体育祭 応援合戦(ヒロミ)
スカートを履く、というのは久しぶりだ。
ヒラヒラのプリーツスカート姿の自分はなんとも見慣れないもので、違和感しかない。
……これ似合ってるのかな……?
体育館の小さなトイレの鏡で確認しながらスカートをつまむ。
玉ちゃんから誘われて、ハセに勧められて、流れるようにチアリーダーとなった。二人とも似合うって言ってたけど……僕的にはいまいちピンとこない。
「姫野君は、今日はトランクス履いてきたかな?」
「え?」
後ろを見ると、いつの間にかトイレに入ってきていた紅組のチアリーダーのまとめ役、小川キャプテンが僕のスカートをめくっていた。
「何やってるんですか、キャプテン?」
「姫野君がトランクスを履いてきたかチェックしようと思ってね」
「履いてきませんよ」
「惜しいね、履いてきてくれたらみんな喜ぶのに」
みんな、というのは他のチアリーダーたちの事だろう。
そういうのは嬉しいものだろうか。僕は別に女子がトランクス履いてきてもそんなに嬉しくないけど。
「トランクスがダメならボクサーでもオッケーなんだけど、いっそブリーフとかでもオッケーね」
「履きません」
僕がきっぱりと断ると小川キャプテンが肩をすくめた。
「姫野君ってオンナノコキャラだと思ってなのになあ……」
「そんな変なキャラじゃないです」
多分、小川キャプテンが言った「オンナノコ」とは、「雄んなの子」の事だろう。見た目は男の子だけど、性別が女性のキャラの事だ。アニメや漫画やゲームだと、必ずと言っていいほど一人はいるキャラである。
「それに、雄んなの子だったらチアリーダーじゃなくて応援団の方に行くと思いますよ」
「だよね、姫野君がリアル雄んなの子だったらよかったのにね、それでうちじゃなくて応援団の方に行ってくれれば……」
小川キャプテンが無念そうにつぶやく。僕はムッときて言い返した。
「じゃあ僕、チアリーダーを抜けましょうか」
「ああ、それはダメね、姫野君が一番踊れてるから、三年だったらセンターだったよ」
あっけらかんとした小川キャプテン。
そんなふうに言われると、照れが先行して不機嫌な気持ちが引っ込んでしまう。
小川キャプテンいわく、僕のチアは上から三番目、とのことだ。
二番目は副キャプテン。一番うまいのは当然ながら小川キャプテン本人である。
小川キャプテンは紅組のチアの中で一番の小柄だが、そんなハンディをものともしないくらい動きに躍動感があって、チアが上手い。なんでも一年の頃から体育祭のチアをやっているそうで、去年まではチア部創設のために尽力していたそうだ。
ただ、見た目こそツインテールの可愛い女の子なのだが、中身は平気で人のスカートをめくる悪戯好きのおばさん女子である。
「あと、その姫野君っていうのもちょっと止めてほしいんですけど」
「え、今さらじゃない? 私、練習始まってからずっと姫野君って呼んでるよ?」
「そうかもですけど……キャプテンのせいでチアのみんなが僕の事を君付けで呼ぶんですが……」
「君付けも似合ってるから大丈夫大丈夫」
大丈夫じゃない。最近、みんなが僕を見る目がおかしいのだ。本当に「男子がチアの格好している」みたいな扱いになりつつあって、貞操の危機とまでは言わないけど、なんか告白されそうな空気が出ている。それもこれも先輩の度重なる悪戯と、君付けで呼ぶせいだ。
「とりあえず、衣装合わせはオッケーだね? まったく、一人だけトイレで着替えたいなんてわがまま言うんだもん」
それには異論がある。僕だって本当はみんなと同じく体育館で着替えたかった。でもさっきのとおり、僕を見る目がちょっと気になって一人だけトイレで着替えたのだ。
「早くみんなのところ行くよ? 彼氏も待たせてるみたいだし」
「ハセは彼氏じゃありません」
「あ、やっぱりそうなんだ、良かった、姫野君に彼氏とかいたら興ざめだし」
「どういう意味ですか、それ……」
僕と小川キャプテンがトイレからでると、他のチアのみんなは、ハセと楽しそうにおしゃべりをしていた。
ハセは、今日、チアの衣装合わせがあることを伝えると「そんじゃ見学するか、暇だし」と軽く返事をして、放課後、僕についてきたのだ。
