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闖入

ともかく、彼の「血と汗と涙といろんなものが染み込ん」だジョンファの脚―マネキンの脚―は、これまた金の掛かった、いかにも高級そうなステージ衣装の見事な漆黒のブーツを纏って、幸福そうに、静かに佇んでいた。汚い安アパートの一角にあって、場違い的に異彩を放出していた。まるでそのブーツの周りだけが自然と華やいでいるような、ブーツ自体が輝きを放っているような、そんな風にさえ見えた。

哀れな変態苦学生の礼拝の対象として、これほど相応しいものがあるだろうか?


女子アナは自分の脚がなんだかこそばゆくなるのを感じながら、羽柴に「厳命」した。

『例のオタ芸、私たちに見せてくれますか? 今、ここで』

そこには有無を言わさぬものがあった。


『も、も、、もちろんです。喜んでやります』

またしてもドモり癖が戻ってしまった羽柴は、ジョンファのマネキンの方に向き直り、気を付けして居住まいを正した。大きく息を吸った。

カメラマンが羽柴の表情が見える絶好のアングルを確保したのと同時に、羽柴が叫んだ。


『現人神ぃ~、ジョンファ様に捧げるぅ~、、三跪九叩、10本セットぉぉぉ、、、始めまぁぁっすっっ!!!』


テレビクルーたちもびっくりする声の音量だった。

もちろん周囲の反応(「ドン引き」)など目にも留まらない羽柴は、叫ぶやいなや、まず正面のマネキンに上体を「ブンブン」振り回すように、正確に三度、最敬礼し―三回とも折り目正しく90°以上腰を曲げていた―、それからマネキンの足許に「ぺたっ」と正座して、三度、今度は土下座叩頭した。文字通りの「叩頭」で、床を自らの額でもって、「ガン・ガン・ガン」と打ち叩いた。


そして、浅く息をしながら立ち上がり、再び三度の最敬礼、そして正座、三度の叩頭、、、これを三回繰り返した。


テレビクルーたちは、最初、あっけにとられていたが、徐々に滑稽さが込み上げてきた。

女子アナが、小声で『マネキンが振動でカタカタ動いてるぅ』と茶々を入れると、それを呼び水に一座はどっと笑った。

『ここがアパートの一階で良かったぁ、ハンパない近所迷惑じゃん! 何してるのこいつぅー。アハハハハッ』

今では女子アナも、憚ることなく羽柴を「こいつ」呼ばわりして嘲笑した。

生配信の画面も、『笑』の文字で埋め尽くされていた。


しかし周りの楽しげな笑い声は、もちろん羽柴の耳には届かなかった。彼は神妙な面持ちで、いたって真剣に、この三跪九叩【※ オリジナルの、つまり中国の皇帝天子が受けた臣下の礼よりもさらに肉体的負担と見た目の派手さがアップした、羽柴アレンジ=羽柴スペシャルである】を、彼は10本、やってのけた。

彼の真剣なまなざしと必死の形相が、見るものに更なる大爆笑をもたらしたことは、無論、言うまでもない。


◆◆◆

――汗だくになってマネキンの足許にうずくまって、肩でハァハァ息をする羽柴。

女子アナ『お疲れ様でしたぁ。いやぁ、面白かったぁ、、、ハシバさん。。。すごい迫力! 何ていうか、、キミのWHIPsに対する熱い想いがビシビシ伝わってきました。いやぁ、凄い! 感動!』

――彼女は言って、腰を折って身を低くし、手にしたハンドマイクをうずくまる羽柴の口元に差し出した。羽柴はしばらくハァハァ言って受け答え出来なかったが、しばらくして、ようやく、『は、はぃ、、、これがぁ、神に奉げるオタ芸、ってかぁ、三跪九叩ぉ、10セットですぅ。。。。これを毎日、朝昼晩の三回、やってます。。はぃぃ。。。』


女子アナ『これ、目の前にジョンファ本人がいたら、同じことできますか?』

――肩で息をするのを止めて、一瞬、羽柴は女子アナの方を向いた。


羽柴『も、も、もちろん。。一生に、一度でいいから、これをジョンファ様・神様の前で披露したいです。。腕の入れ墨も見て頂きたい。。お目通りの栄誉に浴したいんです。。僕の夢ですぅ』

