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体育祭 昼休み(玉城)

「……本当に玉城の従姉さんで間違いないんだな?」

「はい、島崎麗ちゃ……麗さんです」


テントの中で、俺は三ツ矢に対し麗ちゃんの身元証明をしている真っ最中である。まったくどうしてこうなったのか……



時はさかのぼること数分前。

騎馬戦を終え、ようやく昼休みだと自分の席に戻ったところで、アナウンスが入った。


『二年の玉城君、至急朝礼台横のテントまで来てください、繰り返します、二年の玉城君、至急朝礼台横の……』


「うん?」


最初は聞き間違いかと思ったが、確かに「二年の玉城君」と言っている。この学校の「二年の玉城君」など、俺しかいないだろう。


「おい、玉ちゃん、呼ばれてんぞ」

「ああ……」

「何で呼ばれたんだ?」

「知らん」


隣にいる長谷川に、そっけなく答えた。

心当たりは特にない。無意識に何かやらかしていただろうか。


「あれじゃね? 勝手に騎馬戦の大将を代えたのが問題になったんじゃね?」

「それか? ……いやでも、遠藤先輩が代えたんだぞ? それにアナウンスもされたし……」


アナウンスされたということは、体育祭実行委員会からの承認を得ている、ということだ。騎馬戦が終わった後に問題化されるのは筋違いな気がする。


……いや待て、その騎馬戦の事で、呼びだされる可能性がある出来事が一つあった。

急遽、遠藤先輩から大将を変更され、戸惑いながらも大将として紅組の騎馬と対峙したあの時、馬役になっていた先輩方が、相手の騎馬をビビらせるために、俺についてのあることない事を吹聴したのだ。


確かあの時、俺は「人を殺して今年戻ってきて、また他校の生徒をボコボコにした」とかいう設定になっていた。いくらビビらせて時間を稼ぐためとはいえ、さすがにやり過ぎたと思う。


よくよく考えれば嘘だということは気づけると思うが……もしこのデマが、生徒指導の三ツ矢の耳に入り、三ツ矢が信じてしまった、という可能性も0とは言えない。


だとすると、最悪である。俺は以前も、この隣にいる長谷川によって、悪質なデマを広められ、三ツ矢に呼び出しを食らったのだ。あの時の二の舞は勘弁してもらいたい。


「あと呼び出される原因があるとすれば……二人三脚だな」

「……うん? 二人三脚でなにかあったか?」

「野生のゴリラを連れてきてタッグを組んだ罪だ、えーと、あれだ、ジュンネーブ条約違反だ!」


長谷川がビシリと言った。

多分、ワシントン条約違反と言いたいのだろう。まあ、何にせよ、下らない事を言っている、という事実は変わらない。人の気も知らないでよくもまあこんな能天気なことを……


「……長谷川、とりあえず俺とヒロミの分のジュースを買ってこい」

「え、なんで?」

「二人三脚で負けた方はパシリだろうが」


二人三脚を始める前に、長谷川と賭けをした。順位が上の方が、下のやつに好きな命令が出来る、というものだ。


「あ、それな、忘れてたわ……て、待てよ、なんでヒロミの分まで……」

「午後からヒロミもチアをやるだろう? それの激励のためだ」


昼休みを終えて、午後の部に最初にやるプログラムは応援合戦である。俺は白組応援団として、ヒロミは紅組チアリーダーとして応援合戦を披露する予定だ。


「ああ、そういうことな、わかった、買ってくるわ」


長谷川は校舎に向かって走っていく。


……さて、行かないといけないよな……

俺は気を重くしながら朝礼台の横のテントに向かった。



朝礼台の横のテントに行くと、帽子を被った女性が、三ツ矢の前で縮こまっていた。


「あの、すみません……呼び出されたんですが」

「玉城、ちょっとこっちに来てくれ」


俺が声をかけると、三ツ矢がこちらに気付いて手招きをする。三ツ矢は顔をしかめているが、どうにも様子がおかしい。


「どうしたんですか?」

「この方、知ってるか?」


三ツ矢が目の前にいる縮こまった女性に目を向けた。

いや、知るわけがないだろう、誰だこの人は……そう思って、深くかぶった帽子の中の顔を覗き込んだ。


「え、麗ちゃん!?」

「ご、ごめんね……彰君……」


その女性は、俺の従姉で俺の家に居候している麗ちゃんだった。帽子をかぶり、マスクこそして目元しかわからないが、それでもずっと一緒に暮らしているのだ。間違えるわけがない。


