらしい。
この日差しが強い中で、学ランを着せられたままの玉ちゃんは、殺意のこもった目をしながら、三ツ矢先生に恨み言を言っていたけど、僕的には結構嬉しかったりする。
僕自身がミニスカノースリーブの涼しい格好をしているおかげで、すごしやすいということもあるけど、男子の学ラン姿はいわゆる眼福ものなんだ。
「それでは障害物走を始める前にですね、男女で別れて下さい、まず最初に男子が走ります、女子はこっちに来てください」
体育祭実行委員に指示をされ、僕ら女子はトラックの内側、グラウンドの中央に集められる。
「えっと……練習で障害物走をやったと思うんですけども……」
確かに障害物走は男女合同の体育の事業で練習をした。平均台、網くぐり、パンくい走の三つだ。実際にいま、それらの障害物を実行委員のメンバーがコースに配置している。
「今回はサプライズの障害物として、さらにもう一個、障害物が追加されます」
なんだろう。難しいものじゃないといいけど……というか、コースの方を見ているけど、三つの障害物以外に設置している様子がない。
「えっと、『女子運び』という障害物です、みなさん、男子に運ばれて下さい」
実行委員の言葉に女子たちから、オー、という歓声が上がった。
僕も小さく歓声を上げる。これはちょっと嬉しい。運ばれるってことは、おんぶとかお姫様抱っことか、そういうのをしてくれるってことだと思うし……
そこまで考えて、以前、終業式の日に、保健の先生に言われたことを思い出した。
男子への抱っこやおんぶの強要は、セクハラになる可能性があるって。
嬉しい気持ちと同時に不安な気持ちが襲ってくる。これでセクハラ云々言われたらどうしよう……いや、でも、体育祭の競技だし、男子たちも大目に見てくれるかな……?
「まあ多分、二人三脚とかになると思うので、あまり大きな期待はしないでください」
体育祭実行委員に付け加えられ、他の女子は落胆の声を上げるが、僕だけはホッとしていた。二人三脚なら大丈夫だろう。
「えっと、それではもうそろそろレースが始まるので、順番にコースに入って下さい、そして、ゴールし終わったらまたここに戻ってきてください」
二年の女子が列になる。僕の順番はまだちょっと先だ。
誰と二人三脚になるんだろう。知り合いだと気楽なんだけど。幸い、僕は男友達は多いから、同じクラスの男子とかだったら問題なく二人三脚は出来ると思う。
そんなことを考えているうちに順番はどんどん進んでいき、あっという間に僕の番になった。
レースを走る男子を見ると、ちょうど僕のクラスの男子の番だった。全員顔見知り……というか、ハセと玉ちゃんがいる。
玉ちゃんはとても目立っていた。応援団の服を着て、スタンディングでスタートを待つ姿はなんだか凛々しくて格好良い。気持ち顔がいつもより厳めしく見えるけど、今の応援団の格好ならそれくらいが逆に映える。
「位置について……ヨーイ、ドン!」
パンッ
ピストル音ともに、一斉に走り出す。最初は横一列だったけど、すぐに一つ目の障害物の平均台で差がついた。
玉ちゃんが露骨に遅い。慎重すぎるくらいにゆっくりと平均台を渡っている。
あの大きな身体でちまちまと歩く姿はなんだか可愛い。生徒席のみんなも、学ラン姿の玉ちゃんの、そんな動きがツボに入ったらしく、声援が飛んでいる。
『えっと、ゆっくりと歩いている最下位は応援団の……誰ですか? あ、玉城君、玉城君が最下位です、頑張ってください』
「がんばれー! 応援団!」
「急げ、ビリだぞー、応援団!」
声援……まあ、声援だ。軽くからかってるようにも聞こえるけど、多分、みんな頑張ってほしいって気持ちはあると思うし。
玉ちゃんは慎重に平均台を歩き終え、ようやくスピードアップ……しかけて、またすぐに障害物で減速した。
今度の障害物は網くぐり。すでに玉ちゃんは最下位だが、この障害物でさらに差が開きそうだ……
僕の予想通り、玉ちゃんは網くぐりにも悪戦苦闘していた。必死に前に進もうとするが、網に押さえつけられていて、上手く前に進められない。
網に捕まった猛獣……なんて、すごい失礼な想像をしてしまった。でももがきながら進む玉ちゃんはまさにな感じなのだ。
応援席のみんなも玉ちゃんのそんな様子に受けている。僕はなんだかいたたまれなくなって、玉ちゃんに声援を送った。
「玉ちゃん、頑張れー!」
これでもチアなんだから、玉ちゃんをしっかり応援しないといけない。
玉ちゃんは四つ這いで網の中を潜り抜け、今度はパン食い走だ。
ここは難関らしく、玉ちゃんよりも早く抜けた男子も手間取っている。
そんな難関をいち早く抜けた男子が僕らの『女子運び』ゾーンまで来た。
ハセである。
「お、ヒロミ」
「ハセ……」
「悪いな、速度重視だ」
「え?」
ハセは僕と同じくコースに出ている一人のクラスメイトの女子に声をかけると、鉢巻でその足を結び、そのまま二人三脚で駆けだした。
