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天賦

丸山と77番とが、お互いヒートアップした末に口論を始めたとき、姉妹はそんな無邪気で幼い会話を楽しんでいた。倭奴から見ると遥か雲の上のような場所―塵ひとつなく清潔な、暖房の完備した屋敷の主寝室で、一方はベッドに寝そべりながら、もう一方は窓から『下界』を見下ろしながら。


二人の倭奴の口論の原因は、77番が賜った『ご褒美』だった。

およそ一時間前、『絨毯ロデオ』で勝利した77番は、ソナから事前の約束どおりに、『ご褒美』を賜ることができた。それは彼の生涯で初めての、そして最大の栄誉となった。


『ご褒美』は赤ちゃんのこぶし大の小さな饅頭で、白い皮(生地)に包まれている。それが記念用の金の小皿に乗って下賜された。

金の小皿は直径20センチくらいの大きさで、プラスチック製。表面に文字が印字されいる。今日の日付と77番倭奴の名前、それから『祝』・『ソナより』を意味するハングル文字などが、並んで書かれていた。

皿は倭奴が私有物として持ち帰られることになっていた。倭奴には基本的に私有財産権が認められておらず、よってほとんどの倭奴にとっては『私有物』というものが―自らの肉体以外には―有り得ないのであるが、このように韓国人から下賜された顕彰品の類だけは、例外的に所有権が認められていた。それらは倭奴にとって、まるで軍人にとっての勲章のように、最大限に尊重された。無論、この小皿も、77番の家宝級の財産となった。


その小皿の上に乗せられて、『ご褒美』は供された。

場所はプレイルーム[遊戯室]付近の庭の片隅だった。『絨毯ロデオ』の勝負がつき、韓国人の使用人と倭奴たちが解散してから数時間後、77番はその場所に呼び出された。


さらに数分間、77番がその場所の地べたに正座して待っていると、韓国人の倭奴監督者【30代♂】が、『それ』を持ってやってきた。

この倭奴監督者は、屋敷で働く韓国人使用人の中でも、職務上のヒエラルキーが最も低い(女尊男卑が徹底している韓国人社会にあっては、10代のメイドよりも下位にあった)。しかしもちろん倭奴から見れば、比べるべくもないほど地位は高かった。韓国人使用人に対する倭奴の挨拶は土下座が当然だし、普段は口が利けないほど身分が隔てられていた。


30代監督者は無口な男で、ひょろりと痩せていた。顔も整っているとはとても言えない容貌で、ソヨンや同僚の女性使用人からの覚えも芳しいものではなかった。

仕事振りはおおむね真面目で、言われたことはキチンとこなしたが、無関心な態度が表に出やすい男だった。もう一人いる倭奴監督者【40代♂】は、対照的に、熱血的で社交的で、おべんちゃらがよく出る男だった。熱血の方はよく倭奴を殴ることで有名だったが、一方、無口の方はそのような意味のない倭奴虐待はほとんどしなかった。総じて『体温の低い』部類の男だったのだ。使用人による適度な倭奴虐めはストレス解消の手段として、むしろ推奨されていたにもかかわらず、である。


◆◆◆

建物の角から倭奴監督者が姿を現したのを見て、正座して待っていた77番倭奴は、そのほうに向き直って土下座して挨拶した。

倭奴監督者は何も言わず、77番に近づいていき、土下座している彼の頭のすぐ横の地面にその金の皿に載せられた『ご褒美』をコトリと置いた。

「77番だな。ソナ様からだ。ありがたく頂戴しな。クククッ」

77番は返事をして顔を上げた。すると、すぐ目の前に腰を折って屈んでいた倭奴監督者と、不意に目が合った。

一瞬だけ目にした彼の表情は、ニヒルで冷笑的で、倭奴に対する侮蔑感がムキ出しにされていた。77番はすぐに再び地面に顔を伏せた。倭奴は―たとえ相手が平民の男性(貴族女性よりもはるかにその地位は低い)であっても―韓国人と目を合わせることは、無礼で、不遜であるとされていた。


「ハッ。有難き幸せに存じます」

監督者はここでも何も言わなかった。彼はガムを噛んでいて、くちゃくちゃという音に混じって、時折、歯の隙間から息が通る『スゥーッ』という不快な音を口から出した。えもいわれぬ気味の悪さを、77番は黙ってやり過ごした。

