超越
この頃の丸山は、77番から見てもかなり行き過ぎた『奴隷根性』の持ち主だった。
筋金入りの倭奴である彼は、77番が知っているだけでも様々な逸話を持っていた。
・ ソヨンの100を超える靴のコレクションの、1足1足の詳細なデータ(コンマ一桁までの正確なサイズ―ソール全長・底幅・甲周り・ストーム高・ヒール高・胴高・内寸,形状,各部の素材・色,製造メーカー,ブランド名,製造年月,使用開始年月日,分かる場合は購入価格,最終使用年月日,最終手入れ年月日 etc…)を完璧に暗記していて、いつでも諳んじることが出来る。
・ どこで手に入れたのか、ソヨンの一番のお気に入りである茶色のロングブーツの写真(ソヨンに履かれていない状態のもの)を常に持ち歩き、『ご真影』といって大事にしている。
・ 僅かな居住スペースである自ベッド(屋敷の隅にある通称『倭奴小屋』に並んだ三段ベッドの一段)の枕元に小さな神棚のようなものを作り、その中にソヨンの使用済みインソールクッションを置いて毎日拝んでいる。倭奴小屋でボヤ騒ぎがあったとき、その『ご神体』を守るために血相を変えて小屋に突入した。
・ 『お靴に触れるときは拝んでから』がモットーで、履かれた状態の靴を磨く際はもちろんのこと、履かれていない状態の靴を磨く際にも、これを実践している。履かれていない状態の靴であれば、それに触れる前と後、台の上に載せた靴に向かって額づき、靴に対して恭しく挨拶している。靴に触れる際は必ず両手を使い、膝を揃えて正座し、頭を低くして、極力自分の目線よりも靴が低くならないよう、靴を見下ろすことの無いようにしている。
・ 倭奴に許されている三週間にたった一日の、外出許可の出る休日には、韓国人様の人通りの多い場所でボランティアの『辻お靴磨き』を行なっている。老若男女問わず道ゆく人の靴を磨かせて頂くことで、さらなる技術の向上を図ることが目的らしい。
『それはいくらなんでもやりすぎだ』―77番は、内心、これほどまで『たかが』靴に対して、過剰なほどにへりくだる丸山に『よくやるなぁ』という、驚嘆、あきれ、あざけりの混じった心情を抱いていた。
しかし今、77番はソヨンの絨毯にされ、体中を気の赴くままに踏まれ、蹴られている。そして、その黒く輝くブーツは、77番の体の随所に、好きなところに、耐え難い苦痛を産み付けていく。まるで宿主の体に致命的になる卵を産み付けていく特殊な生物のように。
涙で曇った視界で、鏡越しに見るその靴は、もはや、『たかが靴』という概念を離れ、彼の支配者であるソヨンの有する神性のシンボルとなっていた。それは今や全能の神器だった。
『あぁ、丸山さん・・・あなたが正しかったんですね・・・』
77番は苦痛で途切れ途切れになる意識の中で、そう思った。間違っていたのは、全部自分だったんだ、と。
そして、丸山がいつか靴磨き奉仕の合間に言ってくれた言葉を思い出していた。
彼は二周りも歳の離れた若い77番に対して、まさに後進を育成する師匠として、真剣な眼差しでこう言ったのだった。
『御靴様そのものが神なんだ。それをお履きあそばせる韓国人様は、もはや、神をも越える存在だ』
そう言いながら彼の目はどこまでも澄んでいた。まるで悟りの境地にいる高僧みたいだと77番は思った。
『あのお方々[韓国人様]は、直接崇拝の対象とするには、尊貴に過ぎる。あのお方々を直接に拝むなんて、僭越すぎるくらいなんだ。身に余る、おこがましいことなんだ。それくらい、俺たちと韓国人様との間には、無限に近い隔たりがあるんだ。そのことを、俺たちは絶対に忘れてはいけない。絶対に。永遠に。。。』
今では77番は、その丸山の言葉を、真実として信じることが出来た。お靴そのものが神であり、それを履くソヨン様は神を越える存在だ、と。
絨毯ロデオのギャラリーたちがあげる歓声が、遥か遠くに聞こえたような気がした。
そして気付いたとき、彼の頭の上に―まるで冠のように―ソヨンの右足が置かれていた。レフェリー役の韓国人の使用人が、大声で、数[カウント]を数えているのが聞こえた。しかし彼の体は全く動かなかった。