チアのみんなは、僕がつれてきたギャル男に、最初こそちょっと戸惑っていたけど、ハセが持ち前のコミュ力を発揮したおかげで、すぐに打ち解けた。
「はい、姫野君の準備も出来たし、練習再開だからね」
小川キャプテンの掛け声で、壇上に座っているハセを囲むようにしていたチアのみんなが散らばるように定位置についた。
「小川先輩、ボタン押していいっすか?」
ハセが体育館の檀上にあるCDプレイヤーの再生ボタンに指を置く。「ただ見学するのも暇だろうし、再生ボタンを押す係やってね」と小川キャプテンがハセに任命してから、今日はずっとハセがCDプレイヤーを操作している。
「いいよ、押して」
「了解っす」
小川キャプテンがこちらに向き直った。
「それじゃあ本番と同じ感じで通しで行くよー? チアに大切なものはー?」
「笑顔です!」
キャプテンの問いに僕たちは声を揃えて答える。
このやりとりは、通し練習を始める前に必ずやる、ルーティーンみたいなものだ。僕を含めたチアリーダー未経験者が、まず最初に教えられたのがこれである。
CDプレイヤーから、BGMが鳴り始めた。
「……今日の練習はこんなものかな、じゃあ解散ね」
キャプテンに言われ、みんなその場でチアの制服を脱ぎ始めた。
僕も着替えようとトイレに行こうとしたその時、
「ヒロミ、着替える前にちょっとその格好、玉ちゃんに見せねえ?」
「え?」
「玉ちゃん見たがってたべ?」
確かに玉ちゃんはチアリーダー姿が似合うと言っていた。
「玉ちゃんも応援団で残ってるらしいからな、それ見せてから帰ろうぜ」
「……この格好、変じゃないかな?」
いずれはみせなくてはいけないんだけど……僕的には、いまいち自分のスカート姿がしっくりこなくて、あまり乗り気になれない。
「似合ってるだろ、さあ行こうぜ」
「ああ、待ってよ、ハセ」
ドンドン歩いてしまうハセの後に小走りでついていった。
応援団の練習も終えたようで、玉ちゃんはちょうど校門から出るところだった。
「おい、玉ちゃん」
ハセに声をかけられて玉ちゃんが振り向いた。
「長谷川……それに、ヒロミ……」
「玉ちゃん、帰るんなら一緒に帰ろうぜ」
「ああ……ヒロミ、その格好……」
玉ちゃんが僕の格好を上から下まで、穴が開くように見つめる。
「……どうかな? ハセは似合ってるって言ってくれたんだけど……」
「すごいな、ヒロミ……」
「すごいってどういう意味?」
「すげえだろ、玉ちゃん、ヒロミがまるで女みたいだぜ……痛てっ、何で叩くんだよ!」
ハセは玉ちゃんの言葉に同調したはずなんだけど、なぜか玉ちゃんはハセの頭をはたいた。
「……とにかくヒロミ、すごいぞ」
「えっと、褒められてるってことでいいのかな……?」
玉ちゃんは大きく頷く。
よかった。これで玉ちゃん的にいまいちだったら、チアリーダーをやった意味がなくなってしまうところだ。
「応援団の方は衣装合わせしないの?」
「俺以外はしているぞ」
「なんだ、玉ちゃんだけハブられてんのか」
「俺のだけは自前だ、サイズが無くてな」
どうやら玉ちゃんは中学校時代の制服を引っ張り出してくるらしい。それは楽しみだ。玉ちゃんの応援団ってだけでも十分な一大イベントなのに、そこからさらに中学時代の格好が見られるってことでさらに楽しみが上乗せされた。
それから、ハセが僕に悪戯して、なぜか玉ちゃんがマジギレするっていうちょっと不思議な出来事があったけど……とりあえず、僕らは三人でいつも通り帰ることにした。
チアリーダーの服から制服に着替えて、ハセから貰った(もともと玉ちゃんに奢ってもらったものだけど)から揚げを食べながら駅への道を歩いていると、唐突にハセが声を上げた。
「あ」
「どうした?」
「俺、今日バイトだった」
「はあ?」
玉ちゃんが呆れたような声を出す。
「普通忘れるかバイトなんて?」
「いや、うちの店長がさあ、シフト以外にもバイト頼んでくる人なんだよ」
「なんだそれ」
僕はピンときた。
「臨時ボーナス1000円?」
「そうそれ!」
