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体育祭 応援合戦(玉城)

そろそろ昼休みが終わり、午後の部が始まる。

俺は午後の用意をするために、加咲一家と秋名一家に別れを告げ、教室に向かった。


教室の中には、何人かのクラスメイトたちが昼食をとっていた。保護者達とご飯を食べない場合は、普段と同じくここで食べるのだ。


「おい、玉ちゃん!」

「うん?」


教室で昼飯を食っていたらしい長谷川が、いきなり俺に向かって怒鳴ってきた。

長谷川はムスッとした顔をしながら、こちらにズンズンと歩いて来る。その隣には、苦笑いを浮かべているヒロミも一緒だ。


「どうした、長谷川」

「どうした、長谷川……じゃねえよ! 俺にパシらせときながら、どこに行ってたんだ!」

「……あ」


そういえば、昼休みに入ってすぐ、二人三脚の「負けた方がパシリ」の約束を果たさせるため、長谷川にジュースを買ってくるように頼んでいた。俺はすっかりそのことを忘れていた。


ただ、言い訳をさせてもらうのなら、俺の方にもいろいろあったのだ。

アナウンスで呼び出され、何事かと思ったら麗ちゃんが不審者扱いされていたり、その後加咲一家のシートに招待されて、父親の正さんと結婚前の舅と婿の会話みたいなのをやったり、秋名のお母さんがすごく若かったり……


これだけのことがあったんだから忘れてしまうくらいは仕方ない事じゃないか。


……なんて言い訳ができるわけないので、俺は素直に長谷川に謝った。


「すまん、長谷川、後輩の家族と一緒に飯を食っていた」

「はあ!?」

「パシらせていたことをすっかり忘れていた」

「いや、マジでありえねえから! せっかくジュース買ってきたのに玉ちゃんいねえでやんの、そんでヒロミと俺で探したんだからな」


なんと、長谷川だけならまだしもヒロミにも迷惑をかけてしまったのか。


「ヒロミもすまなかった」

「ううん、僕は別にいいんだけど……ていうか、あんまり玉ちゃんも悪く思わなくていいと思うよ」

「どういうことだ?」

「だって、ハセが玉ちゃんに渡そうとしていた缶ジュース、よく振った炭酸のやつだったし」

「……」


どういうことだ、と長谷川を睨みつける。


「い、いや……まあ、ちょっとギャグをな? やろうとしただけで……待てって、俺が責められるよりも、まずは玉ちゃんが俺の事を忘れていたことを反省すべきだろ!」

「それはもう謝った」

「え、あ、そ、それはそうだけど……」

「それよりも俺に悪戯を仕掛けようとしたことの方が問題だ」

「け、結果的に失敗してんだから、い、いいじゃん……」


長谷川はたじろいだ。形勢が逆転した。


「長谷川……」

「よし! わかった! お互い無しにしようぜ!」


長谷川は誤魔化すように大声で言うと、俺の肩をバシバシと叩く。

俺たちの様子に、やっぱり苦笑いを浮かべていたヒロミが口を開いた。


「玉ちゃん、教室に何しに来たの? もうお昼食べ終わったんでしょ?」

「ああ、午後の準備だ」


俺が教室に戻ってきたのは、長谷川に謝るためでも謝られるためでもない。午後、一番初めにやるプログラム、応援合戦の準備をするためだ。


「ああ、応援合戦だったな、ヒロミも準備すんのか?」

「うん、もうそろそろ行こうと思ってたんだ」


ヒロミもチアリーダーの格好に着替えなければならないだろう。俺が応援団の格好(詰襟の学ラン)に着替えなくてはいけない様に。


俺は、教室のロッカーに入っている鞄を引っ張り出すと、中から学生服を取り出した。


「あ、学ランじゃん、そういや玉ちゃんの服は自前だっけ」

「おう」


応援団の制服である学ランは、本来は学校側が貸し出してくれるのだが、あいにく、図体のデカい俺に合うサイズがなく、俺だけは自分の中学時代のやつを持ってくることになっていたのだ。


時計を見る。もうそろそろ集合の時間だ。応援合戦は、まず最初に応援団がやり、次にチアリーダーのチアリーディング合戦をやる。応援団は昼休みが終わる前くらいに集合がかかっているのだ


