嘲笑
二回目のドアベルで返事があり、若い男がドアの隙間から顔を覗かせる。眩しそうな顔で女子アナを見て、カメラを見て、また女子アナを見る。
もちろん羽柴には番組から、事前のアポイントと、男性ADが入念な下調べと面接をしていたが、羽柴はこの日も単なる取材と思っていて、登場した韓国人女子アナの可愛らしさと、番組スタッフの多さとに面食らった。
羽柴は部屋着として使っているジャージ姿で、見るからに不潔そうだった。
アパート内に女子アナと番組スタッフを入れた羽柴は、初めは明らかに緊張していたが、女子アナのあけすけでフレンドリーな接し方(無論演技で、内心では見るなり羽柴を軽蔑していた)によって容易く騙され、番組の思惑通りに、『イタい』醜態を生放送のカメラの前に惜しげもなく晒していった。
まずアパートの部屋―1Kだが家賃の割りに広い部屋だった―には、壁と天井一面にポスターが貼ってあった。WHIPs全員のポスターか、ジョンファのソロのポスターだった。
そしてあらゆるアイドルグッズが、部屋の中に所狭しと並んでいた。ポスターの他にはカレンダー、パネル、タペストリー、うちわ、大小フィギア、額縁に入った光沢のあるトレーディング・カード、ブロマイド、果ては抱き枕。。。
そして部屋の一番目立つ場所、大きなCDコンボの上の壁には、これまでにリリースされたWHIPsのシングル曲とアルバムのジャケットが、神聖なものを飾るかのごとく並んで鎮座していた。
部屋の中すべてが、あらゆる角度から、ジョンファ、ミリ、そして他のメンバーたち、様々なコンセプト衣装を纏った様々なWHIPsメンバーたちから見下ろされていた。
羽柴以外の―女子アナと番組スタッフ―全員が、みな一様に居心地の悪さを感じていたが、それも最初だけで、徐々にこの男の『面白さ』が開花していき、番組は大成功となる・・・。
◆◆◆
――壁に並んだジャケットたちを見渡しながら。
女子アナ『さすが、全部揃ってますね~。すご~い。キレイにならんでる~』
羽柴『・・・うふっ。僕の宝物です。て、、てか御本尊です。。。神器です。。。き、汚い手では触らないで下さいね。僕も触るときは白手袋をします。。。』
女子アナは男の緊張してドモりがちな韓国語を聞いて、さすがにちょっとムッとした。理由もなく『汚い手』と言われたことも―無論羽柴に悪意があったわけでは無かったが―彼女の癪に障った。
それで、試しに皮肉を言ってみた。
女子アナ『これだけWHIPsのグッズを買い揃えられるということは、ハシバさんはお金持ちでいらっしゃるんですね。大学生なのにスゴイな~。いったい月にいくらくらいWHIPsにつぎ込んでいるんですか?』
しかしその皮肉も羽柴には通じなかった。むしろ『待ってました』とばかりに、彼は部屋の奥からノートの束を持ってきて、その一冊を女子アナ渡した、女子アナは汚いものを持つように、ノートの端を指先でつまんで中身を見た。
ノートは出納帳になっていて、各ページにレシートや写真等が貼られ、その側に細かい、汚い字で明細が書き込まれていた。各種グッズの購入代金・コンサートやファンミーティングのチケット・ファンクラブの会費・事務所のプレゼント係に送った贈り物やファンレターの明細。律儀に、後世大事に、すべてがファイルされていた。
『WHIPsとの歩み ―vol.23』と、ノートの表紙に書かれていた。
羽柴『ぼ、僕の、人生の足跡であり、い、生き甲斐のしるしでもあります。昨日までにWHIPsと、ジョンファ様に、465万7112円、貢がせて頂いております。先月の6月だけでも、10万以上いってます。
ここの家賃が、こ、光熱費も入れて5万いかないので、せ、生活費の半分から3分の2はWHIPsです。うへへ、、、す、すごいでしょ』
