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饅頭

監督者がゆっくりとした足取りで行ってしまってから、77番は顔を上げて『それ』を見た。

金の小皿の上に饅頭がひとつ載っている。深い感動が彼の胸を浸した。


彼は同僚たちとの普段の食事の際と同じように、食[エサ]を賜った時の感謝の文言を唱え上げた。


「生きるために、すなわち吾等が守護神様に死ぬまで滅私奉公するために、今、この食を、いただきます。天より賜りしこのお恵みを、心の底より感謝致します。神国大韓女権帝国、万歳」

文言中の『守護神様』・『天』は、もちろんソヨンをはじめとする韓国貴族女性のことを指している。

いつも言いなれた文言であったが、このときばかりは、77番の声は歓びで震えていた。


そして、これもまた普段の食事のときと同じように、両の手のひらを地面に着けた土下座の姿勢のまま―倭奴は食事の際、手を使うことは許されなかった―、頭を下げ、地面に置かれた『それ』に口を近づけた。少しだけ匂いを嗅いでみたが、匂いはしなかった。饅頭は、白い皮でしっかりと包まれていて、中身の匂いはまったく外に漏れないようになっていた。

そして、いよいよ77番は、『それ』を食べた。先ほど監督者に言われた通りに、一口で平らげた。


久しく味わったことのなかった贅沢な甘みが、それを口にした瞬間、まるで高潮のように彼の全身の神経を浸した。―彼を含む殆どの倭奴は、敗戦以降、否、食糧難が厳しくなった戦争中期以降、これほど高級な甘味を体感する機会は絶えて無かった。

(ぅんぁっ・・・)彼は思わず喉の奥に声を漏らしたほどだった。


饅頭は白い皮(生地)に包まれていて、中にはこし餡とつぶ餡の中間のような歯ざわりのものが入っていた。

原材料に加えて、大量の砂糖が混ぜられている。

砂糖は倭奴にとっては大変な高級嗜好品だ。彼はゆっくりと、いとおしむようにそれを咀嚼した。それは、どちらかというとつぶ餡に近いかもしれない。時折、舌の表面や歯茎の内側に粗いつぶつぶが優しく触れた。


圧倒的な甘みがようやく一段落すると、続いてバリエーションに富んだ様々な味と食感が口の中に押し寄せてきた。

まず、わずかな苦味がアクセントのようにあり、それから喉の奥を圧するような、こってりとしたコクがやってきた。

いい意味での『臭み』である。その濃厚なコクと『臭み』は、どことなくキムチの匂いに近い気がした。―うまいモノには独特な『臭み』が付き物だ。チーズしかり、納豆しかり、そしてキムチしかり。(ああぁっ・・・おいしいなぁ・・・)彼は思った。

その独特な苦味とコクは、しばらくの間、まるで鼻腔の奥に引っ掛かるように、彼の中枢に居座り続けた。


さらに特徴的だったのは、酒精[アルコール]由来と思しき、豊かな芳香である。

ほんのりと、鼻の奥から脳髄に広がっていく酒精の波。

それには確かに上質なアルコールが含まれていた。

(ウィスキーボンボンみたいだ)77番は思った。その味わい深いコハク色の酒精は、彼に酩酊を誘引せずにはいられなかった。


◆◆◆

「ねぇ、ちょっと…あれ、何かしら?」

主寝室の窓から何気なく庭を見下ろしていたソナが、テーブルを挟んで正面の椅子に座るソヨンに言った。ソヨンは手にトランプの札[カード]を持ったまま、面白そうに窓の外の同じ方向を見下ろした。一緒にトランプをしていたメイドも同じように、「何でしょう」と言って、彼女の主人である姉妹たちの視線のほうへ身を乗り出した。


このときソヨンとソナは、主寝室にメイド【19歳♀】を呼んで、三人でトランプをして遊んでいた。

ソヨンの『酔い覚ましと排泄に関する一私見』とも題すような小話の後も、姉妹は取り留めのないよもやま話[ガールズトーク]を楽しんでいたが、話題が一巡したころに、ソナが「眠くなるまで何かして遊ぼう」と提案したので、歳の近いメイドを呼んで三人でトランプをすることにした。

ソヨンは一番歳の若いメイドにトランプを持ってこさせ、そのままゲームの相手をさせた。メイドは、先ほど『絨毯ロデオ』のゲームで、カウントを数えるレフェリー役だった19歳の平民階級の女の子である。丸ぽちゃ顔で、おっとりしていそうな容姿だが、ソヨンの屋敷のメイドを務めるだけあって、仕事の速い、機敏な少女である。数人の男性使用人や数十人の倭奴の上位者として、不足なく業務をこなすことが出来た。ソヨンからは名前の一部を取って『ミンちゃん』と呼ばれ、主人と使用人の隔てを越えて可愛がられていた。


「・・・喧嘩・・・でしょうか?」

薄闇のほうへ目を凝らしながら、メイドが言った。2体の倭奴と思しき人影が、外灯の光から離れた庭の植え込みの付近で動いている。二つの影は重なりあって、取っ組み合いをしているようにも見える。かすかに―ほんのかすかにだが―怒声のようなものも聞こえた。

場所はプレイルーム[遊戯室]付近の庭の片隅である。

その場所は、ここ主寝室からでも、エレベーターを使って行けばそれほど遠い距離ではない。


「面白そう。ねぇ、見に行かない?」

そろそろトランプに飽き始めていたソナが、瞳をきらきら輝かせながら言った。

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