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日本における韓流の蔓延は、もはや当の韓国人の『仕掛け人』たちでさえ唖然とするほどの感染力で、列島各所に吹き荒れていった。
娯楽用のゲームやポップ・ミュージック、映像作品から波及し、衣服や装飾品やバッグ等の皮革製品、そのほかあらゆる日用品・食品・嗜好品、果ては自動車や家電や住居設計、、、
日本人の生活様式の隅々に、ありとあらゆる局面にまで、メイド・イン・コリアの有象無象が、入り込んでいった。
『韓国品はお洒落で美しい』
『持っているだけで勝ち組』
といったステータス意識が、日本国中で広く一般化していった。
この時期、無意識的にしろ、有意識的にしろ、『韓国人のまねをしたい』『なれることなら韓国人になりたい』という憧れ、さらには崇韓意識。切実な拝韓感情。
それらは日本人一般の共通感覚とさえなった。
そして数年後―
「お靴を磨かせて下さい!」
「われわれ憐れな日本人を導いて下さい!」
「韓国人様! 日本を支配して下さい!」
「君臨して下さい!」
「盲目的に服従します!」
「なんなりと命令して下さい! 何でも致します!」
「韓国人様のご命令であれば、われわれ日本人は、命を懸けてそれを実行します!」
韓国東倭会社―East Japan Company―のメイン商館である東京本社には、いつも『奴隷志願者』の長蛇の列が出来ていた。
彼らは韓国製の高性能のウソ発見アプリ=ポリグラフ検査機器を指先や首筋に繋がれながら、『未来の御主人様』である韓国人様を誉めそやし、忠誠を誓う言葉を、矢継ぎ早に、それでもしっかりと心を込めて『ご唱和』した。
韓国東倭会社は、その名の通り、エリザベスⅠ世の時代に設立されたイギリス東インド会社―East India Company―をモデルとする勅許会社で、日本植民地化の尖兵となった。
すでに日本の通信業界を牛耳っていたENIL社や、財閥系の芸能事務所からスタートし瞬く間に日本のメディア界―ネット配信・地上波放送・新聞―に君臨したKSM社(東京支社)といった、綺羅星のごとき多くの有力な韓国企業を統合して設立された。
設立後まもなくして金融や海運、軍事産業、広告や医療・人材派遣にも進出し、日本の各産業を支配した。
旧KSM社でインターン・シップをしていたハン・ジョンファは、ソウル大学を飛び級で卒業し、正式に東倭会社に入社した。東京に赴任後、すぐに人材派遣部門のトップを任された。