以前、ハセと秋葉原に遊びに行く計画を立てていたのだが、その時も臨時ボーナス1000円にハセが釣られてドタキャンされてしまったのだ。
「つうわけで、ちょっとバイト行ってくるわ」
「おう」
「ヒロミも来るか? 前に来たいって言ってただろう?」
「ああ、うん……」
以前、ハセに何のバイトをしているのか聞いた時、「コスプレとかの服を扱ってる店」と説明された。ちょっと興味をそそられ、機会があったら行ってみたい、と申し出ていたのだ。
「玉ちゃんも来るか?」
「お前のバイト先にか? ……いや、止めとくわ」
「そっか、じゃ行こうぜ、ヒロミ」
「うん……」
玉ちゃんはハセの誘いをあっさりと拒否した。秋葉原を気に入っていた玉ちゃんの事だ、もしかしたら「コスプレ屋さん」も興味あるかもしれない……そう思ったけど、応援団の練習で疲れているかもしれないし、無理に誘うのは止めておいた。
それから、体育祭の日まではあっという間だった
やはり、大舞台を前にすると、時間の流れが早く感じる。気が付けば午前の部はもう終わっていた。
午後の部の最初のプログラムは応援合戦である。つまり、この昼休みが終わればすぐだ。
「ヒロミ、玉ちゃん見なかったか?」
お昼ご飯をどこで食べようかと思っていると、両手に缶ジュースを持っているハセに話しかけられた。
「ううん、知らないよ」
「マジか、人をパシらせておいて放置とかありえねえな」
「たまちゃんのパシリやってたの?」
「そうだ、ほれ、ヒロミの分」
「え? 僕の分?」
「玉ちゃんから午後からの激励だとよ」
僕のために玉ちゃんが気を使ってくれたらしい。ありがたく、そのジュースを受け取った。
「せっかく玉ちゃん用にメチャクチャ振ったコーラも用意したのによ……」
「そういうことをすると、絶対あとが怖いよ」
「へへ、あとが怖くて悪戯なんかできるか」
「……もう」
それから僕たちで、生徒席や、普段玉ちゃんが昼ご飯を食べている部室練を見て回ったのだけど、玉ちゃんはいなかった。仕方なく、僕らはそのまま教室に行ってお昼ご飯を食べることにした。
お昼休みももうそろそろ終わりといった頃、玉ちゃんが教室に現れた。
「おい、玉ちゃん!」
「うん?」
僕が教えるまでもなく、ハセは教室に入ってきた玉ちゃんをすぐに見つけ、玉ちゃんに向かって怒鳴った。
「どうした、長谷川」
「どうした、長谷川……じゃねえよ! 俺にパシらせときながら、どこに行ってたんだ!」
「……あ」
玉ちゃんはすっかり忘れていたようで、すぐに頭を下げた。
「すまん、長谷川、後輩の家族と一緒に飯を食っていた」
「はあ!?」
「パシらせていたことをすっかり忘れていた」
「いや、マジでありえねえから! せっかくジュース買ってきたのに玉ちゃんいねえでやんの、そんでヒロミと俺で探したんだからな」
「ヒロミもすまなかった」
「ううん、僕は別にいいんだけど……」
玉ちゃんは謝る時に変な言い訳をしない。そこは本当に男らしいと思う。
「……ていうか、あんまり玉ちゃんも悪く思わなくていいと思うよ」
潔い玉ちゃんに免じて、僕も真実を告げよう。
「どういうことだ?」
「だって、ハセが玉ちゃんに渡そうとしていた缶ジュース、よく振った炭酸のやつだったし」
玉ちゃんがハセを睨みつける。
「い、いや……まあ、ちょっとギャグをな? やろうとしただけで……待てって、俺が責められるよりも、まずは玉ちゃんが俺の事を忘れていたことを反省すべきだろ!」
「それはもう謝った」
「え、あ、そ、それはそうだけど……」
「それよりも俺に悪戯を仕掛けようとしたことの方が問題だ」
「け、結果的に失敗してんだから、い、いいじゃん……」
玉ちゃんに追い詰められていくハセ。ハセは裏切り者め、とこちらを睨むけど、これでお相子だと思う。
「長谷川……」
「よし! わかった! お互い無しにしようぜ!」
ハセは誤魔化すように大声で言うと、玉ちゃんの肩をバシバシと叩く。
僕は話題を変えるために玉ちゃんに話しかけた。
「玉ちゃん、教室に何しに来たの? もうお昼食べ終わったんでしょ?」
「ああ、午後の準備だ」