早く、一刻も早く、この『ご褒美』を頂きたい。そして金皿を持って帰って、一人で眺めながら余韻に浸りたい。―77番はそのことだけを考えていた。


「ククッ。てめえ、早く『これ』が食いたくて、ムズムズしてやがるんだろ? ククッ」

気味の悪いそのしゃべり方にハッとして―その声を彼が聞いたのは今回が初めてだった―77番は土下座したまま、さらに叩頭して畏まり、全身で恐縮の意を示した。

「ククッ。汚ねぇなぁ、倭奴って。マジで胸クソ悪ぃ」

言って監督者は立ち上がり、「ブッ」と噛んでいたガムを地面に吐いた。

「後で捨てとけ」言われて、77番は顔を上げてサッと地面を見渡した。金皿から数十センチ離れたところに、吐き捨てられた小さな緑色のガムが着地していた。


(・・・。汚いガムが、、、『ご褒美』に当たっていたら、どうしてくれるつもりだったんだ!)

77番は胸の奥で怒りが込み上がってくるのを感じたが、もちろんそれを態度に表すことはできなかった。「畏まりました」慇懃に返答した。


「あ、そーだ。最後に三つ、注意事項があるんだわ」倭奴監督者が立ったまま言った。77番は土下座したままそれを聞いた。

「一つ目、『それ』は一口で食べること。噛みちぎって二回に分けて食うのは厳禁な。二つ目、食ってる間は、飲み込むまで口を開けないこと。三つ目、それを食ってから二日間は、韓国人の皆様とは、極力、会話しないこと。これが一番大事な。ま、お前はまだ『猿』ランクだから、そんな機会は殆ど無いだろうがな。万が一、韓国人様からお話し掛け下ることがあった際は、お前は下を向いて、絶対に御上の方に顔を向けるな」


聞き終わって、77番は監督者が言った言葉を反芻した。どの注意事項も、予想に反して至極簡単なことだったので、77番は胸を撫で下ろす心持ちだった。

一つ目と二つ目は、『ご褒美』の大きさを考えれば、当たり前だし、簡単だ。ごく小さな饅頭なのだ。むしろ、どうしてそのような注意事項があるのかが77番には理解できなかった。

三つ目もまた当然のことだった。『ご褒美』を食べて二日であろうがなかろうが、倭奴が韓国人様と会話なんて出来ようはずがないし、ご下問の際に顔を下に向けていることなんて、言われるまでもなく当然のことだった。おそらく韓国人の使用人には、未だ倭奴と韓国人様との間の、巨大すぎる地位の格差を、実感として理解なさっていないのだろう。・・・だから、そんなことをわざわざ仰るんだ。。。77番は思った。


「分かったか?」

しばらく間を置いて、自分の言葉が77番にしっかりと染み渡ったころを見計らってから監督者が言った。77番は返事をした。


早く顔を上げて『ご褒美』を食べたい。

77番は先ほど一目見た、金皿の上に鎮座する小さな、白く美しい丸い物体のことを考えた。それから、彼を選び、そして―たとえ一瞬であろうとも―お認め下さったソナ様のことを想った。その宇宙のように偉大な美貌と高貴さとを胸に思い浮かべた。・・・あぁ・・・・ソナさま・・・・・


「じゃぁな、おめでとよ。ククッ。俺がいなくなったら、それ、食べていいからな」

監督者が言った。土下座したままの77番だったが、その声の聞こえてくる方向と気配から、監督者が彼に背を向けて立ち去ろうとしていることが分かった。

「ハッッ! 誠に有難く存じます! この栄誉を一生忘れず、韓国人様に対するご奉公に死ぬまで精進致します!」

ついに『ご褒美』を口にできるという嬉しさが込み上げ、77番は大声で言った。


「ところでさ、お前、それの中身がなんだか知ってんの?」立ち去りかけた監督者がふと、立ち止まって言った。

77番は知らなかった。『ご褒美』を頂戴するのは初めてだったし、同僚でこれを頂戴したことのある者も、具体的な中身については知らなかったか、知っていても教えてはくれなかった。―ただ、砂糖が入っていてすごく甘く、美味しいということだけは聞いていたが。

「存じ上げません。ただすごく高級な御菓子ということしか・・・」


「クククッ。だろうな。『知らぬが仏』ってやつだわ」言って、監督者は再び歩き出し、後ろを振り返らずに手を振った。

「それじゃぁなー。味わって食え。クッ」

そう言って、彼は去っていった。

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