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少しの間、再び時計の針を戻さなくてはいけない。


彼が、ハン・ジョンファという名の、一人のうら若き韓国人少女に、全て持っていかれるほど、激しく深くのめり込むようになったそのきっかけは、たった一曲の歌だった。


それは彼女がデビュー前、まだ13歳だった時に、自ら作詞・作曲して、インターネットの無料動画配信サイトで公開していた、インディーズ時代の楽曲だった。


その頃からすでに将来アイドル歌手として世に出ることを見据えていた彼女は、いわば『習作』として、その歌を作り、ピアノで伴奏を付けてスマートフォンのカメラで撮影して、その動画をサイトにアップしていた。


この歌は、韓国語に少しだけ英語の混じった歌詞で、完全に韓国国内向けの曲として歌われていた。

後にWHIPsのファースト・コンピレーション・アルバムに収録され、一般に初めて日の目を見ることになるが、一般的に言えば、決して評価されている曲ではなかった。世間の評価は、『曲調は荒削りで隙が多く、歌詞も幼稚で、「ハン・ジョンファの後のスターダムの階段の第一歩となった」という後付け的な価値しか見出せない』となっている。現在に至るまで、WHIPsのラインアップの中ではかなりマイナーな曲の一つである。


しかし羽柴は、誰がなんと言おうと、この曲が一番だった。


幼く、発展途上ではあっても、ジョンファの手になるその瑞々しく叙情的な歌詞は、ロンド調のメロディアスで疾走感あふれる曲調と相俟って、魔力的に青年羽柴の心を深く侵略することとなった。致命的なほど心に響いた。


彼のハート・ランドに許可なく土足で上がりこみ、永く、そこに居座った。いとも簡単に。

あるいは毒のように、彼の体の隅々に広がって、死ぬまで消えなくなった。


羽柴にとっては一生の不覚に違いないが―どうして、たった13歳の韓国人の女の子に、これほど自分の心を根底から揺り動かす曲が作れたのか―、好むと好まざるとに関わらず、それは彼の心を完璧にarrest[捕縛]していた。


人生におけるベストの曲。常に心のプレイリストの一番上にある曲。苦しいとき、辛いときに必ず思い出し口ずさむことで、勇気を与えてもらう曲。そして長い生涯を支えて、共に歩んでくれる曲。。。どんな賞賛も決して嘘ではなかった。


『Fabulous Spring』という名前の曲だった。


彼はもちろん全ての歌詞を記憶していた。

二度と消えない入れ墨のように、しっかりと心に刻み込んでいた。


◆◆◆

『Fabulous Spring』

―作詞・作曲:ハン・ジョンファ


〔邦訳〕

底冷えの季節は暖炉の前に座りこんで

『春が来たら新しい自転車を買おう』って

雪の窓を眺めていた

もぞもぞニットソックスの両足をこすり合わせていた


いま私の家のガレージには

新品の真っ白な自転車がある


彼は、まだ薄暗いガレージの片隅で

私のことを待っている


私が朝の眠りから起きてくるのを

しんぼう強く待っている


春は私の季節

雪はもうどこにもなくて空には鳥が遊んでいる


まだちょっとだけ眠たいけれど

ペダルも道路も微笑んでいる


仰いで見晴らせば

世界はすみずみまで一面の春


ほら、スプリングコートを着て

買ったばかりの自転車に乗って出掛けよう


道ゆくみんなに

彼の目新しさを見せびらかしてやろう


春風の中で揺れる私の髪と

お気に入りのプリーツ・スカート


スプリングコートはまるで羽のように軽く

新しい自転車は私の手のひらの誠実なしもべ


まっさらな彼はすみずみまで私のもので

サドルは100パーセントの忠誠心で私を支えている


彼に跨り、私は風になって世界中のどこにでも行くことができる

世界中のみんなを振り向かせることができる


春は私の季節

世界中が私に出会うのを待ちわびている


私は春の少女

きっと世界のスピードだって追い抜くことができる

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