――羽柴はなおもマネキンの足許にうずくまったまま、女子アナに差し出されたハンドマイクに向かって言った。


女子アナ『夢、なんですね。神様に会うのが』

羽柴『は、はぃぃっ。夢です。遠くから拝見したことしかありません。いつ何時も、心からお慕い申し上げております。。もしお会いできたら・・・』

女子アナ『お会いできたら?』

羽柴『し、し、、死んでも、死んでも、死んでもいいですぅ。。。だってぇ、、神様ぁぁっ』

――羽柴は呻き声のような哀願を搾り出し、うずくまったまま両腕を伸ばしてマネキンの台座に手で触れた。そして『神様ぁ・神様ぁぁ・・』と言いながら、その台座を両手の掌で撫で回し始めた。土下座して、腕だけ前方に伸ばした格好である。


――女子アナがまずカメラを、次に番組スタッフを見て、口パクで(もういいかな)と、訊いた。インカムを付けた番組スタッフが、満を持した表情で―無論羽柴には見えないように―親指で「Go!」のポーズをした。女子アナは返事にウィンクした。「了解」の合図だった。


女子アナ『そういえば今日、ハシバさん、何かネットで注文したモノが届く日だって、言ってましたよね。あれ何時に届くんでしたっけ?』

羽柴『あぁっ!! た、大変なことを忘れてぇた』

――羽柴は慌てて―心から慌てて―立ち上がり、時計を探してあたりを見回した。

羽柴『じゅ、11時に来ます。今何時ですか?』

――女子アナは左手首の内側に付けた細身の高級腕時計を、いかにも何食わぬ顔で見て、言った。『11時、、10分。ちょっと回ってるかな』

羽柴『うげぇっ! やぁばい!』

女子アナ『落ち着いて! まだ来ませんよ。ほら、ハウス! 待て! 落ち着いて! 何を注文したか、カメラに教えてくれますか?』

――女子アナに早口でもって若干すごまれ、羽柴も吊られて早口になって言った。

羽柴『ジョンファ様の靴のレプリカっ! 本物と同じメーカが作ってるからほぼ本物なのっ! ジョンファ様がっ、か、韓国版「ドミナガールズ」で履いてたやつ! ハイヒールサンダルっ! 黒のっ!』


女子アナ『誰から? 誰から、いくらで買ったの?』

羽柴『韓国のファン! やっと譲ってくれることになったんです! 値段わぁっ、、、えっ、、、ぃいでしょう、、別にぃ、、、、。だ、だだだ、だいたいなんで見ず知らずのアンタに、おおお教えなきゃ、、、アンタ、年下だろぉっ、、、』

女子アナ『ダーメ。教えて。教えなさい。いくらで買ったの? いまさら恥ずかしがることなんて無いでしょうが! あんなオタ芸まで披露しておいて(笑)。ホラ、いいから言いなさい!』

羽柴『で、、、でもぉ、、、、』

――羽柴は女子アナの迫力に完全に飲まれていた。


女子アナ『ほら! 早く!!』

羽柴『わ、分かりました、言います、、、。に、、、、20万です。代引きです。。ど、どうしても欲しかったんです! 知らない間につり上げられて、、、引くに引けなくなったんです!』

女子アナ『あははっ、凄い金額ね。君のバイト何か月分かしら?』

羽柴『軽く半年は・・・てか貯金と親のお金です』

女子アナ『代引きなんでしょ? お金は用意できてるの?』

羽柴『は、はいっ。。棚に。。。』


――女子アナが左手で―マイクを持っていない方の手で―大きく髪をかき上げた。それが最後の合図だった。

『ピーンポーーン』高らかにドアベルが鳴った。はぁぁーい!と羽柴は大声で返事をした。女子アナは笑っていた。


『ピンポーン・ピンポーン』なおも急かすようにドアベルを連打されて、羽柴は玄関に走った。


◆◆◆

ドアの覗き穴から伺ってみたが、覗き穴は外から指先で押さえられているのか、訪問者の姿は見えなかった。

その間も、ドアベルが短い間隔で鳴り続ける。

(宅配便にしてはやけに鳴らすな…)

