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液体

闇夜の中に沈むように、溶け込むように土下座し続ける二人の倭奴[旧・日本人]。

土下座の先には彼らの絶対的な支配者である韓国人女性の寝室がある。

無論、その韓国人女性は、彼らが夜通し土下座し続けているのを見ていない。意識さえしていないであろう。

ソヨンとソナは、軽く温かいシャワーを浴びてから、ようやく各々の部屋に戻って眠りについた。

やはり彼女らの『高貴な』頭脳には、その晩レクリエーションの具材に使った二人の末端倭奴[丸山と77番]のことなんて、頭の片隅にさえ上らない。

彼女らはそれぞれの部屋で、それぞれの幸福な夢の中に入っていったことだろう。暖かい毛布に包まれながら・・・


◆◆◆

丸山は、その無限の静寂の中で土下座し続けていた。

まるで世界中から忘れ去られた辺境のように、何も聞こえないし、何も見えなかった。おまけに骨の芯まで冷やすような寒さだった。雪が降ってきてもおかしくないくらいの、底冷えのする冬の夜だった。


丸山の耳の中では、ソヨンとソナとの去り際の会話が、何度も何度もリフレインしていた。


「私たちはもう寝るけど、二人は朝が来るまで徹夜して私たちの部屋に向かって土下座で拝礼していなさい」


「今日ひとばん寝るのは不許可よ」


「ホラ、二人とも、私たちが寝てる間、その格好[土下座]のままだからね。トイレも禁止だからね」


そして頭の上に無造作に置かれた皮革の手袋。

それはどこにでもある、何の変哲も無い、レディースの瀟洒な黒い皮手袋であったが、丸山にとっては彼女らの会話[聖勅]と同様、恩恵であり、護符であった。救いであり、神の存在の証明だった。


『・・・俺は幸福者だ・・・俺はこの試練を、潜り抜けることが出来る・・・きっと簡単なことだ・・・簡単・だ・・・・・大丈夫だ・・・・・』


丸山はそう思っていた。


◆◆◆

足音のようなものを耳にして、彼の意識の回線が戻った。どうやら彼の意識は、眠りと覚醒とのあいまいな境界線上を蝶々のように漂っていたようだった。


地面に覆われた視界のため、相変わらず何も見えなかったが、光量から判断して、時刻はまだ夜中のようだ。


足音の主は何も言わないが、その気配から、どうやら一人のようである。彼女(『彼』の可能性もあるが、状況的におそらく『彼女』であろう)は、土下座する丸山と77番との頭のすぐそばに立っているようだった。


何も言わない―再びしばらくの無音である。もちろん丸山も77番も、身動きせず、声も上げなかった。それは命令(『夜が明けるまで土下座平伏し続けること』)違反だし、そもそも寒さと疲弊困憊で舌を含めた全身の全ての筋肉が動かない。あるいは『彼女』を前にして一種の金縛りのような状況に陥っていた。二人そろって、指先ひとつ動かすことができなかった。


相変わらず足音の主は声を出さなかった。声音ひとつ洩らさなかった。

しかし彼女が軽く微笑んだような、嗤う表情を顔に浮かべたような気がした。微かな空気の揺れというか、気配というか、『間』のようなものが、丸山にそう思わせた。


それから彼女は身を屈めた―身を屈めたような『気がした』―。

気が付くと丸山の頭上から皮の手袋が消えていた。足音の主がそれをつまみ上げてしまったのだ。

頭上から『恩恵』のしるしが不意に失われた。。。彼の脳天は絶望的に淋しくなった。虚無的ですらあった。

さらに足音の主は少しだけ移動して、そのすぐ近くでまた同じような動作をした。丸山には影の動きでそれが分かった。彼はとても注意深く影の動きを察知しようとしていた。全神経を集中していた。まるで海底に沈む潜水艦のソナーマンのように。


足音の主は、おそらく隣で土下座している77番倭奴からも、頭上の手袋を回収してしまったのだろう。


『どうして、こんな非道いことを・・・』


しばらくの間、また足音の主は動かなかった。嗤っているのかもしれない。丸山の脳髄に絶望の汁が、まるでインクの染みのように広がっていった。


◆◆◆

『彼女』の影が急にグッと頭上へ近付いてきたような気配がして、丸山は思わず目をつぶった。何かで頭を殴られる、予感がしたのだ。


しかし予想された頭部への物理的な痛みは無かった。恐る恐る目を開ける丸山―もちろん土下座のままの丸山にとって、見えるものは地面以外に何も無い。


何か、頭上に大きなものが覆いかぶさったような気がした。

巨大な袋?あるいはフタ?のようなもので世界が覆われてしまったのだろうか? 相変わらず身体は金縛り状態で、何の筋肉も動かせない。


・・・ちょっとだけ気温が上がった? 丸山は、頭上―それもすぐ近く―を覆う何かが、アーチ状をしていて、しかも少し温かい物体であることを悟った。


人間に、頭を跨がれている?


そんなことは思いたくなかった。しかしそれは打ち消すことのできないイメージだった。そのイメージの中で、『アーチ』の主は、声を出さずに激しく嗤っていた。


丸山の後頭部に、生温かい、とろりとした液体が触れた。それはすぐに太い奔流となって丸山の頭皮を『完膚無きまでに』濡らし上げ、やがて側頭部や鼻柱を伝って目の前の地面に滴り落ちていった。

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