「玉城……知り合いなのか?」

「は、はい、俺の従姉です……」


麗ちゃんが体育祭を見に来るとは知っていたが、なぜこんなところにいるんだ。


「……本当に玉城の従姉さんで間違いないんだな?」

「はい、島崎麗ちゃ……麗さんです」


三ツ矢に強く念を押され、俺は頷いた。


「あの先生、麗さんが何かしましたか?」

「……ずっとビデオ撮影をしていたんだが、その姿があまりにも怪しくて、他の保護者の方からクレームが入った」

「え」


カメラで体育祭の様子を撮っているご家族は他にもいる。にもかかわらず麗ちゃんにクレームが来るということは、相当怪しかったらしい。

今の麗ちゃんの格好は、帽子を目深にかぶり、マスクをしている。そんな人が熱心にビデオを回している姿を想像してみる……確かに結構怪しいかもしれない。


「ビデオを確認させてくださいと言っても、それはできませんの一点張りでな……仕方ないから、親戚だっていうお前を呼んで面通りをしたかったんだ」


ビデオの確認を拒否? なんで拒否したんだ。変なものは撮影していない事を、中身を見せて証明すればよかったのに。


「えっと、島崎さんでよろしいですか?」

「は、はい……」

「いま、不審者が多くて、学校側も敏感になっています、怪しいと思われる行動は慎んでいただきたいです」

「はい……すみません……」

「とりあえず、帽子とマスクは取るわけにはいきませんか?」


麗ちゃんは素直に帽子とマスクを取った。

麗ちゃんは屋外プールでもビキニを着れるんだから、肌を焼く心配とかはしない人のはずだ。

今朝も体調が悪いようにも見えなかったし、なぜ帽子とマスクなんて被っていたのだろうか。


「それでは……もう結構ですので、お戻りになられて大丈夫ですよ」

「はい……」

「えっと……お、お騒がせしました」


従弟として、俺も一応謝っておいた。


テントから出て、麗ちゃんとトボトボと歩く。三ツ矢に怒られて、麗ちゃんはテンションだだ下がりの死んだ目をしている。


「えーと、麗ちゃん……これから俺昼休みなんだけど、一緒にどう?」


こんな状態の従姉を放っておくことはできない。昼は適当に長谷川と食べようかと思っていたが、予定変更だ、麗ちゃんのフォローにまわろう。


「昼休み……そうだね、お昼ご飯……食べようか」

「そうそう、それで撮影したやつ見せてよ」

「……え」


麗ちゃんがギョッとした様子でこちらを見た。


「……? いや、だから色々撮影したんでしょ? それを俺にさ……」

「……あー、実はお昼はレストランを予約してたんだった」

「え? レストラン? どこの?」

「え、駅前のレストラン……」


駅前に予約しなければ入れないようなレストランなんかあったっけ? というか、なんで俺の体育祭を見に来て、レストランの予約なんかしてるんだ。もしかして麗ちゃんって意外とセレブなのか?