俺は体操服の上を脱いだ。


「た、ま、ちゃーん?」

「うん?」


俺が振り返ると同時に、長谷川に頭をはたかれた。


「な、何すんだよ」

「何回言えば分るんだよ、女子の前で着替えんなっつの」


長谷川はヒロミを親指で指しながら言う。


ヒロミは恥ずかしそうに顔を背けていた。


またやってしまったか。この癖はなかなか抜けない。この貞操観念が逆転した世界では、男子高生の着替えは女子高生の着替えと等しい価値を持つ。つまりは、異性であるヒロミにとって、俺の生着替えは目に毒なのだ。


教室を見渡せば、何人かの女子生徒が昼飯を中断してこちらを見ていた。


俺はとりあえず、素早くワイシャツを羽織り、前のボタンを閉める。


「玉ちゃん、いつも俺にヒロミの事を女扱いしろって言うくせに、自分がしてねえじゃねえか」

「そうだな……悪かった、ヒロミ」

「い、い、いいよ別に……気にしないで……」


ヒロミは照れたように頭をかく。


「あ、そ、そうだ、僕も着替えなきゃいけないんだった……じゃあねえ、玉ちゃん、ハセ、僕もう行くから……」

「お、おう、また応援合戦の時に会おうぜ」

「そんじゃあな、玉ちゃんは俺が叱っとくからよ」

「はは……」


ヒロミは照れ笑いを浮かべながら、そそくさと教室を出た。


「玉ちゃん、ちゃんと反省しろよ?」

「分かってるって」


あとでヒロミにフォローをしなければならないな……と思いながら、俺は体操服のズボンに手をかけて、降ろそうとした。


「だから止めろっつの!」


またも長谷川に頭をはたかれる。

長年の癖というのはなかなか抜けないものだ。




教室では着替えられないので、男子トイレで着替え、教室に戻ってきた。


「どうだ?」

「おー……いいんじゃね?」


まあ変ではないだろう。だってこの格好で中学校に通っていたわけだしな。しかし、二年経って改めて着てみると、詰襟が少し苦しい。俺の身体はまだ大きくなっているのだ。


「でもなんかちょっと暑苦しそうだな」

「実際暑いぞ」


今日は日差しが強い晴天、午後になってもその天気に陰りは見えない。おかげで全身真っ黒のこの格好は『着るサウナ』と言っても過言ではないのだ。

まだ教室にいる段階でこの暑さ、果たして炎天下で応援合戦をしたらどれほど暑くなってしまうのか。応援団の成功以前にそこが気になってしまう。


「玉ちゃん、記念に一枚撮らせてくれ」

「うん? そんな撮るようなものか?」


こんな格好、別に珍しいものではないだろう。だって学ラン着てる俺だぞ?


「いいから撮ろうぜ、美姫も見たがってたからな」

「ミキティーが?」

「おう、玉ちゃんが応援団やるって言ったら『ウケる、写真をラインで送って』って言われてさ」


それは見たがっているというか、バカにするために送ってほしいのではないか?