羽柴は若干不審に感じながらも、待ちに待った『荷物』の到着に胸躍らせて、玄関ドアの引き戸を開けた。


ドアを半分ほど開けたところで、『グンッ』とドアが唐突な力で内側に押し込まれ、身長の高い―それでいて驚くほど機敏な―『闖入者』が、靴が散乱する小さな土間部分を軽く飛び越えて、土足のまま玄関に上がってきた。

闖入者は宅配便業者の格好をしていた。グレーのキャップにグレーの長袖・長ズボンの作業着だが、なぜか靴だけは女モノのパンプスを履いていた。一瞬見た限りでは、大きなサングラスをしていたように見えた。

細身で、いやに背が高かった。


気付いた時には羽柴は、一人目の『闖入者』に背後に回られ、右手で両手首を束ねて掴まれ、左手で首根っこを上から抑え込まれて、玄関上で組み伏せられていた。両手首を掴んだ右手も、首根っこに置かれた左手も、凄い力だった。―ただ馬鹿ヂカラというのではなく、無駄の無い力の入れ方で、簡単に羽柴を組み伏せていた。息も乱れていない。というか息遣いがまったく聞こえなかった。

反対に羽柴は、浅い呼吸を連発し、冷や汗をダラダラ垂らしながら、それでいて声も発せられず、闖入者に背中を向けた俯きぎみの両膝立ちの格好で、その足許に組み伏せられていた。上からしっかり首元を押さえ込まれていたので、顔を振り返らせることはもちろん、上を向くこともできなかった。視界には自分の靴が散乱した、アパートの小さな土間部分の、その一部が見えているだけである。


そうこうしている内に、もう一人の『闖入者』がドアから入ってきた。

もう一人のほうは、対照的に、ゆったりとした身のこなしだった。

そして土間に散乱している羽柴の、洗っていない汚い靴たちを踏みつけて、組み伏せられた羽柴の前に立った。

下向きに顔を伏せている格好の羽柴からは、もう一人の『闖入者』の脛から下だけが見えた。

一人目と同じグレーの作業ズボンを履いていて、脚の形は分からなかったが、ズボンの上からでも、その脚の持ち主が、細身ではあるが健康的で骨太な体格であることが分かった。二人目は一人目と違ってスニーカーを履いていた。足の大きさに覚えがあるような気がした。


『こんにちは。お邪魔するわね。ちょっと訊きたいんだけど、WHIPsに400万円も注ぎ込んじゃってる、カネづるキモオタファン君のおうちはここかしら?』


二人目の―羽柴からは脛から下だけしか見えない―闖入者が言った。

韓国語の、女性の声だった。

羽柴はワケが分からず、何も声を発せられなかった。


『WHIPsに、400万円も注ぎ込んでる、変態、カネづる、キモオタ、童貞マゾ君のおうちは、ここでよかったかしら??』


女はもう一度、今度は少しゆっくりした韓国語で言った。羽柴を組み伏せている一人目の闖入者が、笑っているのか、両手が小さく震えているのが伝わってきた。

――女の背後からさらに1台のテレビカメラが家の中に入ってきた。さらにリビングにいた女子アナとカメラマンも玄関に集結してきて、彼の狭い玄関は韓国語を喋る女男で溢れかえった。


『、、、ふ、、ふげへぇっ??』

自分の家の玄関に組み伏せられ、訳が分からず、羽柴は意味不明な言語を発することしかできなかった。


二人目に闖入してきた女が腰を折って屈み込んだ。羽柴の目の前に豊満な胸部が飛び込んできた。グレーの配達業者風作業着の上からでもハッキリと形が分かる豊満で清らかな胸だった。

『!!!』

なおも後ろ手を掴まれたまま驚く羽柴の顎を指先で『クイッ』と持ち上げ、女は羽柴の顔を正面から覗き込んだ。

女もグレーのキャップに髪をたくし込んで、黒い大きめのサングラスをしていた。


『キミが下僕クンかな? 韓国からキミへ素敵なお届けものを持ってきたよ』

女は言って、被っていた配達業者風のグレーのキャップを脱いで羽柴に被せてやった。つづいて、手の平で羽柴の後頭部をキャップの上から二度『ポン・ポン』と叩いてやり、それからサングラスを取って自分の胸ポケットにしまった。

『こんにちは。私が誰だか分かる?』

女は言った。まさか、まさか見まがうはずもない。目の前にいる女は、WHIPsリーダーのハン・ジョンファ【17歳♀】その人だった。

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