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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

孤独の魔王

作者: ハッチャソ

思い返すと不思議な事で、唐突に世界の価値観が変わっていた。

具体的にどの日かと言われると、正確には定かではない。

ただ、初めて『魔王』というある種の子供じみた単語が、

自然とニュースになったのは自分が高校生ぐらいの時だった。


ここで言う魔王というのは、現代社会における世界の敵のようなもの。

一般的イメージと違うのは複数いる事だ。

いや無数にいるといってもよい。

世界中のあらゆる地域に魔王は発生する。

そして魔王がいるところには魔物が出てきて悪さをする。

まあ魔物の王なのだから、魔王と言う他ない。

……もし、この時代を生きていなければ馬鹿みたいな話だと思うだろう。

しかし実際に起きてしまい、何度も報道されればそれは受け入れられる。

自然と。


例えば、魔王が魔物を引き連れて人を殺したって、

今ではごく普通の日常だ。

まあ日本全体で見たって年間1万人程度死ぬだけで、

たいした影響はない。ガンの方がはるかに人を殺す。

そういった論法で問題は矮小化されていく。




……もちろん、それに納得している人間ばかりではない。

その代表が『俺』だ。


魔王は倒されるべきだと思っている。正義は悪を打ち破る。

そう育てられた。

ゲームをやったって同じだ。

魔王がいてプレイヤーが勇者なら必ず倒すのが目的だ。

(たまに立場が違うのもあるが)


そう、勇者。魔王がいれば勇者もいる。

俺のように邪知暴虐の魔王に怒りを感じ、

打ち倒すべく武器を取る人間の事を勇者と言う。

魔王と比べれば儚い存在。

何せ魔王と戦うだけの、ただの人間みたいなもんだ。


多少の違いは、魔物をぶち殺したかどうかだろう。

『俺』は何百匹と殺した。有名な勇者だ。支持者も多い。

獲物は剣。

1メートルを超える大剣で、勝手に地面に生えてたものだった。

一目見たとき、運命的な出会いと感じ手に取った。

よく「なぜ機関銃で戦わないのですか?」と素人に問われるが、

常識的に考えてほしい。銃は違法だぞ。


正義たる勇者が法を犯してはならない。

確かに俺は魔物を何百匹と殺したが、魔物は害獣であり、

それを業者たる俺が殺処分しただけにすぎない。

保健所の人や食肉業界の人と比べれば数は少ないぐらいだ。

何の罪もない。


そんな完全正義の歴戦の勇者たる俺が、

勇者として完成する日がやって来た。

魔王をぶち殺す。

魔王がいるのは……笑ってしまいそうな名前だが、『闇のほこら』。

そこにいる。

暗くじめじめとした深い鍾乳洞に住み着く魔王だ。

この魔王は『孤独の魔王』と呼ばれており、

非常に強力な力を持つと言う。

まさに俺が童貞を捨てるに相応しい相手だ。

それに孤独と言うのなら魔王一匹始末すればいいだけだしな!




「はっはっは!『孤独の魔王』なんて軽く始末してやるぜ!」


俺は闇のほこら近くに住み着く村人達に言った。

村人達は何も言わず、頷いていた。


俺はこの村人達を気に入っていた。

彼らは魔王が発生しても生まれ育った地を離れない、誇り高き人達だ。


彼らは魔王の怖さをよく知っており、

それ故に俺の大言に同意できなかったのだろう。

わからない話じゃない。

俺はすぐにでも村人を安心させてやりたいと思い、

大剣を携えて『闇のほこら』へと向かった。


俺の後をつける数十の人間達。

彼らは……支持者と言うべきか仲間と言うべきか。

俺のサポートをしてくれる人達だ。

食料を持ってくれたり、宿を手配してくれたり、

俺の太刀を浴びて瀕死になった魔物に止めを刺したりする。

安全な位置からのお手伝いさん。まあ彼ら勇者でなく常人だからな。

能力ある人間には、必ず彼らのような人がついて来る。


『闇のほこら』に入ると、大勢の魔物達がいた。

それはこれまでにない数。流石の俺でも苦労した。

「なんだこの数は!?どこが孤独の魔王なんだよ!」

と言いながら、切って切って殺して殺して殺した。


百対以上の魔物達を切り殺して、たどり着いたほこらの深遠部。

そこに魔王は佇んでいた。多くの魔物達に囲まれて、寂しそうに……。


「よし!やっと見つけたぜ魔王!」


俺は大剣を大上段に構えた。


「お前を殺せば、俺もやっと勇者として完成する……!」


魔王は俺の姿を見て、ゆっくりと立ち上がった。

勇者は魔王と対峙した時、今までは聞こえなかった奴らの声が不思議と聞こえた。


「あいつが魔王か……」


魔物達の声だ。

俺を見て言っている。


「勇者様が傷を負って、洞窟に篭っているところを狙って来たか」

「卑劣な奴だ」

「どうやら殺るしかないようですね……」


ここで俺は気付いた。

いや、なんとなくはわかっていたんだ。

魔王の姿を見た時、直感的に人間だと思った。

俺が殺した魔物達も全部人間だった。

薄々は気付いていた。

しかし、俺が殺せば殺すほど支持者達は歓声を上げたし、

仲間達はもっとやれと喚いた。


なぜだろう?