そういえば、あの女子はハセと二人三脚のペアだった。速度重視ってそういうことだったのか。
まあいいや、とにかく今は玉ちゃんを応援してあげないと。
「玉ちゃん、頑張って~」
しかし、驚くことに、玉ちゃんはパン食い走を速攻でクリアした。背が高くてジャンプする必要がないことが幸いしたらしい。
玉ちゃんがこちらを見た。僕と目があう。その瞬間にカッと目を見開くと、僕に向かって走り込んできた。
「た、玉ちゃん、頑張っ……」
僕の目の前にきた玉ちゃんは、咥えていたアンパンを僕に押し付ける。
「え、これ……?」
「お前にやる」
「あ、ありがとう……」
この後、僕も同じ競技をやるのだから、アンパンは手に入るのだけど……でも玉ちゃんがくれると言うのなら、ありがたくいただいておこう。
「それで、ヒロミ! お願いがあるんだが!」
「な、何?」
「お前を運ばせてくれ!」
「ぼ、僕!?」
目の前に来たから、もしやと思ったけど、まさか本当に僕と組むつもりだったなんて。
でも、正直、僕も玉ちゃんと二人三脚を組みたかったから、望むところだったりする。
「べ、別にいいけどさ……」
「いいんだな!?」
「う、うん、いいよ……」
玉ちゃんが中腰になった。鉢巻で足を結ぶのかな、と思ったが、なんだか様子がおかしい。
「ヒロミ、暴れるなよ、危ないからな」
「え?」
玉ちゃんがそのまま右肩を僕のお腹にくっつけて、僕の膝の裏に手を回した。
な、何をするんだろう、と思った矢先、玉ちゃんはゆっくり立ち上がる。足が急に地面から離れ、危ういバランスに思わず、もがいてしまった。
「え、ちょ、ちょっと玉ちゃん!?」
「暴れるな、危ないから」
「ご、ごめん……」
僕はもがくのを止めた。
ちょっと怖いけど、ここは玉ちゃんを信頼して身を預けるしかない。
それにこれはいわゆる俵担ぎというやつだ。他の男子たちはほとんど二人三脚を選択していたけど、どうやら玉ちゃんは本当に『女子運び』をやるらしい。体格の大きい玉ちゃんだからこそ出来ることだと思う。
本音を言うと、もし運んでくれるのなら、お姫様抱っことかおんぶとかが良かった……のだけど、こんなのでも一応運んでもらっていることには変わりない。二人三脚でなく、これをしてもらえるだけでも幸せ者だと思わなくては。
「ヒロミ、結構揺れるだろうけど、許してくれよ」
「わ、わかった……」
玉ちゃんが走り出す。
玉ちゃんの身体が上下に揺れ、僕のお腹にも振動が伝わってくる。痛いとは言わないけど、ちょっと苦しいかもしれない。二人三脚と俵担ぎ、どっちがいいかと言われると、人によって意見の分かれるところだと思う。
『おおっと、応援団の玉城君、すごい運び方で走っている! 女子を担いでいます!』
アナウンスが煽り、生徒席からひときわ大きな歓声が上がった気がした。女子を俵担ぎにして走るなんて、まず玉ちゃんにしかできないだろう。
『玉城君、物凄い勢いです、二人三脚をしている白組の男子に迫っています』
僕は玉ちゃんの進行方向とは逆の方を向いているせいで、状況はよくわからないけど、多分、二人三脚の白組の男子というのはハセの事だろう。
横を見ると、いつの間にか、ハセの背中が見えていた。
どうやら玉ちゃんは、先行していたハセに追いついたらしい。
そしてハセの背中が玉ちゃんの後ろに来た時、玉ちゃんが減速した。
振動も緩やかになり、止まる。
ゆっくりと僕は降ろされた。
「すまん、大丈夫だったか、ヒロミ」
「だ、大丈夫……じゃないかも……」
僕はお腹をさする。ちょっとお腹の中がビックリしている感じだ。男の子に運ばれるのは嬉しいけど、俵担ぎはもう一度お願いすることはないかも……
「すまん、本当にすまん」
「う、うん、いいよ別に……」
玉ちゃんが眉を八の字にして、心配そうに僕のお腹を覗き込むと、僕のお腹を擦る手の上に自分の手を置く。
本当に心配なのだろう。玉ちゃんがサービス満点だ。
「ち、ちくしょう、そんなのありかよ、玉ちゃん……」
息を切らせながら、ハセが声をかけてきた。
「ヒロミ、本当に悪かった……お詫びに長谷川が放課後に何か奢るからな」
「え、俺が!?」
玉ちゃんのムチャブリに、ハセが驚いたところで、体育祭実行委員が僕たちに声をかけてきた。
「……あの、すみません……次のレースをやりたいので、はけてほしいんですけど」
ゴールのすぐ先のコース上でグダグダやっていたから邪魔になっているらしい。
「ヒロミ、大丈夫か? 歩けるか? 抱っこするか?」
「だ、だっこ!? ……い、いや、歩けるから……」
「そうか、無理するなよ」
「う、うん……」
だっこという言葉に一瞬誘惑されそうになったけど、僕はそれを振り払った。こんなところで抱っこなんて……してほしいけど、でもさすがに人の目もあるし……
玉ちゃんに付き添われながら、僕はコースからはけた。