玉ちゃんは応援団用の学ランを自前で用意していたはずだ。つまり鞄に入っている学ランを回収しに来たということだろう。
「ああ、応援合戦だったな、ヒロミも準備すんのか?」
「うん、もうそろそろ行こうと思ってたんだ」
着替えの時間を込みで考えれば、もう行かないといけない時間だ。
玉ちゃんは、教室のロッカーに入っている鞄を引っ張り出すと、中から学生服を取り出した。
「あ、学ランじゃん、そういや玉ちゃんの服は自前だっけ」
「おう」
玉ちゃんは空いている机に学ランを置くと、そのまま体操服を豪快に脱いだ。
僕はすぐに顔を背ける。玉ちゃんは時々こういうことをやらかす。この教室には他にも女子がいるのに、本当に刺激が強すぎるから止めてほしい。
「た、ま、ちゃーん?」
「うん? ……な、何すんだよ」
「何回言えば分るんだよ、女子の前で着替えんなっつの」
僕は二人から顔を背けているからよくわからないけど、声だけ聞くに、ハセが玉ちゃんの頭をはたいて説教しているらしい。
「玉ちゃん、いつも俺にヒロミの事を女扱いしろって言うくせに、自分がしてねえじゃねえか」
「そうだな……悪かった、ヒロミ」
「い、い、いいよ別に……気にしないで……」
僕は頭をかいた。正直、玉ちゃんのやらかしはご褒美でもあるから、全然悪い気はしていない。
「あ、そ、そうだ、僕も着替えなきゃいけないんだった……じゃあねえ、玉ちゃん、ハセ、僕もう行くから……」
「お、おう、また応援合戦の時に会おうぜ」
「そんじゃあな、玉ちゃんは俺が叱っとくからよ」
「はは……」
僕はそそくさと教室を出た。
廊下で呼吸を整えると、小走りでチアの集合場所に向かう。
「よし、全員準備万端ね……て言っても、まだ時間あるんだけどね」
時刻は昼休みが終わる直前。紅組チアの集合場所である下駄箱の前で、小川キャプテンが腕を組みながら僕たちを見渡した。
これから本番ということで、みんな軽く緊張している。
僕はというと、緊張と同時にちょっとそわそわしていた。グラウンドの方をチラチラと見る。これから白組の応援団があるのだ。応援合戦をする順番的にそれを見る時間くらいあるかなって思ったけど、ここにいたのでは見えっこない。
「……まあとりあえず、白組の応援団くらいは見る時間あるかもね、見たい子は見てきていいよ、見終わったら実行委員のテント前にきてね」
僕はキャプテンの言葉に頷くと、いの一番に駆けだした。
生徒席に着いて、そのまま座った。
ちょうど白組の応援団の応援が始まるところだ。
「おうヒロミ、どうした、チアは?」
「白組の応援団は見てもいいってキャプテンに言われたの」
「へえ、じゃあ一緒に玉ちゃんの勇姿を見ようぜ」
玉ちゃんはちょうど僕ら二年生席の真ん前に立っていた。どっしりと構えていて、あまり緊張している様子も見られない。三年生に勝るとも劣らない大物感が出ている。
「……スマホ、持って来ればよかったなあ……」
せっかくの玉ちゃんの応援を、カメラにおさめられれば良かったんだけど、スマホをもったままチアなんかできないし、スマホは教室に置きっぱなしだ。
「あれ、ヒロミ、持ってねえの? 俺持ってんぜ」
ハセの方を見ると、確かにハセは自分のスマホを持っていた。
これぞ天の助けだ。ハセと友達でよかった。
「ハセ、スマホ貸して!」
「え? ああ、いいけど……」
僕はスマホのカメラをムービーモードにして玉ちゃんに向ける。この映像は永久保存版になるに違いない。
「そんな撮るようなもんか? やっぱり女子って応援団好きなんだなあ……」
「ちょっとゴメン、ハセ、黙って」
僕は自分の口に人差し指を立てた。スマホを貸してもらったので、ハセには感謝しているけど、今は撮影に集中したい。
「……お前、目が怖いぞ……」
ハセが呆れたような声を出したが、僕はそれすらも無視して、玉ちゃんの撮影に集中した。
「白組のー! 応援はー! 以上!!」
「オス!!」
白組の応援団が応援を終えた。僕はカメラを置いて拍手をする。
「ハセ、ハセ、玉ちゃん格好良かったね!」
「お、おう、お前さっきからずっと興奮してるな……」
これは興奮しちゃうよ。女子なら誰だって。玉ちゃんの雄々しい姿はとってもセクシーだったもの。