まあいい、別に変な格好をしてるわけじゃない。堂々と写真に写ればいいのだ。


「おい、誰がスマホ操作してくんねえ?」


長谷川が教室にいるクラスメイトに呼びかけた。


「そんなの頼まなくてもお前が写せばいいだろう」

「それじゃあ俺が写らねえじゃん、玉ちゃん自撮り棒とか持ってないべ?」


どうやら、こいつは俺とツーショットを撮りたいらしい。男とツーショットというのは……まあ、これも記念か。


「あ、私、撮ろうか」

「お、悪いな、委員長」


名乗り出てくれたのは教室で女子グループと昼飯を食べていたクラス委員長だ。さすが委員長を務めるだけあって面倒見が良い。普段は花沢の影に隠れてるけど。

委員長が長谷川に渡されたスマホを構える。


「それじゃあ撮るから並んで」

「おっし、こんなもんか?」


長谷川が俺の横に来ると、俺の肩に手をかけた。


「はい、チーズ」


カシャリ、とスマホが鳴った。


「どんなもんだ?」


長谷川が委員長からスマホを受け取って確認する。


「いい感じじゃん、早速美姫に送るわ」

「ねえ、それでさ、長谷川君……」

「うん?」

「ついでに私達も撮っていい?」


委員長が流し目でこちらを見ながら長谷川に聞いている。

撮っていい……その言い方だと、まるで委員長も俺と写真を撮りたがっているようだ。


「あん? いいんじゃね、スマホ貸してくれ」


長谷川が委員長からスマホを受け取ると、俺に向けた。


「みんな、いいってさ、撮ろう?」


委員長が声をかけると、委員長たちと一緒にいたグループの女子たちがこちらに来た。


呆気にとられる俺をよそに、その女子たちは俺の周りに来ると、スマホに向かってそれぞれピースサインをする。


「そんじゃあいくぞ~、はい、チーズ」


長谷川はカシャリと撮って、そのスマホを委員長に返した。


「ありがとうね、長谷川君……あと、玉ちゃん君も、ありがとう」

「お、おう……」


嵐のように現れた委員長たちの女子グループは、ささっと引き上げていく。


「……おい、長谷川」

「おん? なに?」

「今、俺は……女子と写真を撮られたのか?」

「……? いや、そうだろ?」


あっという間の出来事で呆気にとられてしまった。


「女子に写真を撮るのをせがまれたのは、初めての経験だった」

「へえ、そうなのか」


女子と一緒に写真を撮った経験はある。ヒロミや秋名とだ。ただ、ヒロミはあの場の流れで撮ったものだし、秋名とツーショットは心霊写真を撮るためのものだ。『俺と撮ること』が目的とした写真撮影は初めての経験だろう


「長谷川」

「あん?」

「俺は今……モテてたか?」

「あー……そうじゃね?」


やはりモテていたか。

モテたい、という不純な動機で始めた応援団だったが、その効果はてきめんだったようだ。この強面と図体のデカさでモテとは無縁の人生を歩んでいた俺に、初めてモテ期がきたのである。

俺はグッと拳を握った。


「……玉ちゃん、何やってんだ?」

「いや、何でもない」


感無量で思わずガッツポーズをしてしまっただけだ。


「長谷川、それじゃあ俺は行ってくるぞ」

「おう、席で応援してやるからな」


応援団を応援するとは何ともヘンテコな話だが、長谷川が俺を激励していることはわかる。

俺は長谷川に拳を向け、教室を出た。




応援団の集合場所である、校庭のテント前まで来た。

他のメンバーはすでに集まっている。俺が最後だったようだ。


「すみません、遅れました」

「いや、時間はピッタリだ、遅れてはいない」


学ラン姿の遠藤先輩は、その厳つい見た目から『番長』と言っても遜色ない格好である。


「よし、これで全員そろったな……いいか、俺たちが今まで頑張ってきたのは今日、この日のためだ!」


遠藤先輩がその野太い声で俺たちを鼓舞する。


「午前最後の競技の騎馬戦で勝ったおかげで、リードを取られていた白組はほぼタイまで持ち直せた、ここから午後に向けて俺たちの応援で一気に逆転させるぞ!」

「はい!」


俺たちは口をそろえて返事をした。

さすが応援団長だ。人を熱くさせるのが上手い。


「それでは応援団の合戦を始めますので、グラウンドにお願いします」


実行委員に声をかけられ、俺たちはグラウンドに向かった。



グラウンドで定位置につく。

応援団のメンバーは十一名、団長と副団長と太鼓をたたく役が最前列、その後ろに四人ずつで前列と後列の二列を作る。俺は前列の左から二番目だ。ちょうど目の前が二年の生徒席である。長谷川は俺の事を見ているだろうか。


『これから白組紅組による応援合戦を始めます、まずは白組からです』


応援の順番は、最初に白組応援団、次に紅組応援団。そしてチアリーディングは順番が逆になり、ヒロミの紅組チアリーダー、白組のチアリーダーとなる。


遠藤先輩が大きく口を開いた。


「勝利は白組にあるー!! フレーー! フレーー! し、ろ、ぐ、みー!」


野太い声に、無理をして大きな声を出したせいで、多少のかすれが入っている。かなりのハスキーボイスだ。俺は練習で何度も聞いているから何を言っているかはわかるが、多分、よく聞き取れない人もいるんじゃないだろうか。


まあでも、こういうのは気持ちの問題だ。遠藤先輩のこの勇姿を見れば、熱い応援をしているのはわかるだろう。


「フレ!! フレ!! 白組!! フレ!! フレ!! 白組!!」


遠藤先輩の気合の入った応援の後に続く形で、俺たちも両手を伸ばしながら応援をする。

ここら辺の一糸乱れない動きは嫌という程練習した。おかげで完璧な動きが出来ただろう。


「続いて……さん、さん、なな拍子ー!!」

「オス!」


太鼓がドンドンドンと叩かれ、俺たちは空手の押忍の構えをとる。


ドン!


