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再び戦後・初夏の東京―


ソヨンは靴を磨かせ終わると、両足を片方ずつ順番に丸山の頭の上に載せ、足首を軽くひねって色んな方向から靴の磨き具合をチェックした。


(すごく綺麗に磨けてる…)そう思うと微笑ましかった。足許の旧軍人の服従っぷりに心から満足した。


ソヨンはおもむろに丸山の頭から足を下ろし、傍らの妹に向かって言った。「あなたも磨かせたら? 靴、ピカピカになるよ」

ソナは笑ってうなずき、土下座する丸山の前に置かれている靴磨き台に足を載せた。

丸山は今度はローファーのおみ足に一礼して、「失礼致します」と小さく言ってから、その靴に手を伸ばした。


丸山がソナの靴に両手で触れたその瞬間、丸山の中で2年半の歳月が一瞬のうちに消滅した。まるで太い濁流のような記憶のほとばしりが走り、彼の記憶の奥にあった一人の女性と、いま手で触れた足の持ち主とが音を立てて一致した。


ソナは全く忘れていたが、丸山は忘れるべくもなかった。

先ほどから何度か彼女の声は耳にしていたが、圧倒的な緊張感と靴磨きへの意識の集中が、彼にそれを思い出させなかった。しかしその足に指先で触れた瞬間、その忘れえぬ感触が、彼の重い記憶の蓋を開けさせたのだった。


戦時中、丸山は元敗残兵の捕虜、ソナは空軍の若きエースパイロットにして臨時[パートタイム]の捕虜監視・矯正官だった。

そして丸山は来る日も来る日も、彼女たちの靴を磨かされてきた。


その日々は、勝者と敗者との残酷極まる隔絶が、最も先鋭的に現出する日々だった。


◆◆◆

ソナは現在18歳。空軍士官学校高等科の3年生である。

美貌麗人雲霞の如しの韓国貴族の中でも抜群に整った容姿を誇り、その柔和で愛らしい顔立ちは、180センチの高身長と相俟って、姉のソヨンと共に本国において国民的ともいえる人気を博していた。姉のソヨンも相当な美貌だが、やや吊り目がちで勝気でクールそうな印象のある姉よりも、優美で人懐っこそうで、いわゆる正統派美人タイプの妹の方が、韓国平民男性のファンは多かったかもしれない。卑近な例で喩えるなら、姉[ソヨン]は女優タイプ・妹[ソナ]はアイドル[偶像]タイプの容姿であった。


ソナは、帝室に次ぐ格を誇る名門であるパク公爵家の末っ子で、両親の寵愛を一身に集めて育てられた。幼少期は、社交的で弁の立つ姉ソヨンに比べると、スポーツが大好きな、やや寡黙な少女だった。

姉のソヨンも両親も、ソナは将来、スポーツ選手にでもなるのだろうと考えていた。

しかしソナには心中密かに、姉君―大貴族の家督を相続して政・軍いずれかの指導的な地位に進むであろう姉ソヨンに対する、幼いなりの反発心があった。ソナはいつも黙々と、得意な水泳とテニスの練習に明け暮れていた。小学6年生の時にはテニスのジュニア世界大会で優勝している。この頃のソナにとってはスポーツこそが全てだった。


貴族学校の中等部1年生・13歳の時に起きた対日戦争が、そんなソナの寡黙でマニアックな性格に光を射し込んだ。

人一倍、正義感と負けん気が強かった彼女は、真っ先に軍に志願したのだった。対日開戦を受けて新設された空軍士官学校中等科に編入し、当校の第一期生、そして空軍予科練習生となった。ソウルを離れて前線に近いプサンの空軍基地で、パイロットとして連日の猛訓練を受け、近き日の初陣[デビュー]に向けて虎視眈々と爪を研いでいた。

そして15歳・中等科3年生の時に、戦闘機のパイロットとして初陣を飾ることとなった。

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