「そ、そういうことだから……また午後に……」

「う、うん……」


麗ちゃんはそそくさと……まるで逃げるように去っていく。フォローしようかと思ったが、あの様子ではそれもできなさそうだ。


「あ、玉城さん」

「うん?」


麗ちゃんを見送って、さて自分の飯はどうしようかと思った時、俺は顔見知りの少女に話しかけられた。


「稔……? お前、なんでこんなところに……?」


それは加咲稔、俺の後輩である加咲たわわの妹である。


「それはもちろん玉城さんに会いに来たんですよ」

「いや、そうじゃなくて……今日平日だぞ、学校はどうした?」


稔は中学二年生だったはずだ。今日も学校がある。


「今日は特別な日なので自主的に休むことになりました」

「俺の高校の体育祭が特別な日か? たわわを見に来たわけか?」


たわわが活躍する一大イベント、という捉え方はできると思うが、それにしたって、わざわざ休むようなことでもないと思う。


「それとプラスアルファがありまして、特別な日になりました」

「プラスアルファ……?」

「まあまあ、とりあえず来てください」

「ああ……」


稔に言われるがまま、俺は稔の後に続いた。




生徒席から少し後ろに離れた場所に保護者達がシートを敷いて、お弁当を広げ始めている。

俺はその一群の中で、一年生側の後ろに陣取っているブルーシートに案内された。


「お母さん、見つけたよ」

「そう、それなら……て、え、玉城君?」

「ど、どうも……」


シートに座っていたのは満さんと、見知らぬ男性だ。

その男性は全体的に痩せているイメージで、頬も少しこけているようにも見える。ただ立派な口髭も蓄えているおかげで、貧相な印象は受けない。


「いらっしゃい、玉城君、とりあえず座って」

「あ、は、はい、失礼します……」


満さんに勧められ、俺は靴を脱いでシートに正座で座った。

稔も靴を脱いで俺の隣に座る。


「稔、たわわは?」

「忘れてた」

「……あんたねえ……元々たわわを呼んでくるように頼んだんでしょうが……」

「まあまあ別にいいじゃん、ご飯食べよ~」

「ダメよ、まずたわわを呼んでから、まったく、あんたは……」


相変わらず姉を扱う妹だな……というか、母と娘の二人で会話をしないで欲しいのだが。

先ほどから口髭の男性がこちらをジッと見ている。この人が一体誰なのか、早く紹介してくれ。


俺がチラリと口髭の男性を見ると、男性が口を開いた。


「玉城……彰君ですね?」

「はい? は、はい……玉城彰です……」


丁寧で物静かな口調に、俺はかしこまって答えた。


「初めまして」

「は、初めまして」

「加咲(ただし)です」

「加咲正さん……あの、たわわのお父さんでしょうか?」

「その通りです」


正さんが頭を下げたので、俺もつられて頭を下げた。

確か、単身赴任で家をしばらく空けていたはずだが……この体育祭を機に帰ってきたようだ。稔が言っていたプラスアルファというのは正さんの事らしい。なるほど、確かに滅多にない家族の大集合だ。学校を休むのもやむを得ないだろう。


「話は満さんから聞いています、お店を手伝ってくれたようですね」

「は、はい、アルバイトをやっていました……」


夏休みの期間中だけ、たわわの実家の喫茶店をアルバイトという形で手伝っていた。まあでも夏休みの最初の方と最後の方だけで、ちゃんと手伝えたとは思っていない。


「ありがとうございます」

「どういたしまして……」


丁寧に頭を下げられたので、こちらも頭を下げる。


なんだかこの人と話していると、すごくかしこまってしまう。というか、なんで俺に対してこんな丁寧なんだ。初対面とはいえ、年下なんだし、もうちょっと気軽になってもいいんじゃないか。