太鼓のリズムに合わせ、俺たちは前方に正拳突きをした。


ドン!


二度目の太鼓は身体を右に向け、正拳突き。


ドン!


三度目では180度回転し、左に向けて正拳突き。


一拍おいてから、


ドン ドン ドン! 


俺たちは身体を右に向け、太鼓のリズムと同じリズムで三回正拳突きをする。


ドン ドン ドン!


次の三度の太鼓の音とともに、身体を反転させ、左を向いて三回正拳突き。


ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン!


そして、七拍子目、正面を向いて七回の正拳突きだ。


ここまで終えて、生徒席からまばらな拍手が出た。しかし、これで終わりじゃない。むしろここからが本番だ。


ドン、ドン、ドン!


先ほどより明らかに速い速度で三回の太鼓が叩かれる。当然俺たちは、素早く右を向いて太鼓と同じリズムで三回の正拳突きである。


ドン、ドン、ドン!


休む暇などない。右の正拳突きが終わったらすぐに左だ。


ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!


そして、正面に七回。

もう拍手は起こらない。このあたり、客席もこれから何が起こるのかを察したようだ。


ドンドンドン!


またも太鼓の音。今度は先の二回目よりもさらに早くなっている。


これがこの高校の応援団名物、『連続三々七拍子』。やっていることは同じだが、だんだんリズムがスピードアップしていくのだ。

声を張り上げる必要がない点は楽だが、素早くそしてキレのある正拳突きを、みんなで揃えてやらねばならない点で、声を出すだけの応援の方がはるかにましに思える。練習時間の多くはこれに費やされた。


しかし、練習を頑張った甲斐はあったようだ。俺たちの動きは傍目から見ても素晴らしいものだったらしく、五回目から、またまばらな拍手が起き、六回目からははっきりとほとんどの生徒が拍手をしていた。


ドン!!


