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興味

男が、好きな女性―あるいは結婚(ゴールイン)まではまだずっと程遠いが恋人関係にある女性―の別の親しい男友達を『全員、死滅すればいいのに』と思う感情は、一般的でよくある感情なのかも知れないが、決してホメられる筋合いの感情ではない。

少なくとも、高尚な精神活動の発露としての感情としては、絶対に認められないだろう。


例えばその女性が自分以外の男性と親しげに談笑している。口など大きく開けて、笑い声も高らかに笑い合っているのを目の当たりにする。


あるいは―何らかの関係性から―二人きりで個室の飲み屋なりレストランなりに行った、という話を聞かされる。


『そんな奴ら(男友達)は全員、死滅すればいいのに』と男が思うのは、思うだけなら男の勝手かもしれないが、もし本当に全員死滅してしまったら、他ならぬ彼女自身が絶望的な悲しみに暮れるのは間違いない。


そのような他の男性との『良好な』人間関係は、彼女にとってほとんど自分自身の一部といってもいいくらい、掛け替えのない財産であるはずだからだ。

そのような人間関係も込み(コミ)で、彼女という一個の人格が出来上がっているからだ。


ちょうど彼女にとっての過去の『思い出』が、彼女の極めて重要な人格の一部になっているのと同じように、そんなものを消し去ってしまったら、好きな彼女はもはや彼女として成り立ちえない。

ぜんぜん違う『彼女』になってしまうし、あるいはパーソナリティーの成り立ち自体がガラガラと変革してしまう。


この時期のユリが、こんなにも濃厚な『興味』を、ボランティアで会社の周辺を清掃する半ばニート状態の青年―羽柴秀志朗―に対して持っていたという事実をもし丸山が知ったら、丸山もやはり前述のような理不尽極まる低劣な嫉妬感情をその胸いっぱいに充満させただろうか。


しかし幸か不幸か丸山はそんな彼女の『興味』を、その時点で聞かされていなかったし、後になって何かのかたちで聞かされることもなかった。


◆◆◆

―おはようございます。今日も朝からご苦労様です。

―コーヒー、買ってきたんでちょっと一服しませんか。


そうやって朝、ユリに声を掛けてもらえるようになって、羽柴はもちろん嬉しかったが、しかし胸に引っかかるものもあった。

『彼女はどうして俺なんかに親しくしてくれるんだろう』

という疑問である。


ユリはKSM社(WHIPs等多数のアイドル・タレント等を擁する韓国の大手芸能事務所)の正社員―基幹社員―だった。一流の大学院を出ていて、少しだけ話をした内容から分析するに、おそらく在日の韓国人だった。

ということは羽柴にとって雲の上の存在・雲上人である。


世が世なら、同じ空間・同じ目の高さで対面して、対話するなんて、おこがましい程の相手である―羽柴はこの時期、すでに『WHIPs』の普通のファンから始まって、あらゆる韓国人女性を目上の存在として尊敬する、という境地に達していた。


加えてユリには素晴らしい学歴―京都公国大学大学院卒―と、最高の肩書き―KSM本社に勤務する正社員―があった。羽柴がはばかるのも無理はなかった。


◆◆◆

―どうして羽柴さんは、そんなにもわが社の商品である『WHIPs』にのめり込んじゃったんですか??


とは、ユリは直截的には聞かなかったが・・・

ユリは巧みに、その『核心』をこの男から聞き出すため、あるいはそのヒントだけでも得るために、いろいろな世間話を積み重ねていった。


ユリにはただ単に『興味』があったのだ。

それは少女のような興味だった。


無論、それは男女の恋心の原初的な発露では決して無く、むしろ学究的な、奇異なるものに対する興味だった。

『この男は、私が今まで出会ってきたどの日本人にも似ていない』と思いながら、

『この男は、私が今まで出会ってきたすべての日本人に共通する『何か』を、一番色濃く体現している』

―そのような無意識的な思念が、彼女の、羽柴に対する興味の根っこであった。


しかしその『何か』が、具体的に何なのか。羽柴が体現している(と彼女が感じる)日本人の特殊性とは? それはユリには分からなかった。ただそんな気がする、というだけで、そんなものは、彼女のまだ若くて未熟な頭脳が作り出した幻想かもしれないし、あるいは逆に、極めて重要な示唆の啓示なのかも知れなかった。