「ごめんなさいね、うちの人、誰にでもこんな感じなのよ」

「こんな感じっていうのは……」

「お父さんは私達にも敬語で話しますよ」


俺の困惑を感じ取ったらしく、加咲母娘がフォローをしてくれた。

初対面の俺に対して過度にかしこまっているわけではないらしい。


「玉城君の事は何度か話してたのよ、それでうちの人が玉城君に興味を持ってね、良かったら話し相手になってあげて」

「は、はあ……」


話し相手と言われても、年はかなり離れているし……共通の話題はたわわと、喫茶店の仕事くらいしかなさそうだが。


「ということで、稔、行くよ」

「え~? もうちょっといいじゃん」

「いいから来な」


満さんと稔が立ち上がる。


「え、どこに行くんですか?」

「たわわを探しにね、あの子の分の昼ごはんも作ってきたから」


満さんが指差す先にはバッグに水筒、そして大きな重箱があった。


「あ、じゃあ俺が呼んで来ましょうか? というか、正さんは単身赴任から戻ってきたんですよね? そんなところに俺がいるのもアレですし……」


せっかくの一家団欒に、俺のような異分子がいては、家族水入らずで過ごせないだろう。それにこのまま正さんと二人きりにされても困るし。


「ああ、いいのよ、実はお昼ご飯、玉城君の分も用意してるの」

「え?」

「まあまあ、お父さんと話しててください、私達はお姉ちゃん呼んで来るので」


立ち上がろうとした俺の肩を稔が座らせるように下に押した。


「行くよ、稔」

「はーい」


ちょっと待ってほしい。本当に俺と正さんを二人きりにするつもりなのか。俺は正さんと弾むような会話をやる自信はないぞ。

俺が助けを求めるような目で去りゆく母娘の背中を見るが、母娘はその視線に気づく様子もなく、生徒席の方に行ってしまった。



「……」

「……」


そして残される俺と正さん。

お互いに向かい合っている以上、俺に逃げ場はない。


先に動いたのは正さんだ。彼は大き目の水筒を開けると、バッグから紙コップを取り出してそれに注いだ。

自分で飲むのかな、と思ったが、そのままそのコップを俺に差し出してきた。


「どうぞ、満さんが作ったカフェオレは美味しいですよ」

「え? あ、ありがとうございます……」


俺はそれを受け取り、一口すする。

淹れたてでなくても、満さんのカフェオレは美味しかった。このカフェオレのおかげで緊張状態だった俺の心も、少しほぐれた気がした。


「玉城君」

「はい」

「満さんから聞いています、たわわと仲良くしてくれているようですね」

「……はい、仲良くさせていただいています……」


正さんの柔らかすぎる物腰と、馬鹿丁寧の口調のせいか、なぜか俺は、詰問されている錯覚に陥る。まるで面接官と相対する受験生の気分だ。


「たわわは……良い子です」

「はい、俺もそう思います」


俺は大きく頷いた。

たわわは良い子だ。あんなにも健気に俺の事を立ててくれる後輩はいない。


どうやら、正さんは俺との数少ない共通の話題であるたわわについて話すことで、時間を潰すことにしたようだ。


「ですが、たわわも女の子です、時として……若さに任せてしまうこともあります」

「は、はあ……」


若さに任せるとはどういうことか。俺より一個下なんだから、若いに決まっている。もしかしたら若者独特の軽薄なノリがある、といいたいのかもしれない。

いやでも、たわわはかなり大人しい女子だし、間違っても長谷川のようなその場のノリだけで行動するようなタイプには見えないが。


「例えば君に……とても失礼な事をしてしまったことが……今まであったかもしれません」

「え? いえ、たわわのことを失礼だと思ったことはありませんけども……」


たわわの粗相など、パッとは思いつかない。いつも相方の秋名の方にやりたい放題やられてるし。秋名に比べれば、天地くらいの差がある。


「今はなくても、これからあるかもしれません、あの子は女の子で、君は男性なのですから」

「はあ……」


正さんの口調はまるで俺に言い聞かせるようだ。

あまりにも娘の粗相を警戒し過ぎな気がする。よくわからないが、父親というのはそういうものなのだろうか?


「……僕の言っていることが、あまり、腑に落ちませんか?」

「す、すみません……正直よくわかってないです」


疑問符が俺の顔に出ていたのだろう。正さんに図星を突かれ、俺は素直に白状した。

正さんには気を悪くしないでほしいのだが、俺にはどうしても、たわわが俺に『失礼』なことをやるイメージがわかないのだ。


「……わかりました、はっきりと言いましょう」

「はい……」

「もし、たわわに強引に迫られても断ってほしいのです」

「……は?」


思わず間抜けな声が出た。

とつぜん何を言いだすんだ、正さんは。

強引に迫られるって、それってつまりたわわにセックスをせがまれる、ということか? そんな状況願ったりかなったり……いや、それよりも今は、なぜ正さんがいきなりそんな釘を刺してきたか、だ。


「あ、あの、正さん、なんで唐突にそんなことを……?」

「たわわは大人しい方の女子ですが、女である以上何かのきっかけで、暴発する可能性はあります」

「は、はあ……」


そう、この貞操観念が逆転した世界では、性欲を暴発させるのは女性の側なのだ。秋名なんかはいい例である。あいつは夏休みに一緒に行ったお祭りで、あろうことか俺を押し倒そうとしたのだ。


「僕も満さんとは学生の頃に出会いました……学生の間、彼女に何度か迫られましたが、一線は守りました」

「は、はい……」


赤裸々な告白だ。学生服を着た満さんを思い浮かべる。もし俺が正さんの立場に立った時、果たして満さんからの誘いを断れるだろうか。

……いや、ちょっとあの巨乳を前にしたら、自信はないな。


「玉城君もたわわとは仲が良いかもしれませんが、もし仮にたわわに迫られても、そこは自分の貞操を守ってほしい、これはたわわの父としての意見ではなく、一人の男としての意見です」

「で、でも、たわわが俺を強引に、というのはあまり考えられないというか……」


確かに、性欲を持て余しているのは女子の方だ。しかし、たわわのような大人しい少女が、いくら欲求不満だからといって俺に迫ってくるだろうか? たわわにそんな度胸があるようには思えない。


