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社屋

いろいろな『ボランタリズム』の表明方法を考えた末、翌日から彼は、KSM社(WHIPs等多数のアイドル・タレントを擁する韓国の大手芸能事務所)の東京本部新社屋ビルに行って、その周辺の清掃をすることにした。


―KSM社の東京本部は、今年、手狭だった四谷のビル(旧社屋)から、『K-POP等韓国文化発信経済特区』になった新大久保に移転していた。


極めて巨大な用地取得には、時の小波渡政権が、韓国文化の理解促進のための規制緩和・構造改革の特区構想から、『総理のご意向』で多額の公的資金―元は日本人の血税である―が流れた、と噂されていた。


東京のど真ん中の超一等地に、十分な広さのオフィスやソウルと中継できる会議スペースや食堂・駐車場はもちろん、豪華な多数の収録スタジオ―キー局のテレビ局よりも充実していた―や、社員・所属タレントのための福利厚生施設―スポーツジムや室内プールや入浴施設や、ホテル並みの仮眠スペースetc…―を備えていた。日本固有の伝統ある有力企業よりも、ずっと金のかかった設備だった。

日本人にとっては、見上げるだに眩しく、めまいを覚えるような『白亜の塔』だった。

そればかりか、そのビルは、『K-POPによる日本侵攻』の前線基地でもあった―その前線基地が日本大公国の資金によって建てられたというのは皮肉な話であったが。。


そこに働く社員は、韓国人の『基幹社員』と、現地採用の日本人の『アシスタント社員』とに、完全に分かれていた。

韓国人の基幹社員は、どんなに若くても―たとえ新卒の新入社員であっても―、日本人の専属アシスタントを、最低2人は抱えていた。遠方から出勤する者には運転手さえ付けられた。

当然、両者の給与と労働環境には非常に大きな開きがあり、日本人の現地社員はどんなに優秀でも一生ヒラで、150時間残業は当たり前。それでいて時間あたり給与は韓国人基幹社員の30分の1にも満たなかった。。。


羽柴は、KSM社のアシスタント社員ではもちろんない。

KSM社がビルメンテナンスを委託している会社の社員でも、バイトでさえ、ない。

あくまでボランティアとして、給料の発生しない自発的な行動として、毎朝新大久保に通い、そのビル周辺の清掃・ゴミ拾いを行い、それから本業のバイト―コンビニや居酒屋を複数掛け持ちしていた―に行って、疲れ果ててボロアパートに帰宅する毎日だった。


◆◆◆

そんな生活を送っているさなか、彼に転機が訪れた。

出勤途中の、KSM社韓国人正社員(♀)から声を掛けられたのである。


羽柴はその日もいつもと同じように、社屋の周辺のゴミ拾いをしていた。

そのときは、ちょうど、社員通用口の脇の、植え込みの部分に屈み込んで、這いつくばってゴミ拾いをしていた。

彼は、マジック・ペンで、『ボランティア清掃中』『ゴミ拾います』『地面キレイにします』『何でもお申し付け下さい』等のハングルが雑然と書かれた、作業用のツナギを着ていた。



「ボランティアさん、ボランティアさん」

日本語で話し掛けられて彼が振り返ったとき、朝の光の中に1人の女性が立っていた。

リクルートスーツ風の、パリッとした通勤着は、色合いこそ地味だったが、まるでクリーニングしたてのように清潔で、上品に着こなされていた。


若い女性だった。―ずっと後で分かったことだが、在日韓国人で、まだ京都公国大学の大学院を出たばかりだった(羽柴より少し年上だ)。―さらにずっと後で知ることになるのだが、日本人の軍人と付き合っていて、名前は『ユリ』だった。


「おはようございます。いつもお掃除ご苦労様です。ボランティアなのに大変ですね」

その女性はやや饒舌に、日本語で羽柴に言った。


「お、、、おはようございます。社員様ですね。。。お、、、お早いですね」

羽柴は植え込みの近くに屈み込んだまま、その女性社員を見上げるように申し上げた。

極力、清掃作業は、韓国人基幹社員の出社ピークよりも前に終わらせてしまいたいと考えていたので、羽柴は、仕事が遅いことを怒られるんじゃないか、と無意識に身構えていた。

彼が見上げていたのはずいぶん背の高い女性で、それも、彼が彼女を警戒する一因だった。


「私、まだ新人ですから、、朝は早いんです。あの、、、いいんですよ、そんな怖がらなくても。それとも、私の日本語って変ですか?(笑)」

女の言葉は羽柴の警戒心を解くのに充分に、優しげな声色だった。


「ちょっと休憩しませんか。缶コーヒーでも飲みましょうよ」


羽柴は結局その日、その女性に勧められて、ベンチに座って一緒に缶コーヒーを飲んだ(女性におごってもらったのだ)。


それから羽柴は、毎朝その女性に会うことが、楽しみになった。

もちろん、ベンチに並んで座って話をしたのは初日だけだったが、いつも必ず女性は羽柴に挨拶を投げかけてくれた。

・・・おそらくそれ以前にも、何人かの韓国人基幹社員は彼の働く姿を目にしていたはずであったが、羽柴があまりにも汚らしいナリをしていたから、敢えて声をかけなかったのだろう。

しかしその女性は比較的分け隔てなく、そんな汚い格好の清掃員にも接してくれた。


羽柴にはそれが嬉しかった。

WHIPsの熱烈なファンで、心から韓国を愛する青年としてではなく、あくまで自然に、始原的な心情の発露として、その女性に淡い好意を芽生えさせていた。

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