世界の価値観は変わっていた。

『いつからか』……人は人を人とは認めず、

人と人が戦い、人が人を殺す事を人が認めた。

思想がほんのちょっと違うだけの人間。

ただそれを、まるでゲームのように魔王と勇者と言って問題を矮小化し……

殺し合う事を認めた。

一体この状態は何という名前なのだろうか?


「どうしました勇者様?」

「魔王を早くぶち殺さないのですか?」

「体調が優れない?」

「水でも飲みますか?」


支持者達はどうでもいい事を俺に囁く。

俺は目の前の魔王達にに意識を集中した。


「勇者様、こうなったらもう目の前の魔王と戦うしかないですよ」

「背中を見せて逃げるにも、もう逃げ場所がありませんぜ」

「最後の力を振り絞って戦ってください!我らも加勢しますから!」


側近の魔物達は手負いの魔王が投降しないように、戦意を囃し立てる。

なるほど確かに『孤独の魔王』だ。

奴に真の味方などいない。


『孤独の魔王』は大きな傷を負っており、自嘲気味に笑っているが……。

あいつの目はやる気の目だ。

そして、強い事はよくわかった。

俺は何時ものように戦うために心の準備をした。

気持ちを殺意で染めて、剣を構えて……。

慎重深く一歩を踏み出した。

近付かなければ斬れないからな……!





確かに『魔王』は強かった。

速さ、力強さ、生命力。どれを見ても普通の人間とは思えない。

最終的に俺が手負いの魔王を倒して勝ったものの、

俺自身ほこらでの連戦で疲弊しており、

戦い自体はお互いフェアな勝負だった。

切られた魔王も、死の間際は俺を見て微笑んでいた。


俺は疲労のあまり座り込む。

すると支持者達が騒ぎ出した。


「やりましたね勇者様!」

「勇者様がついに完成したぞ!」

「ついてきてよかった!」

「お水をどうぞ勇者様!」


俺は渡された水を飲んだ。

何度も死に掛けた俺の体に染み渡った。


「完成おめでとうございますございます勇者様。ところで……」

「魔王の死体はどうします?」


「どうしますって……?」


俺はその質問の真意を測りきれず、答えあぐねた。


「馬鹿!そんなの決まってるだろ」

「そうだな!そっか。昨日話し合ったもんな」

「そうだよ!大事な事を忘れるな」

「はっはっはっはっは」


俺はこいつらが何を言ってるのかわからなかった。


「もう二度と生き返らない様に体をバラバラにしますよ」


支持者達は手際よく、魔王の死体を解体し始めた。

その丁寧な仕事っぷりは、四肢切断なんてものじゃない。

魔王の死体は256分割された。

最後に微笑んだ魔王の顔も細かく刻まれて、

無数にある鍾乳石に串刺しにしていった。


こんな事をする必要はない。

なぜなら死んだ人間が蘇る事などないから。

死者への冒涜だ。

俺は目の前で行われる悪に対して激しい怒りを覚え、

目の前にいた支持者を一刀両断した。


「ひ、ひぃ!」

「何をなさる勇者様!」

「今まで奉公した我々に向かって刃を向けるとは……」


俺は心底、こいつらが嫌になった。


「きっと勇者様は『声』が聞こえたんだ」

「魔の『声』が聞こえて、魔に堕ちた……」

「そうに違いない!」

「なんて心が弱い奴だ」

「人を殺しやがって命をなんだと思ってやがる!」

「許せねえ外道だ!」


俺に対して怒りを露にする支持者達。

でも、奴らは何もしない。

よくわからん事を言って騒ぎ立てるだけ。

俺の事が本当に許せないなら、疲れた俺を殺しにくればいいものを……。


俺は闇のほこらを出て行った。

もちろん、罵声は浴びせられたが、目の前に立ち塞がる奴は誰もいなかった。



一人になれた俺は、山の向こうにある、遠い遠い廃墟に住み着いた。

あの腐った人間達のいない世界。なんと気持ちのいいものだろう。

俺が今まで犯した罪への禊にもなる。このまま孤独に暮らそう。











ほら、見えますか?

廃墟のはずなのに様々な食物がお供えされていますね。

不思議な事でしょう。


ここには数多の勇者達を葬った強大な魔王がおります。

ご存知の通り、魔物の世界は強い者が尊敬される世界です。

なので様々な魔物達がこの魔王の元に集まるのですが、

しかし、この魔王は決して魔物達を引き連れないのです。

どんな勇者が来た時でも常に一匹で戦い、勇者を滅ぼす。

そんな誇り高き魔王を畏敬する闇の信奉者達がお供えに来るのですよ。


この魔王は、『孤独の魔王』と呼ばれております。


皆様は実力ある勇者ですが、残念な事に魔王を倒した事がないと聞きます。

でも大丈夫。目の前の廃墟には魔王がいます。

今日は皆様で協力し合えばいいのです。簡単な事です。


さあ歩みを進めましょう。


必ずや『孤独の魔王』を打ち滅ぼし、

勇者として完成するのです。

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