女子アナもはや呆れていた。年上の日本人が嬉々として晒す醜態に、うんざりしていた。「こいつには人としての敬意を払う必要はない」と思った。態度にもそれが出て、露骨に顔の表情に嫌悪感が表された。眉を寄せ、口を逆方向に曲げた。
生放送のテロップ・コメントは盛況だった。
『キモい』
『こいつクズだな』
『あたり前のように「ジョンファ様」とか言っちゃってる・笑』
『こいつジョンファの何歳年上だ? プライド無いのか?』
『こんなクズにプライドなんて有るわけ無いだろ・大笑』
『日本人はマゾの変態ばかりなんです・こんなんばかりなんです』
『ジョンファ・頼むからこいつから根こそぎ金を吸い尽くして、一文無しのスッテンテンにしてやってくれ・君ならできる』
『同意。こいつには乞食が似合う』
『同意。てか遅かれ早かれそうなる・笑』
『てか乞食になって野垂れ死ね→糞倭奴・爆笑』
カメラには、醜悪な笑顔を見せる羽柴の顔越しに、ジョンファの女神のような笑顔のポスターが映っていた。韓国の化粧品メーカーの非売品のポスターで、羽柴はネットオークションで韓国のファンから大枚を叩いて落札した―羽柴のバイト時給でおそらく40時間分はする金額だ。
カメラが捉えたその二つの『顔』は、美と醜の完璧なコントラストだった。―美しい韓国人女性と、醜い倭奴。。。
◆◆◆
極めつけは『入れ墨』だった。もちろん羽柴が自分から、嬉々としてそれを見せたのである。驚愕の『晒し』であった。
羽柴『キ、キムさん。。。これも、見てください』
そう言って彼が急にジャージの上着を脱ぎ、その下の肌シャツまで脱ぎ始めただけでも女子アナは仰天だったが、露出されたその身体にハッキリと刻まれた文字を見て、さらに驚かされた。心底、引いてしまった。
羽柴『こ、これ、、、キレイに書けてるでしょ。い、入れ墨です』
まず、右の上腕には「現人神 韓貞華様 万歳」と漢字で書かれ、左の上腕には、同じ意味が、こちらはハングル文字で書かれていた。(『現人神』という単語がハングルで見つからなかったのか、こちらは「現世の女神 ハン・ジョンファ様 万歳」になっていた)
羽柴『か、韓国の人にも、日本の人にも、どっちにも分かるように、書きました。あはは・・・』
さらに背中には、肩甲骨の内側辺りに、太極旗[韓国国旗]と日章旗[日本大公国国旗]が並んで描かれ、その並んだ下に、ちょうど背骨の上あたりに、漢字で「韓日友好」と、縦に書かれていた。
胸には8桁の数値が、横に書かれていた。
4桁の数値、コンマ、2桁の数値、コンマ、2桁の数値、コンマ。
西暦の日付? 女子アナが質問するよりも先に、羽柴が言った。
羽柴『ジョンファ様の生年月日です。か、神様がこの世に降臨なさった、き、記念すべき日です。う、宇宙でいちばん大事な日です。。こ、これが、最初に彫った、入れ墨、で・す』
女子アナは気持ち悪さ―嘔吐的な気持ち悪さ―を通り越して、面白くなってきていた。昆虫博物者が未知の昆虫を発見して、興味に駆られるような、始原的な面白さが湧き出ていた。
(日本のアイドルファンがコンサート会場に着ていく服に、暴走族のようにアイドルの名前をでかでかと刺繍したり、車にアイドルの名前をプリントデコレーションしたりするのは知ってたケド、これは初めて見たわ)
思わず「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。
入れ墨を晒した倭奴に、生配信のテロップ・コメントも一瞬、静かになったほどだった。
『笑笑笑笑・・・』の文字が絶えることはなかったが。
女子アナ『ホントの入れ墨? 一生消えないの?』と念を押し、不意に、指先で羽柴の胸に書かれた文字を擦ってみた。唾を付けて擦ってみた。
本物だった。
胸を擦られて、羽柴が『あぁんっ』と身を捩り、『ほ、ほんものです。。。銭湯に、い、い、行けなくなりました』と言って、女子アナ含めたスタッフたちと、画面の前の視聴者たちは、一斉に笑い声を上げた。
