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尻をぺたんと床に着けて、仰け反る上体は辛うじて両腕で支えてはいるものの、羽柴は突如降臨した二柱の女神=現人神を前にして、筆舌に尽くしがたい体感を覚えた。

あえて『筆舌に尽く』そうとすると、「体の組成がばらばらにほどけて、風に散る灰より細かく分解された」ような体感であった。

体の組成がバラバラになるような体感。

生きたまま生まれ変わるような体感である。


感覚的に、このとき羽柴の儚い浮世の肉体は、まるで肛門からストローを突っ込まれて風船のように破裂したカエルのようにバラバラになった。


そして、新しい肉体を、女神たちからの『借り物』として貸与され、女神たちの保証の下で人生がリスタートしたような、そんな体感だった。


能動的に『生きている』のではなく、女神たちによって、受動的に『生かされている』。そのように人生観が変わってしまったとしてもおかしくはなかった。


◆◆◆

もちろんこれ以前にも、羽柴はジョンファを『肉眼で』見たことはあった。コンサートは―いずれも日本国内で開催されたもののみであったが―計8回行ったことがある。そのうち6回は(関係者席を除いた中では)最上級のS席であった。

しかしそれらは巨大すぎるドームやアリーナにおける、数万席の中の一席であり、WHIPsから見たら砂粒のような存在で、しかもいずれの時も、たとえ瞬間的な最接近記録であっても100メートルは距離が隔たっていた。さらに、それさえもほんの一瞬で、人ごみの頭の隙間から、遥か彼方に見え隠れするのを必死で目で追うだけであった。


羽柴はこれらのコンサートにいい思い出はあまり無かった。

出費ばかりが異常に嵩んだが、それは『お布施』・『上納金』として割り切った。途中からは『トップオタ』としての自恃から、半ば強制的に出席していた。


そしてWHIPsは、日本国内では、握手会はもちろんやハイタッチ会や小劇場での公演さえも、意図的に、戦略的に開催してこなかった(この戦略については後述するが、つまり日本人ファンは『オアズケ』されていたのである)。

彼はだから実質的に、今回初めて実物を、ナマで観たことになる。


彼は、一般に女性がすごく好きでありながらも、女性とまともに付き合ったことのないまま、24歳になっていた。その反動で、深く、全身全霊でのめり込んだ、憧れの、夢の存在であるハン・ジョンファ【17歳♀】と、彼女と人気を二分し実力も双璧のウォン・ミリ【同じく17歳♀】=韓国のスーパースターで、本来なら全く住む世界の違う二人が、WHIPs至上最高の出来とも言われる新曲「ドミナガールズ」のステージ衣装を着て、いま、まさに目の前に立っているのである。手前の汚い安アパートの玄関先に『揃い踏み』しているのである。


筆舌に尽くしがたいとしか、もはや言いようがなかった。


そういう意味でも、この番組―WHIPsの韓国人ファン向けのネット生配信番組―は半ば以上成功を納めていた。最大級の『ドッキリ』、そして最大級のリアクションを撮ることが出来たのだから。


もちろんジョンファとミリは、そんな足許にへたり込んで自分たちを力なく見上げる年上の日本人男性を、好奇の目で、心底笑いながら見下ろしていた。

『キャハハハッ。こいつの顔、見てよジョンファ。ヤバくない?』

『ナイスリアクションね~。「本物を前にした下僕クンのリアクション」、永久保存版ね』

『て言うか韓国中に生配信されてるよ。衝撃映像よ。きゃはっ』

『よっぽどこの衣装と私たちが大好きなのね。何か健気・・・』

『ね、ここまでくると可哀想になってくるね。ちょっとビックリさせすぎちゃったかなぁ、私たち。キャハハハハッ』


楽しそうに笑い合う二人とは対照的に、羽柴は押し寄せる体感から、体に異変を来たしていた。

まず、腰が完全に抜けていて、立ち上がることも姿勢を変えることも出来なくなっていた。ガクガクする両腕で上体を支え、尻餅をつき、股を開き気味に床にへたり込んでいる格好だった。


そして、感動のあまり、顔面から汁という汁を分泌していた。

汁の分泌は、まずは涙から始まった。彼は自分でも泣いているとは気付かずに泣き出していた。

涙、そして鼻水、涎、もちろん汗。顔面にあるすべての孔から、すべての汁が垂れ流されていた。彼の顔面はみるみる汁気をまとって汚れていった。そして止まらない嗚咽を漏らし続けていた。

しかし、そんな重篤な身体の異変さえも、二人にとっては笑いのタネでしかなかった。


『・・・泣いちゃったね・・・』

『・・・泣いちゃった・・・・。っていうか、、、顔から汁、出しすぎじゃない、この子?』

『やぁだぁっ。汚い。。。てか汁、出すぎて、、、ちょっと縮んじゃったんじゃない、この子(笑)』

『キャハハハッ! もぅ、何それ?! この子のこと人間じゃないみたいに言って。そんなの妖怪じゃん(笑)』

『うふふ・・・。汁が出すぎて、どんどん縮んでそのまま消えちゃったら面白いね。「妖怪『顔から汁出し男』あらわる。そして消える」』

ミリはジョンファの冗談事を聞いて、腹を抱えて笑った。抱腹絶倒だった。この日本人は本当に面白いと思った。

『もぅ、ジョンファったら! ヘンなこと言わないでよっ。笑いすぎてお腹イタイ・・・』

こんなに笑ったのは久しぶりだった。


二人は足許の日本人ファンの『ナイスリアクション』をネタに、思い思いにガールズトークに花を咲かせていた。好奇心旺盛な17歳の二人にとってこの男のザマは心底イジり甲斐があって、面白かった。

そして生配信の視聴世帯数も―物好きのファンがネットで拡散しているのだろう、二人のアイドルのテンションに合わせるかのように、うなぎ昇りに上昇していた。


・・・しかし羽柴の第三の異変で、二人は文字通り『笑っていられなく』なってしまう。そして更なる羞恥がやってくる。


◆◆◆

下半身を中心に、『何か』が漲ってくるような感覚。

汐が、体の中に徐々に満ちてくるような感覚。


制御不能の渦まきが迫ってきて、飲み込まれる・・・。


擬音で表そうとすると「トュゥゥゥゥーーー・・・・ン」 という聞いたことのない音が聞こえてきて、リンパの流れが慌ただしくなり、『何か』が充填され、満たされて、溢れてくる。

・・・それらは一瞬の感覚だった。


『違和感』よりも『未知感』と表現したほうが合っている。

羽柴は泌尿器に何か問題を抱えていたわけではなかった。だからこそ余計に、この瞬間の『とくべつ』な感覚は、忘れがたく斬新だった。


「トュゥゥゥゥーーーー・・・・・・ン」


アレ? 何か変だ? と思ったときには、遅かった。

腰が抜けるとか、涙や鼻水や涎とは、また数段、あるいは次元が違う『圧倒的』で『とくべつ』な感覚。。。


『ぁあぁっっ・・・・。』異様な吐息が、口から発せられた。


羽柴は、二人の憧れの女性と、その他大勢のニヤニヤした大人たちと、さらには生配信のカメラを通して不特定多数の悪意に満ちた韓国人一般視聴者の面前で、憐れにも失禁してしまった。

おしっこをちびってしまった。

『うれション』―嬉し小便―を漏らしてしまった。豪快に。


それは快感と紙一重だった。

一生忘れられない感覚だった。

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