ハッピー・ハロー
それは、わたしが小学生になったばかりの頃の話だ。
数人の友達と一緒に町内企画に参加したわたしは、その夜小さな魔女になっていた。
ご近所の家々をまわり、魔法の呪文を唱えれば、おいしいお菓子がもらえるのだ。
今よりかは僅かに純真だったわたしは、その不思議な夜に興奮し、あきらかに調子に乗っていた。
おもちゃのステッキを振り回し、サイズの合わないとんがり帽子を目深にかぶって、くるくると踊りながら月明かりの街を我がもの顔で行進していた。
そして、気付いたときには周囲に友人たちは居らず、欠けた月だけがこちらににやけた顔を浮かべているのだ。
もちろん焦ったし、大声で叫んで知り合いを探した。
ひょっとしたら、泣いていたかも知れない。
走って走って、走りつかれてしゃがみこんで。
滲んだ月を見上げたわたしに、それはそっと差し伸べられた。
「大丈夫? みんな向こうで君の事を探していたよ?」
月の逆光に照らされてふわりと揺れるやわらかそうな短い髪。
線は細く、だけど背の高いシルエット。
黒いマントと鋭い牙が少しだけ怖かったけど、それがヴァンパイアっぽい何かの仮装だという事はすぐに思い当たった。
差し出された手をつかむと暖かくって。
おずおずと立ち上がったわたしを見て、その子はかわいらしく微笑むのだ。
それからの事はあまり覚えていない。
頭はぼーっとしてたし、手を引かれて何とか歩いている状態だったらしい。
ただそれが、わたしの初恋だったのだと。
それだけはハッキリと記憶しているのだ。
*
「だからそんな格好をしていると?」
「うん、そう」
呆れ顔で見つめる中学からの友人は、あの時の衣装とよく似た魔女姿のわたしを見てため息を吐く。
「あれから毎年この格好をして、ハロウィンに参加してるの」
「その、初恋の相手を見つけるために。ね」
「うん、そうっ」
思わず握りこぶしを作る私を、なんだか生暖かい視線で友人は見つめている。
もちろん、わたしにだってわかっているのだ。
さすがに、中学生で『とりっく・おあ・とりーと』などと言って、家々をまわる人なんて他に居ないだろう事も。
こんな事をしたって、おそらくあの子がわたしを見つけてくれることは無いだろう事も。
それでも、あれから毎年やってきた仮装をやめるきっかけも無く、こうして今年も一夜限りの小さな魔女をやっている。
「まぁ、あんたがそれで良いならいいけど」
あの時のように泣きそうなわたしを見て、優しい友人は、大きな帽子を取って頭にそっとあたたかい手を置くと、かわいらしく笑ってこんな事を言うのだ。
「でもその子。案外あんたが思っているより、ずっと近くに居るのかもよ?」
短い髪がやわらかそうに揺らめいて。
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