成敗
「騒がしいね。そこで何してるの?」二人の倭奴にとってその御声はまさに青天の霹靂だった。
ソナはごく普通に声を掛けただけだったが―相手を怯えさせようとする意図なんてまるで無かった―その声を耳にした倭奴二人は後頭部を鐘撞き棒で殴られたかのような衝撃を受けた。
――!! ソナ様!?
――ソナ様がいらっしゃる!!??
つい先ほどまでお互い取っ組み合いの喧嘩をしていた丸山と77番は、ソナの御声を聞くや否や二人同時に飛び上がり、その声のしたほうに向かって崩れ落ちるように土下座叩頭した。
――け、喧嘩していたところを・・・
――見られてた???
地面に這い蹲って畏まる彼らには、声の主の御姿を拝み見ることはできなかったが、よもや聞き間違う筈も無い。それはもちろん『ソナ様』の御声であった。ソナとソヨン、メイドの三人はゆっくりと彼らのほうに近付いていった。
『喧嘩両成敗』は倭奴の掟だ。
韓国人女性から見たら『目糞鼻糞』同然の存在である倭奴どもが、勝手に私闘など生意気千万である。しかもこんな夜時に、屋敷のすぐ傍で大声で喚き散らして、雲の上の存在である韓国人様方の安眠を妨げでもしていたら・・・冷たい地面に額を押し付け、先ほどの喧嘩の興奮が一瞬にして吹き飛んでしまうと、彼らは自分たちの犯した過ちの重大さに顔面蒼白になった。溢れ出る冷や汗と、少しずつ近付いてくるソナ様の御足音。。。
「こんな夜中に大声出して、ずいぶん元気ね」
「楽しそうに二人で遊んでたの? 私たちも入れてよ」
ソヨンとソナにとってはおふざけの茶番であるが、はるか天上で繰り広げられる神々の会話を聞く二人の倭奴は生きた心地がしなかった。二人は満身の力を込めて額を地面に押し付けて土下座し、77番は呻き声さえ洩らしていた。
土下座したままの二匹の倭奴と、そこに近付いていく三人。足音が止まった。
丸山は自分の心臓の音が止まったかのような錯覚を覚えた。
「面白い遊びがあるの。四人で遊ぼうよ」二人の頭上から、ソナは彼らがはっきりと聞き取れるように、ゆっくりとした韓国語で言った。
「屋敷のお庭で喧嘩しちゃうような悪い子に、ピッタリの『遊び』だよ。楽しんでくれるといいな」
足許に仲良く並んで土下座する二人の倭奴に、ソナが立ったまま言葉を投げかけた。
そしてソヨンが二人の頭のちょうど真ん中あたりに腰を屈め、ひそひそ声で「やば、、、ひょっとして、殺されちゃうんじゃない? どうしようかしら?」とふざけて言うと、女神たちは温かい笑い声を上げて笑った。
◆◆◆
『倭奴にとっては、自分たちの履いている靴でさえ、敬虔な信仰の対象である』という事実を、やはりソナはいまいち理解できないでいたが、しかしそれでも今足許に並んで土下座する二人の倭奴のみすぼらしい後頭部を見下ろしていると、『信仰の対象』とは分からなくても、少なくとも『底なしの恐怖の対象』というのはよく分かった。二人とも、自分がただ靴を履いて立っているだけで、まだ何もしていないのに、その足元に怯えきって縮こまるように土下座している。
(・・・むちゃくちゃびびってるなぁ・・・)
そんな倭奴の後頭部を眺めていると、ソナはいつも苦笑してしまうのだった。
ソナは地面にある倭奴の頭に、自分の右足を近付けてみた。そして同じ視野の中にその二つを置いて、見比べてみた。
自分の右足は、よく手入れされた、高級なハイヒールのパンプスに包まれている。昼間に倭奴が血眼になって磨き上げ、彼らの血と汗を涙を吸い込んで、美しく輝くパンプス。かたやそのパンプス磨きに心血を注ぎ、生き甲斐にさえしている倭奴。圧倒的に身分の卑しい、目下の存在としての旧・日本人。消耗品としての奴隷。
その頭頂部に群生している短い髪の毛は、今では韓国人女性の靴の裏の土を落とす足拭きマットとしてさえ使われるのだ。
地面に並ぶその頭と自分のパンプス―それらはほとんど同じ高さに並んでいた―は、最も高貴なものと最も卑賤のものという、完璧なコントラストとしてソナの目に映った。
◆◆◆
「私たち韓国人さまへのご奉仕を忘れて、屋敷の中で喧嘩を始めちゃったキミたちに、今から罰を与えるわ」
ソヨンは妹と言い合っていた冗談を切り上げて立ち上がると、彼らにとっては神聖で信仰の対象でさえあるパンプスに包まれた右足を丸山の後頭部の上に置いた。ソナも姉を真似て77番倭奴の首筋に足を掛けた。二匹の倭奴―丸山と77番―は為されるがまま、微動だにせず姉妹の足の下で土下座している。
「どうかお許し下さい、女神さま・・・」
ソナの足の下から77番が声を上げた。彼の酔いと高揚感は完全に吹き飛んでいた。
「御慈悲を・・・どうか・・・どうか・・・ソヨンさまぁ・・・神さまぁっ・・・」77番の声を聞いて、ソヨンに踏まれている丸山もつられるように哀願の声を上げた。
「謝るのなら最初からしなきゃいいのに。もう遅いよ」
「ねー。倭奴って本当にバカね」ソナが相槌を打った。
なおも土下座叩頭して萎縮する倭奴に対して、ソヨンが言った。
「今からどんな罰を与えるか説明してあげるから、二人とも顔を上げなさい」ソヨンは丸山の頭の上から足を下ろし、ソナにも目配せして77番の背中から足を下ろさせた。
桁外れの恐怖感から、しかし二人は顔を上げることができなかった。
「ほら、顔を上げなさい、って言ってるでしょ。聞こえないの?」
「お許しをぉぉ・・・」潰れたような声を喉から絞り出しながら、77番は何とか顔を上げが、一方で丸山は、依然として額を地面に擦り付けたまま、顔を上げることができなかった。
「ほらっ、お前もよ!」言ってソヨンは丸山に一歩近付くとその頭頂部を爪先で一蹴りした。『ビクッ』と身をすくませた丸山の、顔と地面との隙間にそのまま足を滑り込ませると、顎に爪先を引っ掛けてグイッとしゃくって上を向かせた。
「神さま・・・」彼は顔を上げさせられるや否や、目の前に立つ女性に向かって弱々しい声を漏らした。
あらわになった顔面は涙と鼻水と涎の水分が泥と混じってぐちゃぐちゃだった。
(やだ…、汚いわね…。私ってそんなに怖いのかしら)その脅えた家畜のような表情はソヨンの心根を軽快にくすぐってくれた。(…愉快だわ。きっとソナも同じ気持ちよね)
「もぅ、そんな泣かないでよ」男の顎をしゃくりあげた足の爪先で支えながら、ソヨンが言った。
「キミたちにとっては天罰だけど、それを与える私たちにとっては、楽しい遊びなんだから。むしろ私たちに娯楽を提供できることを喜ばなきゃ」
「は…はひぃ」丸山の間抜けな返事。そしてソナの「…アハッ。余計怖がっちゃったみたいね」という一言に、一座は再び暖かい笑い声に包まれた。