『白組応援団のみなさん、ありがとうございました、続いて、紅組の応援に入ります』
さて、僕ももう行かなくちゃいけない。
「ハセ、スマホありがとう、あとでその撮ったムービー僕のスマホに送っておいてほしいんだけど……」
「わかった、やっとくから行って来い」
「うん、本当にありがとうね」
僕は再度お礼を言うと、生徒席を立った。
「よーし、応援団の男子の姿を見て元気になったかな?」
出番前、テント前に改めて集合した紅組チアメンバーに、小川キャプテンが笑顔で声をかける。心なしか僕の方を見ている気がした。
「さあ、本番だね、今日のためにやってきたんだから、後は練習通りやるだけだよ!」
「はい!」
「よーし、行ってみよう! チアに大切なものはー?」
「笑顔です!」
『続いて、紅組のチアリーディングです』
丁度のタイミングでアナウンスが入った。
小川キャプテンを先頭に、僕たちは笑顔でグラウンドに入る。
キャプテンの言っていた通り、この日のために頑張ってきたんだ。精一杯やりきろう。
「はい、みんなお疲れ様だったねー!」
チアを終え、グラウンドの端まではけると、小川キャプテンがみんなに声をかけた。
やりきった充実感で、みんな顔は昂揚している。
「それでさ、ちょっとみんなにお願いなんだけど……私にとっては今年で最後だし、記念にみんなで撮影したいと思うんだ、どう?」
小川キャプテンがみんなに呼びかけた。僕らの答えは決まっている。
「いいと思いまーす」
「うん、私も撮りたかったし」
「誰かカメラ持ってない?」
満場一致で賛成だ。小川キャプテンは中身こそ悪戯おばさんだけど、みんなのまとめ役として慕われている。僕だって、小川キャプテンの事は好きだ。悪戯は嫌だけど。
「あ、もしかして写真撮ります?」
ここにはいないはずの男子の声。みんなが振り返るとハセと応援団姿の玉ちゃんが立っていた。
「おお、この前の……長谷川君、と?」
「玉城です」
玉ちゃんが軽く会釈をする。
「俺、スマホを持ってますから、写真撮って送りますよ」
「長谷川君、グッドタイミングじゃーん、ちょうどいいね」
「玉ちゃんたちどうしたの?」
「お前に会いに来たんだ、記念に写真でも撮ろうと思ってたんだが……先にそっちで撮ってくれ」
小川キャプテンが頷く。
「よしみんな、並んでー!」
小川キャプテンの号令で、みんなで整列する。
ハセが並んでいる僕たちにスマホのカメラを向けた。
「撮っていいすか?」
「オッケーだよ、みんな、写真で大切なものはー?」
「笑顔です!」
パシャリ
いつもの掛け声に、タイミングバッチリでハセがシャッターを押した。
「撮れましたよ」
「ありがとうね、メアド教えるからそこに送って」
「分かりました」
「それじゃあお返しにこっちもそっちを撮ってあげるよ、姫野君の写真撮りに来たんでしょ?」
「あ、悪いっすね」
ハセがスマホを小川キャプテンに渡す。
「ほら、姫野君、三人並んで」
「は、はい……」
今度は僕がハセと玉ちゃんのもとに移動した。
ハセと玉ちゃんに挟まれるように並ぶ。
「……うーん、何か並んで立ってるだけだとかたいね、もっと気軽な感じで写ろうよ……そうだ、三人で肩とか組んでみたら?」
「え、そ、それは……」
キャプテンの提案に僕は戸惑ったけど、しかし、ハセが僕の右肩に手を置いた。それを見ていた玉ちゃんも左肩に手を置く。
仲が良いとはいえ、両隣の男子に肩を組まれて写真を撮るなんて、なんだかすごい状況になってしまった。
チアのみんながこちらをみてニヤニヤしたり、羨ましそうな顔をしている。
「はい、行くよー、写真に必要なものは?」
「え、えっと……」
「笑顔でーす」
小川キャプテンがチアの呼びかけをしてきたので、戸惑ってしまったが、ハセが間髪入れずに答えたので、思わず吹き出してしまった。
隣の玉ちゃんからも吹き出す声が聞こえた。
パシャリ
「はい、撮れたよ、見てみて」
小川キャプテンから渡されたスマホを見てみると、ニッコリ笑顔のハセと、微笑を浮かべている玉ちゃんと、吹き出した笑顔を浮かべてしまっている僕がいた。