そんな漠然とした『興味』を抱きながら、ユリは定期的に、この男―少しだけ年下の、お金も定職もないくせに毎日自分が勤める会社の周辺をボランティア清掃している、という風変わりな男―と、会話するようになっていった。


ただ挨拶を交わすだけの時もあれば、初回のようにベンチに並んで座って会話することもあった。


何日かして、ユリの『興味』にも、少しずつ『骨格』が出来ていった。

ユリ自身が、自分の感情に説明付けをしていった結果だった。


―日本人男性が堕落していく様子って、カワイイ。


そんなユリの無意識的な心の声が、彼女のこの『興味』の縦糸であり、骨格と言っていいものだった。


◆◆◆

羽柴がさらに堕ち続けて、最終的に日本国籍を脱し大韓女権帝国の二等国民となり、韓日開戦とその後の戦役において、大学卒業後陸軍に奉職したハン・ジョンファに仕えることで間接的に母国の滅亡に加担することになる彼の来歴を語るのに、ここでさらにもう一人、登場人物を紹介しなければならない。


ハン・ジェガン―『元』WHIPsのリーダー、ハン・ジョンファの実兄で、この時期、KSM東京本社の営業企画部日本統括本部長だった。25歳。

スラリとした高身長と涼しげな眉元が印象的な好青年で、ソウルの大学在学中は雑誌のモデルをしていたこともあった。

WHIPsのデビューシングルである『BullWhip』のプロモーション・クリップに、メンバー以外で唯一出演していた。(役どころは、WHIPsメンバー扮する「ディスプレイ用マネキン」が設置されたセレクトショップの「イケメン男性店員」だった。)そのため日本人の熱狂的な一部のWHIPsファンには知られていた。

今ではモデルやプロモーション出演といった仕事はからは完全に足を洗い、マネジメント側の裏方として、妹(とそのグループ)を支える立場にあった。


◆◆◆

「面白そうな日本人ファンと、知り合いになったそうだな、ユリ」

会議の合間の空き時間に、ジェガンに話し掛けられた。ユリは『面白そうな日本人ファン』の心当たりがありすぎて、一瞬、この年下のイケメン上司に対する回答に窮したが、ジェガンが「ほら、朝に横の広場で話してるじゃん」と言われて、『羽柴のことだ』と気付いた。それで笑った。


「面白いですよ、彼。ヤバいです・・・うふふっ(笑)。部長もお会いになりますか? いつでも紹介しますよ。彼、ヒマなんで」

「誰の需要家?」KSM東京本社では、『たくさんお金を使ってくれるファン/お客』のことを『需要家』と隠語していた。この時期、会社は無数のタレントを抱えていたから、ジェガンはユリにそう尋ねたのだった。


「WHIPsのジョンファです」ユリは答えた。ジェガンがジョンファの実の兄であることは、もちろん社内で公になっていたが、『公私の別』として(あるいはマナーとして)、ユリは「妹さんですよ」とは、言わなかった。普段からそうであった。

ユリは続けた。「ただ、ジョンファが抜けて変になっちゃって、、今は需要家から『ボランティア』くん、です。くすっ(微笑)」


「・・・変になった?」

「・・・狂ってます。ていうかもともと狂っていたのがジョンファの大学進学を期に露わになった、て感じですかね」それからユリは、彼の『出演』した動画配信(『Whips Tokyo life』)や、彼のSNSでの『お百度参り』のことをジェガンに話した。「あぁ、聞いたことあるわ。あの『彼』だったのか」

ユリは「ちょっと待ってください」と言ってスマホで彼の過去の動画を開いて、ジェガンに見せた。


「・・・狂ってますよね。アハハハハッ(笑)」

「・・・狂ってるな。久々に見たけど、ケッサク・・・」


「というか、」ユリは、一通り見終わったスマホをしまいながら、なぜかちょっと女性っぽく言った。

「狂わしちゃってるの、私たちですけどね」


ジェガンは羽柴を『引見』することに決めた。この話題になってから、ユリは終始上機嫌で、「今日でも大丈夫ですが」と言ったので、ジェガンはユリの性急さにほんの少しだけ戸惑いながらも、昼食後に会社に呼ぶことにした。


それから二人は昼食に出かけた。普段は別々に食べていたが、ユリが「たまには二人で食べませんか」と誘ったのだった。

カーリング女子世界選手権、韓国が勝ちましたね。

しかもみんな可愛いかった。。。

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