『笑笑笑笑・・・』
『ダメだ・・・笑いすぎてお腹イタイ・・・』
『抱腹絶倒のキチガイキモオタ→私たち韓国人に笑いの種を提供してくれてありがとう! 多謝!!』
『入れ墨って痛くないの?』
『違った意味で痛い。大痛。てか一生消えないんだよ』
『こいつ、産んでくれた親に申し訳無いと思わないのかな? 私だったら死んでもお詫びできない』
『真性キモオタ倭奴に聖なる裁きが降りますように。。。入れ墨からバイ菌が入って死ねばいいのに。てかそうやって死ぬ場面もネット配信して欲しい・笑』
『同意。今日のWHIPsチャンネル最高だな。しかも生放送。こいつ韓国中に醜態晒してること知ってるのか?』
『だからこいつには醜態とかプライドとか無いんだって→あるのはWHIPsへの忠誠心のみ。下僕の鏡だ・笑』
『同意。下僕の鏡だ。笑笑笑笑。もう一生分笑った。この倭奴最高。笑笑』
『笑笑笑笑・・・』『笑笑笑笑・・・』『笑笑笑笑・・・』『笑笑笑笑笑笑・・・』
カメラにも見えるように、一通り自慢の入れ墨を晒してから、羽柴はゆっくりとジャージを着なおした。
◆◆◆
女子アナはそろそろ本題に入ろうと思った。トドメを刺そうと思った。
スタッフからもジェスチャーでその指示が出ていた。腕時計を見ると、確かにもう良い時間だった。
間抜けな羽柴は、今度はどこからか『WHIPsトレーディングカード・コンプリートコレクション』なるモノを持ってきて、気持ちの悪い自慢話に夢中になっている最中だった。
曰く、、、
『これ一冊で50万は注ぎ込んでいる』
『これを持っているのは日本に数人しかいない』
『見てくださいこのカードは関西ツアー限定の激レアで、大阪まで遠征して徹夜して並んで買ったんです』
『このカード・去年のクリスマスのサンタコスチュームのジョンファ様が大大大好きでもう500回はチョメりました・ムフフ』
『この一冊に僕の青春が詰まってます・ムフ・ムフフッ』
――云々、、、聞くに堪えない与太話のオン・パレードだった。アルバムが汚れないようにするためか、彼は白手袋まで付けていた。
コミュ障の癖に喋りまくりやがって、と彼女は思った。当然『500回チョメった』のくだりはスルーした。
◆◆◆
スタッフから再度苦笑交じりの「巻き」の指示が入り、女子アナは羽柴の話をばっさり遮って、言った。
女子アナ『あの、ご自慢のカード?お宝?の話に夢中になっているところ大変恐縮なのですが(苦笑)、あの、ハシバさんって、WHIPsワールド【※注:SNS仮想空間・ファン同士のコミュニケーションに使われる】に、凄い動画、オタ芸って言うんですか?の動画を載せていらっしゃいますよね』
羽柴は『ふむ』と言って、ようやく話を止めた。女子アナは続けた。
『「WHIPsに捧げる三跪九叩」でしたっけ(笑)、しかも、何か、、、マネキンを置いてその前でやってますよね。それってこのアパートですか?』
羽柴『ま、ままま、待ってました』
言って、彼は部屋の隅のクローゼットに、前屈みで歩いていった。
◆◆◆
クローゼットの中にはマネキンが2体、こちらを向いて並んで立っていた。
女子アナ含め番組スタッフの気持ち悪さは頂点に達した。
一同、『こいつは我々の期待を裏切らないな…』と、ほくそえんだ。
マネキンは頭のてっぺんから足の爪先まであるフル・サイズのものだった。よくアパレルショップの店頭に置いてある木製のもので、無論、2体とも女性だった。
2体はWHIPsのステージ衣装を着ていて(着せられていて)、1体は日本デビューシングル『ブル・ウィップ』のコンセプト衣装、もう1体は昨年の日本4大ドームツアー『鞭を持った女神たち』のメイン衣装だった。
羽柴『わが家の最高神です。ボクの命よりも大事なものです』
男からはもはや清々しささえ感じられた。彼の話す韓国語も、心なしか流暢になっていた。
