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朝の教室(玉城)

俺が教室に入ると、俺の机の上に男子生徒が座っていた。


「邪魔だ、長谷川」

「おっす、玉ちゃん」


俺の苦言をヘラヘラ顔で流すこいつは、俺のクラスメートで長谷川(はせがわ)晴彦(はるひこ)という。元の世界ではあまり話したことはなかったが、この世界では深い仲……友達といっても差し支えない関係になっている。


長谷川は、肌を黒く染め、茶髪にピアス、制服もワイシャツをはだけさせている(この世界ではグラビアなどそういう目的がない限り、男が胸元を露出させることは良くないとされている)、いわゆる不良である。

もっとも喧嘩っ早いとかそういうものではなく、単に格好が不良なだけで、中身は気の良いやつだ。もし何かの拍子に元の世界に戻ったら、元の世界でもこいつと仲良くなりたいと思う。


「……まあちょうどいい、実は長谷川にまた相談に乗ってもらいたいことがあるんだが……」


俺が長谷川と仲良くなったきっかけは、俺がこいつに色々と相談をしたことだ。

まだこの世界に来て間もないころ、いまいち男女の貞操観念について掴みあぐねていた俺は、見た目からして異性と遊び慣れているだろう長谷川にそのことについて何度か尋ねたのだ。


この世界では常識であるようなことも質問したようだが、長谷川はいぶかしみながらもきちんと答えてくれた。


それ以来、長谷川は俺の事を「見た目怖いけど中身は子犬」と評し、なにかと世話を焼いてくれるようになった。


「いいけどさ、俺もちょっと玉ちゃんに聞きたいことがあるんだよね」

「なんだ?」

「玉ちゃんさ、満員電車で女に痴姦されてるってマジ?」


顔はニヤついたままだが、長谷川は少し声を潜めながら聞いてきた。


「痴姦か……」

「こっちの勘違いとかならいいんだけどさ、玉ちゃんって結構そこら辺緩いじゃん?」

「長谷川はあの電車に乗ってるのか?」

「いや、見たのは俺の後輩よ、朝の満員電車で玉ちゃん見かけてさ、そいつが言うには、下級生の女子が玉ちゃんに抱きついてたとか何とか……」


なるほど、秋名が俺に抱きついているところ見かけたようだ。


「抱きつかれてるぞ、毎日」

「……あー、マジだったか」

「問題あったか?」

「問題っつーか……何、その女子って恋人?」

「違う」

「違うの? 普通に痴女じゃん、警察呼びなって」

「いや、相手は仲の良い後輩だ、さすがに警察はマズイ」

「おう、もしかしていつものあれかー……ホント玉ちゃんって緩いよなあ」


長谷川が頭をかいた。

「いつものあれ」とか「緩い」というのは俺が女子に対して(この世界の基準で)気を許しすぎていることを指す。

長谷川の中で、俺はすっかり世間知らずの童貞ビッチということになっているのだ。


「玉ちゃんさ、その後輩女子と付き合う気とかある?」

「……どうだろうな、あまり深く考えていない」

「いや、そんなら拒否れって……まさか脅されてたりするの?」

「そんなわけないだろ」


秋名に脅されることなどありえない。そもそも底抜けに明るいアイツはそういうのとは無縁なところにいるだろうし。


「じゃあ、なおさらまずいっしょ、抱きつかせながら登校とか超ラブラブのカップルくらいしかやらねえってマジで」

「……そこら辺は俺も少しはおかしいと思っていた」

「でしょ? その女子にも言って止めてもらいなって」

「だけど、抱きつかせるのにも、理由はあるんだ」


俺は秋名が満員電車で気持ち悪くなってしまうこと、俺に抱きつくと落ち着いて電車に乗れることを説明した。


「……あー、そういう事情があったんだ」

「そういうことだ」

「いや、でもさ、それで玉ちゃんが犠牲になるのはおかしくね?」


別に犠牲になっているつもりはないが、この世界の価値観では「男子が進んで女子に抱きつかれること」などありえないことなのだろう。それこそ満員電車で気持ち悪くなるのを防ぐ……程度の理由では対価として成立しないくらいには。


「俺にとってみれば可愛い後輩なんだ、犠牲になっているつもりはないぞ」

「そっか……まあ、玉ちゃんがそれでいいのならいいんだけどさ……でも、多分、その後輩、普通に玉ちゃんにヤラシイことしたいだけだと思うけど」

「そこら辺もある程度織り込み済みだ、あいつは結構セクハラしてくるんだ」

「あっそう……玉ちゃん結構ヤバいのに付きまとわれてるんじゃね?」

「悪いやつじゃない、俺は気にしていないからな」

「マジか……まあ、玉ちゃんがそう思ってんならこれ以上言わねえけどさ……」


不承不承といった感じで納得してくれた長谷川だが、机からこちらに向かって身を乗り出すと、


「玉ちゃんさ、女紹介してやるよ」

「女?」

「そ、遊び慣れてる奴紹介するからさ、それでちょっと女との付き合い方勉強しなよ」


長谷川の顔はニヤついたままだが、その口調は真剣である。長谷川はちゃらちゃらとした見た目で勘違いされるタイプだが、中身は友達思いの良いやつなのだ。それに異性ともよく遊んでいるが、実は「彼女以外の女とやったことがない」ことを自慢するくらい身持ちも堅い。


「ありがたい提案だけど、パスだ」


もしこれで付き合ったらそれこそ秋名が大変なことになりそうだ。加咲も多分ショックを受けるだろう。セクハラされっぱなしの俺だが、それでもあの二人の事は気にいっているし、あまり悲しませたくない。


「そっか……まあいいけどさ」

「悪いな」

「いいって、その気になったらいつでも言ってよ」

「そうする……それで、俺の方からも相談したいことがあるんだが……」

「あ、そうだった、何よ?」

「人の部屋の箪笥を勝手に物色するっていうのは、女として普通の事なのかな?」

「いや、そんなの普通に警察呼んで後任せるレベルの変態だけど……玉ちゃん、その女ってもしかして満員電車で抱きついてる例の後輩?」

「そうだ」


長谷川はガクリと肩を落とした。やはり、秋名のアレはこの世界の女子がみんな行うことではなく、単にアイツがただの変態だった、というだけの事らしい。俺の懸念が払拭されてよかった。


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