豚
二人の日本人は―否、二『匹』の『チョッパリ』は―番組スタッフから薄汚いボロ雑巾を与えられ、各々それを口に咥えて四つん這いになり、咥えた雑巾ごと顔面を床に密着させて這いずらせながら、そこにこぼれた小便を拭き取り始めた。
足許の彼らを取り囲むように、三人の韓国人女性―ジョンファとミリとサラン―が、好奇の目でその様子を見下ろしていた。カメラマンもニヤニヤと笑みを溢しながら、そんな二匹の哀れなイキモノの、苦役に歪む顔の表情を、地面すれすれから舐めるように画角に納めた。そしてその映像は、カリスマ的な二人のアイドルの高貴な笑い声をBGMに、海を越えて数千人の韓国人視聴者に同時配信されていた。
確かにその図は、地中に隠れたトリュフを探す豚のつがいのようにも見えたが、豚が持つ強靭で縮こまった首と四肢とでグイグイ穴を掘っていく『本物』と違い、秀志朗と真子は極めて窮屈でもどかしい体勢を強いられていた。
それに加えてこの『匂い』である。彼らに与えられた雑巾は薄く、繊維も粗い安物だった。床にこぼれた秀志朗の小便は、その薄く質素な布に染み渡り、口と鼻を通って彼らに嘔吐的[ディスガスティング]な苦痛を与えた。その苦痛は人間にとって根源的な苦痛だった。
「あら、豚でも自分たちのおしっこは臭いのかしら? 二匹ともすっごい嫌そうな顔しちゃってるけど」とジョンファが楽しげに笑いかけながら言うと、ミリも、「いくら豚でも自分たちのしでかした不手際は、ちゃんと自分たちでオトシマエつけないと駄目よね」と笑顔で言った。「豚のしつけも大変ね。汚いし、頭悪いし」
二人はいつの間にか黒の光沢のあるハイヒールサンダルを履き、乗馬鞭を手にしていた。サプライズ用に着込んでいたスパンコールのキャミソール/フリルレースの付いたショートパンツと合わせて、どちらも新曲のステージ衣装だった。足許の二匹の豚と好対照に、完全に公の番組用のいでたちである―それが彼女らの戦闘服なのだ。アパートの室内だったが土足だった。
ステージ衣装の二人は、めいめい、足許の二匹に対して『トリュフ探し』を模した雑巾がけの指揮・指導を行った。上から見ていると汚れている場所がよく見えたので、それを四つん這いの彼らに教え示した。また、彼らが身体を休ませないよう―怠惰にサボらないよう―、叱責し続けた。
ジョンファは最初、秀志朗に対して、靴と乗馬鞭をメインで使った。敢えて言葉は使わず、右足の爪先で汚れている箇所に『トントン』と叩いて音を立ててやり、四つん這いで床に顔を擦り付けるあまり周囲が見渡せない秀志朗を導いてやった。彼が苦しそうに肩で息をして、雑巾がけの動作が鈍ってくると、順手で持った乗馬鞭で、彼のガラ空きの臀部を引っぱたいて奮起を促した。彼はおおむねジョンファの意に沿った動きをし、ジョンファはそれに満足した。
一方のミリは真子に対して、積極的に言葉を使った。しかし長い言葉は使わず、「右」とか「左」とか「2センチ前」といった簡単な指示。あるいは「がんばって!」、「心を込めて!」、「豚の気持ちになって!」といった励ましの言葉も混ぜてやった。真子は健気にこのずっと年下の絶対者の意向に忠実であろうとした。懸命に『豚の気持ちになろう』とした。
二人はやはりカメラの前で楽しげに「そっちはどう?」「まぁまぁかな。そっちは? サボってない?」とか言い合って、時折、叱責の対象を交代し、この『ごっこ』を楽しみ続けた。
◆◆◆
秀志朗はぼんやりとしていた。
もちろん『御二方』の御意向に沿うべく、首と上体と両腕は間断なく動かし続けたが―そして口から雑巾を離さないように顎を踏ん張り続けたが―不思議と頭はぼんやりとしていた。
大事な感覚が麻痺していた。
大学に入ったころから、あるいは高校生のころからずっと憧れ、ある時期からは殆ど神のように慕ってきた運命のアイドルに最接近した未曾有の歓び。突然の失禁。腰が抜けた感覚がまだ身体に残っていた。
虚脱感と崩壊した羞恥心。
『韓国語って、、、本当に美しいな』
どのような作用か、彼はぼんやりとした頭で、そんなことを考えていた。―あるいはマラソンの最中にランナーが取り留めの無いことを不意に考え始めるのと似ているかも知れない。
『どうして気付かなかったんだろう。韓国語って、本当に美しい言語だな。疑いの余地無く、史上最高の言語だな』
おそらく世界中で、あるいは歴史を遡っても、現代の韓国語ほど音楽的に美しい言語は他に無いに違いないと彼は思った。回りくどくてモッタリとした重みのある倭語なんて問題外だ、韓国語の持つ美しさの足許にも及ばない、とも彼は思った。
事実、いま頭上から二人のアイドルに、
「豚、そこが汚れているからもっとしっかり磨きなさい」
とか、
「まさか僕は人間なのに悔しい、とか思ってないよね? 現実見ましょうね、豚」
とか、
「あとで感想聞かせてね。豚になったご感想よ。泣かずにちゃんと私たちに教えてね」
とか言われるその一言一言が、まるで金科玉条のように崇高で、それでいて、そこに含まれる韓国語特有の音の響き、流麗な音階の輻輳が、ただただ、美しかった。耽美的ですらあった。
その美しさを前にしたら、例えば、彼が中学時代に倭語の『名文』として暗記させられた日本大公国憲法の一節「日本大公国国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して~」云々といったモノは、やはり足許にも及ばなかった。『雲泥』の『泥』だった。意味不明だしテンポも悪いし最悪だ、と彼は思った。
憲法を韓国語にすればいいのに、とさえ思った。―後日談だが、もちろんそれは拡大的に現実のこととなる。この時代から12年後=女権暦21年のことである―
とにかく、彼はこのとき、『トリュフ探しごっこ』の豚になりながら、そんなことを考えていた。