◆◆◆
『2柱ともジョンファ様のぴったり原寸大です。ベースは韓国の専門の業者に特注しました。身長・股下・ウエスト・ヒップは公式サイズジャストなんですが、バストと足のサイズは発注ミスで若干小さかったんです。足のサイズはブーツを履かせるのでやむ無しですが、バストは重要なので市販のパッドで増強しました。ジョンファ様はお胸のラインが最高にお美しいので、この滑らかさを出すのには大変苦労しました。いろんな角度のジョンファ様のご真影を見て研究し、知り合いの造型師にも手伝ってもらいました。
しかし何と言っても一番心を砕いたのは脚です。おみ脚です。神脚です。ヒップから太もも、そしてふくらはぎにかけての「絶対生命線」です。ここは業者のものが気に入らなかったので、さっきの造型士と一緒に一から自作しました。
私の魂がこもってます。血と汗と涙といろんなものが染み込んでいます。おかげで最高の質感と曲線が出来ました。その造型師には充分なお礼をお支払いしました。数万・十数万、かな。しかし満足のいくものになりました。作って良かったと心の底から思っています』
女子アナは、彼の説明を上の空で聞いていた。韓国の業者に特注?脚の部分は自作?いったいいくら掛かっているんだ?お金だけでなく、どれだけの時間をこのマネキンに費やしているんだ??
そして女子アナは、この男が―まじめで小市民そうな見かけの、それでいて両腕と背中と胸に変態的な入れ墨のある、韓国語の堪能な青年が―大学を二留までしていることに思い当たった。
ここまでアイドルにのめり込んでいては、総合的に見て、おそらくもうこの男にはまともな就職も、まともな結婚も無理だろう。。。可哀想と思わなくもない。
いろいろな将来の大事なことを犠牲にして、あるいは不問にして、この男は夜な夜な部屋の片隅で、自身が崇拝するアイドルの脚の模型を造ったのだ。
自らの内なる魂に導かれるままに・・・。
◆◆◆
女子アナ(キム・サラン)は後になって、羽柴のこの言動に、日本人(男性)の民族的とも言える二つの特性が色濃く顕れていると思った。
一つは「細部に執着し、ともすればのめり込み過ぎるきらいのある、良く言えば職人気質・悪く言えば偏執狂的な美意識」。もう一つは「女性の脚/ヒップより下部へのマゾヒスティックな性的願望の偏重」である。
特に二つ目の特性については、友達であるWHIPsのメンバーや、事務所のマネージャー等、運営の人間とも折に触れて話をしたことがあった。
つまり、WHIPsを含め、K-POP女性アイドルは―先輩である『少女師団』も『K.C.J.』も―日本に上陸した途端、『美脚の持ち主』といって紹介されることが実に多いのだ。
これは売り出す側である韓国の運営サイドが意図しなくとも、つまり『美脚』をあえてセールスポイントとして売り出した訳ではないのに―むしろ『ダンスパフォーマンス』や『歌唱力』や『顔のルックス』といった脚部以外の普通のセールスポイントをプッシュしたいのに―なぜか日本のマーケットではK-POP女性アイドルは『美脚の』という形容詞が勝手に付与されてしまうのである。つまり脚を含めた下半身が過剰にフューチャーされるのだ。これはアイドルに限らず、韓国出身であれば、モデルや女優にも、程度の差こそあれ見られる現象だった。
一方、比較対象として、日本産には、様々な身体部位やキャラクターを前面に売り出す女性アイドルがいるのに、である。
不思議だ、と彼女は常々感じていたが、ようやく腑に落ちた。
『日本人は海の向こうの外界から来るものに対して、マゾヒスティックな下位願望を持つ』
もちろん、安直な一般化かもしれない。
あるいは、従来のステレオタイプ的日本人論の焼き増しに過ぎないのかもしれない。
しかしこの時代の日本人には、確かにこのような特性があったと、彼女らは考えていた。