六回目を終えたところで、大きく太鼓が叩かれ、俺たちはビシッと止まった。


生徒席の拍手が止んだのを見計らって、遠藤先輩が口を開いた。


「続いて……紅組の健闘を祈ってエールを送る! フレー! フレー! あ・か・ぐ・み!」

「フレ! フレ! 紅組! フレ! フレ! 紅組!」


最後にやるのは紅組へのエールだ。

肺に残っている空気を全てだすつもりで、力の限り声を出す。軽い酸欠で一瞬頭がボーっとしたが、すぐに持ち直した。


「白組のー! 応援はー! 以上!!」

「オス!!」


最後にもう一度、押忍の構えをして、白組の応援合戦は終了だ。


またもグラウンドは大きな拍手に包まれた。


時間にして数分程度の事だが、終わってみた時の達成感はかなりある。これは来年も応援団をやってみてもいいかもしれない。


『白組応援団のみなさん、ありがとうございました、続いて、紅組の応援に入ります』


アナウンスの合図に、俺たちはグラウンドの横にはける。それと入れ違いになるように、紅組の応援団がグラウンドの中央に走っていった。


さて、これで応援団も終わったし、このクソ暑い学ランを脱ごうと思ったが、


「あ、あのすみません、二年生の方は応援合戦のあとすぐ障害物競走があります、その障害物競走は是非、その格好のままで参加してください」


はけた先にいた体育祭実行委員の呼びかけでボタンを外す手を止めた。


「マジで、この格好で参加するのか?」

「は、はい、その方が盛り上がるだろうからって三ツ矢先生が……」


俺が実行委員に詰め寄ると、実行委員はたじろぎながら答えた。


マジかよ、三ツ矢のやつ変な事思いつきやがって……日差しが強い時に学ランを着るみにもなれ。


「いいんじゃないか、玉城、良く似合ってるし、実際盛り上がるだろう」

「は、はあ……」


遠藤先輩に声をかけられるが、この人は三年生だから所詮他人事である。というか、もうすでにこの人は学ランを脱いでしまっているし。


全く、やってられん。俺は肩をすくめて学ランを着たまま生徒席に戻った。




生徒席に着くと、俺はドカリと椅子に座る。


「玉ちゃん、お疲れ」

「おう、疲れたぞ」


隣に座る長谷川に声をかけられ、俺も軽く返した。


「つうかそれ着替えねえの?」

「次の障害物走はこの格好で走るはめになった」

「マジか、大変だな」


ヘラヘラと笑う長谷川を横目に、俺はグラウンドを見た。

グラウンドではすでに紅組の応援が始まっている。


「これが終わったら、今度はチアの応援か」

「おう、さっきまでヒロミがここで見てたんだぜ? 会わなかったか?」

「会ってないな……とすると、行き違いか」


会えなかったのは残念だ。あのチアリーダー姿はいつみてもいいものなのに。

まあ、本番のチアを見て楽しませてもらおう。


それから紅組の応援団を眺めた。俺からしてみれば80点といったところだ。やはり紅組の団長には遠藤先輩のような気合が足りない。あと三々七拍子の動きもズレが結構ある。応援団の応援合戦は白組の勝利と考えていいだろう。


『続いて、紅組のチアリーディングです』


さあ、やっとヒロミのチアリーディングが見れる番だ。


ポンポンを振りながらチアリーダーたちがグラウンドの真ん中に走り込んできた。


ヒロミのポジションはちょうど俺たちの真ん前にきている。これはラッキーだ


スピーカーから音楽がかかる。チアリーディングは、応援団と違って音楽とともに踊るようだ。

リズミカルな洋楽が流れ、紅組のチアリーダーたちが踊りだす。

両手のポンポンを左右に振りながら、全身でリズムをとるように動く。


ポンポンのダイナミックな動きに目がいきがちになるが、小さくジャンプをしたり、軽く腰を振ったりなど、キュートな振り付けにも目を引く。

なによりも、常に笑顔を浮かべたままダンスをしているところに、可愛らしさと、そしてほのかなエロスを感じた。

そして、ヒロミに注目をしてみると、やはり他のチアリーダーたちと比べて動きにキレがある気がする。たくさんの練習をこなしたに違いない。


「クソ……スマホを持って来ればよかった」


俺は悔やんだ。

もし今この手にスマホがあれば、この様子を撮影できたのに。麗ちゃんはこの様子を撮っているかな? 昼休みが始まってすぐだし、駅前のレストランから帰ってこれたかは微妙なところだ。


「玉ちゃん、スマホ持ってねえの?」

「持ってない、教室だ」

「俺、持ってんぜ」

「なに!?」


長谷川の方を見ると、確かにその手にスマホを持っている。ここに持ってきても、今後の競技の邪魔になるだろうに、コイツは……いや、今はこの不真面目な態度に助けられた。


「長谷川、それ貸してくれ」

「玉ちゃんもかよ、別にいいけどさ」


長谷川からスマホを借りると、ムービーモードにして、カメラをヒロミに向ける。


丁度BGMもサビに入ったところで、チアの動きも激しくなる。腕の振りも激しく、ジャンプもダイナミックに。そしてさらに、大きくハイキックをした。


「おお~」


思わず感嘆の声が出てしまった。

下にアンスコを履いているとわかっていても、ミニスカートがめくれるハイキックというのは男心を熱くさせるものだ。


それからチアリーダーがグラウンドの中央に集合すると、真ん中で踊っていた小柄な女子が肩車され、その周りに集まったチアリーダーが、その肩車をしている女子に向かってボンボンを振った。そして、音楽が終わる。


生徒席から拍手があふれた。俺ももちろん拍手をする。


長谷川のスマホのカメラをきった。ばっちりムービーに撮れたし、早速この動画を俺のスマホに送らなければなるまい。


「すごかったな、長谷川」

「ああ……何かめっちゃ興奮してたな、玉ちゃん」


あれを見て興奮しない男子がいるのか。

いや、この世界の男子なら、そこまで興奮はしないのかもしれないな。


「似た者同士ってやつか?」

「似た者同士? 誰と誰がだ?」

「こっちの話だ、とりあえずヒロミのとこいかね? ヒロミのチア姿も写真に撮ってやろうぜ」

「そうだな」


俺は頷いた。

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