「確かにたわわと君の体格では、たわわが君を襲うというのは不可能かもしれません」


俺の疑問に対して、正さんは少しピントが外れた解釈をした。その心配はもとよりしていない。


「ですが、君は優しい性格だと聞いています、もし強引に迫られて、情にほだされて応じてしまう可能性もあるかもしれません」

「えーと……」


もし仮にそういう状況になった場合、情にほだされるというよりも、俺自身が性欲に任せて応じてしまいそうなんだが……

俺が答えを濁していることに、正さんは共感を得ていると、思ったらしい。静かに頷きながら続ける。


「君のその優しさはみせるべき時と見せるべきでない時があります、君はまず自分の身体を大切にすべきです」

「は、はあ……」


どうやら、正さんは、俺の身を案じて忠告してくれているらしい。

「自分の身体を大切に」……普通、こういうセリフは女性に対して言うものだと思うのだが、この世界では男性に対して使われるもののようだ。そういえば、以前にもヒロミに同じような事を言われた気がする。


「僕があなたに話したかったことはこれだけです、最後になりますが、どうかこれからもたわわと末永く仲良くしてあげてください」


そう言って、正さんは頭を下げた。


「は、はい、こちらこそよろしくお願いします……」


俺も慌てて頭を下げる。

シートに手を付けて頭を下げているので、まるで土下座のような形になるが、正さんも似たような恰好で頭を下げているので、こちらも同じように下げざるを得ない。


……なんだかこのやりとり、まるで娘の嫁入り前の男親とその婿みたいだ。


「あれ、何やってるんですか、玉城さん」


声をかけられ、頭を上げて振り返ると稔と満さん、それにたわわと秋名、さらにはもう一人、俺の知らない女性がいた。たわわを呼んでくるだけだったはずなのに、一気に大所帯になって戻ってきた。


「いやまあ、男の話をな……」


たわわを見て、俺は言葉を濁す。さっきの内容は女子に……特にたわわに話すことではないだろう。


「玉城先輩、咲ちゃんのところにいたんですね」

「ああ、稔に誘われてな」


秋名に話しかけられた。秋名がここに来た理由はわかる。たわわと仲が良いし、俺と同じく稔と呼ばれたのだろう。ただ、気になるのは、秋名の横にいる女性だ。見た目からして大学生か、童顔のOLだろうか。秋名とどことなく雰囲気が似ているが、もしかしたら姉か、それとも従姉かもしれない。


「……立ち話も何ですし、どうぞ、座って下さい」


正さんに穏やかに勧められ、女性陣がシートに座った。大き目のブルーシートなのだが、一気に五人増えたせいで狭くなる。

俺は邪魔にならないように、なるべく身を縮こまらせた。こういう時に俺のデカい図体は不便だ。何だったらちょっとくらいこのシートから出てしまおうか。

そう思って、シートの端の方に足を半分出す形で座ろうとすると、


「玉城君、何でそんなところにいるの、こっちに来な」


満さんに手招きされた。どうやら、真ん中に来い、ということらしい。


「いや、でも……」


ただでさえここは加咲一家のシートで俺は浮いているのだ。そしてそこにたわわの親友の秋名が来たとあれば、本格的に俺は部外者になる。


「いいから来なって、玉城君が主役みたいなものなんだし」

「え?」


俺が主役とはどういうことだ。

他のみんなを見るが、満さんの言葉を否定することはなく、むしろ頷いているかのように見えた。


「それじゃあお昼にしましょうか」


満さんが秋名と一緒に来た女性に話しかけると、その女性も「そうですね」と頷いた。

このやりとりから察するに、やはり、秋名の保護者のようだが……いや、まさか母親ということはあるまい。だっていくらなんでも若すぎる。


「お母さん、なに作ってきたの?」

「今日は発子の好きなハンバーグね」

「ええ!?」


思わず大きな声が出てしまった。秋名が女性に向かって「お母さん」といった。つまりは、この女性は秋名のお母さんということになる。


「どうしたんですか、先輩、大きな声を出して?」

「そちらの女性は……お前のお母さんなのか?」

「……いやあ、そうなんですよ、恥ずかしながら」

「ちょっと発子、恥ずかしながらってどういう意味よ」


俺はムスッとしている秋名のお母さんを見た。確かによく見れば、少し口元に小じわがあるようにも見える。いや、しかしそれでも若い。


「玉城君……よね? 発子から聞いてます、発子と仲良くしてくれているようでありがとうね」

「い、いえ、こちらこそ……」


秋名のお母さんに頭を下げられ、俺も頭を下げる。


こうして、俺と加咲一家、秋名一家のお昼が始まった。

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